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機巧励起ローゼンメイデン十二話『MY DESISION』


部屋の中を満たす静寂
テーブルの上の紅茶
淹れたばかり
湯気が立ち昇る
向かい合う僕と真紅
ソファに身を沈め
向かい合う

「全てが―――」
真紅が口を開いた。
「全てが始まったのがいつか、それは覚えていないわ。」
紅茶を手に取りその中をじっと見つめる。
その中、紅茶に映る自分を見ているのか、または過去をみているのか。
僕は静かに彼女の言葉をただ聴く。
「気づけば、私は一人、何もない虚空にただ独りだった。何もない、
 上もない、下もない、左も右も斜めも逆も正も何も何もない。
 そんな闇に独りだった。」
深遠を覗き込む青い瞳はただ穏やか。
「だけど私は知っていた。私が何者で、何をすべきで、何のために生まれたのか。
 私は魔術師ローゼンによって生み出されたホムンクルス。
 体内にローザミスティカを持ち、術者の魔力を喰らい術者に恩恵を施す。
 そして、その術者をミーディアムとして己の刃とし、己に敵対する一切合切を
 討ち滅ぼし、ミーディアムが斃れればまた新たなる術者を探し使役する。」
「…………」
何も言わない僕を見て真紅が微かに自嘲の笑みを浮かべる。
「ええ、貴方達人間にとって見れば最悪極まりない代物に違いないのだわ。
 人は道具、人は盾、人は矛、人は朽ち、果てるだけの消耗品なだけだもの。
 でも、私はそれを何もおかしいとは思ってはいなかった。いえ、今も…ね。」
そこで真紅の言葉が途切れる。
紅茶を一口含み、そして、微かな深呼吸。
僕を見つめる。
「今日、あの娘が言ったことを覚えているかしら、ジュン?」
「ああ、なんとなくは。」
「そう………」
ため息、微かに、重たげに。
「私には察しの通り姉妹がいるわ。ローゼンメイデンには7人の乙女がいる。
 私はその中で五番目に生まれた存在。そして、彼女は私の姉妹と関係がある。」
「………」
「だからね、彼女が言った事に私は酷く取り乱した。私という存在が何かを
 彼女にまざまざと教えられたから。私がほかの姉妹を屠り、この心の臓である
 ローザミスティカを喰らい己のものとし、ただ唯一の存在となる事を
 切に望む、そんな存在であったから。」
「喰らう……?自分の姉妹を……?」
いきなりの告白、面くらい鸚鵡返しに問い直してしまう僕。
「ええ、喰らうの。殺し合い、奪い合い、殺戮しあい、存在を否定しあい
 己の存在のみを是とするために、ね。」
「……………」
「それが御父様の願い。唯一の存在、至高の存在、唯一無比であり、比類するものなし。
 他はなく、唯唯それのみ。唯それだけを望まれた。完全であり完璧。
 全ての調和を為し、遍く全てを制し全てを跪かせるそんな存在。
 御父様はそれを望まれそれを叶えるためだけに私達は生まれた。」

真紅は僕を見つめた。初めて見た時と同じあの青い、全てを吸い込むあの瞳で。
「どう?軽蔑したかしら?これが私、貴方に言わなかった私。最初はこの事を
 言うつもりなんて微塵にもなかったわ。貴方をいつもと同じような消耗品と
 思っていたから。でも、何故かしらね、貴方には言わないといけないと思った………
 どうしてかしら、もしかすると永い時を生きてきた中でのほんの、ほんの
 些細な気の迷いなのかもしれないわね。」
微かな微笑み、そこに宿るのは裏表のないただ、それだけの微笑み。
何もない、剥き出しの、ありのままの微笑み。
「私達は眠りにつくわ。時折、術者の下を離れ、この世界を離れ、Nのフィールド、
 世界の狭間で永い永い眠りにつくの。そこは誰も侵す事のできない暗闇。
 遍く全ての生あるものが持つ世界。私達はそこで独り眠りにつくの。
 そうしないと私達は永い時を生きる事ができないから。そして目覚め、
 また闘争を繰り広げる。それの繰り返し、延々と続けてきた螺旋。」
「そして今回も目覚め、僕がミーディアムに選ばれた。」
「そう。でもね、今なら退く事ができるのだわ。今回は茶化す事も冗談もない。
 これは本当に真の申し出。何も言わず理不尽に巻き込んだせめてもの償い。
 今なら私はここを何事もなく立ち去り、貴方は普通の生活に戻ることができるのだわ。」
「なんでいきなり?」
「さあね。ただ、思っただけ。私は目覚めたばかりで全てが完全ではないのだわ。
 だからこそ、契約解除も簡単に執り行う事ができる。でも、私が真に目覚めた時
 貴方はもう後戻りもできない、冥府魔道を歩む魔術師となるわ。」
押し黙るジュン。当たり前だ、こんな得体の知れないモノを置くなんて
普通の人間は拒否する。もちろん、今までにもそんな事が何度かあった。
ただ、そのときは契約解除はできず、その人間は発狂するかただの魔力の
供給源となるだけだった。無論自分としても心苦しいものだったが。
だが、今ならこの前途ある少年は外れた道を進む事を拒否できる。
いまさら心変わりとは自分でも不思議なのだが、構わない。
自分が姉妹との殺し合いをする非道なモノだと知らしたのもそのため。
生きる事は戦いだが彼を巻き込まずともそれはできる。
それに自分は姉妹と戦うなどは………
「だが、断るッ。」
「なっっっ!!??」
目の前で平然と言う少年に、驚愕で自分の目が見開かれているのが分かった。
「何を言ってるの?今なら退くことができるのよ?なのに何故?」
「昨日、僕は言ったはずだぞ。お前を守ってやるって、三食飯つきで。」
「あ……」
思い出す、一晩の宿を求めるがためについた彼への嘘を。
「あれは冗談でウソなのだわ、言ったじゃない……それに―――」
「やめてくれよ。下僕だなんだ言った奴が急にしおらしくなると気持ち悪いって。」
「………」
「傲慢かましてお高くまとっていたそれはないんじゃないのか?お前は性格が
 悪いし、手が早いし、人の話聞かないし無視するし気に入らないところばっかだ。
 だけど、だけどさ。お前がいなければ今日学校で見たアイツらの笑顔を
 守れなかったってのは分かってるんだ。お前がいてくれて、僕は魔術師になれて、
 それで機巧神であのバケモノ蜘蛛をぶっ倒せた。それで皆助かった。
 お前言ってただろ?僕がやらなければもっと酷い事になってたって。
 分かっちゃったんだ。今、分かった。どうでも良い、気にしないようにする、
 そんな事がもう僕にはできなくなっちまってる。」
「ジュン…………」
「それにだ、もう、ここまで僕の生活をしっちゃかめっちゃかにしたお前が
 いまさら消えてもどうしようもない訳。どうせ、これからあの女の子と
 決着つけに行くんだろ?見届け人くらい必要だろうし、行くよ、お前と。」
「何で?何でそこまでするの?」
聞いてしまっていた。気づけば口を開いて出た言葉に私は驚いていた。
まだ一日、出会って一日、そして意識の海を通じて知った彼の心からも
想像できなかった彼のその姿に、私は驚嘆していた。
「何でだろうな、多分言ったまんまだよ。僕にも詳しくは分からない。」
「なんて無責任な……」
「良いじゃんか、無責任で。今のこの現状を受け入れる、それだけだよ。」
「そんな………」
「何言ってるのか正直僕にも分からない。でも、きっと言いたい事は一つだ。
 逃げられないならそのまま頭から飛び込むしかない、それだ。」
「逃げられるじゃない…今なら。」
「いや、もう昨日、あの時、お前とであった時点で僕の人生は逃げられなくなってる。
 蜘蛛と対峙して魔術師になって両足頭突っ込んじまったんだ。お前のややこしい
 話は追々考えていけばいいし、それで構わない。」
「………」
「そういう訳でだ。これからは相棒という事でこれからよろしく、ってな。」
机を挟み差し出されるその手。握手を求めるその手。私は、何故だろう。
酷く、ひどく、気恥ずかしい。
微笑むその顔がとても、まぶしくて、直視できない。
いや、そもそも人間の分際がこんなにも偉ぶるのは何様のつもり!?
ああ、まったく……まったく!
ああ、何だというのだろう、このもやもやは!
ああイライラする!腹が立つ!
ああ、もうっ!!!
私は、誇り高きローゼンメイデンよっ!!??

ビュンッッ!
僕に伸ばそうとした手は突然張り手となって僕の頬を思い切り張り倒した。
「痛っってーーーーーーッッ!!!!!な、何をするだァァーーー貴様っ!!?」
「ふ、ふざけるのではないのだわっ!!調子に乗るのもいい加減にしなさい!!
 ほんとに………本当に信じられない下僕なのだわ!!」
「何か言ったかッ?!僕はお前の気に障ること何か言ったか!?」
「知らないのだわッ!!」
理不尽だ、せっかく良い事言ったのにこれって理不尽じゃないか?
僕は頬をさすりながら真紅を睨み付ける。
「でも……」
「あん?」
「お前がそういうのなら遠慮なくこれからはここにいさせてもらうのだわ…
 アイボウ、というのも悪くは……ないのかもしれない。」
ソファから離れ僕に背を向ける真紅。なんだよ、コイツもちゃんと
僕の言いたい事が分かってるんじゃないか。
「真紅……」
「でも、三食の後は紅茶も出さないと私は許さないのだわ、お分かり、ジュン?
 あと、ティータイムにはお茶菓子も用意するのは基本だから覚えておきなさい。」
ああ、やっぱ前言撤回。
いや、自分のこと話してくれただけまだまし?
「さあ、ジュン、あの小生意気な娘に目に物見せてくれるのだわ!!」
僕を見下ろす真紅の顔、清々しい不敵な笑みだった。
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