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「……さぶっ。」
湯の熱さに反し雪の舞う外気は僕の肌を刺すようだ
肩まで湯に浸かり直すとさっきまで感じていた寒さが湯に解けて行く気がする
「……蒼星石遅いな。」
「お待たせJUN君。」


『月と雪と花と湯と』


四日前

仕事も一段落し、さて帰ろうかとしていたら同僚のベジータに声をかけられた。

「二人で温泉行きたくないか?」

「……ツルツルなおでこしてると思ったら中身までツルツルだったとは。」
少しおかしな奴だとは思って居たけどまさか……
「ガチでホモだったのか……。」
「うぉぉぉぉーーーい!何勘違いしてるんだ!」
「いや、僕は性癖で人を差別したりしないから。」
そう、たとえホモでも友達には変わり無い
「違ーーーーーーう!」
そう言えば学生時代の担任のベジータを見る目が他の生徒と違ったもんな
思えばその頃からそっちの道に入ってたのか
「でも、御免。僕には蒼星石が居るから。」
「だから違うと言ってるだろ!」

ゴスッ

「全く、人の話は最後まで聞け。」
「はい。スンマセンした。」
何も殴らなくても
コイツ自分がサイヤ人だって分かってんのか?僕が主人公じゃなきゃ今頃汚い花火になってたぞ
「話を戻すぞ。実はな。今度の週末に旅行に行こうと思ってたのだが事情により行けなくなったんだ。」
「ふーん。」
「そこでな。お前に譲ろうかと思ってな。」
「なるほど。」
「どうだ?たまには奥さんにサービスしてやれよ。」
ふむ。確かに家事は蒼星石に任せっきりだし
最後に旅行に行ったのは、確か新婚旅行だから二年近く前か
「温泉って何処のだよ?」
「葵屋って旅館だ。然程広くは無いが内風呂に露天の家族風呂もあるし料理も上手いし中々良い所らしいぞ。」
そこなら何時かテレビの温泉特集で紹介されてたな
「良いのか?そこ確か結構な値段しただろ。しかも中々予約が取れないって聞いたぞ。」
山奥の小さな宿ながら相当の歴史が有るらしくそれに伴ない値段もかなり御高い
でも名物の温泉と料理の方はかなりの物らしく予約は常に一杯らしい
「まあな。俺も予約を取るのに結構苦労したからな。まあでも仕方ない。」
「用事って何だよ?」
「用事って言うか……。」
ベジータは俯いて震え始めた


「……銀嬢が温泉旅館行きたいって言ってたから苦労して予約したのに、「ベジータと温泉なんていくわけないでしょぉ。」って……。」
あー、まだ水銀燈の尻追っかけてたのか
学生時代から散々振られてるのに懲りない奴
「……だからお前にくれてやる。精々蒼嬢と楽しんで来い。」
……哀れな奴
「じゃあ、週末行って来ようかな。」
「おう、行って来い行って来い。その代わり。」
ベジータは手を合わせると僕に言った
「この間の麻雀の負けチャラにしてくれ。」
お安い御用で



「後ろ向いてくれないかな?」
「あいよ。」
湯が流れて濡れた檜の床を歩く音だけが聞こえる
「もう良いか?」
「もうちょっと待ってね。」
桶で湯をすくう音が聞こえる
「お待たせ。こっち向いて良いよ。」
「ん。」
体の向きを変える
目の前には一糸纏わぬ蒼星石
惜しらむはこの温泉が乳白色な事だろう
って言うか夫婦何だからお互い裸なんか幾らでも見てるのに
と思うのだがそこは乙女心という奴か
「ねえ、JUN君。」
「ん?」
「良い所だね。」
「ああ。」
目の前には雪の積もった裏庭
真っ暗な中露天風呂から洩れる灯りが雪に反射し
真っ白な中に浮かぶ松ノ木と庭の岩が風情を誘う
そして暗闇の中、月明かりで遠くの山が輪郭だけ確認できた

「お酒飲もうか?」
「そうだな。」
蒼星石が持って来てくれた御盆を湯に浮かべる
これ一回やってみたかったんだよな
「どうぞ。」
蒼星石が徳利をこちらに傾ける
「いただきます。」
お猪口に酒が満たされる
「徳利貸して。」
「はい。」
蒼星石から徳利を受け取り彼女に傾ける
「どうぞ。」
「いただきます。」
そして二人でお猪口を掲げて

「「乾杯」」

喉を酒が通って行く感覚が気持ち良い
雪の降る外気に当てられ少し温くなっていたが逆にそれが合っている
「はい、どうぞ。」
僕のお猪口が空になったのに気付いた蒼星石が再び酌をしてくれる
「ありがとう。蒼星石は?」
お返しに入れてあげようと思ったら蒼星石は手を振ってそれを拒む
「僕はまだ良いよ。お風呂入りながらだと酔いが回るの早いし。」
確かに蒼星石の顔は湯に浸かってるのも有るだろうけど赤い
「そうか。」
一口、酒を喉に流す
ああ、至福
「ねえ、JUN君。」
「ん?」
「そっち行って良いかな?」
「どうぞ。」
僕の対面に居た蒼星石が楚々と寄って来る
「お邪魔します。」
二人で雪と月を見る
「良い景色だね。」
「ああ。」
お猪口に残った酒を流し込む
「月見酒、雪見酒。」
もう一杯飲もうと徳利に手を伸ばす
「あ、僕が入れるよ。」
蒼星石が徳利を手に取りお酌してくれる
「ありがとう。」
「いえいえ。僕も頂こうかな。」
「ん。」
蒼星石の手から徳利を受け取りお返しに注いでやる
「ありがとう。」
二人で静かに酒を飲む


「あ。」
不意に蒼星石が声を上げた
「如何した?」
「さっき、JUN君言ってたよね。月見酒、雪見酒。って。」
「うん。言ったけど?」
「今なら花見酒も出来るよ。」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまう
だって今の季節は冬
春なら庭に花もあるだろうし、山に咲く山桜も見えたかも知れないが
今は残念ながら両方雪の下で眠っている
「だってね、JUN君。」
蒼星石が掌で湯をすくう
「?」
「ほら、湯の花だよ。」
なるほど、確かに

それにしても蒼星石の顔がさっきより赤い
少し酒が回ってるのだろう
「ねえ、JUN君。」
「ん?」
「いい所だね。」
「ああ、そうだな。」
蒼星石が頭を僕の肩に預けくる
「ベジータ君に感謝しないとね。」
「そうだな。」
冬の風が火照った顔を凪いで心地良い


「また来たいね。」
「またか。それも良いかもな。」
僕も蒼星石に体重を預ける
「出来れば今度は二人じゃない方が良いな。」
「ん?誰か誘うか?ベジータとか水銀燈とか。」
水銀燈もベジータと二人っきりじゃなきゃ来るだろう
「うーん、それも良いけど。」
「それも良いけど?」
「折角、家族風呂なんだし……。」
「じゃあ、翠星石と爺さん達誘うか?」
「そうじゃなくて。」
「そうじゃなくて?」
「『家族』風呂だよ。」
そこでやっと蒼星石の言いたい事に気付く
そう言う事か『家族』ね
「そうだな。そろそろ良いかもな。」
「うん。」
一度蒼星石から離れ彼女の正面に座る


「蒼星石。子供作ろう。」
「うん。JUN君。」


そして僕らは口付ける
新しい家族の為に



数年後
葵屋の宿帳に再び『桜田』の名前が記される
そこに記された人数は二人から四人に変わっていた
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