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夢の内容について、水銀燈と話を付き合わせてみると、同じ場面を見ていたことが明らかになった。
唯一の違いは、視点。私と、彼女は、別個の視点で、あの状況を観察していたの。
私の夢が、指輪を介して水銀燈に流れ込んでいるのだとしたら、私の視点を共有している筈なのにね。
別個の視点の存在とは即ち、彼女もまた別の人物として、私の夢に登場していた事を意味した。
水銀の君として――――ね。

「どうやら……めぐと私には、浅からぬ縁があるみたいねぇ」
「夢の導くままに見た光景が、本当に、私の前世の記憶だとしたらだけど」

あまりにも突飛な発想だから、俄には信じがたい。たま~に、そんな話を聞くけれど、ホントかしら。
前世の記憶って、身体が失われた時点で、消えちゃうモノなんじゃないの?
私なりの考えを伝えると、水銀燈は、

「柩は書庫に成り得ない。その逆ならば、あり得るけどぉ」

と、目を細めた。いきなり、抽象的なことを言われても困る。
眉を顰めた私を見て、水銀燈は愉快そうに、ころころと笑い出した。
なんだか馬鹿にされてるみたいでムカついたので、私は無い知恵を絞って考えた。
これで熱でも出たら、水銀燈のせいなんだからね。

「要するに、この身体は魂の入れ物でしかなくて、魂こそが記憶の保管場所だって言うの?」
「あらぁ……おばかさんにしては、察しが良いじゃなぁい」
「貴女って、いつも一言、余計よね。そんな態度じゃ、誰からも嫌われちゃうわよ」

言われっぱなしじゃ悔しいから、時速150キロの皮肉を叩き付けてやった。
でも、概念は把握できた……気がする。パソコンに置き換えてみれば、肉体はHDDとか、
CDRWやDVD-Rみたいな大容量の記憶媒体で、霊魂はSRAMやDRAMなんじゃないかしら。
その中でも、本当に重要な記憶だけがDRAMに残され、“死”というシャットダウンでも消えず、
日常生活で利用頻度の高い記憶は、揮発性のSRAMに記録されているからリセットされてしまう――と。

水銀燈と出会って、この指輪を嵌めてから……私は、過去の記憶を夢に見始めた。
そして、前世の私は、彼女に対して並々ならぬ感情を抱いていたことを知った。
これってつまり、魂に記憶されるほど、私にとって彼女が重要で、大切な存在だったことの証拠よね。

(千年を隔てても、色褪せない記憶【想い】かぁ……正に、愛は永遠の夢なのね)

私は、しみじみと左手の薬指に癒着している薔薇の指輪を見つめた。
このデバイスによって、私と水銀燈は、お互いが持っている様々な情報を共有できる。
水銀燈に私の精気を供与するだけの、一方通行な物かと思っていたけれど、意外に多機能みたい。
要は、数多の性能を生かすも殺すも、使い方次第ってコトね。

「貴女のこと――昔みたいに、水銀の君って呼んだ方が良いのかな」
「水銀燈で良いわよ。格式張った呼ばれ方されると、背中がむず痒いわぁ」

私の憎まれ口を受けて憮然としていた水銀燈は、鼻先でせせら笑った。
まあ、そうよね。今の時代に『~の君』なんて呼称は、そぐわないし。
それに、私は名前で呼んであげたいもの。親しみを込めて、彼女の名前を――

「ねえ、水銀燈。貴女はどうして、この病院に居たの?
 ひょっとして――私を探してくれてた?」
「…………さぁね。私、めぐに会うまでの記憶が、はっきりしないのよ。
 指輪を通して、めぐの夢を見るようになってから、徐々に思い出してきてるけど、
 どうして死んだのかも憶えてないわぁ」
「そうなんだ……ざぁんねん。ちょっと、期待してたんだけどなぁ」

貴女を想うあまり死んでも死にきれず、亡霊となって彷徨っていた――
なんてドキドキすること言われてみたかったけど、そんな話は身勝手な幻想よね。
あれ? でも……ちょっと待って。
自分の死因すら解らない人が、どうして薔薇水晶のことを、疫病神だなんて言えるの?

私の胸裏で、ひとつの疑惑が浮かび上がった。

(まさか――水銀燈は、厄介払いする為だけに薔薇水晶を貶めた?)

だとしたら、許せない。たとえ水銀燈でも、絶対に。
もし訊ねたら、彼女はどんな顔をして、どんな弁明をするのかしら……。
心の奥底で、水銀燈を信じたいと思いながらも、一旦芽生えた疑心は簡単に拭えなかった。

すると――

「ふ……それこそ『まさか』だわぁ。これでも、私は鬼の血を引く陰陽師よ。
 私の紅い瞳は、堕天の逆十字を背負いし者の霊波動を見逃したりしないわ」

水銀燈は自分の眼を指差しながら、事も無げに答えをくれた。
真剣に考えていた私が、優に十秒間は呆気にとられてしまうほど、アッサリと。
もしかして、気付かない内に声に出てたのかしら。いやいや、そんな筈ない……と思う。

「どうして、私の考えてる事が解ったの?」
「勿論、その指輪から、めぐの考えが流れ込んできたに決まってるじゃなぁい」
「ちょっ!? それ、ホント?」

冗談じゃないわ! 私のプライバシーは、どうなるのよっ!
お腹すいたとか、トイレ行きたいとか、全て水銀燈に筒抜けって事でしょ。
それに…………水銀燈への想いも……。

「嫌ぁぁっ! 殺してっ! いっそ殺してぇっ!」
「ち、ちょっと、めぐ。落ち着きなさいよぅ」
「落ち着けるわけ無いでしょ! 羞恥どころか屈辱よ、これ! 死んでやるわ私っ」
「そこまで思い詰めなくてもぉ……ウソなのに」
「……はあ? ウソぉ?」
「めぐの考えてることぐらい、顔を見てれば直ぐに察しがつくわよぉ。
 本当に、冷やかしがいのある、お馬鹿さんねぇ♪」

例によって、私はからかわれていたらしい。いつもいつも……やってくれるわね。
せめてもの御礼にと、水銀燈の頭に花瓶を投げ付けておいた。

それは、さておき。私の中では、更に別の疑問が生じていたわ。
水銀燈が、普通の人間とは異なる霊波動の持ち主と認識した、彼女のことよ。

(――薔薇水晶は、何者なの? なぜ、私の命を削り取っていたの?)

一年以上も親友として付き合ってきた私は、どうしても薔薇水晶に好意的な目を向けてしまう。
彼女が、私に危害を加えるなんて、考えられない。まして、命を奪うだなんて。
私にも水銀燈みたいな能力が備わっていれば、解るんだろうけど――私は、解りたくもない。
解ってしまう事は、必ずしも幸せじゃないって、知っているから。
昔の人は、よく言ったものね。『知らぬが仏』だなんて、さ。

独りで考えてても、同じところの堂々巡りで、答えが出せない。
私は、隣で目に涙を溜ながら頭のコブをさすっている水銀燈に、薔薇水晶の素性について問いかけた。
「ハッキリとは解らなかったけれどぉ」と、顎に指を当てながら、水銀燈は答えてくれたわ。

「あの娘、もの凄く禍々しい気配を放っていたわ。私ですら、背筋に震えが走るくらいにね。
 あのまま付き纏われてたら、かなりヤバかったわよぉ」
「でも……彼女は、いつでも微笑みをくれたわ。天使のような、可愛らしくて素敵な笑顔を。
 いつだって私の側に居てくれて、いつだって私を励ましてくれたのよ?
 それなのに――」
「…………あのねぇ、めぐ。腹に一物ある奴ほど、愛想よく近付いてくるものよ。
 めぐを油断させるために顔で笑って、腹の底では黒々と嗤っていたのかもぉ」
「やめてっ!!」

水銀燈の言葉が胸に刺さって、痛い。私は両手で耳を塞いで目を瞑り、絶叫した。
これ以上、薔薇水晶を侮辱する言葉を聞きたくなかったから。
それ以上、水銀燈に罵詈雑言を吐いて欲しくなかったから。

「それでも、私は薔薇水晶を信じてるの! 彼女の笑顔に癒されてきたの!
 だから…………もう……止めてよ」

胸の奥から押し出される激情が、私の目から、涙を溢れさせた。
張り裂けそうな胸の痛みが、私の喉から、嗚咽を吐き出させた。
親友を弁護しきれない悔しさと、無力な自分への憤りと悲しみとが、綯い交ぜになった苦い感情。
あまりの苦さに舌が痺れて、私は続く言葉を失っていた。
両手で顔を覆い、子供の様に泣きじゃくる私の頭を、


「…………ごめんね、めぐ」

水銀燈は両腕で包み込み、柔らかな胸に導いてくれた。薔薇の指輪を通じて、慈しみの感情が流れ込んでくる。
彼女の冷たい胸の中で、私は思いっ切り、涙を流した。
少しでも、私の涙が彼女の温もりに変わればいいと祈りながら、声をあげて泣き続けた。



「……落ち着いたぁ?」
「ええ……なんだか、スッキリした」

こんなに泣き喚いたのは、久しぶりだった。だから、なのかな。
澱のように沈滞していた蟠りも、しがらみも、全てが綺麗サッパリ、涙に押し流されていた。
心機一転、明日を夢見る勇気を、取り戻せた気がするわ。
ならば早速、行動に移ろう。何もしない者に、後悔する権利は無いのだから。

「ねえ、水銀燈。一緒に、薔薇水晶を探しに行こう?」

こんな提案、即座に拒否されると思っていたけれど、水銀燈は意外にも賛成してくれた。
さっきは言い過ぎたと、彼女なりに反省して……るのかな?

「めぐが、そこまで信じてるなら、心底悪い奴じゃあないだろうって思ったのよ」
 
また、水銀燈は、私が訊くより早く言った。どうやら本当に、私って感情が顔に出やすいみたい。
今度から、気持ちを先読みされない様に、気を付けなくっちゃね。



探し回るに当たって、取り敢えず、水銀燈にはパジャマに着替えて貰った。
ただでさえ銀髪と美貌が人目を惹くのに、看護士の制服なんか着てたら、目立って仕方がないものね。
パジャマは、私と同じもの。三着ほど用意してあるスペアの一着を、貸してあげた。
これなら、少しは普通の患者に見えるでしょ。疑いの目を向ける者も、ぐっと減ってくれる筈だわ。
お揃いのパジャマ姿で、私と水銀燈は、薔薇水晶の探索を始めた。
胸が窮屈だとか、余計なコトを口走る彼女の脇腹に肘鉄砲を食らわせて、探索に集中させる。
……が、病院という場所は思っている以上に千差万別の“気”が満ち溢れているらしく、
未だに本調子じゃない水銀燈は、かなり苦戦している様子だった。

「彼女の霊波動を辿るより、手分けして探した方が早いわねぇ」
「珍しいわね、水銀燈が弱音を吐くなんて」
「……弱音じゃなくて、提案よ。ホントにおバカさんなのねぇ。言葉は正しく使いなさいなぁ」
「はいはい。だったら、水銀燈は病棟を探して。私は、外を見てくるから」

ひと通り見回ったら、一階のロビーで落ち合おうと打ち合わせて、私たちは別れた。
エレベーターで下まで降りた私は、ロビーのソファに座って、ボ~っとテレビを見ている患者達を眺め回した。
そこに薔薇水晶が居ないことだけ確認して、ロビーを横切り、南に面した正面玄関から外に出る。
今朝は晴れていたのに、いつの間にか、空は厚い雲に覆われていた。降り出す前に、病棟を一周してこよう。
私は駐車場の脇を通って、病棟の裏手へと向かった。彼女がまだ帰ってなければ、そこに居る予感がしたから。
だって、あなたとひまわりを見に行く約束だものね。この近くで向日葵を植えているのは、北側の花壇だけよ。


曇天が、霧吹きを使い始めたらしい。
私の頬を細かい水滴が打ち、パジャマが湿気を帯びて重たくなっていく。
急がないと! 小走りに花壇を目指す私の目に、向日葵の前で佇む少女の姿が、飛び込んできた。
緩くウェーブのかかった長い髪。水晶を象った髪飾り。そして、白い肌。
間違いない、薔薇水晶だった。

「薔薇水晶っ!」

私は嬉々として彼女の名を呼び、駆け寄った。
約束の場所とは違うけど、それでも、二人だけの合い言葉を確かめ合いたかったから。
彼女が、いつもの微笑みを向けてくれると信じて、微塵も疑っていなかったわ。
でも、薔薇水晶は、ぼぉ……っと向日葵の蕾を見上げているだけ。

「よかったわ……怒って、もう帰っちゃったかと心配してたのよ」

間近で話しかけると漸く、私の方を向いてくれた。それも、人形のように、ぎこちない動作で。
彼女の頸が立てる、ぎぃぎぃという軋めきが聞こえた気がした。
綺麗に澄んでいた金色の瞳も、今は曇っていて、意志の輝きを感じさせない。

「ど……どうしたの? ねえ、ちょっと。ねえったらっ! 薔薇水晶っ!」
「…………」

私は、彼女の両肩を掴んで、激しく揺さぶった。途端、撥ね除けられる私の両腕。
薔薇水晶は、ビックリして身を竦ませた私の背後に素早く回り込んで、頸に左腕を巻き付かせてきた。
右腕を掴まれ、遠慮も手加減もなく後ろ手にねじ上げられた痛みで、私は呻いた。

「い、痛いっ! 何するのよっ!」
「……なに……するの?」
「ふざけないでっ!」
「……ふざけないで?」

薔薇水晶は薄ら笑いながら、おうむ返しに囁くだけ。
彼女の尋常ならざる態度に、私は寒気を覚えた。この娘は、私の知っている薔薇水晶じゃない。
おそらくは、水銀燈が感じたという、禍々しい気配を放っていた薔薇水晶なのだ。

私の恐怖を煽り立てるように、暗雲の中を光が走る。
続いて、お腹に響いてくる重低音。言わずもがなの雷鳴だ。
長く低く、空気を震わせる雷鳴の合間に、男性とおぼしい高い声が、もつれ合う私たちに話しかけてきた。

「よくやったぞ、薔薇水晶。そのまま捕まえておけよ」
「!? あ、貴方は――」

声のした方に眼を向けた私は、目を見開いて、呆気に取られてしまった。
向日葵を掻き分けて現れた、その人物は――夢で見た、小柄な青年だった。

「慈雲童子っ!?」
「くくっ……懐かしい響きだねえ。その名で呼ばれるのは、実に千二百年ぶりだよ。
 今は、桜田ジュンと名乗っているんだけどな」
「桜田……ジュン?」
「また会えて嬉しいよ。柿崎めぐ――いや、夢占の巫女」
「巫女? 夢……占? なにを言ってるの?」

私には彼の言うことが理解できなくて、バカみたいに、彼の言葉を繰り返すだけだった。
そんな私に、絶え間なく嘲笑を送り続けてくる、桜田ジュン。

「何度も転生していながら、まだ、自分の能力には気付いてないのか。まあ、どうでもいいさ。
 どうせ、もうすぐ君の能力は、僕のものになるんだからな。
 さあ……左腕を伸ばせよ。僕の右手に、君の左手を重ね合わせるんだ」

彼の視線が、私の瞳を射抜く。私の左腕は、私の意志に反して、ゆっくりと上がり始めた。

「千二百年前は、あと少しのところで邪魔されたけれど、今度こそ夢占の能力を貰い受けるぜ」

能力を奪われる事が、どういう結果を招くのか、私には解らない。
それ以前に、頭がぼぅっとして、深く物事を考えられなくなっていた。
目の前が暗転していく。なんだか、とても眠くなっていく。
私の意識は、奈落へと落ちていった。地の底から、誰かの声が聞こえた――気がした。
 
 


 
 
――気が付けば、私は土の上に跪いていた。煌びやかな十二単が、泥にまみれている。
周囲には、横倒しになった牛車や、衛士たちが倒れていた。
死んでいるのか、ピクリとも動かない。
そして……目の前には、慈雲を取り囲む、三人の娘たちが居た。
水銀燈と、翠星石、蒼星石の姉妹だ。三人とも、満身創痍だった。
中央に立つ慈雲は、着衣が破れるどころか、乱れてもいないというのに。

「お前たちも、なかなか頑張るなあ。それだけは誉めてやるよ」

慈雲が、両手で見たこともない印を結び、

「だけど…………そろそろ終わりにしてやる」
「くぅっ! うわぁっ!」
「蒼星石っ?! ひゃぁうっ!」

腕を払っただけで、蒼星石と翠星石は宙に巻き上げられ、地面に叩き付けられた。
身じろぎもせず横たわる二人の周りに、赤黒い液体が、ゆるゆると広がっていく。
そして、私がこの世の誰より1番大切に想っている、水銀燈は――

雷の刃による、電光石火の斬撃で、細い頸を……断ち切られていた。


「い…………嫌ああああああああぁっ!!!!」


これは、夢。全ては、午睡の夢。現実の私は牛車に揺られて、うたた寝しているだけ。
目を覚ませば、私の前には水銀燈の優しい笑顔がある。
そう思い込もうとした。思い込んで、夢から覚めようとした。

けれど、夢は終わらない。悪夢のような現実が、淡々と続いてゆくだけ。
見たくない事実なのに、涙で曇った目を逸らすことが出来ない。

「あ…………あああ……」

水銀燈の首が、驚愕の表情を貼り付かせたまま、温かい血を流しながら私の方に転がってくる。
まるで、死して尚、私の元へ駆けつけようとしているみたい。
私は泣きながら必死に這いずって、彼女の首に近付き、両腕を伸ばして拾い上げようとした。
その手が、横から無遠慮に伸びてきた男の手に掴まれる。

「次は、君の番だよ」
「ひぃっ!」

喉の奥から漏れた空気が、情けない悲鳴に変わる。
怯え、竦み上がった私を見下ろし、慈雲は嗜虐的に唇を歪めた。

「そんなに怖がらなくてもいいだろう? 安心しろよ。僕が欲しいのは、君の能力だけだ。
 用さえ済めば、君も友人たちの元へ送ってあげるから」
「……い……いや」

慈雲のソレは、れっきとした殺人予告。私は、今日、ここで死ぬ。鬼の手で、惨たらしく殺されるのだ。
そう思うと、恐くて、怖くて――身体の震えが止まらなかった。
誰か……誰か、助けて! 心に浮かぶ言葉は、それだけだった。

その間にも、慈雲は常人を凌駕する腕力で、私の左腕を引っ張り続ける。
慈雲の開かれた右手に、私の左手は無理矢理、近付けられていく。
どれだけ抗っても、女の細腕では、引き戻すことすら出来なかった。
このままでは、私の全てが奪われてしまう。恋人も、親友も、自分の能力すらも、全てが。

「ははははっ。もうすぐだ! もうすぐ、僕は夢占の巫女の能力を得る! そして、僕は神になる!」
「嫌っ! こんなの…………だ、めぇっ!」

歯を食いしばって、最後の抵抗を試みようとした矢先、生々しい音と共に、私の左腕は解放された。
勢い余って尻餅をついた私が目を開くと、肘の辺りから切断された腕が、どす黒い血を垂れ流していた。
それは紛れもなく、慈雲の左腕。私の左腕を掴んだまま、ぶら下がっていたのだ。
肌に食い込むほど握りしめられた指を一本ずつ開いて、漸く、慈雲の腕を外すことが出来た。

「その娘から離れなさい! 汚らわしい邪鬼め」

凛とした声が、場の空気を支配した。私は慈雲の左腕を投げ捨てながら、声の主へと顔を向けた。
慈雲と対峙していたのは、水晶の剣を手にした、隻眼の娘……薔薇水晶だった。

腕を切断されて、流石の慈雲も戦意喪失するものと思いきや――

「ふんっ。お前ごとき落魄した輩が、僕を愚弄するのか。身の程を弁えろよ」

慈雲は、これ見よがしに左腕を掲げた。切断された肘から先が、見る見るうちに再生していく。

「薔薇水晶…………お前はもう、夢占の巫女を守護する霊獣じゃあない。
 強大な力を得ようと焦るあまり、浅はかにも、僕の忠実な傀儡に身を窶したんだ。そうだろう?」

にたりと、慈雲が下品に頬を弛めた直後、薔薇水晶は剣を取り落として、苦しげに呻きだした。
彼女が両手で掻きむしって、露わになった胸元には、奇妙な物体が蠢いていた。
広げた手ほどの大きさで、人のカタチをした、不気味な腫瘍が……。
 
 
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