第一話 「空虚な少年」


何でこんなにも気が滅入るのだろう?
いつもこんな調子だ。
その原因はふだんの生活からだろう。
友達もろくに居らずろくな人生を送らず
つまらない人生となっているから
自然とこう気が滅入ってしまう。
そしてそれは世間にとっては大きな日。
高校の卒業式となっても変わらない。
周りでは親子で色々と喋りながら
帰路へとついてるものも居れば
涙を流してしまってる子までいる。
何で此処まで感情を出すことが出来るか疑問に思ってしまう。
大学に上がってもこうなのだろうか?
それを考えるとさらに落ち込んでしまう。
なんてだるいのだろう。
歩くのに疲れたので帰りの道にある小さな木のふもとで腰掛ける。
此処で煙草でも吸って黄昏ていれば顔の良い奴なら
絵にでもなるのだろうが僕のように顔の良くない奴は
やってもかっこよくないだけだし何より吸えるはずも無いので
そういう事はしない。
多少の見覚えがある同じ学校の人らが親子で歩いていくのを見る。
僕の親は元々共働きで外国の方に行ってるので滅多に帰ってくる事はない。
中学入学以降はもうほとんど会ってないだろう。
自分の息子の卒業式だという事も知らないのか普通の人なら来る
卒業式にも来なかった。
まぁ正直言うと親の事など特に考えた事も無い。
中学までの生活でもしょっちゅう出張に行ったりしてて
家を留守にしている事が多かったので親はあまり記憶に残っていない。
唯一残っていると言えば小学生三年生頃に
僕が遊園地に行きたいと泣き叫んでそれが止まらないものだから
しょうがなく連れてく親との遊園地での記憶だ。
その頃の僕は特に遊園地などに興味も無いし行きたいとも思わなかった。
ただ親と一緒に“思い出”という物を作りたくてせがんだのだった。
今になっては親に会いたいとも思わないし
ましてや思い出作りなんて考える事も無い。
こんな事を考える僕は子供の頃から比べると穢れてしまったんだろうか?
見回すと人がもう大分少なくなっている。
自分を合わせても数える程にしか人が居ないので
そろそろ帰ろうかなと思い立ち上がった。
草が少々尻の方についているので手でぱっぱと払いのける。
だるいながらも一応学校に行っていた証、自分の名前の“桜田ジュン”と書かれた
卒業証書を入れた小さな鞄を手に持ち帰路へとつく。
子供の頃の僕はこの卒業証書という物をどのように見ていたのだろう?
友との思い出の証?辛い別れの証?自分が頑張ってきたという証?
結局、現実はその三つのどれでも無かった。
友達なんてのは僕は元々人と喋ったりするのが
それ程好きでも無いので関わったりもしなかったので
友達が出来る事も無かった。
辛い別れなんてのは無論友達は居ないし先生にも何にも
感謝も尊敬の念も思い浮かばなかったし
そのせいか全然別れが悲しいとは思わなかった。
では頑張ったかというと・・・頑張った記憶が無い。
僕は人間関係にも勉強にも趣味も何にも興味が無い。
興味を抱く物以外に頑張るという事は滅多に無い事だ。
学校の勉強だて必要最低限の勉強、成績だったので
頑張ったとは言えないだろう。
“努力”なき人生。
“興味”なき人生。
一体そんな僕の人生って何なのだろう?
空虚で無機質、ほんとにつまらない人生。
そして大学に入ったりしたこれからでもそれは
変わる事は無いだろう。
僕は何の為に生きているのだろう?
立ち止まって考えてみる。
そもそも人生とは何の為に生きるものなのだろう?
友の為?好きな人の為?
その両方僕には居ない。
自分の為?
何のため?満足するため?
人生という長い暇つぶしに満足する為?
“幸せ”に満足する為?

幸せって何なんだろう?

ここ最近の自分はそんな事を考えた事も無い。
そして自分は幸せなのだろうか?
今までの人生は不幸だったのだろうか?
頭をかきながら考える。
1分少々考えていたが何もわからない。
そもそもどうでもいい事だ。
他人の事なんてどうでもいい。
自分の事なんてどうでもいい。
何もかもどうでもいい。
何も考えなくいい。
幸せについてなんて考えなくてもいい。
僕はこうしてつまらないけど適当に生きているだけでいいんだ。
生きる意味など元々無いのだから。
僕は考えるのをやめる。
と言ってもそっから特に考える事など無いので
ぼーっとしながら歩く。
周りの景色など見ても何も思わないし興味も無い。
ただ何も考えず歩いていく。
ある意味これは悟りを開いてるんじゃないのだろうか?
だとしたら凄いのだろうか?
まぁどうでもいいや。
そんな事を考えていると誰かにぶつかる。
痛っ・・・とか思いながらしりもちをつく。
何も考えてないとこうなるから多少は周りに気を配らないとな。
上を見上げてみる。
上を見上げて思わず呆気にとられてしまう。
上下黒のタキシード。
蝶ネクタイ。
片手にステッキを持っている。
それだけでもう不自然なのだが何より変なのは顔が兎なのだ。
気ぐるみだろうか?
「少年。」
「は、はい・・・。」

別に怖くも何ともないし何より
僕に何かをしようとかそういう様子は無いので適当に返事をする。
しかし凄い格好だ。恥ずかしくないのだろうか?

「あなたは幸せですか?否、あなたは不幸とも幸せとも言えない。
 人には珍しく混沌を彷徨っています。
 人によってはその混沌も不幸という方も居るかもしれないですが。」

一体何を言っているんだ?
そんな僕の考えとは裏腹にこの兎面は話を続ける。

「あなたは“幸せ”を知る時が来るでしょう。
 その幸せとは何か?それは人との触れ合い。
 大切な人との触れ合い。
 その幸せに身を注ぐ事を勧めましょう。」
「何を言ってるんだ・・?」
「人生のアドバイスとでも言えばいいのでしょうか?
 あなたにとってはこれがきっと“道標”になるはずです。
 少年、幸せの道を選びなさい。」
「は、はぁ・・・。」
「出来るなら・・・時を越えなさい。
 そして“道標”をかざしなさい。」
ほんとに何を言ってるのかがわからない。
日本語かどうかも疑わしくなってきた。
しかし僕にこんなに喋りかけてきて何なのだろう?

「はぁ・・・ところであなたは誰ですか?」
「私ですか?私はですね・・・そうですね。
 時を超え歩く白兎。それもただの白兎では無く
 化けの皮を被った“因幡の白兎”という所でしょうか?」

聞いて損した。やはり何を言ってるかがわからない。
こういう場合って警察を呼んだ方が良いのだろうか?

「さて・・・“道標”は此処まで。
 此処から先はあなたは頑張れる筈です。
 あなたが忘れてしまった“努力”というものが出来るでしょう。
 それでは御機嫌よう。」

そう言うと白兎は後ろを向いて何処かに歩いていった。
僕は暫くその姿を見て姿が見えなくなってきた所ではっとし
ずっとしりもちを着いてた事を思い出し立ち上がる。
周りの視線がこっちに集中しているが別にどうでもいい。
多少気になっていたが少しするとどうでもよくなる。
鞄を拾い歩き出しながら考える。
一体何だったのだろう?
特に他人の事は気にしない主義だがあそこまで
ぶっ飛んでる人間だと流石に気になる。
何で僕に喋りかけてきたのだろう?
僕に喋りかける理由を持つ人物に心当たりが全く無い。
友達は居ない、親も居ない
それどころか通ってた学校で自分の事を知ってる人が居るかどうかすら危うい。
あんな兎面に僕は会った事があるのだろうか?
いや絶対無い。
あんなもんに会ったら流石に覚えているだろう。
ぼちぼちと歩きながらずっとさっきの事を考える。
結局あの兎面は何を言いたかったのだろう?
僕は幸せになれるだなんて言ってたがなんのことやら。
大切な人というのも居る訳もない。
周りを見ると同じ学校の人が僅かに居るが
僕を意識したりなんて事は無い。
大切どころか存在すら忘れかけられている。
そして気になったのは“努力”する事が出来る、だなんて言ってた事だ。
僕が何の為にそういう事をしなければならないのだろう?
ひたすら考える。
が、全く分からない。
まぁ・・・どうでもいいか。
分からないものを考えてもしょうがない。
時間が無駄になるだけだ。
印象が強すぎて忘れるに忘れるのは無理そうだがまぁいい。
そんな事を考えていると家にようやく着く。
狭い門を開きポケットから鍵を出し
玄関のドアを開ける。
世間一般ではよくある“ただいま”という台詞は
僕は特に使う事は無い。
親も居ないし一応姉も一人居るのだが
姉は数年前に結婚して家を出て行ってしまっている。
なのでこの家は僕一人な訳だ。
ある意味一国一城の主な訳だが特に嬉しくも無い。
二階の自分の部屋へと行く。
鞄を放り投げ堅苦しい卒業式用の服を脱ぎ捨て
部屋の電気を消してカーテンを閉める。
時間的には寝るのに早いが起きてたってする事も無い。
起きてたって無駄なだけだ。
なので寝る事にする。
ベッドへと入り静かに目を瞑る。
大学の入学までどうしようか?
する事というのが何も無い。
こうやってずっと寝てても良いな。
まぁ適当に過ごそう。
僕は考えるのをやめ眠りへとおちていった。
卒業式から何日ぐらいが経っただろうか?
もう二週間近くの日にちが経っている。
二週間の間、僕は特にする事も無いのでずっと家に居た。
外出したのといえばインスタントの買い溜めに
一回行ったきりだろう。
大学の入学はもう明後日に迫っている。
用意はもう何週間も前に終わらせているので急ぐ事も無い。
が、万が一忘れ物などしている場合があったりしたら困るので
持って行くものなどをチェックする事にする。
書類に記された物と鞄の中の物をチェックしていく。
一つ一つ注意しながら見るが特に忘れているものは無さそうだ。
鞄のチャックを閉じて床に置いておく。
さて・・・もうする事も無いし寝ようか。
此処最近の睡眠時間は一日20時間を越えていて
一般人と比べるとそれは異常なのだろうが
それ以外にする事も無いのでしょうがない。
普段からパジャマを着ているので着替える事もなく
ベッドに入ろうとするがそこで玄関のチャイムが鳴る。
全く・・・誰なんだ?
僕を訪ねようとする物好きは誰も居ないと思うのだが。
普段着に着替えるのも面倒くさいのでパジャマのまま
一階にと下りていき玄関のドアの覗き穴から
誰が来ているかを確認する。
何だ、新聞の集金か。
僕はドアを開けて待ってて下さいと一言言うと財布を探す。
此処最近触れていないので見つけるのにとまどったが
5分程するとようやく見つかる。

財布を持って急いで新聞屋の元へ行き一言謝って代金を渡す。
姉と一緒に住んでいた頃から新聞を契約したままのだが
特に読む事も無いのでそろそろ解約しようか?
まぁ面倒くさいしどうでもいいか。

「それと郵便が来ていますよ。」
「・・?そうですか、どうもありがとうございます。」

新聞屋はそう言うと出て行く。
しかし郵便だなんて誰からだろう?
ポストを開けて手紙を取り出し僕の部屋まで持っていき
ベッドに座りながら郵便の封を開く。
綺麗な紙に印刷された内容はというと
それは小学6年の時のクラスの集まりがあるという事だ。
日にちは大学入学式の翌日。
一応休みの日なので行く事は出来る。
しかし特に行く理由も無い。
サボってしまってもいいかな。
そんな事を考えていると今度は電話がかかってくる。
全く誰なんだ・・・?今日は忙しい日だ。
電話を手に取る。
「もしもし?」
「ジュンかしら?」
「そうですがあなたは?」
「あなたは?じゃないかしらー!金糸雀かしらー!」

怒鳴った声で思い出す。
そうだこいつは金糸雀だ。
元々小1の時からずっと友達だった女だ。
その頃の僕は今のようにつまらない人間じゃなかったので
友達だって何人か居た。その一人がこいつだ。

「お前か・・・随分と久しぶりだな。」

僕は小6になって僕は中高一貫の学校を受験して
別々の中学校にへと行ったので
金糸雀とはずっと会ってなかった。
電話すらも全然していない。

「何年ぶりかは忘れたけど兎に角久しぶりかしらー!」

その位計算しろと言いたかったが口を伏せる。

「で、しかし何の用なんだ・・・?
 電話だって全然してなかったのに。」
「同窓会についてかしらー!」

そう言われて手紙に視線を移す。
成る程、これの事か。
「勿論ジュンも来るかしら?」

元々そんな行く気も無かったのだが
こうやって人に直接言われると自分の意見は言いにくい。

「ん?ああ・・・まぁ行くつもりだな。
 大学の入学式の次の日がちょうどその日で特に用事も無いからな。」
「カナも同じかしらー!どうせだから一緒に行くかしらー!」

全く話が進むのが早い。
もう僕は行く事に決定しているし・・・。

「ああ・・・いいよ、待ち合わせかなんかするか?」

と言っても断れるわけも無いので話を進める。
そう言うと金糸雀は嬉しそうに喋りかけてくる。

「じゃあ朝の十時に駅前に集合かしらー!
 ジュンは引っ越してはいないかしら?」
「ああ、全く引っ越していない。
 だからお前の言ってる駅と同じ所だろうな。」
「良かったかしらー!引っ越していたら大変だったかしらー!
 じゃあ同窓会の日にまた会うかしらー!」

そう言うと金糸雀は電話を切ったらしく
電話からはツーツーという音しか聞こえない。
全く、話すのも早ければ切るのも早いな。
電話を充電器の所に戻しベッドにへと寝転がる。
しかし・・・こんな事になるなんて予想外だったな。
金糸雀が電話をかけてくるなんて。
ひょっとして僕がサボろうとでも考えてるのを予想してたのか?
それで電話をかけたとか。まさかな。
電灯の紐を引っ張り電気を消す。
短いと立ち上がってわざわざ消さないといけないから紐を長くしている。
なまけものの知識という所だろうか。
目を閉じる。
まぁ・・・どうせ暇が潰れるだけだし別に良いか。
そんな事を思いながら僕は眠りにつこうとしたが

“あなたは“幸せ”を知る時が来るでしょう。
 その幸せとは何か?それは人との触れ合い。
 大切な人との触れ合い。”

ふと卒業式の日の兎の言葉を思い出す。
大切な人・・・まさかな。
あんな言葉に意味がある筈が無い。
まぁ・・・このつまらない人生が何か変わるというのなら歓迎だ。
つまらない期待でもしておこう。
僕はそう思いながら眠りについていった。

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最終更新:2006年09月07日 21:19