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夢の中で誰かが呼んでいる。一見、甘く優しい声のように聞こえる。

けれどもこの声に応えてはいけないと僕の本能がそう告げていた。僕はひたすら走る。

走って…奔って…辿りついたその先はあの道路だった。

僕は何時の間にか自転車に乗っており渋滞して止まっているバスの陰から飛び出そうとする。

すると向こう側の道路からスピードを出したトラックが走って来ていた。僕は叫び声をあげるが無情にも轢かれてしまう。

大量の血を流し、身動きもできない僕を誰かが優しく抱き上げる。

 「さぁ、一緒に夢を見ましょう………。」

甘く優しい声…



日が差し込み目が覚める。時計を見るともう既に昼前を示している。慌てた僕はすぐに顔を洗って着替える。
今日は世話になった雪華綺晶にお礼(と言っても何度も助けているのでそれも何だか変な気がするが)のために一日買い物に付き合うことになった。
もうすぐで待ち合わせの時間になってしまう。急いで支度をして僕は家を飛び出して行く。
ギリギリの時間帯で何とか間に合った。

 「それじゃあ今日は一日よろしくお願いしますわ。」

 「ああ、今日ぐらい付き合ってやるよ。」

僕が先を行こうとすると雪華綺晶はおもむろに僕の手を取って横に並び出した。柔らかいその手は暖かくて心地よいものだった。
けれども僕は少し人目が気になってしまって恥ずかしくなる。顔が紅潮して熱くなるのがわかる。

 「お、おい………」

 「いいじゃないですか。その…今日は………デートのつもりでしたし。」

普段は白い肌をしている彼女の顔が今は僕と同じぐらいに赤くなってやや俯き加減になっている。その所為で彼女は上目遣いで此方を見るようになっている。
薔薇水晶はそんなことをしないのでそれがとても新鮮に見えて愛おしいと思えた。
けれども、どうしてコイツは僕に構って来るんだろうか…?
雪華綺晶が見たいと言っていた小物や雑貨を見るために雑貨屋に入る。こういう雑貨屋というものは見ている分には楽しくても実際に実用するとなると首を傾げるものが多い。
あと、店によっては何故か仮装用の衣装まであったりする…。雪華綺晶が興味を示したものはチャイナドレスだ。

 「私が着てみたら似合うと思います?」

 「バカ、そりゃ………似合うに決まってるだろ。」

普段の制服姿でもそのスタイルのよさはわかる。別に胸とかが大きいというわけではなくスラリとしたバランスのとれたしなやかなその姿は、それはそれで美しかった。
チャイナドレスを着た雪華綺晶を想像してみる。きっとその白くスラリと長い美脚が栄えることだろう。
想像してるうちに雪華綺晶は別の場所へ向かっている。今度は女の子とかが好きそうな可愛らしい小物のあるところだった。
こうした雑貨屋でしか見られないような奇抜なデザインが多く小物だけでなくぬいぐるみまで置いてある。

 「コレ、可愛いと思いません?」
 「コレ?うーん………なかなかいいんじゃないか?」

タキシードに身を包んだ白兎がシルクハットを持っているというものだった。名前を見てみるとラプラスの魔と書いてある。
何と言うか女の子はこういう訳のわからないものが好みらしい…。

 「欲しいのか?」
 「少しばかり………」
 「じゃあ買ってやるよ。」
 「え?でも…其処までして頂くのは…。」
 「いいって、買ってくるから待ってろよ。」

雪華綺晶の手からぬいぐるみを取りレジへ向かう。大の男がこんなぬいぐるみを持ってるので変な目で見られるかと思ったが案外、彼女へプレゼントする男が多いのかあまり変な目で見られることはなかった。
………雪華綺晶は僕の彼女なのだろうか?薔薇水晶と同じ顔をした彼女に対して恋愛感情を抱くことはできるのだろうか?
思い悩んでいるうちに雪華綺晶のもとへと着く。僕の悩みも知らずに彼女は優しく微笑んでいる。また僕は気付かぬうちに見惚れてしまっていた。

 「あの…大丈夫ですか?」
 「あ、ああ………はい、これ。」

僕はぶっきらぼうに雪華綺晶の前に包装されたぬいぐるみを突き出す。それを嬉しそうに受け取りお礼を言う。

 「本当に今日はありがとうございます。」
 「い、いいって………初めて会ったとき、僕凄く嫌なこと言っちゃったし…。」
 「え?」
 「ホラ…あの…薔薇水晶じゃないならアンタなんて要らないって…。」
 「あ、やっぱり…覚えていませんのね。」
 「へ?僕って他に何か言ったっけ?」

少し残念そうな顔で雪華綺晶は言った。そして悪戯半分に笑って聞いてくる。

 「知りたいですか?」
 「う…まぁ、気にはなるな。」
 「本当に言っていいんですね?」
 「うぇ!?あ、ああ………言っていいぞ。」
 「では遠慮なく…」

コホンと一度咳払いをして何故か気合を入れてもったいぶったようにする。それほど変なことを言ったのか?

 「もう、失いたくない。だからこれからずっとお前のこと守ってやる………と仰いましたわ。」

わざと声のトーンを落として男が言ったようにしかも他の人に聞こえそうな大声で雪華綺晶は言う。言ったあとにまた悪戯っぽく笑って僕を見た。
僕はもう今言われたことが恥ずかしくて頭がいっぱいになったので雪華綺晶の手を掴んでとりあえず雑貨屋から離れた場所に行く。
それでも雪華綺晶はクスクスと僕のリアクションを笑っていた。

 「あ、あんなこと僕言ったっけ!?」
 「ええ、私がチンピラに絡まれて初めて出会ったときに…貴方が気絶する前のことだったから覚えてないかもしれませんわね。
  必死の形相で私の手を取ってそう言って下さいましたから…。」

言われてみれば最初に雪華綺晶に出会ったときに意識がなくなる前に何かを言った気がした。あんな恥ずかしいことを人に言っただなんて…。
僕の顔は紅潮してて熱くなっているが雪華綺晶まで赤くなっている。まぁあんな恥ずかしいことを言われたら誰でも赤面したくなるだろう。

 「だから…その、あのとき言ったことを守って下さいます?」
 「え…」
 「だって殿方にあそこまで熱烈に口説かれたことなんて初めてですし…。」
 「く、口説いたわけじゃ…」
 「と、兎に角、責任は取ってもらいますわよ。だから…つ、付き合って下さい!」

先ほどよりも顔を真っ赤にして彼女は言う。甘く激しく優しい声音で紡ぎ出されたその言葉は僕の頭の中で反響したかのようだった。
けれども僕の中で薔薇水晶の姿が思い浮かぶ。此処で雪華綺晶と付き合うことは彼女に対する裏切りじゃないのか?
そしてこの前の雪華綺晶の言葉もまた思い浮かぶ。『貴方がこんな一人で苦しむのを喜ぶ子だったのですか?』
ごめん、薔薇水晶………僕はお前も大切だけど………。

 「僕はお前のことを薔薇水晶と同じようにしか見れないかもしれないんだぞ?」
 「構いません。私はそれでも貴方と一緒にいたいのですから。」

僕は死んだお前の分まで『今』を生きなくちゃいけない。

 「わかった。じゃあ僕からも………お前が好きだ。付き合ってくれ。」

だから、僕は先に行くね。

また、会いに来るから。

最期にはお前のところへ逝くから。

今は待っててくれ。

僕の申し出を聞いた雪華綺晶は暫くの間、呆然としていた。余りに無防備なので僕は彼女を抱き寄せて彼女の花弁のような唇を甘い蜜を啄ばむようにする。
雪華綺晶に抵抗する様子は見られなかったのだが何が起こったのか分かっていないようだった。唇を離してもまだ呆然としている。

 「これでいいか?」
 「よ、よくありませんわよ!こんな人前で………は、恥ずかしいですわ。」
 「ごめん、けどそんなところも可愛いよ。」
 「も、もう!」

言葉が出なくなった雪華綺晶は子供のように僕を叩く。僕は笑いながら彼女の仕返しから逃げるように走った。彼女も嗤いながら僕を追いかけて来る。
この時が止まってしまえば。永遠に続けばいいとさえ思っていた。なのに…

 「雪華綺晶!危ない!!」
 「え?」

見通しの悪い交差点で突然、車が飛び出して来て雪華綺晶を轢いてしまう。また、最愛の人が………失われてしまう?
スローモーションがかけらたように雪華綺晶の体はゆっくりと虚空を舞い、地面に叩きつけられた。
頭から血を流して彼女は蹲っている。車はそのまま逃げてしまう。誰も、誰も雪華綺晶を、僕の大切な人を助けてくれない。
僕はその場に凍りついたように立ち竦んでしまう。これじゃあ繰り返しじゃないか。これじゃあ………何のために僕等は出会ったんだ!?
誓いを思い出せ。僕はどんなことがあっても………

 「雪華綺晶!お前を…お前を守ってみせる!!」

僕は雪華綺晶へ寄り添いすぐに携帯で救急車を呼んだ。

 「じ、ジュン………私…死んでしまいますの?」
 「死なない、君は死なない!!僕を…僕を残して逝かないでくれ!!」

まるで真砂のように崩れ落ちて行くものを繋ぎとめるように僕は雪華綺晶の手をギュッと握る。先刻まであんなに温かかったのが嘘のように冷たい…。
彼女の流れ出る血は微温湯のように温かかったかと思えば鉄のようにすぐに冷たくなってしまう。
僕には、どうすることもできないのか…。
諦めかけていたその時、彼女の持っていた包装されたぬいぐるみが光った。眩しいその光の中から現れたのはタキシードを纏った白い兎…。

誰かが僕の名前を呼んでいる。その声はどんどん近付いて来る。僕が思っているよりもずっと速く近付いてくる。

さっきよりも近く、僕の名前を呼んでいる。

その声は………まるで空洞の中から噴出している風のような鈍く、暗く、響いて僕に何かの恐怖を植え付けている。

夢の………

終わりを告げる………



魔の声………

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