あらすじ
 真夜中の学校の七不思議に挑んだ金糸雀が連れ去られ、焼却炉で発見される。
 それを見た先輩の真紅と翠星石。
 人事のように思っていたが、彼女達も七不思議に巻き込まれるなんてつゆしらず……。

 ガンガンガンガン……

 隣の工事現場の音が否応なしに教室にまで響いてくる。
 窓という窓を全部締め切ってでもある。
 しかも、工事現場はおろか校庭にまで出入りするダンプのエンジンの音まで
するのだからたまらない。 
 こんな中でもよく授業がやれるものである。
「え~、この箇所は已然形活用であるので……」
 教壇の上で教師はそんなことに構う様子はなく延々と古典の授業を行っていた。

 ふと脇を見ると翠星石がうつらうつらと舟をこいでいた。
 朝早くから当番で登校させられた挙句に、あの旧校舎の騒ぎだ。朝のうちに
気力を使い果たして、こんな環境の中での授業である。
 私も正直眠くてたまらなかった。
 これで集中しろというのだから、それはさながら拷問のように感じてしまう。

 結局授業は昼で打ち切りとなった。
 昼休みの時間になるかと思いきや、先程まで古典の授業をしていた副担任の
草笛先生が終礼をやりだしたのだ。
 なんでも今朝の旧校舎の一件のために、職員会議が行われるからだという。
 正直、助かった。
 このまま授業を受けつづけるのは苦痛以外の何者でもなかったからだ。

 号令が掛けられ、そのまま解散……となるはずだったが。

「ちょっと、旧校舎の資料室まで行って、旧校舎の図面をとってきてくれない
かな。それを職員室まで持ってきて」
 草笛先生が翠星石にそんな頼みごとをしていたのだった。
「何で翠星石に頼むですか?それに図面が資料室のどこにあるかが分からない
ですけど」
 言われた翠星石はちょっと機嫌を損ねた様子で顔を膨らませていた。
「図面なら資料室の窓際に置いてある段ボールに入れてあるから。ただ、資料
室のドアは壊れて廊下からは入ることは出来ないから、隣の印刷室からの通用
口から入るといいよ。
 それと何でかって?さっきの授業で眠りかかっていたよね。その罰よ」
「う……」
 事実なのでそれ以上は反論できない。
 かわいそうではあるものの仕方がないだろう。

「真紅、用が済むまでちょっと待つです」
 翠星石は大きくため息を吐きながら、重い足取りで旧校舎の中に入っていく。
 彼女と行き違いになる形で、建設現場の作業員が数人資材を手にしながら中か
ら出てくる。

 ふと旧校舎の入口の脇を見た。

 古い池。
 水面には水草がぎっしりと埋め尽くすように生い茂っていた。
 丁度この位置は旧校舎に太陽が隠される形になって、日陰になっている。
 草の隙間から見える水面は黒く、どことなく不気味さを感じさせる。

『三途の池』

 この池は七不思議の一つで、そう呼ばれている。
 なんでもこの池に真夜中に覗き込むと、水草が伸びてその者を池の中に引きず
り込み、そのまま冥府まで連れて行かれるという……。
 どこでもありがちな怪談的な内容だ。

 もっとも人が引きずり込まれた所を見たことはないし、そもそも現実的にあり
えない。
 恐らく、この学校に昔いた生徒らが作り出した怪談話が一人歩きして、ここま
での話になったのだろう。
 だが、それでもこの日陰の陰鬱な雰囲気の池は、本当に近寄りがたいと感じさ
せるので、そのように思ってしまうのも無理はない。

 それにしても――遅いわ。
 ふと腕時計に目をやると13時25分。
 翠星石が旧校舎に入ってから既に15分以上が経っている。

「あれ、真紅君じゃないか。翠星石君を見なかったかい?」
 背後から私を呼ぶ声がしたので振り返ると、梅岡先生と草笛先生がこちらに向
かってくるのが見えた。
「先ほどから旧校舎にいるみたいだけど、遅いと思って」
「何をしてるんだろう……会議が始まっちゃうよ……」
 草笛先生は時計を見ながら、半ばいらだった様子でいる。
 だったら、最初から貴女が探しに行けばいいのに。
 会議でいる重要な資料を何も知らない翠星石に取りに行かせるからよ。
 私が思わずそう毒づこうとした――その時!!

「……ぎゃぁぁぁ……」

 ――!!

 叫び声。
 翠星石のだった。

「翠星石!?」
「どうしたの!?」
「何かあったのか?」
 私と先生らの3人は旧校舎の中に駆け込んだ。

 窓から外の光が差し込んでいるものの、中はやはり薄暗い。
 そんなのには構わず、玄関を通り抜けると左右を走る廊下に当たる。
 左は確か旧職員室、右は階段に行くはずだが――。

「……ぅぅぅ……」

 翠星石のうめき声がかすかに聞こえる。
 それは――階段の方からだった。

 すかさずその方向へと向かうと――

「ううう……痛えです……」

 翠星石は階段の下に横たわっていた。
 その前には手にしていたと思われる段ボール箱が横倒しになり、中身が散乱し
ていた。

「どうしたんだ?大丈夫か?」
 梅岡先生そっと彼女のもとに掛けより抱き上げる。
「ううう……階段降りるときに足を滑らせてしまったです……思い切り痛いです」
 翠星石は痛みで顔を歪ませながらも、なんとか自力で立ち上がろうとしていた。
「まったく……それより無理に立ち上がろうとしないで。手とかは動く?」
 草笛先生はため息をつきながらも心配げに声を掛ける。
 翠星石は痛みをこらえながらも、手や足を曲げようとしていたが……左足はあ
まりの痛さで動かすことができないようだ。
「骨折かもしれないわね……すぐに医者を呼んだ方がいいわね」
 草笛先生はそう言って、立ち上がろうとした。
 その時、玄関の方から他の先生や生徒、さらには建設現場の作業員がこちらへ
と駆けつけてくるのが見えた。

「大丈夫ですか?」
「彼女、下手したら骨折しているかもしれないから保健室まで運んでください。
場合によってはすぐに救急車を呼んでください」
「は、はい」
 先生ら数人が彼女の体を抱き上げる。そしてゆっくりと旧校舎の外へと運び出
していった。

「とにかく……資料をかき集めましょう」
 梅岡先生は我に返ると床に散乱した資料を手にしては段ボール箱の中に放り込
む。草笛先生もその作業を手伝っていた。
「あれ?この手帳は?」
 草笛先生が怪訝そうに床に落ちていた緑色の小型の手帳を拾い上げる。
 どこにでも売っているビジネス用の手帳で、鍵のついたやつだった。
 ただ、中がメモの入った紙がぎっしりと詰まっていて、その一部が床に散乱し
ていたが。
 というか、これは――。
「これ……翠星石の物だわ」
 私は言った。そう、これはまさしく彼女がいつも持ち歩いている手帳だった。
「だったら、後で彼女に渡しておいてくれないかな」
 梅岡先生は一通り資料を段ボール箱にしまいこむと、手帳を私に手渡す。
「分かったわ」
 私は手帳を受け取り、散乱した彼女のものと思しきメモをポケットにしまいこむ。
「とにかく行きましょう」
 梅岡先生は段ボール箱を抱えると、そのまま玄関の方へと向かう。
 草笛先生も私も、その他のその場にいた人らもそのまま後に続く。

「今日はこの階段でロクでもないことが起こりすぎよ」
 突然、草笛先生が口にする。
「え?」
「ゆうべの一件よ。姪が死にそうになった所が2階と3階の間のこの階段なの」

 そうだった。
 金糸雀が突き飛ばされて転げ落ちたのはこの階段――『魔の階段』だった。
 彼女に続いて……翠星石も怪我をした。
 いや、打ち所が悪ければ死んでいたかもしれない……。
 そう思うとぞっとする。

 そんな意味でもこの階段は呪われている――そのように思えても仕方がない気
がする。

 結局、翠星石は左の足首の打撲だけで済んだ。
 手当てを受け、何とか歩けるようになったのは夕方近くのことだった。
 彼女の双子の妹の蒼星石と一緒に私も付きっきりになって彼女を看病していた。
 3人で学校を後にする。

 やがて、駅のところまで来る。翠星石と蒼星石の家はここから2駅先まで電車に
乗ったところにあった。
「明日は学校に来れる?」
「なんとか行けると思うですけど……」
 翠星石は左足を引きずりながらも、懸命に笑顔を作っていた。
「まあ、一晩経ったら大丈夫だとは思うけどね」
 彼女に方を貸しながらも、微笑みながら答える蒼星石。
「じゃあ、また明日ね」
 私は彼女らが駅の改札を通るのを見届けると、そのままバスに乗り、家に向かう。

「ただいま……」
 家に着いたときには時計は7時を回っていた。
 外はすっかり日が暮れて、暗くなっていた。
 相変わらず返事はない。
 親は海外に出張していなく、姉と2人で同居している形になっているのだが――。

 まあ、いつもの通り一人でカップ麺か宅配ピザの夕食をとって、テレビでくんくん
を見ながらのティータイムを楽しむのだろうと思い、いつものように居間に入ると……。

「おかえりぃ。貴女っていつもこんなに遅いのぉ?」

 見ると居間のソファーに腰掛けながら、紫煙を燻らせながらプロ野球を観戦してい
る人物がいた。前のテーブルには空いたヤクルトの容器が数本転がっている。

 姉の水銀燈だった。

「珍しいわね。こんな時間にいるなんて」
 私はさめた口ぶりで話す。
「何よぉ。私がこの時間に家にいて悪いわけ?」
「今までこの時間に帰ってきたことがあって?帰ってきたとしても真夜中か、朝早く
ってことが多いのに。それ以前に家に帰ってこないのがほとんどなのに」
「ふん。仕方がないじゃなぁい。仕事が多すぎるのだから」
 半ば口喧嘩のようなやりとりになってしまう。
 水銀燈の方も気だるそうに話す。私の事情ぐらい分かってよ、と言いたげな感じだ。

 確かに分からないわけではない。
 水銀燈のついている仕事の職業柄、帰る時間は不定期になる。
 さらには急な仕事で忙しくなることも多々あり、職場や出張先に泊り込むことも多
々ある――というかそれがほとんどだった。
 最近では姉はこの家にはいないものとして考えがちになっていたのだ。

「とにかく……そろそろくんくんが始まる時間だわ。チャンネル変えるわよ」
 私は制服も着替えずに、ソファーに腰掛けるとテレビのリモコンを手にする。
「おあいにくさま。くんくんは野球中継で中止よぉ。新聞見てみなさい」
 水銀燈は脇にあった新聞を私の方へと放り投げる。
 テレビ欄を見ると、確かにくんくんの放送時間帯は野球中継になっていた。
 しかもドームでの試合なので中止はほぼありえない――というか、今、彼女が見て
いる野球中継がそれだった。

「……」
 私は何も言わず立ち上がると、居間を出る。
「真紅ぅ、また部屋にこもるわけぇ?」
 水銀燈は煙草に火をつけながら話し掛ける。
「悪いかしら?」
「ご飯も食べずに?」
「貴女がすでに手作りで用意しているとでもいうの?」
 私の言葉に水銀燈は大きく両手を広げて……
「まさかぁ。宅配ピザを頼んでおいたわぁ。もうすぐ来るはずよ」
 やっぱり……。
 なまぐさな彼女が手料理をするなんて手間の掛かることをするわけがない。
 たいがい、スーパーかコンビニの弁当か宅配で済ませるタチである。
 昔から自分で料理しているところなんか見たことがない。
 もっとも、私も料理は苦手で同じようなことをしてしまっているのだが。

 ……ダッダ、ダダッダ、ダダッダ、ダッダ……
 いきなり携帯の着信メロディーが鳴る。
 姉のだった。

「もしもし……何ですってぇ?すぐに確認しなさぁい。
 ……今は出来ないって、何言ってるの。あなたたち、お馬鹿さぁん?
 普段から適当にやってるからよぉ……とにかく今回は手を抜いたら許さないわよ」
 水銀燈はため息を一つ吐くと、携帯の通話を切った。
「お馬鹿さぁんな部下を持つとロクでもないわぁ」
 誰に言うわけでもなく愚痴を漏らす。
 もっとも私の知ったことではないが。
「ピザが着たら部屋の前に置いておいて」
 私はそれだけ言うと、2階の私の部屋へと向かう。

 部屋に入るとパソコンのスイッチを入れ、ネットに接続し、いつも入っているチャ
ットのページを開く。
 ルビーというハンドルネームで入室する。
 いつもの常連が数人いて、適当に世間話をして過ごす。
 でも……目当ての相手はまだいない。
 くんくんが中止になっていたら、この時間にはいるはずなのだが……と思ったら来た。

 ハンドルネームはくんくん。
 あの名探偵の名前だ。
 この人物の素性は分からないが、私の悩みなどに対して真剣に考えて答えてくれる。
 心の支えといってもおかしくない。
 親や姉以上に……頼りになると言っても過言ではなかった。

 相談したいことがあった。
 内容はもちろん……旧校舎の一件。
 そのことをできるだけ詳しく伝える。
 くんくんならこの謎を解ける。名探偵の名に恥じぬように。
 私はそんな思いで、今日あったことをチャットに打ち込む。

 ルビー>というわけなの。
 くんくん>大変だね。ただ、謎を解くには材料がまだまだ少ないな。
      分かったことがあったら教えてよ。
      他人事のようになってしまって申し訳ないけど。
 ルビー>分かったわ。でも気にしないで。>他人事
 くんくん>了解。ではまた。

 チャットを終える。
 何とかすっきりした気分にはなる。
 時計を見ると既に9時を回っていた。
 ふとドアを開けると、そこにはピザの箱が置かれていた。
 私は何気なくそれを手にして、部屋の中に戻る。
 部屋にある冷蔵庫から紅茶のペットボトルを取り出し、遅い食事をとる。

 ピザはすっかり冷め切っていた。

 私は一気に食べると、紅茶を口に流し込む。
 そして、そのまま寝巻きに着替えてベッドに横たわった。


 次の朝。
 目覚ましの音で目を覚まし、学校に行く準備を整える。
 水銀燈の姿はなかった。
 恐らく、朝早くに家を出たのだろう。玄関にも彼女の靴はない。
 私は特に気にすることなく、家を出て学校に向かう。

 教室はいつものように……というわけではなかった。
 見ると、翠星石の姿がない。
 彼女、結局怪我が治りきらなかったのかなと思う。
 朝礼に来たのは担任の梅岡先生でなく、副担任の草笛先生だった。
 その表情は深刻そのものだった。

 何かあったのか?
 彼女は教室の生徒をゆっくりと見回すと……ゆっくりと重い口を開いた。

「昨夜……翠星石さんが通り魔に襲われました。意識不明の重体だそうです」

 クラスの中にどよめきが巻き起こる。 

「う……嘘でしょ……」
 私は……最初はあまりにも突飛過ぎるその事実を受け入れることは出来なかった。
 思わず嘘かと思ってしまう。
 そして目の前が一気に真っ暗になるような気がして――。

 それは――私の心をどん底に叩き落すには十分すぎる事実だった。

 その時ふと脳裏にとある言葉が浮かぶ。

 ――旧校舎の……魔の階段の呪い……

 まさか、そんなことあるはずがない。

 私は大きく首を振った。

 彼女が巻き込まれるなんて……そんな……。

 私は体を震わせながら、ただじっと下を俯いているのが精一杯だった。

        -to be continiued-

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最終更新:2006年08月24日 10:35