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が沈む
真っ赤な、血のような夕陽が
誰かを呪うような
祝福を謳うような
そんな赤い夕陽が

―――沈む


柏葉邸の一室、柏葉巴は一本の木刀をその手に握り締めていた。
漲る闘気、迸る覇気、その一刀に巴は己の精神力を集わせ、横薙ぎに振るう。
ビュンッ、大気がその身を切られ甲高い叫び声を上げる。
風斬り音、斬った大気にまた空気は流れ込む。
瞳を閉じ巴は下段の構えを取る。
精神を研ぎ澄ませていく。己を中心とし、自分を中心とした万方向に精神を
張り巡らせる。
刹那の刹那、刹那のまた刹那。
一瞬と一瞬の狭間に身をおく。
そして、動く、瞬間。

斬、斬、斬、斬、斬
縦、横、斜、逆、転換、袈裟
斬、斬、斬、斬、斬
静寂

足りない。
まだ、足りない。
魔術師と戦うにはこれでは足りない。
魔術の落とし子と戦うにはまだたりない。
もっと、もっと研ぎ澄まさないといけない。
鍛え上げられた一本の真剣のように、
差し込む光をも薄布のように軽やかに斬る、
そんな冷たい鋭さを持たないといけない。
鍛え上げられた一本の真剣のように、
硬く、しかし、しなやかで、貫き通さぬ物はない、
そんな、堅固な太刀筋を持たないといけない。
そうしないと雛苺は守れない、妹は守れない。

――今一度

胸に大気を取り込み、心を静にし、木刀を握り直す。
ふと、感じた。
それは、人の気配。



「トモエ?」
部屋の入り口から少女の声が聞こえる。巴はその主に振り返る。
「雛苺……?どうしたの、こんなところまで来て。」
その顔には今この時まで羽織っていた鬼気は微塵にもなく、微笑のみ。
「うぃ……今日はどうしたなの?帰ってきてからトモエ、ずっと変なのよ。
 ずっとずっと悩んでいるみたいなの。」
ああ、この娘ながらにも自分を心配してくれたのか。
巴はゆっくりと雛苺に近づき、そのふんわりとした髪の毛を撫でてやる。
「んーん。なんでもないんだよ、雛苺。ただちょっとお仕事があってね。
 それで、そのお仕事のこと考えてたんだ。」
「うゆ?じゃあ、トモエは全然だいじょーぶなの?」
「うん、私は平気。ぜんぜん大丈夫。雛苺が心配する事は何もないんだよ?」
「ういー………」
それでも雛苺の不安そうな表情は消えない。幼子は時として人の心を
まっすぐと見抜いてしまう事があるという。
自分より永い永い年月を生きているのにその幼さを身に宿す雛苺。
彼女もまた自分の心を見抜いてしまっているのだろうか?
巴はそのような思いを抱きながら雛苺の顔を見る。

「ヒナね、トモエにいっつも守ってもらってばかりなの……」
「え?」
「ヒナはトモエや、トモエのおうちの人に守られてばっかりなの。でもね、
 ヒナだってトモエを守りたいなの、ヒナも恩返したいなの。」
やはり見抜いているのだろうか。これから自分がしようとしている事を
彼女は見抜いているのだろうか。
「雛苺、貴女―――」
「トモエはこれから何所にいくの?トモエがヒナのためにいたいいたいはヤなの。
 ヒナもトモエと一緒に行くなの。トモエがその剣を持ってるとき、トモエは
 いつもいたいいたいなの。そんなの、いや。いやいやいや!」
雛苺が木刀を握り締め、首を横に大きく振る。確かに、この木刀を
扱う事は並大抵の事じゃない。魔力を秘める刃を扱うには自身の研鑽が
必要不可欠だ。
だからこそ、魔を断つという宿命に生きるからこそ、柏葉の血筋に生きるからこそ、
大切な妹を守る故こそ、剣を極める為の修行をした。
そのために何度も何度も傷つき、肉を削ぐような苦痛を味わい、打ち据えられ、
地面に倒れ、吐瀉物に身を汚すこともあった。
だが、それがどうした?
その苦痛に泣いたところで如何程の人を救うと言うのだ?
自分が耐える事で誰かが救える、己が血を流す事で人が救える。
ならば大いに流そう、一滴残さず。血流を作ってやろう。
それが、柏葉に生きると言う事。 

そして、その事を雛苺も分かっている。
だから、自分には苦しんでほしくないと思い、こう言う。
しかし、それはできない、柏葉に生きているのだ、自分は。
柏葉と言う英雄の血を背負い生きているのだ、自分は。
雛苺を守る、血は繋がらず、人でない身であっても、妹同然のこの娘を守る。
それは自分が柏葉に生きるからこその宿命、そして約束。
そのために自分はこの道を征く。
たとえ、この娘に嫌われようとも。
「だめ、雛苺を連れて行くことはできないよ。これは私がしないといけないの。
 雛苺はここにいて。雛苺は私が守る。昨日も言ったよね?」
「うぃ……でも、トモエばっかりがいたいのはやだなの……」
「安心して、私は負けない。どんな奴にだって私は負けはしない。」
雛苺の肩に手を置き、しっかりと彼女の目を見据える。
つぶらで無垢な瞳。幼子のあどけさが自分を貫く。
だが、彼女を連れて行ける訳がない。
相手はローゼンメイデン、先ほどは勝利を収めたが、雛苺が狙われればそれこそ
どうなるか分からない。それに、次は彼女のマスターもいるはずだ。
ならば尚更、独りで戦う。


「雛苺はお留守番、ね?言う事聞いてほしいな。」
「でも、でも………」
「お願い。」
「うゆ……」
うつむき、無言。それ以上は何も言わない。それを是ととり、巴は
雛苺の手をとる。
「雛苺は待ってくれていたら良いんだよ?雛苺は家で私を待ってくれるだけで、
 それで良いの。それだけで私は十分。おなかいっぱい。」
「うにゅー、みたいに?」
「うん、イチゴ大福みたいに、ね。」
見据えた瞳を解き、微笑む、やさしく、微笑む。
そして、髪を撫でる。
この子はローゼンメイデン、屠られ、嬲られ、消え逝く為に造られたなら
私はその害悪からこの子を守ろう。
柏葉として、柏葉の血の命ずるものとして。



ふと、懐かしい、誰かの姿が頭をよぎった。
それは、突然だった。
そして、誰の姿だったか、
ああ、懐かしい、優しい背中。
ああ、懐かしい、温かい微笑み。
そうだ、その声は自分を愛してくれた祖父の姿だ。
創始者の命を受け、最も果敢に戦い、散った男の姿だ。
痩躯でありながら大きな力を秘め、財閥の舵を担った男。
彼は自分の信仰する、最も偉大な人物だった。
幼いころからほとんど家にいない父と母に代わり自分を育ててくれた人だった。
今、自分が雛苺にするように、頭を撫で、優しく微笑んでくれた人だった。
今、自分が雛苺に問われたように、私の問いに答えてくた人だった。
とても優しく、軽やかな指を持つ人。
柏葉淳(あつし)。その人だった。
「巴、世界は多くの闇を背負っている。それに虐げられて泣いている人がいるんだ。」
髪を撫でるその指、髪を謳うようにすり抜けて行く指。
「人生を狂わされた人がいる。家族を失い道を失った人がいる。愛する人を
 目の前で失ってしまった人もいる。そんな、そんな人達の為に柏葉の人間は
 皆戦ってきた。それは例に漏れず私もだ。」
「うん、知ってるよ御爺様。でも、御爺様は辛くないの?痛くないの?」
「そうだな……辛くない、痛くない、そう言えばウソになる。」
「じゃあ……」
「だがな、そんな辛い事なんてお前達の笑顔を守れるかと思うとすぐさま
 消えてしまうよ。お前達の笑顔を守れるならそんなの安いものなんだ。」


祖父の笑顔、とても優しく暖かい笑顔。
だけどそれはどこか寂しげだった。
痛みに耐え忍ぶ壮絶な笑顔だった。
愛するものを守る戦士の笑顔だった。
祖父がいったいどれだけの物を背負っていたのか、それは結局分からずじまいだ。
だが、彼はきっと多くのものを背負っていたんだろう。
柏葉という血も、誰かの想いも、それ以外の何かも。
だからこそ、耐えた。
そして、今の自分も、彼と同じように、雛苺と言う大事な妹を背負っている。
だからこそ、耐える。
「それじゃ、行ってくるね雛苺。帰りには雛苺の好きな苺大福買ってきてあげる。」
「うゆ………」
祖父にされたように雛苺の紙を撫でる。そして髪を梳く。
彼女を残し部屋を去る。
屋敷の廊下を征く。
誰にも見られないように屋敷を出る。
誰もいないはず、しかし、そこには。
そこには黒衣を纏う青年の姿と黒塗りの車が。


「白崎さん……」
足を止め、その名を呟く。
「『さん』付けは止めてくださいお嬢様。僕はお嬢様に仕える執事ですよ?」
眼鏡を直し、片眉を潜めて苦笑する青年、白崎。
「でも、癖ですから……」
「癖ですか。うーん困ったなぁ。これじゃまるで僕のほうが偉そうです。
 まあ、それはともかく。これから何処におでかけですか、お嬢様?」
柔和な笑みでありながら鋭い、何もかもを見通す眼光。
「もしかしてもう分かっていますか?」
「ええ、お昼のあの闘い、バッチリ拝見させて頂いてましたから。
 まったく、先代もでしたが、お嬢様も無茶をしますねぇ。」
さすが柏葉に仕える執事だ。
「あの…………」
「ああ、学校へ、ですね?ああ大丈夫、もちろん他の家のものには言いませんよ。
 これはお嬢様のなさる闘い、誰にも邪魔はさせません。但し、命の危険を
 感じた場合は有無を言わさず間に入らせて頂きますからお忘れなく。」
白崎はそれだけ言うと車に乗り込む。
「さ、お嬢様。早くしないと相手のお方をお待たせする事になりますよ。」
「え…あ、はい。」
何処までも見通せないその笑みに押されるまま巴は乗り込む。
「では行きましょうか、ね、お嬢様?」


―――いざ、戦場へ
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