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頭上には青空、此処は高い木の枝の上にある私の巣。
ただ空に憧れてこんな高さまで私は必死に木を登り続けた。ずっと、ずっと高いところまで登りつめようとした。
でも空はどんどん遠くなるばかりで全く近付けない。登っても登っても空の遠さを知るばかり。
いざ、飛ぼうとしたって羽がない。此処が私の限界だったんだ―――



学校の音楽室のベランダを借りて自前のヴァイオリンを奏でている少女がいる。それは私、金糸雀だった。
カナは小さい頃からずっとドジばかりをしていて失敗ばかりやらかしていたのだがヴァイオリンだけはそこそこ上手く演奏が出来た。
ヴァイオリンを演奏して珍しく両親や周りから褒められるのが純粋に嬉しくってひたすらヴァイオリンの練習ばかりをしていた。
自分で言うのも何だがそこそこ才能もあってそれを補う努力もちゃんとして来た。そのためにカナは上へ上へと登り詰められた。けれども其処で私は天空の高さを知った。
残酷なまでに高すぎてカナは足がすくんでしまう。これがカナの限界………?

 「はぁ…やっぱり駄目かしら。」

この程度の技術で音大に行けるわけもない。ましてやずっとヴァイオリンをやり続けれる訳がない。
空の深さを知った私は己の力の至らなさと現実の厳しさに打ちひしがれてしまっていた。



それでもずっとやり続けていたヴァイオリンを惨めにも手放せないでいる。
だって………カナの演奏を楽しみにしてる人がいるから。

 「ただいまーかしら。」
 「あ、カナお帰りー。」

この綺麗で利発そうな顔をしている大人のお姉さんは草笛みつ、カナの従姉妹で実を言うとカナにヴァイオリンを教えてくれた人でもある。
訳あってカナは親と離れて暮らしており今はこの人と同棲している。カナは尊敬と親しみを込めてみっちゃんと呼んでいる。
けれども完璧そうなみっちゃんにも弱点というものがあった。それは………

 「帰りが遅くってちょっと心配したんだから…。」
 「ご、ごめんなさいかしら。」
 「あーん!俯いて上目遣いで謝るカナ、可愛いーーー!!」
 「み、みっちゃーん!!カナのほっぺがおっぺけぺー!!」

そう、みっちゃんはかなり奇特な人で可愛いものに目がなく彼女の眼鏡に適った子には誰彼構わず頬擦りをすることである。
その頬擦りの力は尋常じゃなく頬擦りによる摩擦熱は下手したら自転車のライトですら点灯することが出来るかもしれない。
でもカナはそんなところを含めてみっちゃんのことが大好きだった。
大好きだから…裏切りたくない。みっちゃんにヴァイオリンを止めたいということをいえ出せずにいた。
みっちゃんはカナの弾くヴァイオリンが大好きだったから、カナが止めると言ったらきっと悲しんでしまうだろう。
それだけではない、カナがヴァイオリンを止めてしまったらみっちゃんはカナのことを省みなくなってしまうかもしれない。それが一番怖かった。

 「ね、ねぇみっちゃん?」
 「どうかしたのカナ?今日はカナの大好きな卵焼きがあるからねー♪」
 「そ、それはとっても嬉しいかしら!」

やっぱり言い出せない。この日もみっちゃんには言い出せずにずっとカナの胸の中にしまっておくことになってしまった。
もしも、みっちゃんに言ったらみっちゃんは本当にどんな顔をするのだろうか。今まで通り笑顔でいるのだろうか、それとも悲しい顔をするのだろうか。
みっちゃんに嫌われたら…それを考えるだけでとても怖かった。そして考える、私からヴァイオリンを取ってしまったら何が残るんだろう?



朝になってカナは学校へ行くべく起き出す。みっちゃんは朝早くから仕事に行っており話をする機会はない。必然的にあの話をするなら夜しかないのだ。
いつも作り起きして行ってくれるみっちゃんの弁当をもってカナも家をあとにする。今日も文化祭に向けて練習するためにヴァイオリンを持って。
学校の授業も何の滞りもなく終わりカナは再び音楽室へと向かった。其処には練習をしている吹奏楽部のみんなが一緒に練習をしていた。
みんなで一つの目標に向かって突き進むその姿に憧れを抱いていた時期もあった。けれども今回の舞台は一人でやらないと意味がない。
カナは顧問の先生に断ってから音楽室のベランダで練習をすることにした。ヴァイオリンを箱から取り出して自分の頭上いっぱいに広がる空が眩しい。
何故か自然と涙が出ていた。どうして自分が泣いてるのかわからない。今までずっと一緒だったこのヴァイオリンとの別れが近付いてるから?
これで自分が空っぽになってしまうから?ヴァイオリンを止めてみっちゃんが悲しむかもしれないから?
泣きながらもカナは必死でヴァイオリンの練習をした。大きな空にその音色は吸い込まれて行くように谺する。
それは悲しみの音色のように聞こえた。きっとこの長年の相棒のヴァイオリンも別れが近いことを惜しんでいるのだろう。
だから、残された日の練習の全ては思いっきり弾いてあげたい。もうこの子の弦がはち切れてしまうほどに。

翌日、何度も音楽室を借りるのも悪い気がするので今日はいつも鍵が開いているやや広い多目的室を使うことにした。やっぱり室内の方が落ち着く。
結局、昨日の夜もみっちゃんに言えなかった。もう文化祭まで時間がないのに自分は何をやっているんだろう。これが最後の舞台なのに、みっちゃんに見て欲しいのに。
そうすれば、カナは夢を諦められるのに………

 「はぁ………ってうぉわ!?」

ふと教室を見ると覗いている人がいた。女子生徒で校章と上履きの色を見る限り私と同じ3年生だろう。

 「み、見たかしら?」
 「そうねぇ、バッチリ見ちゃったわねぇ。」

その子の肌はとても白く長い銀髪に赤色の瞳という容姿だった。こんな奇抜な容姿はあの不良で有名な水銀燈ぐらいしかいない。
どうして不良の彼女が此処にいるのだろう?ひょっとしてカナが何か気に入らないことをして目をつけられたのかもしれない。
何をされてしまうのかビクビクしていたのだが彼女は噂に聞くほどの怖い印象は持てない。言動はキツイところがあるかもしれないが優しさが滲み出ている。
お互い名乗る機会がないのもどうかと思うので一応、名前を尋ねた。

  「ところで貴女は誰かしら?」
 「まず自分から名乗ったらぁ………私は水銀燈よ。」
 「私は金糸雀かしら。これでも3年生なのかしら!」
 「さ、3年生!?」
 「ふんだ、どうせカナは1年生にしか見えないかしらー!」

気にしていることだったので拗ねてしまう。それはやっぱりカナは発育不良かと思うほど背も小さいしスタイルもいいわけじゃないし…。
童顔で未だに電車でも子供料金で通れるとまで言われるけど…ってこんなことしてる場合じゃなかった。
気を取り直して再びヴァイオリンの練習を始める。水銀燈はそれでもずっと此処に居てカナの演奏を聴いていた。
何気に初めてのお客さんなので緊張する………。でも聴いてくれる人がいるというのはやり甲斐にも繋がるかもしれない。
一生懸命に弾いた、カナもヴァイオリンも、それでもやっぱり自分の思ったように上手く演奏できない。このままじゃあ…中庭コンクールにすら出れない。

 「やっぱり駄目かしら。こんな演奏じゃあ…中庭コンサートに立てないかしら。」

溜息も自然と出てしまう。これ以上練習しても意味がないと思ってヴァイオリンを片付け始めた。
カナが突然、演奏をやめてしまったので水銀燈は驚いている。失敗したのかと尋ねてくるが失敗はしていない。
しているとしたらこうしてヴァイオリンをやっていることなのかもしれない。

 「カナぐらいの腕前を持ってる人なんて幾らでもいるかしら。カナは音大に行ってヴァイオリンをやりたいけどこのままじゃ駄目かしら…。
  だからキッパリとヴァイオリンをやめるために文化祭みたいな舞台を最後の演奏の場にしたかったけど…。
  何だか文化祭でソロでやるのも嫌になって来たかしら…。」

みっちゃんにすら言えなかったことをどうしてこんな初対面の人に言ってしまうのだろう。悔しさで胸がいっぱいになっていた。自分が情けなく思えてきた。
カナが一生懸命悔し涙を堪えてヴァイオリンを片付けていると水銀燈がおもむろに言った。

 「………貴女がどうしようが私には関係ないのかもしれないけどぉ、貴女はコンサートをやるべきなんじゃないのぉ?
  もう文化祭の実行委員にやるって言っちゃったんだし、何よりも貴女の演奏を楽しみにしてる人がガッカリするんじゃなぁい?」

カナの演奏を…楽しみにしている人?みっちゃんが………ガッカリする?

 「そ、そうだけど………」
 「まぁ、文化祭までもう少し時間があるんだしよく考えなさぁい。最悪、コンサートをドタキャンすればいいんだしぃ。」
 「ど、ドタキャンって………ってコレは何かしら?」
 「私からのエール、乳酸菌とって腹痛にならないようにねぇ。」

ヤクルトを無理矢理手渡されて水銀燈は教室を出て行った。残されたカナは暫くの間、教室で呆けているようにずっと考え事をしていた。
今夜、今夜こそ…みっちゃんに本当のことを言おう。言って…絶対に中庭コンサートを見て貰おう!



そして夜、みっちゃんが残業から帰って来た。帰って来るなり頬擦りをされてほっぺが摩擦熱で火傷しそうになったけれども大丈夫。
帰りの途中でドンキホーテか何処かで見つけて来たのかアンミラの制服を買って帰って来ていたらしい。一先ずカナはみっちゃんに言われたまま着替えることにした。

 「みっちゃーん、着替え終わったかしらー。」
 「ハァーイ………あーん、もうっカナったら可愛ぃーーー!!」
 「みみみ、みっちゃーん!ほっぺがめくるめくまさつねつぅーーー!!」

再びみっちゃん必殺の頬擦りを食らわされてしまう。これもみっちゃんの最上級の愛情表現なのだ…甘んじて受けよう。
一通り摩擦熱を味わってからカナは意を決してみっちゃんに今の胸中を打ち明けることにした。夕ご飯の支度を少し待って貰って向き合って貰う。

 「あ、あのね…みっちゃん…聞いて欲しい話があるの。」
 「え、なぁに?」

カナの真剣な表情を汲み取ってくれたのかみっちゃんはちゃんと目線が合うようにややしゃがんで聞いてくれた。
みっちゃんの顔を見るといつも通り言うのが辛くなる。でも何時か言わなくちゃ…自分のためにもみっちゃんのためにも…。

 「カナ…今度の文化祭の中庭コンサートでヴァイオリンの演奏をすることになったんだけど…。」
 「うんうん。」
 「このコンサートで…ヴァイオリンを弾くのを………止めにしようかなって思ってるんだ…。
  カナは其処まで才能も技術もないから…もう、止めたいって思ってて………だから、その…最後の舞台にはみっちゃんにどうしても聞いて欲しいって…」
 「うん。」

みっちゃんは悲しいというよりも寂しそうな表情でカナの言っていることを聞いてくれた。そしてみっちゃんも口を開く。

 「実を言うとね…ちょっとだけ気付いてたんだ。カナがヴァイオリンを止めたそうにしてるって…。
  だって最近だと家ではヴァイオリンの話題もしないし演奏もしなくなっちゃったもんね。」
 「みっちゃん…。」
 「でも、中庭コンサートはちゃんとやってね?私ちゃんと聞きに行くから。私のためじゃなくってカナのためにもちゃんとやり遂げるのよ。」

笑顔を向けてカナに話しかけるみっちゃん。その笑顔は作り笑いとは違う、違うのだけれども笑顔の中にも何処か寂しさを漂わせるものがあった。
長年一緒に暮らしているのでそれぐらいはカナにだって分かる。もうカナは引き返せなくなった。けれども覚悟は決めた。絶対に中庭コンサートは今までで最高の演奏をしよう。
そのためにはこれからもちゃんと練習しなければ…。



今日は文化祭二日目………ついにこの時が来た。中庭に造られた舞台の上に私と相棒のヴァイオリンは立つ。
その目の前に作られた観客席には色々な学年の生徒がたくさんいた。生徒だけではない、一部一般の人もいる。
その中にみっちゃんがいた。心臓が早鐘を打つように暴れ回る…けど、カナには世界で一番頼もしいパートナーがいる。
ただ、自分の持てる力全てを使い切ってこの舞台を自分の中で最高の演奏で魅了するだけだ。
私はゆっくりとヴァイオリンの弓をひく…。音は、カナの思いはこの遠く晴れ渡る空に谺した…。
やがて時は蛇行するかのようにゆっくりかと思えば吹き荒ぶ風のように通り過ぎて最後の音色に近付く。やれることは全てやった。もう悔いはない。
最後の音色が、奏でられた。演奏の終わったカナは一礼する。中庭は静寂に包まれていた。やっぱり、ヴァイオリンのソロ演奏なんて盛り上がらないのだろうか?
諦めかけていた頃、一つの拍手が起こった。それに誘われて中庭は爆発的な拍手の量に埋め尽くされていた。
周りを良く見ると中庭に入れなかった人は校舎の中からも見ていた。みんな…こんなカナの演奏に感動してくれたのだろうか?
誰かに感動を与えれる。何かをしている人にとってそのことは本懐だ。皆がカナの演奏を聞いて何かを感じ取ってくれたことがとても嬉しい。
もう一度礼をしてカナは舞台を降りた。そうだったんだ………遠いと思っていた空に届くことはなかったけれども、これでいいんだ。大好きな人達に感動を与えられれば………上へ行けなくても、ゆっくりでいいから前へ進めれば。

 「ふん、ちゃぁんと自分で演奏できるじゃないの…」
 「ちょっと、水銀燈!人手が足りないのよ。ちゃんとして頂戴!」
 「はいはぁ~い…全く、何で私がこんなこと………」

頭上には青空、此処は高い木の枝の上にある私の巣。
ただ空に憧れてこんな高さまで私は必死に木を登り続けた。ずっと、ずっと高いところまで登りつめようとした。
空に到達することは出来ないけれども、私は空を飛ぶことが出来た。羽ばたくことが出来た。そして知る―空とは到達するところでも見上げるものでもない、飛ぶところなのだと。
私は鳥、この晴れ渡る大空を自由に飛び回る鳥…。空の深さを知り、何処までも飛んで行ける翼を得た。
私の羽ばたきは今日も谺する―――

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