水銀燈が男の子を連れてきた。
「一体何なんだ。離せよ」
「黙りなさぁい……めぐぅ、こんにちはぁ」
こんにちは。いきなりだけどその子誰? なんかすごく嫌がってるけど。
「この子は桜田ジュン。私のクラスメートよ」
あら、彼氏?
「ち、違うわよぉ!」
そうなんだ。男の子を連れて来るなんて初めてだから勘違いしちゃった。てへっ。
「まったくもう……」
そのにやけ面は何とかした方がいいわよ。それで、そのクラスメートを連れてきたりしてどうしたの?
「死にたいとか、もう嫌だとか……甘ったれたことばっかり言ってるから、ちょっとねぇ……」
自分より悲惨なやつを見せてその子に「この子だって頑張ってるんだからあなたもがんばれ」とでも言うつもり?
「違うわよぉ。あなたにもちょっとお説教して欲しいの」
後ろでわめいている桜田君とやらを無視して一方的に言ってくる。あのー、私も一応死にたがりなんですけど。
「ええ!? 頑張るって言ってくれたじゃない!」
まあ言ったけど。でも死にたくないとまで言った覚えは無いわよ?
「そ、そんなあ……」
うそうそ。冗談よ、うん。死にたくないわ。
「ほっ……。それでね、お説教は言い過ぎにしても少しお話してあげて欲しいのよ。ほら、元気が出ればまた学校にも来てもらえるかもしれないし……ね?」
詳しく聞くと、学校でちょっと嫌なことがあって彼は引きこもっているらしい。でもヒキコモリの気持ちなんてわからないわよ? そもそも学校自体行ってないし。
「そこはほら、同じヒキコモリ同士で……」
私病人。ヒキコモリ違う。
「似たようなもんよぉ。お散歩とか全然しないし、病室にひきこもってるじゃなぁい」
なるほど。こやつは私をそういう風に見ていたのか。ふふふ、面白い。それならそれでこっちにも考えがある。……わかったわ水銀燈。ねえ桜田君、私は柿崎めぐっていうの。よろしくね。
「あ、はい、よろしくお願いします。柿崎さん」
めぐでいいわ。あと敬語なんて使わなくていいわよ。
「は、はい。じゃなくてええと、うん」
緊張してるのね。……この子、かわいいかも。
わたしたちのほほえましいやり取りを見た水銀燈は安心したのか、ジュースを買ってくるといって病室を出た。
ククク……作戦開始だ。
ねえジュン君、面白い話があるんだけどあなたものってみない?
「え……面白い話ってなんですか?」
ふふふ、それはね……。
二本のジュースとヤクルトを手に帰ってきた水銀燈が見たのは、暗く沈んだ私とジュン君。
「え、何? 何があったのぉ?」
「あ……水銀燈……」
あ……ほんとだ……。……ねえ、あなたもこっちにいらっしゃいよ……。一緒に沈みましょ……?
「う、鬱銀燈になるのはいやぁぁぁ!」
叫んで逃げてしまった。相変わらずいいリアクションだ。ただジュースは置いて行って欲しかった。
ね、面白いでしょ?
「たしかに。水銀燈のあんな顔初めて見たよ」
学校ではいつもすましているらしい。私と二人だといつもあんな感じよ。
ジュン君はきらきらと目を輝かせていて実に楽しそうだ。まあ彼女の目的は十分に果たされているのだからあれくらいは許されるだろう。
そして私たちはすっかり意気投合。今なら相性占いで満点取る自信があるわ。
「で、やっぱりというか学校帰りまでヤクルトなんだよ。一日十本ぐらい飲んでるんじゃないかな」
ああ、お見舞いに来るときもそうよ。今の話も考えると二十本いくかもしれないわね。
その後彼女が戻ってくるまで、私たち水銀燈で遊び隊(総勢2名)は彼女の話をネタに盛り上がっていた。
今日、初めて男の子の友達ができました。あ、水銀燈が帰ってきた。ねぇ、ジュースはー?
「水銀燈、午後ティーはあるか?」
「知らないわよぉ!」
彼とはとても仲良くなれそうです。
ビクゥッ! と面白いくらいにわかりやすい反応をする水銀燈を肴にジュースで乾杯。
彼女をからかえるネタさえあれば我らは以心伝心、一心同体。最高のタイミングで最高のパフォーマンスを発揮することができるのだ。
誰かはそれを、絆とも呼ぶ。
「んなはた迷惑なモノは夢の島にでも埋めてきなさぁい!」
ジュンくーん、面白い話が……。
「やめてぇぇぇ!!」
モヤモヤしたからやった、反省はしてないめぐ様
生きてるってなんだろう生きてるってなぁに? ……水銀燈にそう言ったらぶん殴られて説教されました。
昔は泣きながら慰めてくれたのに。看護師さんといい水銀燈といい、最近私の扱いが悪い気がする。
「でもなんかわかる気がするなあ」
そんな、ジュン君まで! ひどいわ!
病室に鎮座まします冷蔵庫から取り出したコーラを飲みながら拗ねてみる。「説得力が無いよ」と笑う彼は実に清々しい顔をしている。本当にいい笑顔だ。
それを見た私はふと、胸にこみあげて来るものを感じた。
え、ちょっとまって。なにこれ。まさかこれが恋っていうやつ?
いや、いくらなんでもそれは無いだろう。まだ出会ってから数日しかたっていないのだ。初めて出来た異性の友達だから舞い上がっているだけだ。それに彼は水銀燈の……。
でも彼の顔を見ていると胸が苦しい。そう、まるで発作が起きたときのように……。
「げぷっ」
「め、めぐ!?」
発作じゃなくてゲップでした。ちょっと安心……できるか。よりによって男の子の目の前でゲップは恥ずかしい。これでも年頃の女の子だ。
「めぐ、顔が赤いけど大丈夫か?」
あんな醜態を晒せば恥ずかしくて赤面もするわよ。
しかし彼はそのあたりの機微には疎いらしい。まあこっちは病人なんだから具合が悪くなったんじゃないかと心配するのは正しいのかもしれないけど、私だって女の子だ。釈然としないものがある。
なんかむかついた。うん、水銀燈で憂さ晴らしさせてもらおう。ねえねえジュン君、ちょっと買って来て欲しいものがあるんだけど……。
内容を聞いて私がしたいことを悟ったらしい彼は相変わらず似合わない悪党笑いを見せると病室から出て行った。
みなまで言わずとも理解してくれるとは、さすがは水銀燈で遊び隊隊員。心が通じ合ってる証拠かしら。
口の周りと胸元にケチャップをつけて水銀燈を迎えたら、大騒ぎしてナースコールされてしまった。そして私とジュン君は大目玉。負け犬街道まっしぐらな看護師さんに正座二時間を命じられた。水銀燈は怒りながらも安心してくれているようだ。
「想われてるんだな」
そうみたいね。
「おしゃべりなんて余裕ね。あと一時間追加!」
そんなひどいです! 足がしびれて……って水銀燈、楽しそうな笑顔で何を!? ちょっ、やめてつつかないで……ア゛ーッ!
ねえジュン君。
「何だ?」
水銀燈が来てうやむやになったけど、私は本気だから。
「……」
考えておいてね。
「…………ああ」
前回よりちょっと前のめぐ様
ジュン君と水銀燈、二人の話を聞いていたら外の世界に興味が出てきた。
「ちょっとぉ、いくらなんでも無茶よぉ」
「そうだぞ、ちゃんと病気を治してからにした方が……」
無理? 無茶? ハン、誰に言ってるの? なめないでよ……めぐなのよ私!
そうと決まれば二人に協力してもらって脱走。水銀燈、身代わりよろしくね。
「はぁい……って、これデートじゃない! もしかして私、はめられた!?」
ところ変わって並木道。街ではないことに舌打ちをする私にやさしく微笑みながら、本当は街を歩きたいけど空気が汚れてそうだからここにしたという。やさしいのね。
「そうでもない。友達だし普通だよ」
彼の言う「友達」が私には水銀燈しかいなかったということにはたぶん気付いていないのだろう。しかし、それでもトウのたった負け犬以外の看護師さんたちと違って「普通」に扱ってくれるのは嬉しかった。
公園に着くと、飲み物を買ってきてくれるというので午後ティーを頼む。
「コーラじゃなくていいのか?」
ええ、紅茶が飲みたい気分なの。
以前の失敗を繰り返すつもりはない。あんな恥ずかしいのはもうたくさんだ。それに、彼が好んでいるものを味わってみたいと思うし。
それにしても疲れた。よく考えればずっと病室で大人しくしているだけの毎日を過ごしていたんだっけ。歩き回るだけの体力なんて無くて当然。ここまでこれただけでも上出来かもしれない。
あんな啖呵をきっておいて情けない。ベンチに座るとクラっときた。あ、マズイ。このままじゃ……
「大丈夫か?」
……ジュース、買いに行ったんじゃなかったの?
「こうなるような気がして戻ってきた」
水浴びでもしてきたかのように汗だくで息を切らしている。なるほど、買いに行く途中で体力不足に思い当たったのか。
ありがとう。……あったかいね。
そんなことがあったのよ。
「……そぉお、それはよかったわねぇ…………」
あれ? 水銀燈、何か怒ってる?
「そぉんなことないわぁ……」
そっか。
はぁ……白馬の王子様というものをちょっとだけ信じてみたくなった、思春期の一コマ。
「ぶ、ぶ、ぶっ殺してやるわぁ!!」
ジュンや水銀燈の小遣いをまきあげないあたりは良心的なめぐ様
夢を見た。
嫌になるくらい幸せな、悲しい夢。
夢は無意識に望む願いだと聞いたことがある。しかし叶わないとわかりきった願いならば見ないほうがいい。見たくなんかない。
「……めぐ、どうしたんだ?」
「なんかねぇ、夢見が悪かったらしいのよぉ」
二人だけでヒソヒソ話をするな。私も混ぜて欲しい……というような気分でもない。
「重症ねぇ……。ここまでひどいのは久しぶりだわぁ」
「いつもはどうしてるんだ?」
「放っておけば立ち直ってるのよぉ……。それで私がいじられるパターン。今度は何をされるのかしらぁ……」
はぁ、とため息をつく水銀燈をジュン君が笑顔で慰めているようだ。
むかつく。人がメランコリックな気分だというのに、それを放っといて横でいちゃつくなんて。
「「ごにょごにょ……」」
今回はジュン君も同罪だ。いたずらついでにからかって、せいぜい笑ってやると……
「めぇぐぅ♪」
な、何!? いきなり抱きついたりしてどうしたの!?
「そんな顔してないで、遊ぼうぜ」
ジュン君まで。……男の子って、体硬いのね。水銀燈とは大違い。
二人に抱きつかれて気分もよくなった。われながら現金だと思う。
「やったぁ。子供が生まれたわぁ。水銀燈に、ご祝儀ちょうだぁい♪」
「またかよ……うわ、倒産!?」
あははは、借金まみれね。……って、夫の浮気相手に刺されて入院!? なにこれ!? 保険入ってないわよ!?
三人で歌を歌ったり、ジュン君が持ってきた人生ゲームに熱中したり……あの手の夢を見た日にこんなに楽しく過ごせたのは、今日が初めてかもしれない。
「いい友達に恵まれたわね……あ、花見酒できた。勝負」
またですか? うわキツ。
「さっき猪鹿蝶揃えたじゃない。よし、これで逆転ね」
次はオーラスの十二月ですね。……負けませんよ。
看護師さんとの花札(こいこい)勝負にも熱が入る。……よっしゃ、赤タンそろったぁ! じゃ、お給料の一部、いただきます。
「また負けた……。ああ……、合コンが遠のいていく……」
イカサマというものは、ばれなければイカサマではないのだ。彼女が男を捕まえられないのは正直すぎるからなのかもしれないと思いました。
一部ノンフィクションでお送りするめぐ様
「こんにちわぁー、乳酸菌とって……!」
ひどいわ……信じてたのに!
「ふふ……ごめんね、めぐちゃぁん?」
勝ち誇った笑みを浮かべる看護師さん……もとい、泥棒猫。いつも世話をしてくれる、本来なら感謝するべき相手であるはずのこの女が心底憎い。
「め、めぐ……違うんだ。これはその……」
うるさい。言い訳なんか聞きたくないわ。年増の色香にあっさり騙されるようなクズ男なんか……ううっ……。
「くすくす……恋愛のれの字も知らないような小娘が一丁前に悲劇のヒロインぶってんじゃないわよ。まずはその乳臭さをどうにかしなさい?」
このババア……! 殺してやる!
「待て、めぐ!」
ジュン君どいて! そいつ殺せない!!
ナイフを手に取り、目の前の阿婆擦れに突進する私を、彼が遮ろうとする……が、止まらない。そして、私が持つナイフは、彼の服を赤く染めた。
「……!!」
「ジュン君!? あ、あなたなんてことを……!」
うるさいうるさい、お前が悪いんだ! お前さえいなければ……!
なにやら喚いている泥棒猫にナイフを突き立てる。胸元を赤く染めた彼女はゆっくりと崩れ落ちた。あはははは…………あら、水銀燈? いつからいたの……?
「ひ、ヒィ!」
腰を抜かしてへたりこみ、動けない彼女に近寄る。そして――。
「まさか気絶するとは……傑作だったなぁ」
ええ……まさかあそこまで耐性が無いとは思わなかったわ。まああそこまでリアルに出来たのは体を張ってくれた看護師さんのおかげだけど。
「これでいいのよね!? 前回の負け分はチャラよね!?」
ええ、オッケーですよ。ご協力ありがとうございました。それにしても刃が引っ込んで血糊が出るなんて、最近のパーティーグッズはすごいのね。
昼メロごっこを見て気絶した水銀燈はまだ目覚めない。彼女が起きたとき、ジュン君と看護師さんを見てどういうリアクションをとるか。今から楽しみだ。
そしてそれは夜、ジュン君が置いていった紙袋に入っていた裁縫の本を読んでるときに来た。
胸が締め付けられるような感覚。懸命に生きようとする健気な動きが止まってしまう合図。それは命を刈り取る死神の足音。
死にたくない。そう思った私はナースコールのボタンに手を伸ばし、そして…………
闇に、包まれた。
番外編:銀ちゃんとジュンのほのぼのタイム
「まったく、ひどいわぁ……」
「ゴメンゴメン。まさか気絶するほど怖がるなんて思わなかったんだ」
不平をこぼす私に、あまり真剣味の感じられない様子で謝るジュン。本来ならもっと真剣に怒るべきなのだろうがどうも憎めない。きっと私は簡単に許してしまうのだろう。
しかしそう簡単に許してやるつもりは無い。せめてポーズだけでも取り繕わなくては。
「悪かったって。ヤクルト十本……いや、二十本買ってやるから許してくれよ」
「ええもちろんよぉ。心が広い水銀燈に感謝しなさぁい」
許してやったのは実の所そんなに怒っていなかったからだ。ヤクルトにつられたわけではない。お願い信じて。
「それにしても、元気になったわねぇ」
「めぐのこと?」
「めぐもそうだけど……あなたもよぉ」
僕? と首をかしげる。どうやら自覚は無いらしい。
「ええ、そうよぉ。あの紙袋、中身はソーイングセットと教本でしょぉ?」
こっそり覗いたのだ。本のタイトルはわからなかったが、内容はおそらく間違ってはいないはず。
「……」
「くだらない連中がちょっかいかける原因になったものと向き合うことが出来たんだもの……。それってスゴイ事よぉ」
「……うん。でも、凄くなんかない。今になってみれば、どうして逃げていたのかわからないよ」
そう言って笑顔を見せる彼。ああ、本当に強くなったんだと思った。
「そうだ! 今度何かプレゼントでもやらないか? 水銀燈も、自分ばかり驚かされてちゃシャクだろ?」
「いいわねぇ。でも何を贈るのぉ?」
「実はもう考えてある。ぬいぐるみなんてどうだ? 今の僕なら最高のものを作れる」
ここ最近見ることの多くなった不敵な笑み。
見るからに自信たっぷりだ。でもそうすると私の出来ることってないんじゃない? ほら、お裁縫じゃどうやったって敵わないし。
そのことを言うと「だからさ……」と続ける。
なるほど。それはいい。それなら私も参加できるし、めぐもすごく喜んでくれるに違いない。
そして私たちは材料を購入し、それぞれに必要なものを持つ。
親友と遊び、そして好きな人との帰り道。
私は幸せだった。
そう、幸せだったのだ。
夜遅く、仲良くなった看護師さんからの電話を受けるまでは。
手術室の前に着くと、水銀燈はすでに椅子に座っていた。何かを祈るように固く手を組んでいる。
なにか言おうと思ったが、気の聞いた言葉が浮かばず、黙って隣に座ることしか出来ない。
そして気の遠くなるような時間の後――――ランプが消えた。
「どういうことよぉ!」
「……」
水銀燈の詰問に対して医師は沈黙を保つ。
「……水銀燈」
「…………わかったわよぉ」
水銀燈の肩に手を置いて制止する。ここで騒いだってめぐが起きるわけではない。
手術は成功したらしい。らしい、と言うのは彼女が目を覚まさないからだ。
医師によると擬似的な植物状態だそうだ。説明が難しくてよくわからなかったが、いつ目を覚ますかもわからないらしい。
だれも言葉を発しようとはしない。沈黙が痛くなってきた頃、看護師さんがそれを破った。
「二人とも、顔を上げなさい」
僕も水銀燈も彼女を見る。いや、睨む。そして彼女に八つ当たりをしようとするが次の言葉で我に返った。
「あなたたち二人が信じなくてどうするの!」
そうだ。めぐがこのまま死ぬわけが無い。
まだまだやり残したことはいっぱいあるはずだし、それにお別れの一つも言わないなんて僕も水銀燈も許さない。
次に話をするときのためにも今はぬいぐるみを完成させよう。そして目覚めためぐにプレゼントしてやるんだ。
寝坊だぞ、と言って笑ってやる。
その日が今から楽しみだ。だから……
絶対に起きろよ、めぐ。
やり残したことが多すぎて死んでる暇なんか無いめぐ様
私は、海の中にいた。
実際に海なのかどうかは知らない。ただ、話や映像で知った海というものと一致しそうだと思う。
仰向けになって漂う私に、水面で歪められた光が降り注ぐ。
それがだんだんと遠ざかり何もかもがなくなっていくような、そんな感覚で自分の体が沈んでいっているのだとわかる。
安らかな温もりに抱かれているような感じを受け、私はそっと目を閉じる。おそらくはこれが死というものなのだろうか。こんなにも安らかで、甘美なもの――。
「おや。こんなところにお客様とは」
なんかガチホモっぽい声が聞こえた。いや、決め付けるのはひどいかもしれないけど、この声の主は絶対にそうだとなぜか確信できる。
それにしてもここはどこなのだろう。
「ここは此岸の辺から彼岸の入り口へと連なる場所。そうですね……あなたたちが言うところの三途の川のようなものです。それはつまり……」
その後にも奴が何か喋っているがよく聞こえない。聴覚が失われてきているのだろうか。そして、体の感覚も徐々に無くなっていく。
手足の先が無くなったとき、両親の顔を忘れた。
肘と膝が無くなったとき、看護師さんの顔を忘れた。
他にも様々な事を次々と忘れ、そして、消滅が肩、股関節を通り過ぎて心臓に近づく頃、ジュン君と水銀燈の顔を――
ふざけるな
忘れない。絶対に忘れない。
水銀燈の泣き顔に怒った顔、ジュン君の照れ笑いやうろたえた顔。
そして、二人のとびっきりの笑顔。
全てがなくなってしまう、これが死だというのならば受け入れてやるつもりなんか無い。
まだ見ていないものがたくさんある。
ジュン君を女装させてみたら面白そうだ。小柄で顔も整っているから意外と似合うかもしれない。
水銀燈にお酒を飲ませるのも面白いかもしれない。名付けて酔銀燈計画。今度彼に話してみよう。
気がつけば体は復活している。色々な人たちのことも思い出した。しっかりと目を開き、ただ上を見据える。
自慢じゃないが死にかけたことなんていくらでもある。今度だって同じようなもの。
絶対に生き返ってみせる。その思いを胸に私は水面を、上を目指す。
「――頑張りましたね、お嬢さん?」
光に包まれる瞬間、そんな声が聞こえた気がした。
復活して新たな決意をする最終回のめぐ様
「「「おっめでとー!!!」」」
クラッカーの音が鳴り響く。嬉しいんだけど……いいのかしら。ここ病室よ?
「いいのよ」
まあ、看護師さんがそう言うなら……。それにしても、少し大げさじゃなかろうか。ちょっと意識不明になってたって言うだけなのに。
「ちょっとって……ねえめぐぅ? 一ヶ月はちょっととは言わないわぁ」
そう、どうやら私は一ヶ月ほど眠っていたらしい。後で聞いた話だが、この一ヶ月の間ジュン君と水銀燈は色々と走り回っていたそうだ。
諦めてしまった親のところに説得に行ったり、蒼星石という娘を中心とした友人の助けでナントカ菱とかいうお金持ちに援助を頼んだりと、たくさんのことがあったらしい。
彼らの武勇伝や失敗談を聞くのは、一人で歌を歌ったり本を読んだりするよりも面白い。……面白いんだけどなんか違うわね。よし、仕掛けるか。
ねえジュン君、ちょっと来てくれる?
「ん? どうした?」
そうそう、もっとこっちに……ちゅっ。
「「「!!!」」」
わぁい、もらっちゃったもらっちゃった、ジュン君の唇もらっちゃった♪
「めぇぇぇぇぐぅぅぅぅ!!!!」
「うわー、大胆ねー」
「…………」
そうそう、やっぱりこうじゃないと帰ってきた気がしないわ。
けらけら笑う看護師さんに赤くなって硬直するジュン君。同じく顔を真っ赤にしてギャースカギャースカ怒る水銀燈。ああ、楽しい。
うん、私は帰ってきた。
みんなが帰った後、ジュン君と水銀燈に渡されたプレゼントをあけてみる。
出てきたのは、布で出来た二人。銀髪の女の子と眼鏡をかけた男の子。可愛いなあ。
あまりの可愛さに思わずぽんぽんと銀ぐるみの頭を叩く。すると「乳酸菌とってるぅ?」と声がした。
叩くと音が出るのか。随分と器用ね。確認したところ「ふえーん。叩かないでぇ」や「歌ってぇ」等の別パターンも存在するようだ。無論JUMぐるみにも声は入っている。
「待ってるからな」
……言ってくれるじゃない。
よし、元気になった方が色々出来る。病は気からとも言うし、頑張ろう。成せば成るのだ、きっと。
この病気を治してみせる。
そして、いつか見た夢の続きを――。
fin.
「水銀燈? ……それに、ジュンも!? あなた達、学校にも来ないで何をしているの?」
「真紅ぅ!?」
「な、真紅がどうして病院に!? 傷害で警察に捕まるならまだしも……」
「ぱーんち」
「あべし」
病院で友人(殴りすぎで拳を痛めてたらしい)との意外な遭遇。
「はー、そんなことがあったですか」
「ヒナは手伝うのよー」
「僕が庭の手入れをさせてもらっているお屋敷の、結菱さんにも協力を頼むよ」
「……」
「……わたくしは、お断りします」
「雪華綺晶?」
「水銀燈にとってその人は友人でも、わたくしにとってその人は……ジュン様を奪っていく相手です。あなたはどうして協力しようだなんて思えるのですか!?」
「……笑顔が、見たいから。ジュン君や水銀燈、そして、みんなと笑っていたいから……かな」
「…………そうですか」
雪華綺晶の想い。蒼星石の想い。
これは語られることの無かった戦い。
様々な人たちの、様々な思いが交錯する。
「めぐ様大長編~JUM銀奮戦記~」
「蒼星石のコスプレ百変化~結菱一葉SELECTION~」も同時公開
一万年と二千年後に製作開始予定
めりーくりすます。性なる夜も病院で過ごすのはデフォです。
「字が違うわぁ」
違わないでしょ。節操のない連中がすることなんて一緒よ。テロでも起きないかしら。本当、死ねば良いのに。
「物騒なこと言うなよ……りんご剥けたぞ。ほら、あーん」
あーん……うん、おいし。
「テロが起きるなら目の前にいるバカップルをどうにかしてほしいわぁ……」
あら、ジュン君を誑かしてないで自分の相手を見つければいいのよ。あなたが誘えばホイホイついて来るでしょうに。何のためにおめかししてるんだか。
「こ、これはぁ……」
ふふふ、そうね、男を捕まえるという意思のあらわれかしら。そうと決まれば……レッドスネーク、カモーン!
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
「きゃぁ!」
「うわ、ビックリした」
ふふふ……ベッドの下から看護師さんが現れればビックリするだろうと思ってあらかじめ隠れてもらってたのよ。
「なんでそういうイタズラには無駄に力が入ってるのよぉ……」
決まってるじゃない、ジュン君と二人で過ごすためよ。さぁ、持って行っちゃって下さい。
「ええ、じゃあ水銀燈ちゃん借りていくわね」
「え? え? なに? なんなのぉ?」
合コンの面子が一人足りなくなったんですって。それで協力することを条件に水銀燈レンタルしちゃった。
「本人の許可ぐらい取りなさいよぉ!」
「大丈夫、飲みすぎてもアル中お迎え隊がいるから! アフターケアバッチリだから!」
「いってらっしゃーい」
いってらー。
「こ、この薄情者ぉぉぉぉ!!!!」
水銀燈で遊ぶより、恋人と過ごしてみたくなった聖夜。三人で過ごすのは退院してからにしましょう。ねえ、マフラー編んでみたんだけど、どうかな……?
「うれしいよ……。うん、暖かい」
幸せそうな笑顔を見せてくれる。うん、こんな良い笑顔が見られるなんて私も幸せだ。
こうやってあたたかく過ごせるなら、イベントに乗っかるのも悪くないわね。