ピンポ~ン……ピンポ~ン……。


 蒼星石の家の呼び鈴を何回も押すが、応答する様子は全くない。
 かなり大きい屋敷で、念のために周囲をぐるりと廻って確認する。
 だが、やはり灯りは全て消えていた。郵便ポストの夕刊も差し込まれたままになっている。
 時計はすでに10時を回ろうとしていた。


「……私が電話をしたのが8時半過ぎ。1時間半も経っているけど……」
 薔薇水晶はじっと屋敷の2階の蒼星石の部屋があるあたりをじっと見上げている。
 その隣には窓が割れて、ガラスにすすが付いた部屋が。翠星石の部屋だろう。
 昨夜に放火された傷痕が生々しい。
「買い物に出かけているのじゃなくて。コンビニか本屋で立ち読みしたりして時間を潰していたりしているとか」
「……普通の子なら考えられなくもないけど……蒼星石がそんなことする子だと思う?」
「確かにそうね」
 薔薇水晶の言うとおりで、私は小さく頷く。
 蒼星石は生活リズムはきっちりしており、夜中に出歩くなんてイメージは湧かない。
(対して、姉の翠星石はその辺がだらしなく、夜中にゲーセンにいて、そのことで生活指導担当の先生や少年指導員に注意されたという話はたびたび聞くが)


「でも、念のために近くのコンビニとか見て回る?」
「……そうだね……」
 私達は白崎さんの車に乗り込むと、近辺のコンビニや本屋、レンタルビデオショップにゲームセンターにレストランなど、この時間帯でも開いている店を訪ねまわった。
 しかし、どこにも彼女の姿はなかった。
 店員に念のために聞いてみるも、やはり蒼星石らしき子は来ていないとのこと。


「……となると……どこにいったのかな……」
 薔薇水晶は否定に手をやりながらじっと考え込む。
 私も彼女がこんな時間に行きそうな場所を思い巡らすが……今の状態の彼女が行きそうな所といえば……
 ――姉があんな目に遭わされた後の感情を考えると……。


「旧校舎かもしれない」
「……それあるかも……自分で翠星石があんな状態になった原因を探ろうとして……
 というか、あんな目に遭わせたやつらに一矢報いようと……感情的になっているかもしれない……。
 とすると……危険すぎる……いきなり襲ったり、放火したりするような相手だよ……」
「分かっているわ。もしそうだとしたらじっとしていられないわ」
 正直考えたくない可能性だったのだが、もしそれが本当だとしたら。
 すぐにも彼女を探さねばいけない。車にじっといるのがもどかしかった。
「……白崎……車を学校にやって……」
 薔薇水晶の指図で、白崎さんは車を学校に向けて飛ばし出した。


 学校に着いたときには、既に11時半を回っていた。
 正直、こんな時間に来ても宿直の先生にどやされるかもしれなかったが……今はそんなことを言っている場合じゃない!
 私と薔薇水晶は車を飛び降りると、駆け足で旧校舎に向かう。
 白崎さんもその後に続く。


 ちょうど、現校舎の玄関を通り過ぎようとしたあたりだった。
「君達、こんな時間に何をしているんだ!」
 見ると、梅岡先生だった。
 手に鞄を持っていることから、恐らく残業をして帰るところだったのだろう。
 それはともかく……すぐさま先生に見つかるとは……。
 私は足を止めた。
「まったく、あんな事件が起こった後なのに危なすぎるよ」
「いえ……先生、実は……」
 薔薇水晶は表情を変えることなく、学校に来たいきさつを話し出した。


「……なるほど……確かにそれは気になるね。可能性はないかもしれないが。
 とにかく、念のために警察や少年指導員の方々にも町中を捜すように言っておくよ。
 ちょっと待っててね」
 私は再度、蒼星石の家に電話を掛けたが、やはり誰も出ない。それを確認して梅岡先生はすぐさま校舎に引き返そうとした。
 その時、草笛先生も帰ろうとしていたのか校舎から出てこようとするのを見つけて、今回の件を引き継いでいた。草笛先生は小さく頷くと、校舎へと引き返していった。
 そして、梅岡先生はこちらを向きなおす。
「とにかく、草笛先生に連絡は頼んだから。まあ、執事の白崎さんもいることだし……
 探すだけ探してみよう。但し、用件が終わったら即座に帰ること。いいね」
 念を押されて、旧校舎のほうへと向かう。


「あれ?先生、こんな時間に生徒さん引き連れて何かなすっているのですかい?」
 旧校舎の入口では、隣の建設現場の作業員が資材を運び出しているところだった。
 木材だの、ブルーシートにくるまれた機械だのを数人がかりでせっせと運んでいる。
 現場監督らしき人が、私達の姿を見るとそれまで作業員に指示を与えていたのを止めて訊いて来た。
 梅岡先生がそのいきさつを話すと、現場監督の人もそれは大変だと、一緒に探してくれることになった。
 そんなわけで、旧校舎の中に入ったわけなのだが……。


 1階部分には旧職員室と放送室、保健室があったが、いずれも建設用の資材が沢山積み込まれていた。特に、放送室に至ってはぎっしりと資材が押し込まれていて、簡単に中に入ることは出来ない。
 この放送室も、七不思議の一つとなっており、『幽霊の棲む放送室』という呼び名が付けられているぐらいだった。
 なんでも、30年ぐらい前にここで放送をしていた生徒が心臓発作で亡くなり、それ以降、その子が亡くなった時間あたりに現世の恨みをつづる声が流れたりしたという。
 だが、そんな放送室もこんな状態では幽霊でさえもいるスペースはないと思えた。


 結局、1階部分には蒼星石の姿はなく、2階へと急ぐ。
 2階には音楽室と美術室、それに教室がいくつかあった。
 中にはやはり、ダンボール箱だの木材だの、不要な机や椅子が押し込められていた。
 やはりここにも彼女のいる気配は無い。


 ちなみに、この音楽室も七不思議の一つで『狂音を奏でる音楽室』と言われている。
 かつてこの学校の軽音楽部の部員がピアノの練習中に亡くなっており、そのピアノにその女生徒の怨念が染み付いたという。そして、以後このピアノがひとりでに鳴り、その音を聞いたものは必ず怪我や事故などの災厄に遭うというものだった。
 念のために、そのピアノを開けても見たが……やはり誰もいない。
 鍵盤に繋がる糸は所々切れている上に、埃が中にも積もっていた。


「あとは3階だね……」
 階段のところまで来ると、薔薇水晶は一旦立ち止まり、上を見上げた。
 そうこの2階から3階へ通じる階段こそ、七不思議の『魔の階段』。
 私も先生につられてじっと階段を見つめる。


 金糸雀、翠星石がこの階段の呪いのせいで災厄に見舞われたと囁かれている。
 今度はまさか、蒼星石まで……!?
 いや、これは絶対何者かがやったことなのだ。呪いというのをカモフラージュに利用しているだけなのだ。
 もはやここまで来ては、悪戯では済まされない。
 もし、そんなことをした奴を見つけたら……いや、その前に蒼星石もその犠牲にさせてはいけない!
 私は何も言わず、階段を駆け上がった。
 ちなみに段の数は……いつものとおり11段だった。
 梅岡先生らも後に続く。


 3階には化学室、印刷室、図書室(今は資料室となっているが)と数個の教室があった。
 手始めに教室を探すが、やはり彼女の姿はない。
 そして……『悪魔の棲む化学室』を探すが、やはりそこにもいなかった。
 あったのは実験用の机と、黒板だけ。
 薬品類やビーカーなどの道具は一切ない。


 そして、最後に印刷室。
 ここも七不思議の一つだった――『血染めの印刷室』といわれていた。
 昔、ここで印刷をしていた生徒が誤って、印刷機に手を挟み、手を切断しなければいけないほどの大怪我をしたという。
 そのときに床には血が大量にばら撒かれて、中はまさしく惨状だったという。
 そして……それ以降、時折床には何の前触れもなく床の上にその時の血が浮かび上がる……というものだった。


「あとは、ここと資料室だけだね」
 梅岡先生はドアを開けて印刷室に入り込もうとしたが……。


 ……ドン!


 なんと、足を躓かせてしりもちをついていた。
「大丈夫ですか?」
 白崎さんが慌てて、梅岡先生のもとに駆け寄ろうとした時。


 ……ズッテーン!

 なんと白崎さんも盛大に躓いてくれた。
 その時に白崎さんの髪が少し……ズレた気がする。懸命に自分の尻より、頭を気にして押さえているが……気にしないでおこう。
 思わず吹き出しそうになってしまうのをこらえる。


「情けない……白崎、何やっているの……」
 薔薇水晶がため息をつきながら印刷室に足を踏み入れる。私もその後に続く。


 ……ズッテーン!ドコン!


 痛い!
 私も盛大にこけてしまった。何というか……足を滑らせてしまったのだった。
 見ると薔薇水晶も転んでしまい、顔をしかめながら足をさすっていた。


「大丈夫ですか、もう」
 監督さんは壁に手をつきながら、ゆっくりと私達の方へと歩み寄ってくる。
「なんなのよ、一体……」
 私は床に手を触れる。
 何か、ひんやりとした液状のものが手についていた。


 その時……この印刷室が何なのかが頭に浮かんだ。
 血染めの印刷室。


 まさかと思い、手にしていた懐中電灯で、液体のついた手を照らしてみた……。


 ――赤くはない。無色。


「どうやら……何かの油のようだね……」
 薔薇水晶は普段の無表情で、手に着いた液体をしげしげと眺めている。
 そして懐中電灯で床を照らすと、やけに床が光を反射させているのが見えた。
 確かに、これでは足を滑らせてこけるのも無理はない。
「ったく、なんて悪戯してるんだよ」
 梅岡先生がゆっくりと足元に気をつけながら立ち上がる。
 私達も慎重に立ち上がった。


 改めて、印刷室を眺め回す。
 あるのは数箱のダンボールと2台の印刷機。
 しかし、蒼星石の姿はどこにもなかった。


「ここにもいないようですね」
 監督さんが隣の資料室を覗き込んだが、やはり誰もいないようだった。
「てことは……旧校舎にはいないってこと……?」
 薔薇水晶が印刷室を眺めながらぼそりと呟いた、その時。


 ズッテーン!ドーン!


 背後から人が転げる音がして慌てて振り返る。


「痛い!なんで、こんな所に油が?」
「ちょっとぉ~、これってタチの悪い悪戯じゃなぁい?」
 床に転んでいたのは……草笛先生と……姉の水銀燈だった。
 なんと、意外な人物が来たものである。


「真紅ぅ、それに薔薇水晶ぉ、貴女達こんな時間に何してるのぉ?」
 水銀燈はゆっくりと立ち上がると、目の前の私を訝しげに見つめてくる。
「そういう貴女こそ、こんな所にいるの?」
 私は特に表情を変えることなく、ただ訊き返す。
「私は別に用があってきたけどぉ、来てみたら貴女が来ていると言うじゃなぁい。
こんな物騒な時に出歩くなんて何考えているのかしら?」
「蒼星石と連絡が繋がらなくて、気になったから探しているだけ」
「ふん、さすがに時間が時間よ。すぐに帰りなさぁい」
 水銀燈は私をじっと眺めながら、時計を示して指差す。
 12時半を回っていた。
 たしかに、私の年頃の人間が出歩く時間ではない。
 しかし……今はそんなこといっている場合じゃない。


「嫌よ。蒼星石が見つかるまで帰らない」
 私は拒否した。
「お馬鹿さぁん、そんなの警察や補導員に任せる仕事じゃなぁい。
今こんな状況なのよぉ。貴女を危ない目に晒させるわけにいかないじゃない。
こっちだって心配なのよ」
「心配?家にほとんど帰ってこない貴女にそんな言葉を聞くなんて……」
 私が水銀燈にそう反論しかけた時……。


 パーン!


 私の頬に痛みが走った。


「いい加減にしなさい……さすがの私でもキレるわよぉ……!」
 水銀燈は引っ叩いた手を振り上げながら、私をじっと睨みつけていた。


 一瞬の沈黙。
 誰も言葉を発せず、ただ、呆然と目の前の私達の光景を目にしているだけだった。


「……分かったわ。帰るわ!」
 私は出口の方へと向き直り、そのまま歩き出す。
 途中、足元の油で足を滑らせそうになるが、気にならない。


 むかつく。
 腹立たしい。


「……真紅……」
 薔薇水晶が慌てて、私の後を追おうとして油で足を再び滑らせたようで、転げる音がした。しかし、私は振り返ることなくそのまま廊下を突き進んでいった。


 蒼星石のことはやはり気になるものの、もはやこんな精神状態では探す気もしなかった。
 結局、白崎さんに家まで送ってもらった。
 家に着いたのは1時を回っていた。


※※※(これより視点変更)※※※


 午前3時30分。
 場所は、○○市内の結菱邸。
 そう……一昨日の深夜に襲撃を受けて入院中の翠星石の自宅である。


 屋敷の一室から炎が盛大に夜空へと舞い上がっているのが見える。
 周囲には消防車が数台駆けつけ、消防士らが懸命に消火活動を繰り広げていた。
 近所の住民や野次馬が現場の周りを取り囲み、現場は騒然としていた。


 通報があったのは午前3時15分。
 いきなり爆発音がしたかと思うと、屋敷の一室が燃え上がっていたという。


 鎮火したのは3時50分。
 火元となった部屋は爆発で吹き飛び、全焼。
 隣の部屋もほぼ全焼と言えた。


 その後、消防と警察で出火原因の特定にかかり出した。
 私も現場に駆けつけ、捜索活動に加わったわけだが……。


「姐さん、見つけたじゃ!キッチンタイマーとコードの燃えカスじゃ」
 部下の石原が、それらしき物が入ったポリ袋を私に差し出す。
「警部殿。こら間違いなく放火ですわ。プロパンガスのボンベが、火元の部屋の廊下に転がとったのを発見したちゅうことです。消防の方でも、部屋にプロパンガスを充満させて、このキッチンタイマーの仕掛けで発火させたちゅう、見方をしとります。あと1階の浴室の窓が割られていました。恐らく賊はそこから侵入しらと思われますわ」
 矢部の報告を聞きながら、私は手元のコードの燃えカスをしげしげと眺める。


 コードの線を剥き出しにして、キッチンタイマーを通してコンセントに繋いで、時間がきたら電気が流れて、剥き出しのコードから火花が散って、それがガスに引火……そんなところだろう。
 それはともかく現場には誰もいなかったのかと確認する。
「誰もおらんかったですわ。火元は先日の放火事件の現場の隣の部屋です」
 で、その部屋の住人には連絡は取れたのかと訊くと。
「蒼星石さんは現在連絡が取れておりません。こちらでも探してはおりますが……」
「兄ぃ、学校の方も訊いたけんど、分からないちゅうことじゃ」
「じゃかましい!」
 相変わらずの鉄拳制裁。つーか、これしか能がないのか、矢部。
 いい加減、そのヅラを毟り取ってやろうか?
 そして、相変わらず笑いながら礼をする石原にもある意味感心する。


 とにかく、すぐに周囲の不審人物がいないか聞き込みを行うようにと矢部に指示を送った。
 そして部下が捜査に出て現場を離れるのを見送ると、私は今回火元となった――蒼星石の部屋をじっと見つめた。
 聞いた話、彼女は20時半頃から連絡が取れなくなったという。
 何かに巻き込まれた……ひょっとしたら、この件に関与している可能性は高い。


 私は捜査用の車で現場を後にする。そして、途中で車を止め、携帯で電話を掛ける。
 相手は……従姉妹の雪華綺晶。


「……そんなことが……。お姉様、どうやら余裕をふかしている暇はありませんわ」
 そんなこと言われなくても分かっている。
「とにかく、妹にも絶対に首を突っ込むなと言っておきますわ。なんでも、今日も蒼星石さんを夜中になって、真紅と一緒に探しに行ったそうですから。
 ここまで、私が得た情報と、お姉様が得た情報を合わせると大体大筋は見えてきたけど……でも、現時点では誰がやったかまでは特定できませんわ。
 そして、真紅にも言っておいてくださいね。これ以上首を突っ込むなと」
 だから、分かっているって!相変わらずくどいわね、この子は。
「あと、念のためにお姉様に調べて欲しい事があるのです。それは……」
 私は雪華綺晶が言ったことを手帳にメモする。
 何ですって?まあ、ひょっとしたらと思うけど……。
 調べてみるに越したことはないか……。

 私は電話を切って、フロントガラスからみえる夜空をぼんやり眺めていた。

   - to be continiued -(学校の七不思議(6)へ)


(今回の他キャラ)

矢部謙三および石原達也@TRICK

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最終更新:2006年09月20日 06:01