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 とにかく……部屋に戻って着替えを取りに行こう……。
 僕はすっかり全身から力が抜けた状態で階段へと向かった。

 そして、3階へ来て、そのまま4階へと向かおうとした……が。

「かかかかかっ!」

 目の前には奇声をあげる老人の姿が!

「ひぃっ!」
 思わず心臓が縮こまりそうになる。
 咄嗟に後ろにのけぞって、しりもちをつく。
 危うく階段を踏み外しそうになった。 

 顔は皺だらけの和服を着た老人だった。
 そしてそれ以上何も言わずに階段を下へと下りていくのだが……

「うっ!」
 その老人が僕の目の前を通り過ぎる際に、異様な悪臭が鼻を突いた。
 思わず、鼻や口を手で覆う。
 何というか……何かを腐らせた匂い。
 真夏のごみ捨て場とか、農園の肥料置き場のものとは全く違う――強いて言う
なら生き物の死骸の匂いといったところだろう。

 その老人の姿がなくなると同時に、口から右手を離し大きく息をする。
 と、床についた左手に何かが触れる感触が……。

 そして、そのまま僕の手を動く感触が……!

 ――!!

 恐る恐る、左手を覗き込むと……。

 ――1匹のダンゴムシが左手の上を動き回っていた。

「ちょっと!」
 僕は右手でダンゴムシを振り払う。
 何で虫なんか――と思ったが、ここは山奥の廃墟。
 虫がいてもおかしくはない。

 だが、やはり間近に目にして気分のいいものではない。
 僕は階段を上がろうと、立ち上がって上を見る。

 すると――。

 ――!

 上へと上がる段という段に多数の虫が這いつくばっていた。

 ムカデやら、ミミズやら、蜘蛛やら、ゴキブリやら……。
 階段を埋め尽くすとはいかないまでも、ほとんど占拠しているといっても過言
ではない多さだった。
「もう、勘弁してよね!」
 僕は駆け足で段を上る。
 虫を踏み潰すが、もはや知ったことではない。
 踊り場を過ぎて、段を上り、4階への廊下へと出る――そんな時!

 何か白いものが――

 骸骨が、僕の真正面に!!

「うわああああ!」
 僕は再びのけぞってしりもちをつく。
 床には虫がいたらしいが、そんなことを気にしてはいられない。

 そいつは6階の廊下にただ突っ立ちながら、じっと僕を見下ろしていた。
 よく見ると、その骸骨は仮面のようだった。
 その後ろに髪のない、皮膚が見える。
 背は高く、体はあばら骨がはっきりと見えるほど痩せこけていて、両腕が異様
に長い。身につけているものといえば、その仮面と腰に巻いた布のみだった。

「ククク……」
 その骸骨、もとい骸骨仮面は不気味な笑い声をあげる。
 僕はただ目を見開いてじっと見ていることだけしかできなかった。
「一つ聞くが……主殿を見かけられたかな?」

 主殿?
 その骸骨仮面のマスター?
 そんなこと僕に聞かれても分かるわけがないじゃない。

「皺の深いご老体なのだが」
 ああ、先程の異臭のする老人の事か。
「……下に下りていくのを見ましたけど……」
 僕は下を指差す。
 そしてびくびくしながら、その骸骨仮面をまじまじと見る。

「礼を言う」
 そいつは物静かに――足音すら立てずに僕の前を通り過ぎると、階段を下へと
降りていった。
 それを見届けると――僕は一目散に廊下を走った。
 体についた虫を振り払い、ただひたすら走る。
 僕の部屋まで来ると、ドアノブを掴もうと……。

「うわあ!いい加減にしてよっ!」
 ノブは何かしらの液体でぬれていた。
 触ったとたんに、異様な粘ついた感触がする。
 よく見ると―ーハチミツが塗りたくられていた。

 本当にタチが悪い。
 僕は怒りに任せてドアを押し開けて中に入り、乱暴にドアを閉める。

 はあはあはあ……。
 僕は鞄のところまで歩く。ハチミツでネバネバした手を拭くために鞄からタオル
を取り出そうと、ジッパーに手を掛けた時。

 ガタンッ!

 壁に掛かっていた絵の一つがいきなり落ちた。

「うあっ!」
 体が強張ってしまう。
「もう……許してよ!」
 誰もいない部屋に僕の叫びが木霊する。

 プルルルルル……

 今度は電話が鳴り出した。
 即座に受話器を取る。
「もしもし」
「あぅあぅあぅ……」
 相変わらず相手は羽入だった。
「何ですか」
「あぅあぅあぅ、階段が虫でいっぱいですのでバルサンを炊きますので、真っ白に
なってしまうです。通る時は十分注意してくださいです」
「あっそう」
 僕は電話を切った。
 まあ、さっさとあの気味悪い虫は駆除して欲しいものだ。
 ついで、悪臭が酷いからファブリースもぶん撒いてもらいたい。

 僕は着替えとお風呂道具を手にして、部屋の外に出た。
 階段のところまで行くと、なるほどバルサンのせいで、視界がすっかり悪くなっ
ている。
 念のために、タオルで口をふさぎながら階段を慎重に下りる。

 3階、2階……。
 そして、1階への階段の踊り場に来た時。

 バンッ!

「うぁ」
 僕は驚いて思わず、手にしていたタオルを落とす。
 途端に、周囲に漂っていたバルサンの煙を吸い込んでしまい、咳き込んだ。

 タオルを拾って、1階まで来た。
 バルサンの煙がロビーにまで広がっていて、煙たくなっている。
 当然、視界は完全に悪く、2m先はよく見えない。
 どこに風呂があるのだろうと思い、適当に歩くと。

 ……ヒタ……ヒタ……ヒタ……

 僕が歩く足音にあわせて、別の足音が背後からする。
 すこし、歩調を速めて歩く。

 ……ヒタ、ヒタ、ヒタ。

 その足音はやはり、早いペースになって聞こえてくる。
 ふと、先ほどの鷹野さんの話を思い出した。

『そして、その後は背後に何かがつけている感じがするの。それもどこでもいつ
でも。ぴったりと真後ろに張り付く形でひたひたと……足音が一つ余計に聞こえ
たというわ』

 何か嫌な予感が――。
 恐る恐る、怖いもの見たさで振り返ると――。

「あうあうあう……お風呂場はそっちじゃないです」
 羽入だった。
 相変わらず、おどおどしながら僕を見つめている。

「もうっ!驚かさないでよ!案内するならするで、声を掛けてよね!」
 僕は彼女を怒鳴りつけた。
「あうあうあう……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 今にも泣き出しそうな様子で必死になって謝りつづける羽入。
 まるで、小さい子供を虐めてしまったような雰囲気になっていた。
 ちょっと大人気なかったかな。

「もう謝るのはいいから、浴場はどこ?」
 さすがに延々と謝りつづけられるのは鬱陶しかった。
 不快感を露にしているのが自分でもわかる。
「あうあうあう、こちらですぅ」
 少し涙ぐみながらも、視界が悪いロビーを僕の前に立ち、歩き出す羽入。
 僕はそれ以上何も言わず、彼女の後に付いて歩いた。

 浴場の更衣室に辿り付く。
 中には人間の背丈ほどのあるロッカーが3個に脱衣籠が1つ。
 羽入がその場を立ち去るのを確認してから、僕は服を脱いで、持ってきた着替え
と一緒に脱衣籠に放り込む。
 そして、タオルを1枚手にして、浴場のドアを開ける。
 もちろん、中に誰もいないことを確認してから。


 中には誰も――いや、虫すらもいなかった。
 ぼくはほっとしながら中に入る。
 浴場は岩風呂になっており、大きな浴槽と5との洗い場があった。

 まず体を洗おうと、洗い場の一つに座り、桶に湯を入れようと蛇口をひねる。

 出てきたのは――赤い湯!

「もういいって!」
 僕は即座に隣の洗い場に移って、ゆっくりと蛇口をひねると――。
 今度は、普通の透明な湯が出てきた。
 本当、悪趣味にも程があるよ。
 僕は頭と体を洗うと、すぐに湯船につかる。
 湯の温度はちょうど程よい感じで、さすがに少しは安らぐ気がした。

 そして、何気なく窓を見上げると――。

 そこには湯煙ではっきりとは見えないが――

 僕を覗き込む人影が――!!

「うわあああ!」
 僕は湯船から飛び上がりそうになった。

 しかし、その人影――途中で特徴のある折れ曲がりのあるツインテールは……!
「…………」
 僕は何も言わず、湯桶に湯を満たして、窓のところに歩み寄る。
 そして、乱暴に窓を開け――桶の湯をその人物に向かってぶちまけた。

「もう、いきなり湯を掛けるなんて酷すぎますわ」
 その人物は濡れた髪をハンカチで拭きながら、抗議の声をあげる。

「…………」
 僕は何も言わず、ただその相手を睨みつける。

「ひょっとしたら、怒り心頭ですか?」
「ああ、とっくにブチキレだよ、雪華綺晶」
 僕はさらに窓の向こうで脳天気な質問をしてくる雪華綺晶を睨みつける。
「趣味悪いね、本当に。どこまでやったら気が済むわけ?」
「くすくすくす……まだまだ第一ラウンド終了というところですわ。
 まだまだ、楽しい仕掛けは用意していますので、是非楽しんでくださいな」
 雪華綺晶は特に悪びれる様子もなく、むしろおどけていた。

「ふん、できるなら今にでも帰りたいのだけどね」
「その選択肢は貴女にはありませんわ。そうしたらどうなっているか……」
「分かってるよ。だからこうしているわけじゃない」
「だったら、それでいいのですわ。この後もじっくりとお楽しみくださいな」
「いいから、さっさと失せてよ!」
 僕はさながら鳥を手で追い払うような仕種をする。
「分かりました。邪魔者はさっさと退散しますわ……」
 雪華綺晶はそう言って、窓の外から姿を消した。

「本当に……あれがなかったら切ってるよ」
 今にしてあの宴会の時に調子に乗って、飲めないくせに日本酒を1升あおってし
まったことを大いに後悔する。
 そして、脱力しながら再び湯船につかるのであった――。

   - to be continiued -

(蛇足3)

 同時刻、作戦本部にて。
 ずぶぬれの雪華綺晶を目の当たりにした水銀燈が腹を抱えて爆笑したのは言うま
でもない。
「お馬鹿さぁん。あんな時に乗り込んだら、どうなるか想像つくでしょぉ」
「まったく迂闊でしたわ。でも、あの時のビビった蒼星石の顔は絶品ですわ。
 もう、顔が完全に引きつって、今にも泣き出しそうな感じでしたから。思い出す
だけでも吹き出してしまいますわ。当然、小型カメラにばっちり収めましたわ」
「早速、編集してちょうだぁい。後で楽しむわ」

「雪華綺晶殿。そのままでいては風邪を引きますぞ。とにかく体を乾かして下さい」
 水銀燈の横にいた腕の長い骸骨仮面がドライヤーを手にして、雪華綺晶に熱風を
浴びせる。
「申し訳ないですわ、ハサン様」
「なに、とんでもない。むしろ礼をしたいのは私です。主殿も参加したいという我
侭を聞き入れてくださり、本当に感謝しております」
「そんなのお安い御用でしたわ。水銀燈の連れと一緒にそのお爺さんも来たいとい
うから聞いたら、臓硯様でしたから。あの方には『大日本微生物愛護の会』でお世
話になっていますので」
「それで……」
「お孫さんのことですね。ご心配なく。用事を終えて、新幹線でこちらに向かって
いると連絡が入りましたわ。先ほど、宇都宮を出たとこだと聞きましたので、あと
2時間くらいはかかりますわね」
「そうですか……主殿も私もいますが、是非よろしくお願いしますぞ」

「はい。それはそうと臓硯様はどちらにいらっしゃいますか」
「今は外で虫の収集をなされております。どうも、ここにいるのは気まずいようで
して……」
 骸骨仮面ことハサン・サッバーハはちらりと水銀燈の方に目をやる。
「気を悪くしないで頂戴。正直、一緒にいるのははばかられたからぁ」
 水銀燈はその話が出た途端に少し不機嫌になる。
「まあ、無理もない。虫を引き連れては普通の人なら引いてしまうのが、至極当然
ですので。私もそれは承知しております」
 そのやり取りを見て、雪華綺晶は小さくため息を吐く。
(まあ、当たり前ですわね。あんな悪臭と無数の蟲を引き連れた爺様を見て、シラ
フでいられるのがどうかしているのですから。そういう私もヤキがまわっているの
かしらね……)

 一方水銀燈はというと。
(まったく……雪華綺晶の知人というから我慢しているものの……。
 念のために、大量にバルサンとアースノーマットとファブリースとトイレ用消臭
剤を買い込んでおいて正解だったわぁ。
 しかし、雪華綺晶の知人って、何でこんなに奇人が多いのかしら……)
 対照的に大きくため息を吐くのであった。


 本日はここまで。続きは後日。
 なお、本日の他キャラは以下のとおり。

 本日のゲスト
 間桐臓硯&ハサン・サッバーハ@fate/staynight
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