「あー喉かわいたな」
「ならこれを恵んでやるです」
振り向くと、左手を腰にあて、得意気にジュースを差し出す翠星石の姿。
「お、いいのか? ……ってこれ飲みかけじゃないか」
「そ、それがどうしたですか!
翠星石がやるっていうんだからありがたく飲むです!」
「いや、なんか恥ずかしいっていうか……」
「ぐだぐだ言わねえで黙って飲めばいいんです!」
「い、いいって!
とにかくその気持ちだけ受け取るよ。ありがとな」
僕がそう言うと、彼女は俯いてしまう。
まるで小さな子どもが母親に怒られたように。
気まずい沈黙。
なんだかものすごく悪いことをしたような気分になり、何か声をかけようとした瞬間だった。
「……翠星石のジュースが飲めないって言うですか」
「へ?」
呟くように言ったかと思うと、彼女は持っていたジュースを口一杯につめ、空になった缶を放り投げると、僕の顔を両手で掴んだ。
「おまえ、何を……んっー!」
頬は紅く染まり、餌を口にためたリスのようにふくらんだ顔が近付いてきたと思うと、そのまま唇が重なった。
そこからゆっくりと、少しだけ温かくなった液体がながれこんでくる。
なにがなんだかわからないまま口にはいってきたそれを、僕はろくに味わうこともできず、ただ飲み込んでいった。
翠星石の口の中にあったものが、全て僕の中におさまると、彼女の唇は離れ、両手が耳の辺りから首にまわされる。
彼女は頭を僕の胸に預け、何度か深呼吸を繰り返していた。
しばらくそうしていたかと思うと、彼女は僕を突き飛ばすようにして離れた。
「す、翠星石はおまえみたいに人の好意を素直に受け取らないやつは大っ嫌いなのです!
だから!
おまえが嫌がることならなんだってしてやるです!」
潤んだ瞳、真っ赤な顔の彼女にそう言われて、僕が返せたのはたった一言の場違いな言葉だけだった。
「あ、ありがとう……」
僕の言葉に彼女は一瞬ぽかんとした顔になったが、それもすぐに怒ったような表情に変わった。
「バ、バカですかおまえは!」
「うん……そうかもしれないな」
彼女は大きなため息をひとつつき、まっすぐ向けられている僕の視線から逃げるように、顔をそらしながら呆れるように言った。
「……ほんとにどうしようもねえバカなのです。
翠星石は……バカなやつも嫌いです」
風の強い秋の日、少し肌寒い夕方のことだった。
「というのが昨日見た夢なのです
「……どうして僕の視点なのかとかツッコミどころが満載だな。まあなんだ、とりあえず手に持ったジュースを捨ててこい」
fin