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第四話 「涙」


―翌日

「体調は大丈夫なのですか?」
「ええ、何とか……昨日は迷惑をかけてしまいすみません」

やはり僕はローゼンメイデンへと来ていた。
オディールさんが来る時間とは時間をずらし
いつもの時間に来ている。
客は誰も来ていない。

「で、何とか対人恐怖症をクリアしたいという事ですか」
「ええ、そういう事です……」

正直出来るかどうかもわからない事だが
進まなければ意味は無い。
留まっても退いても意味が無いから。
なので一番信頼をおける白崎さんに相談しに来たのだ。

「んー、ひとまずはあのお二人さんとはまともに喋りあえるようになりたいのですね?」
「ええ、そういう事です……」

同じ境遇の二人。
彼女らは敵じゃないんだ、同じ苦しみを味わった只の人だ。
けどそれなのに僕は彼女らの事まで恐ろしく思ってしまってる。
人という人全てが怖いんだ。
内面を知っても生理的に人と触れ合う事を拒否してしまってる。
一番最悪なパターンだ。

「どうせ暇なので協力しましょう
 なら……何をすればいいですかねぇ……」

白崎さんが頭を抱えて悩んでいる。
そりゃそうだ、対人恐怖症の僕を治す方法など普通の人が知るわけが無い。

「んー……そうですね、一応考えは思い浮かびました」
「何です?」
「まぁそれは後で……そうですねぇ、夜の八時ぐらいに此処に来る事は出来るでしょうか?」
「まぁ……多分出来ます」

置手紙を残して勝手に出たら良いだろう。
どうせ親も居ないし姉だって心配はしても何か出来る訳では無いんだ。

「しかし何故そんな遅くに?」
「それは今は秘密です。まぁ恐らく出来るでしょう」
「……わかりました、期待しときます」
「そうですか、頑張ってくださいね」

そう言うと白崎さんはサービスの紅茶といつものスパゲティを僕の前に出してくれる。
僕は礼を言った後、手を合わせて後に食べ始めた。
味があまりわからない。
興奮してるからだろう、今日から何をやるか想像して。
恐怖、不安、そして少しの期待。
何をするかはわからなく非情に怖いがもしかしたら治せるかもしれないと思うとほんの僅かだが期待してしまう。

「あ、そうでした」

いきなり白崎さんが思い出したように言う。
何か忘れてたものを思い出しでもしたのだろうか?

「オディールさんに何かメッセージを伝えましょうか?」

そういえば昨日、白崎さんを通してオディールさんと喋るというような話があったのだった。
直接喋れるようなる事を考えていたせいで忘れかけていた。
さて……何を話せばいいだろうか。

「んー……」
「そう焦らなくても良いですよ」
「ええ」

まぁそれもそうだがゆっくりずっと考えるのもなんなのでつい焦ってしまう。
ん……こんな事を聞こうか。

「じゃあ……“怖いものがありますか?”って聞いてくれませんか?」
「ええ、お安い御用です。他には?」
「じゃあ……“僕は人全てが怖いと言ってください”」
「承知しました、明日伝えときますね」
「ありがとうございます、ああ後もう一つお願いがあるんですが」
「何でしょうか?」
「昨日来ていた……金糸雀っていう女の人が来たら“昨日は驚かせてすみません”って伝えて下さい」
「ええ、わかりました。それと礼も言った方がいいですよ」
「……?」
「昨日あなたを家に運ぶのを手伝ってくれたのですから」

昨日いつの間にか家に居たから誰かが運んだとは思ったが
あの二人も手伝ってくれたとは。
とことん僕は迷惑をかけてばかりだ。

「……“ありがとうと御免なさい”って言っといてもらえませんか?」
「お安い御用です。さて……夜はハードになるので今は家に帰って体力を蓄えて下さい」
「わかりました、じゃあまた夜お願いします……」

そう言いながら僕はお金を置くと席を立ち入り口へと向かう。
僅かに開け周りを見回し人が居ないかを確認する。
今の時間は学校だし人が少ないようだ。
人が居なくなるまで待とうと思ったが敢えて出て行ってみる事にした。
自分はどこまで大丈夫なのかが試してみよう。
軽く白崎さんに会釈してドアを開ける。
二、三人の人が歩いてるのが見える。
こっちに向かってくるのが一人とあっち側に歩いて行ってるのが一人か二人居る。
あ、一人は曲がったようだ。
人も少ないし留まってもしょうがない、やろう。
一歩を踏み出す。
まだ人は顔が把握できないような距離に居る。
道の端っこに寄り狭い歩幅で歩いていく。
徐々に、徐々に距離が縮まる。
こんな時間に私服の学生がいるのは珍しいのかこちらを見てくる。
やめて見ないで。
声が出ないのでそれが伝わるわけが無い。
寒気がする、怖い、体が震えてくる。
そのせいでさらにこっちを見てくる。
ああああああ!
冷や汗がかなり出てくる。
心臓がばくばくと恐怖と興奮の音を出す。
目はどうなってるのかがわからないがきっとひどいのだろう。
目つきが悪くなり、充血してるのだろう。
自分以外が敵、いや……
“人という人全部が僕を敵と思ってるんじゃないか”と妄想じみた事を
本気で意識している狂ったような目かもしれない。
そんな異常な姿を見てこっちの方へと来る。
やめろ、来るな。
声が出ない、何も伝わらない。
だけど僕には伝わる、恐怖が。

「……!」
僕は必死で首を横に振る。
何でそうしたかはわからない。
“拒否”の意思表示だからだろうか?
兎に角首を振った。
異常な僕の様子に驚いたのか僕から距離を取り出す。
そしてある程度離れると目を合わせないようにして僕とは逆の方向へと早めに歩いていった。
良かった、良かった。
だがまだ安心は出来ない。
僕は体勢を取り直すと早歩きで家の方へ向かう。
きょろきょろと周りを見回し警戒する。
そんな事を続けながら僕は必死に帰った。
もう一人会っただけでもう駄目そうだったから、僕は。

「はぁ……はぁ……」

息を切らしまるで何処かを走ってたのかと思うぐらいに汗をかき疲れてる。
実際は走ってなどなく人に会っただけでこうなってしまうから情けない。
部屋までも行く気力はすぐには沸かない。
靴を脱いだ後僕は玄関で少し横になった。
頭がぼうっとする。
眠りそうになるが此処で寝てるのを学校から帰ってくる姉に見つかったら何かと厄介な事になる。
腕をぐーっと伸ばし軽く柔軟する。
僕は少ない気力を振り絞りどうにか立ち上がる。
Tシャツが以上に汗で濡れていて気持ち悪い。
僕は脱ぐと洗濯機にと投げ込む。
はずれ。
Tシャツは横の洗剤置きに引っ掛かる。
入らなくて少し何とも言えない気持ちに襲われるが疲れはそれも忘れさせる。
僕はTシャツを無視して上の自分の部屋へと上がっていった。
部屋のドアを開け冷房を付ける。
箪笥から新しいTシャツを着ると僕はベッドへと倒れこんだ。
時刻はまだ昼過ぎ。
夜の八時には今から寝てもまだまだ間に合うだろう。
僕は体をゆっくりと、ゆっくりと休める事にした。
体が少し寒くなってきたので冷房のスイッチを切ろうとして探す。
しかし部屋の電灯は付けてないので見にくく中々見つからない。
しかも何故か動きにくい。
やむを得ない、電気を付けよう。
電灯の紐を引っ張り電気を付ける。
枕元にリモコンがあるのでそれでスイッチを切る。
眩しくて中々目が開けられない。
なので徐々に、徐々に目を開いていく。
少ししてようやく光に慣れ時間を確認する。
まだ時間は六時。
約束は八時なので時間としてはまだ大丈夫な方だ。
もう少し休むかと思って布団に入ろうとするが足がいやに動きにくく入るのに苦労する。
足に何かあるのだろうか?
そう思って布団に手をかけ――。
いや、そういえばいつ布団がかけたのだろう?
ベッドに倒れこんだからそんな事してないと思うが。
……寒いから無意識にかけていたんだろう。
僕は再び布団に手をかけると布団をめくる。
そして中の光景があまりに信じられないものだったので理解に時間がかかる。
布団の中には誰かが僕の足に抱きついてるのが見える。
だから動きにくかったのだろう。
姿は髪のやけに長い少女。うつろでよくは分からないが銀色っぽいようだ。
制服からするに同じ学年、同じ学校。
眼鏡をかけて再び状況を確認する。
人目見ただけでも分かる胸の大きさ。可愛いとも言える寝顔。
これは……。

「水銀燈……?」
そう言ったが返事は無い。
寝てるからだろう。
いや、それより僕に、僕にしがみ付いて……。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!??」
僕は足を振り払うと布団を持って部屋の端に急いで移動して布団に篭る。
ようやく意識がはっきりとしてきて状況が把握できる。
何で水銀燈が此処にいる?
何で僕の布団に居る?
時間は六時、いつも水銀燈が来る時間を少し上回ったぐらいだ。
けどどうやって此処に……?
いつもなら鍵を開けて入れないのに……あ。
そういえばあまりに疲れてたせいで鍵をかけた覚えが無い。
僕はドアをオープンにしたまま寝てたようだ。
恐らくその時に水銀燈が入ってきたのだろう。
「痛いわぁ……」
布団の外側から声がする。
流石に布団をひっぺがして地面に落とせば水銀燈だって起きるだろう。
僕はドクンドクンと波打つ心臓がある左胸を押さえる。
落ち着こう、相手は水銀燈なんだ。
「ジュンどこぉ?」
水銀燈が探してるようだ。
寝ぼけてて隠れてるのが分からないみたいだ。

「ジュンどこぉ?」
僕を探しに水銀燈は廊下へと出て行ったようだ。
僕は布団から抜け出しドアを閉め鍵を閉める。
水銀燈もその音に気付いたようでドアの方へと来る。
「ジュンーなにするのぉ」
「……こ、こっちの台詞なんだが
 なななんでお前が布団の中に居るんだ?」
「心配してずっと寝てるのを見てたのよぉ」
「……み、見てるとはい、い、言わないぞ」

明らかに足にしがみ付いて寝てたからな。
動けなくなるぐらいまで。
「だってぇ……」
「だ、だって?」
「ジュン……昨日大変だったじゃない……。
 それで心配で心配で……。
 それにうなされてて苦しそうだったからぁ……」

昨日、そうだ。
僕は気絶してこの家まで運ばれた。
その事を水銀燈も知っているのだろう。
うなされてるという事は何か悪夢でも見たのだろうか。
それなら心当たりがある。
昔の思い出、苦しい苦しい思い出の夢。
嫌がっても消える事の無い夢、僕はそれをよく見る。
「だから……水銀燈が付いててあげたかったのよぉ……」
いつもなら嫌に夢は鮮明に覚えている。
だが今日に限っては夢の内容はほとんど覚えていない。
水銀燈が居たせいだろうか?
「……ご、ご、御免」
「いいのよぉ、私ジュンと一緒に居るのが“幸せ”なんだからぁ」
「……な、な何で僕と一緒に居るのが幸せなんだ?」
「……理由なんて要らないわぁ、幸せだから幸せなのよぉ」
「……」
「ジュン、聞いて」
何時もに比べて落ち着いてる僕に水銀燈は何か話そうとしている。
何時もとは違う……恐らく何か大切な話。
「私はジュンと一緒に居られるだけで幸せ……。
 けどあなたが私と一緒に居られるのが幸せかは知らないわぁ。
 あなたは……私の事が嫌いかもしれない」
「……」
「けどねぇ……けどねぇ……
 水銀燈と一緒に居るのが幸せになるよぉに頑張るからぁ……。
 あなたは幸せじゃなかったらあなたの不幸を私にぶちまけて……。
 あなたの苦しみ、悲しみ、それの矛先にしてぇ……。
 あなたの苦しみを分けて……。私はそれで十分幸せなの……。
 だから一緒に居さして……」
泣いていた。
水銀燈は泣きながら僕に喋りかけてきていた。
水銀燈は僕が何時も此処に来るのを拒否するのを気にしていたんだ。
ずっと僕が傷付けていたんだ。
居るだけでいいのにそれさえも僕は許さなかった。
水銀燈は……僕が幸せじゃなければその分不幸を自分に分けてとも言っている。
そこまでしてくれるのに、僕は何故、怖がるんだろう。
人と喋ってて久しぶりに恐怖が消えた気がした。
その代わり、悲しみが沸いて来た。

「御免……御免……」
僕も泣いていた。
恐怖による悲しみの涙じゃない。
申し訳ない気持ちによる悲しみの涙。
「御免水銀燈……何で……何でお前を怖がったりしてたんだろ……
 ホント……ホント最低だな……僕……御免……」
「いいのよぉ……しょうがないのよぉ……あなたは全部に恐怖を覚えてしまったから……。
 私を怖がるのだってしょうがなかったのよぉ……悲しかったよねぇジュン……私も御免ね……。
 怖がらせて……けど……私の前じゃ安心して……不幸を……悲しみを……苦しみを分けて……。
 幸せにする事はまだ出来ないけど……あなたの傷を一緒に負うぐらい出来るわぁ……」

「……うっ……御免……御免……水銀燈……」
僕はドアを開けた。
其処には何時にも増して目が真っ赤になっている水銀燈がいる。
僕もきっと同じような感じなのだろう。

「……御免」
涙が床にこぼれていて小さな海のようになっていた。
涙と言うのは悲しみの雫なのだろうか?
悲しみが零れた僕に幸せは訪れるのだろうか?
水銀燈を見つめながらそんな事を考えた。
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