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夢の話をしよう。涙の味のする果実だよ。
人は生きるたびに涙を流し続ける。悲しいのか、嬉しいのか、苦しいのか…その理由は人それぞれ。
やがて涙は新たな笑顔と希望へと昇華され明日を生きる糧となるはずだから。
夢の話をしよう。涙が涸れてしまう前に―――


私の名は水銀燈、この間なんと18歳になりました。ってそんなことはどうでもいい。今はたださっさと学校から帰りたい気持ちで一杯だった。
理由は二つある。一つは学園祭の準備をしなければならなくてこれがとてつもなく面倒臭い。二つ目は学園祭の喫茶店での衣装だ。
少し前のオタクブーム(?)とかいうのに則ったのかウチのクラスの喫茶店はなんと女子は全員メイド服の着用が義務付けられてしまっている。
正直言ってあんな恥ずかしい格好は余りしたくない。というか自分のキャラじゃないと思う。こういうのは雛苺が一番適任な気がした。
ちなみに私は今、教室にいるのではなく家庭科室で一人の男子生徒に付き合わされている。彼の名は桜田ジュン、クラスの男子の中でも余り目立たない存在の子だ。
付き合わされていると言っても男女関係のそういうのではない。彼が殆どの女子のメイド服を作っていて私のも作っているから試着して欲しいとのことだった。

 「よし、できた……じゃあ僕は家庭科室の外で待ってるから着てみてくれ。」
 「はいはい…それと、覗いたりしたらブッ飛ばすからね。」

誰が覗くか!と力一杯に否定する。確かに彼は余り目立たない子かもしれないけれどもこういう風にからかうと面白いというのが今回わかった。
今度暇なときにでもまたからかってやろう………。早速私はスカートを脱いでからシャツを脱いでジュンの作ったメイド服を手に取る。
こうして見るととてもいい出来だった。これを人数分作っているのだから大した腕前である。彼には裁縫の才能があるのかもしれない。
余り着たくないメイド服に袖を通してみる。結構、着心地はいい………気になったので鏡で自分の姿を見るが様になっている気がする。
きちんと私のサイズにも合わされておりその辺に彼のこの作品への意気込みが感じられる。余程、裁縫をするのが大好きなんだろう。
と、一人で感心してる場合じゃなかった。家庭科室の前で待機しているジュンを私は招き入れる。

 「どうだ?窮屈なところとか変なところは無いか?」
 「大丈夫よぉ…けど、貴女って凄いのねぇ……こんなのを殆ど一人で作れるだなんて…」
 「まぁ僕が役に立てるのはこのぐらいだからな。後はお前達女子の頑張り次第なんだし。」


考えてみればどうして私はこうも協力的にしているのだろう?文化祭に出るつもりはなかった筈なのに…。

 「いや、だから私は文化祭には………」
 「勿論出るわよね、水銀燈?」

突然、私とジュン以外の声がする。声の主を見ると私と同じくメイド服を試着している真紅だった。
私とは違ってやや背丈が小さい真紅のそのメイド服姿は女である私でも少しそそるものがあった。まぁ、中身を知っていなければの話なのだが。

 「あらあらぁ、真紅ってば貧相ぉ~、そんな胸が目立つ格好をしていれば貴方の小ささも一層際立ってるわぁ。」

真紅の絆ックルが飛んで来るが小さい頃からこの攻撃をされ続けていた私はもはや条件反射のようにそれを首を横に動かして避ける。
避けられた真紅はとても悔しそうに此方を睨んでいた。少し言い過ぎたのかもしれない。

 「ふん、貴女こそそんなに胸を強調し過ぎると胸だけしか見られないんじゃないのかしら?」

前言撤回、やっぱりこの子に情けは無用だわぁ…。いつか絶対にジャンクしてやるんだから…。
其処で私はいいことを思いついた。私と真紅のやり取りを呆然と見ているジュンの腕に私は突然抱きついて出来るだけ猫撫で声で言う。

 「ねぇ、ジュンはどっちが似合ってると思う~?勿論この私、水銀燈よねぇ?」
 「い、いや…その……」
 「ちょ、何しているの水銀燈!?ジュンから離れなさい!!」
 「あらあらぁ?貴女は気にならないのぉ?男の視点から見て私と貴女どっちが魅力的なのか…それとも彼の口からそれを聞くの怖いのぉ?」
 「そ、そんな訳ないじゃない!さぁジュン、どっちが魅力的なのか答えてみなさい!」

私と真紅は更にジュンに迫って行く。流石のジュンもこのような状況に耐えられないのか何か訳のわからないことを言って家庭科室を勢いよく出て行く。
ちょっとイジメ過ぎたかもしれない。


 「全く…甲斐性無しねぇ。どっちが可愛いか言うだけなのに。」
 「ジュンを悪く言わないで頂戴。きっとどっちかが傷付くと思ってあんなことになったのよ。」

其処で何故か真紅が反論する。人のことを持ち上げるなんて彼女には珍しい。
なんとなく確証はなかったのだが彼女に聞いてみる。

 「もしかして…貴女ジュンのことが………。」
 「ち、違うのだわ!誰もジュンのことが好きだなんて…」
 「貴女自分で自滅してるわよぉ………。」

しかし意外だった。真紅の好みはもっとこう…絵に描いたような王子様みたいな人だと思っていたのにあんな普通の子だなんて…。
今まで真紅に告白して来た男子が聞いたらきっとジュンは翌日には病院で意識が覚めることだろう。
私は面白そうなのでさらに突っ込んだことを真紅に聞いてみる。

 「あの子の一体何処に惚れたっていうの?」
 「………それは秘密なのだわ。」
 「何よそれぇ、吐いちゃいなさいよぉ。」
 「だから秘密!」

しつこく聞く私を振り切るように真紅もまた家庭科室を後にする。メイド服のままで。
からかう相手もいなくなったし五月蠅い真紅もいなくなったので私は着替えて学校から脱出を試みる。
まんまと脱出に成功した私はいつも通り裏門からめぐのいる病院へと向かう。
一応、私も女なので人の恋の話には嬉々として話したがる性分なのだ。相手もめぐなので言い触らすことはないだろう。


病院へ辿り着いてめぐの病室の前まで来ると大声で怒鳴り合う声が聞こえて来た。図太い男の声といつも聞くめぐの声だった。
二人は激しく討論をしている様子で私はそれを聞くのが躊躇われたので気になりつつも売店で時間を潰すことにした。
売店へ行く途中でも私はずっとめぐと両親のことを考えている。前から仲は険悪だったのだがここ最近は口論が多い気がする。
どうして実の親子なのに仲良くできないのか私には理解できなかった。私なんて………。
めぐがこれ以上寂しい思いをしないようにこれからもずっと一緒で居てあげなければならないかもしれない。
30分ぐらい経ったのでそろそろ口論も収まっている頃だろうと思い私は再びめぐの病室へと向かう。病室には既にめぐ一人だった。
私は何も聞いていないふりをしてめぐに挨拶をする。めぐも何事も無かったかのようにいつも通り私にしか見せない微笑で挨拶を返してくれる。
もしもできることならば先ほど見たものを完全に自分の中で無かったものにしたい。今のめぐの私への対応が隠し事をしている決定的な証拠なのだから。


 「今日はどうだった?噂のメイド服は今度こそ着れたの?」

無邪気に私に語りかけてくれるめぐ…。むざむざこの関係を崩してまで私は本当のことを聞きたくはなかった。
今が楽しければ………例えこの関係が夢のような幻であったとしても辛い現実よりも大切なもののように思えた。だから、私も夢を続けることにする。

 「ええ、着たわよぉ。実を言うとねぇメイド服を作ったのは男子なのよぉ。」
 「え、そうなの?じゃあその子はクラスの殆どの女子のスリーサイズを知ってることになるわよね…。もちろん、水銀燈のも。」

そう言えばそうだった。まぁこのぐらいは役得なのかもしれない。クラスの女子の殆どの衣装を手掛けるのは尋常じゃないほどの苦労を伴うのだろう。

 「それと凄くいい出来でねぇ。ジュンって言う奴なんだけどぉあれは才能だと思うわぁ。」
 「ふ~ん、将来はデザイナーか何かかもね。」
 「それとニュースなんだけどぉ…真紅の好きな子が発覚したわ。」
 「そのジュン君って子でしょう?実を言うと真紅からそのお話は聞いてるのよね。」

なんだつまらない…。というか真紅はめぐのところに来て恋の話でもしているのだろうか?
めぐならば誰かに言うということもないのだろうし安心して色んなことを話せるのかもしれない。現に私もこうして話しをしようとしていたのだし。

 「何時から好きなのか知ってる?」
 「そうね…確か高校1年生の頃には既にジュン君のことは知ってるみたいだったわよ?」
 「そ、そんなに前からだったのねぇ…道理で告白とかされても断り続ける訳だわぁ。」
 「でもあの子って素直じゃないから。なかなか自分からは告白できないみたいなのよね。この間も告白してみたら?って言ったら赤くなって黙っちゃって…。」

あの真紅がそんな可愛らしいことをしたのが私には信じられなかった。それほどまでにあのジュンという男子のことを想っているのだろう。
普段ならば絶対に考えもしないことを私は考えていた。そしてそれを実行してみようと思ったので明日辺りに真紅に許可を貰いに行こう。
これもメイド服を着せられる腹癒せのようなものだ。あの二人が面白い状況になればそれでいい。


翌日、私は珍しく真紅を誘って昼食を食べていた。普段ならば屋上で昼食を食べていると真紅がやって来るカタチである。

 「貴女から誘うなんて珍しいこともあるのね。」
 「そろそろ寒くなる時期だから屋上も辛いのよねぇ。」
 「前置きはいいわ。さっさと言いたいことを言いなさい。」

幼い頃の『腐れ縁』のためか真紅は変なところでめぐよりも私への対応がいい。正直言っていつこの話題を切り出そうか少し迷っていたので言葉に甘えさえて貰おう。

 「そうねぇ…貴女ってジュンのことが好きでしょう?」

わざと普段どおりの声の大きさで言ってやる。真紅はその名の通り赤くなって弁当箱のご飯を掬おうとしていた手に持っていた箸の動きが止まったかと思えばカタカタと震えている。
なんとも分かり易い反応だ。真紅の意外な一面を初めて目の当たりにしたので新鮮さすら込み上げて来る。

 「こ、声が大きいのだわ!そ、そんなこと…前に言ってしまったことじゃない…。」
 「それで貴女は恥ずかしくって告白できないんでしょう?だったら私が代わりに言ってあげようかなぁ~って…」

今度は真紅は持っていた箸を落としてしまう。赤くなっていた顔はより一層赤くなって来ていた。

 「そ、それは流石に抵抗があるから………その、私が体育館裏で待っていることを伝えてくれればいいのだわ…。
  こ、これは私の問題なのだから…肝心なところは私が言わないと………。」

驚いた、あの真紅が私を頼っているなんて…。昔から犬猿の仲だった私達は反発心からかどんなに困難な状況になっても決してお互いの手を借りることはなかった。
それほど今までジュンを想い続けていた2年間は彼女にとって困難なものだったのだろう。面白半分で言い出したものなのだが私にも責任というものが出て来た。
真紅に今日もジュンは別の女子のメイド服を製作するために放課後は家庭科室にいるだろうと言われたので私は放課後に家庭科室へ行くことにする。


そして放課後、私は真紅と打ち合わせをした通り家庭科室へと向かう。途中で校舎の外で雛苺と巴が一緒に帰る姿を見た。
二人とも楽しそうに談笑をしているのだがやはり前見たときと同じで雛苺は歩き方が少し変だった。まるで怪我している足を庇うかのようにしている。
巴が何も言わないのならば心配はないのだろうが………駄目だ駄目だ、最近少しお節介が過ぎている気がするので気にしないことにする。
私は不良で余り人に干渉しないのがモットーの筈だった。考えてみればこのお節介焼きなのが始まったのはめぐのお見舞いに行くようになってからだ。
更にこうしていつも喧嘩ばかりしている真紅のために動いている。なんだか複雑な気分だったのだが不快には思えない。
そうこうしているうちに家庭科室の前まで来ていた。何故か真紅でもないのに私まで緊張してしまう。私はゆっくりと扉を開ける。

 「御機嫌よう~…ジュン居るぅ?」
 「ん?どうしたんだ水銀燈?」

メイド服の元となる生地を縫い合わせていたジュンが其処にいた。こうして見ると彼の手際はとても良かった。
きっと幼い頃からこういったことをしていたのだろう。この子の魔法の指は才能だけではなく努力のお陰なのかもしれない。
真紅が惹かれた理由も何となくわかった気がしないでもなかった。どうやら彼女には人を見る目があるらしい。

 「えっとね…ジュンには好きな人がいるのぉ?」
 「何だよ行き成り………。そうだな、居ることは居るぞ。」

ジュンの言った言葉に一度私はギクリとする。もしもそれが真紅じゃなかったならばこの作戦は失敗だ。
たとえ真紅が告白したとしても真紅以外の子が好きならば断られて彼女が傷付くかもしれない。
仕方がないので一応、ジュンの好きな子を聞き出してそれからこの後の対応を考えよう。


 「あらそうなの?……ち、ちなみに好きな子って誰か教えてくれないかなぁ~なんて…」
 「………本当に言ってもいいのか?」
 「ええ、勿論よぉ(言ってくれないとこの後の行動が取れないじゃない!)」

ジュンは裁縫している手を休めて不意に私に向かって真剣な眼差しを向ける。普段は見せない彼の表情に私は一瞬だけときめいてしまった。
すると唇に何か柔らかいものが当てられていることに気付く、気付いたときには遅かった―――

 「ん……んん!?」

不意にジュンは私の唇に自分のそれを重ねていたのだ。私は咄嗟に抵抗してジュンを突き放す。

「僕が好きなのは………君なんだ、水銀燈。」

体育館裏で水銀燈がジュンを此方に寄越して来るのを私は待っていた。しかし少し時間が掛かり過ぎている気がする。
気になった私は体育館裏から立ち去っていて家庭科室へと向かっていた。どうせ告白するのなら場所なんて別に何処でもいい。
階段を上り家庭科室の前まで来た私はその中に二人っきりでいるジュンと水銀燈を外から確認できた。
どうやらちゃんと会えていたようだ。話の内容は何故かジュンの好きな人を聞いているようだった。
そして私は信じられない言葉を耳にする。

 ボクガスキナノハ………キミナンダ、スイギントウ

私の中で何かが壊れる音がした。

突然告げられた真実に私は当惑してしまう。ジュンが私のことを好きだって…?どうしよう、このままじゃあ待っている真紅が………。
教室の外を見ると其処には真紅の姿があった。彼女と目が合った、赤く腫らしたその目はあからさまに私を攻めている。
私を睨んでから彼女は走り去ってしまう。私はジュンが呼び止めていたことも知らず追い駆けた。
見た目に反して真紅の足は速い、やっと追い着いた頃には私の息も上がっていた。

 「ま、待ちなさいよ……真紅………。」
 「裏切り者!」
 「ち、違うわよ…あれはジュンが………」
 「聞きたくない!貴女の顔なんて…見たくないのだわ!!」

再び荒々しげに真紅は足早に行こうとする。私は追い駆けようとする。

 「来ないで!し、暫く………一人にして欲しいの…」

私は何処かへ行く彼女を見送るしかなかった。あの子が泣いている…今まで長い付き合いだったけれどもあの子が泣いている姿は初めて見る。
お互いに意地を張ってしまうからきっと泣き顔が見られたくないのだろう。私が真紅の立場ならきっと同じことを言っただろう、しただろう。
知己の仲だからそれがわかって余計に辛い。こんなどうしようもない時はめぐに歌を歌ってもらおう。
めぐの待っている病院へ行くときいつもならこれからめぐと何を話そう、何をしようと考えてそれを想像して楽しい気分になれるのに、今はとてつもない虚脱感に襲われている。



病院へ着いたときまずトイレへ向かった。鏡を見ると酷い顔をしている…。こんな顔をしていたらめぐも気が滅入ってしまうだろう。
再び鏡を見て自分に言い聞かせる。私は大丈夫…めぐの前では悲しい顔なんて絶対にしない。顔を整えてから私はめぐの病室へ行く。
白い穢れのない牢獄で同じく穢れなき微笑を浮かべてめぐは私を迎えてくれた。

 「いらっしゃい、水銀燈。そろそろ来る頃だと思ったわ………ど、どうしたの?」
 「え?な、何が?」
 「だって…貴女泣いているんだもの………」

めぐにそう言われて目の下を指で触れる。冷たいような温かいような涙が私の目から溢れていた。
やっぱり、めぐの前だと私は隠し事ができない。彼女といると安心してしまうから、本当の意味で安らぎを得られるから。

 「わ、たし………どうしたらいいか…わかん、なくって………」
 「よしよし、おいで。」

私は堪え切れなくなってめぐのベッドに顔を埋めて泣いた。呂律も回らなくて何を言っているのかわからない。
けれどもめぐはうんうんと相槌を打って私の頭を白いシルクのような手で撫でてくれていた。
色々なことがあり過ぎて…私は少しパニック状態になっていたようだ。
落ち着きを取り戻したら私は今日あったことをめぐに説明した。今思えばこんなことになったのも私の責任だった。
面白そうなどという理由で人の恋愛に首を突っ込んだのが間違いだったのかもしれない。
などと考えているとめぐは何処から出したのか釘バッドを持って何処かへ行こうとしていた。

 「ちょ、貴女何処に行くのよ?」
 「え?水銀燈の唇を奪ったっていうその桜田君って子をちょっと…」
 「そ、そんなことしちゃ駄目よぉ!」
 「あはは、大丈夫、大丈夫、未成年だから名前と顔は公表されないんだし…」
 「ちょっと!冗談でもこれ以上言ったら怒るわよぉ!」
 「はいはい、ちょっと笑わせようと思って冗談を言ったのに…」

冗談にしては目がマジだった気がするのは気のせいなのだろうか?まぁ細かいことは気にしないことにしよう。
それよりもこれからどうするか、だ。

 「水銀燈はジュン君のことどう思ってるの?」
 「どうって言われてもぉ………クラスが同じになったのだって3年になってから初めてのことだしぃ…。
  面識だってクラスが一緒になるまでなかった筈だし………。」
 「本当にそうなのかな…。何か忘れていることってない?」
 「う~ん………全然わからないわぁ。」

めぐの言う通り何処かで彼と会ったことがあるかもしれない。けれどもやっぱり私には何の覚えもなかった。

ふと真紅が言わなかったあのジュンという男に惹かれた理由が関係しているかもしれない。
どのみち彼女とはこのまま関係のこじれたままで居たくないのは確かだった。

 「どうしたら関係を取り戻せると思う…?」
 「それは貴女が一番よくわかっている筈でしょう?ずっと一緒に居たんだから。」
 「でも…私はあの子から………」
 「あのね、水銀燈。誰かを好きになるというのはとても素敵で自由なことなのよ。
  誰かを気遣うことなんてない。貴女が負い目を感じることはないわ。きっと真紅だって分かってくれる筈よ。」

今までこんなこと経験したことがなかったから私はめぐの言ってくれたことが理解できなかった。
でも彼女の言ってくれたことが勇気になったことは間違いない。明日、真紅とジュンとちゃんと話をしよう。



翌日、私は学校へ行くけれども真紅の姿は無かった。やっぱり昨日のことが相当ショックだったのだろうか。
文化祭も近くなっていてみんな忙しなく準備に奔走していた。私はとりあえずジュンがいるであろう家庭科室へと向かうことにする。
其処でジュンは他の女子にもメイド服を作っていて試着して貰っているようだった。他の人にこのことを知られたくない私は家庭科室を後にする。
行くあての無くなった私は何となく屋上へ向かっていた。その途中で担任の梅岡と廊下ですれ違う。

 「おい、水銀燈。ちゃんと先生に挨拶しないと駄目じゃないか。それに準備はどうした?みんな一生懸命働いているんだからお前も…」

梅岡の言うことなど雑音程度にしか聞こえなかった。文化祭なんて心底どうでもいい。そんなことよりも私は真紅が今どうしてるのか気になっていた。
今から真紅のところへ行こう。私がジュンをフって真紅と付き合わせれば丸く収まるんじゃないか。

 「あ、おい!何処へ行くんだ!」
 「真紅のお見舞いよぉ。女子にとって真紅は貴重な文化祭での戦力なんだから…」
 「先生は騙されないぞ。お前はいつも放課後かあるいは学校を途中でサボって何処かへ行っているんだろう?

  どうせどうしようもない不良と一緒に遊びまわっているだけなんだろう?そんなことをしてる暇があったら学校で皆と親睦を深めるとか…」

今、この男は何と言った?めぐのことを………その辺のどうしようもない不良…だって?

 「ふざけんじゃないわよ!何も知らない癖に……私のことをどう言おうが勝手だけれどもあの子を悪くなんて言わせない!!」
 「何も知らないのはお前のほうだ!大人の言うことを聞いていたほうが自分のためになるって何でわからないんだ!?」
 「うるさい、うるさい、うるさい!大人なんて…口だけで大っ嫌いよ!!」

これ以上こんな男と口論していても不毛だ。私は早々に見切りをつけて学校を帰ることにする。後ろから梅岡が何かを怒鳴っているが聞こえないフリをした。
また、めぐのことを中傷するような言葉が聞こえた気がしたが今度言ったら一発殴ってやろうと思う。
そのまま大股で学校を後に真紅の家へ向かった。



真紅の家は私の家にとても近い、というか真正面にあるのですぐに行ける距離なのだ。正面玄関に立って深呼吸をし、インターホンを鳴らす。
受話器が上げられる音がして真紅のお母様が出てくれた。私は真紅に会いたいという旨を伝える。お母様はすんなりと私を入れてくれた。
話によると真紅は昨日帰って来てからトイレに行く以外には全く部屋から出て来ようとしないらしい。

 「水銀燈ちゃんなら何とかなるかなぁ~って思ってね。」
 「う…それは買かぶり過ぎかもしれませんよぉ?」
 「大丈夫よ、あの子は貴女のこと大好きだから。貴女があの子が大好きなのと同じぐらいにね。」

本当にそうなのだろうか?というか私はそんな大好きとかそんな感情ではない気がする。ただ、あの子が離れてしまうのが怖いだけ。
今まで小さい頃から一緒に居て楽しくなかったことなんてない、私にとってめぐと同等な大切な人なんだろう。
お母様に案内されて真紅の部屋の前まで来る。私はお母様に促されるまま少し不安を抱きながら真紅の部屋をノックした。

 「真紅………入ってもいい?」

部屋からは返事がない。やっぱり一筋縄ではいかないか、余り使いたくは無かったのだが奥の手を使うしかない。

 「ほらぁ、真紅ゥ~貴女のだぁい好きな超プレミア『くんくん探偵1/100』フィギュアよぉ~。」
 「あ、あの本編DVD全巻とOVA全巻に付属する応募シール、さらには劇場版のチケットを先行予約して手に入る応募ハガキを揃えて初めて応募することができるというあの幻のフィギュア!?」

説明ありがとうございます、お母様。流石にこれを聞かされてくんくんマニアの真紅が動じない筈がない。
少しだけ部屋のドアが開いてその隙間から此方を覗いていた。

 「………お入りなさい。客人をもてなさないのは流石に無礼だったのだわ…。」

しかし目は完全に私の持っているくんくんフィギュアに釘付けだった。まぁ気にせずにお邪魔させて貰おう。
私は部屋に入る前に真紅のお母様に一礼をする。真紅のお母様は頑張ってねと微笑んでいた。
真紅の部屋は相変わらず普段の態度とは裏腹にぬいぐるみなどが幾つも置いてある可愛らしい部屋だった。無論、くんくんのぬいぐるみだって置いてある。
彼女は私にベッドに腰掛けるように促し私がベッドに座るとその左隣に座った。暫くの間、私は何を言っていいのかわからず沈黙が流れる。
二人で一緒に居てこんなに静かなことは滅多にない。いつも喧嘩をしたとしても翌日になればお互いそんなこと忘れたように接していたから。
沈黙を破ったのは真紅のほうだった。

 「ごめんなさいね…昨日、あんな酷いことを言って。」
 「べ、別にいいわよ…それよりもこれからどうするの?」
 「…それは此方の台詞なのだわ。貴女はジュンのことをどう思っているの?」
 「わ、私は…今まで面識がないからどう思っているかって聞かれても…」
 「やっぱり、覚えていないのね…。」

何故か真紅は残念そうな顔をしている。覚えていない?やっぱりめぐの言う通り昔にジュンとは何処かで面識があったのだろうか?

 「ねぇ、教えてよ。私とジュンは昔に会ったことがあるの?」
 「そうね、小学生の頃のことを覚えているかしら?あの頃は貴女はいじめっ子だった筈なのだけど…」

昔の汚点を言われて私は古傷を抉られる気分だった。確かに、小学校の頃はどうしようもないいじめっ子だった記憶がある。
しかしそんなことと何の関係があるのだろう?

 「其処で貴女は執拗に一人の男子をいじめていたわよね?」
 「ええ………ま、まさか…」
 「それがジュンなのよ。」

理解ができなかった。真紅に言われて思い出したが確かに一人の外見がひ弱そうな男子一人をいじめていた記憶がある。
それがジュンだとしたら私とジュンが昔に面識があったことは理解できるのだが何故いじめっ子だった私を好きになるのだろうか?
幼い頃に受けた心の傷はトラウマになっても可笑しくはないというのに…。

 「まぁ、ジュンが貴女を慕うようになった理由は私にはわからないのだわ。それよりも貴女は本当にこれからどうするの?」
 「私は………悪いけれどもジュンとは付き合えないわ。」
 「別に…私のことを気遣う必要なんてないわよ?」
 「そんなんじゃないわよぉ。私にはめぐがいるんだしぃ。」
 「ふ……冗談にしてはまともな冗談ね。」

私の冗談に吹き出した真紅は私に背を向ける。

 「なぁに?」
 「………髪よ。髪を梳いて頂戴。」
 「何よそれぇ…まぁいいわぁ。」

昔からの光景だった。昔から喧嘩の絶えない私達は仲直りをするときにいつも髪を梳く。
めぐのような日本人らしい艶のある黒髪も好きだが真紅の柔らかい金髪も好きだった。真紅曰くレディが髪を触らせるのは心を許した者のみらしい。
実際にめぐも私ぐらいにしか触らせていないという。しょうがないので私は丁寧に真紅の髪に櫛を入れてやろう。

 「私…貴女の髪の梳かし方、好きよ。」
 「行き成り何よぉ…褒めたって何も出ないんだから。それにそういう事はジュンとかに言ってあげなさいよぉ。」
 「でも…」
 「あのねぇ、人の心は移ろい行くものなのよ。今は駄目でも諦めずにアプローチしてれば貴女のこと振り向いてくれる筈よぉ。」
 「そう…ね、この私が貴女よりも劣っているはずがないもの。当然なのだわ。」

少々真紅の言ったことは癪に障るがこの際は聞かなかったことにしよう。何にせよ真紅が立ち直ってくれたのだから。

あとはこのままジュンが真紅のことを省みてくれればいいのだが…。

 「もう一度聞くけどぉ、真紅はジュンの何処が好きになったの?」
 「さぁね…自分で思い出して御覧なさいな。」

含み笑いをしてどうしても真紅は教えてくれない。やっぱり、昔に何かあったのは間違いない。
何も覚えていない自分が腹立たしいのだが明日にもジュンに私の気持ちを伝えなければ…。



 「それで仲直りできたの?案外すんなりと出来たわね。」
 「そうねぇ、貴女の言う通り真紅もわかっていたってことなんじゃないのぉ?」

真紅の家を後にした私は次にめぐの病院へと来ていた。最近は文化祭の準備のせいで遅くなってからしかめぐと会えていないのですぐにやって来たのだ。
暫くの間、談笑をしているとめぐのご両親が見舞いに来たようだった。私は挨拶をしたのだがめぐのお父様はそれを無視して私とめぐの間に立つ。

 「…何しに来たの?」
 「お見舞いに決まっているだろう。」
 「あの話だったら私は絶対に承諾しないから帰って。」
 「お前はまだそんなことを言っているのか!」
 「此処は病院なんだから怒鳴るんだったら帰ってよ!!」

こんな大声で会話をしているので何事かと看護士たちも病室の外から中の様子を伺っていた。
流石にバツが悪いのかめぐのお父様はお母様を引き連れて病室を後にした。何が起こっていたのか分からない私はきょとんとしている。
呆けている私を見てめぐは先刻の言い争いが無かったかのように笑った。間抜けな表情をしているって。

 「何よぉ…驚いたんだから笑うことないじゃなぁい。それよりもさっきの話って…」
 「何でもないの。貴女が気にすることじゃないわ。」
 「そう…でも私にできることがあったら言ってね。」
 「………水銀燈は優しいわね。」
 「私は別に…貴女に死なれたら目覚めが悪いというか……。」

不意にめぐは私の横顔に手を触れてめぐの方を向かせる。暫しめぐは私の顔をまじまじと眺めていた。
まるで別れを惜しむかのような…その黒い目に焼き付けるかのようにただ私の顔を、赤い目を見ていた。

 「そういう風に自分のことを悪く見せようとするのは貴女の悪い癖ね。

本当はとても純粋な心の持ち主…まぁ、私はそんなところも含めて大好きなんだけどね。」
 「めぐ…」
 「ねぇ、さっきのして欲しいことなんだけどね。水銀燈も歌ってよ。」
 「わ、私もぉ?私は歌なんて上手でも何でも…」
 「歌が上手じゃなかったら歌っちゃいけないなんてルールないでしょ?いつも一人だけで歌うのって寂しいんだから。」

めぐがこんな風に私にお願いをするのは珍しい。仕方が無いので私も一緒にいつも聞いているめぐの歌を歌う。
自分で歌うと全く同じ歌とは思えなかった。歌は歌う人が変わると同じく変わるものなのだと痛感する。やはりめぐには才能があると思う。
結局、めぐからはお父様との喧嘩の理由も聞けずに今日は大人しく自宅に帰ることになった。



翌日になって、私はジュンのところへ行く。

 「返事…決めてくれたか?」
 「ええ、私は…その、気持ちは嬉しいけれども貴方とは付き合えないわ。だから諦めて頂戴。」
 「………そっか。けど、僕は諦めないぞ。」
 「え?」
 「人の心っていうのは移ろい行くものなんだ。だから僕はまだ諦めない。」
 「それは………う~ん。」

昨日に私が真紅に言った言葉だった。流石にそれを今日ここで否定するわけにはいかなかった。
結局、私とジュンの微妙な関係はまだ続くことになりそうだ…。



夢の話をしよう。木苺のような酸っぱい味のする果実だよ。
涙が明日を生きる力へ変わるものなら笑顔は過ぎ去った時を忘れるための儀式。
けれども涙を無くし、真実を隠すために仮初めの笑顔を作る人に明日はないのだろうか?
夢の話をしよう。生きるべき明日がなくなってしまう前に―――


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