大抵何処の学校にも下駄箱には掲示板がある。
学園祭なんかの時はライブやらゲーム大会やらの企画のポスターでいっぱいになる、アレ。
靴を履き替えた時には必ず見ることになるし、模擬試験の日程とかも貼り出されたりするので結構お世話になっている。
普段ならそれは気軽に見るものだ。
ちらりと覗くと、ああ、こんなこともあったな、と気付かせてくれるような存在なのだ。
――それなのに、今は周りが緊張に包まれている。
手を取り合い喜ぶ女子生徒。いよっ、と手で挨拶をする男子生徒。
一面にコピー用紙が貼り付けてあった。
僕はひたすらに名前を探す。
自分の名前はすぐに見つかった。でも、あの子の名前は同じ欄には無かった。

四月。
それは、クラス替えの季節。

「あはは、違うクラスになっちゃったね」
「何か笑うようなことかね?蒼星石君」
始業式とHRが終わると、部活動に励む生徒とさっさと帰宅する生徒の二大政党ができあがる。
僕と蒼星石は帰宅部なのだが、どうせだから食堂で一緒に昼ごはんを食べよう、という話になって、現在に至る。
「でも隣のクラスでしょ?すぐに会えるよ」
無邪気に笑って、彼女は再びカレーライスを口に含む。
「まあそーなんだけどさ……」
僕は定食の味噌汁を飲み終えた。
……関係ない話だが、赤味噌で作った味噌汁を混ぜずに加熱すると、味噌の膜が底に出来ているせいで、爆発するらしい。
これは合わせ味噌だけどさ。
「男の子なんだから、そんなにぶつくさ言わないの」
ぴしっとスプーンでこっちを指す蒼星石。

「のりお姉ちゃーんボクの彼女がドライすぎるよー」
「……ジュン君、そのセリフ本気でのりさんに言ってみる?」
「怖いからそんな恐ろしい仮定をしないでくれ……」
無駄にハッスルしている姉の姿がありありと想像できた。
――じゅんくんのてーそーはおねーちゃんがまもるわよぅ
ありえないセリフだけど、ありそうで怖い。マジで怖い。

「でもさ、少しぐらいしょんぼりしてくれててもいいんじゃないか?」
彼女に問う。
「……そりゃあ僕だってできれば同じクラスがよかったよ」
「ならなんで?」
「だって、僕まで落ち込んでたら誰が落ち込んでるジュン君を励ますの?」
……ははは、想定内ですか。
「あの姉よりもお姉ちゃんらしいというか、何というか……」
「ジュン君の姉、かあ。悪くないよね、それ」
朝だよ、ジュン君。とか言われてみたくなった。
「ベッドの下に何か隠しても無駄だよ、とか言ったりするのかな――ごちそうさま」
「おいコラ」
「ジュン君持ってそうじゃない」
蒼星石のオッドアイを覗き込む。
……この目は、本気の目だ。
「持ってないよ」
「なんで?」
「買えるほどの度胸がこの僕にあると思う?」
「なるほど」
……今納得した?あっさりとあっけらかんと納得したよな?
「てぇい」
悪戯好きのほっぺを両側からつねる。

「なかなか柔らかいじゃないか。身体はスマートなのに」
「ふぃ、ふぃたいっ」
目を軽く細めて眉は八の字、にゅーっ、と伸びた少し抜けている顔。
こんな有様の蒼星石をひたすらに可愛いと思う自分はひたすらに変態なのだと思う。

――で、食堂のおばちゃんに早く食器返せ、って言われるまでつねってたわけだけど。


高校二年生の二日目。
学校が始まっても出来るだけ楽がしたいと春休みにも勉強をしていたのが功を奏したのか、理解の効率がかなりいい。
かつかつ、と白いチョークが走る。
数分前はまっさらだった黒板も今では大賑わい。
自分のノートと見比べてみる。……やることがない。
――蒼星石は今頃何をしてるのかな。
どこかストーカー染みた自分がいた。
気になってしょうがない。

でも、あの黒板の後に行かないと、蒼星石はいないんだよなぁ。

一時限目が終わって、二時限目までの僅かな間。
会いに行きたい、それが本音だった。
このくらいでへこたれてちゃ駄目だ。それも本音。
気晴らしに出てみたベランダは風がよく吹いていて、なんとも爽快だった。
ふと左を見る。――人はいない。
前を見る。――所々に蒼の混じった桜は満開のそれよりも綺麗だった。
右を見た。――今日一日、ずっと会いたいと思っていたあの子がいた。

ああ、そうか。納得しつつ歩き出す。

ここと向こうのベランダには70センチくらいの間があった。
いっその事、全部繋げてしまえば良かったのに。

「だから、言ったでしょ、ジュン君。すぐに会える、って」
手すりの上に腕を組んで、彼女は満面の笑みでこう言った。

ひゅるりらら。桜が、散っていた。
花吹雪は、まるで一枚の静止画のように、現実のものとは思えないほど――鮮やかだった。
「授業中、蒼星石のこと考えてた」
「僕もジュン君のこと考えてた」
詩のような、ありきたりな言葉を交わす。
それで十分。
「……来年は、同じクラスかな」
少し目を伏せて、蒼星石が言う。
「僕、もしも来年も違うクラスで頑張れ、なんて言われたら……死んじゃうかも」
――それが、その言葉を聴けたことが、何故だかたまらなく嬉しかった。

「手、出して」
僕は右腕を、蒼星石は左腕を差し出す。
口は開かない。開かなくて、いい。
ゆったりとした春風が僕らを包む。
ぎゅっ、と小さな掌と自分のを合わせた。
「暖かいね、ジュン君の手」
近いところからの喧騒が次第に落ち着いていった。
どうやら時間切れらしい。
「今日、二人で遊びに行こう」
「うん」
簡単な約束をした。自分の力だけで叶えられる、自分でしかできない約束。

これは、思い出。
今日という日を、唯一のものにするための、暗示。
それだけで僕たちは幸せになれる。


いくら陳腐と言われても。

今はただ、君の手のぬくもりを、感じて。



帰り道。
一年間歩いたことになる通学路を今日も今日とて通って帰る。
「ねえ、ジュン君」
「んー?」
もう一年以上も続いた会話。
「休み時間とか授業とか、そんなに会えないけど僕たち恋人同士だよね?」
「……ばーか」

夏はまだ、遠い。

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粗い粗い粗すぎだよコラァァ
ま、間に合ったからいいや。

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最終更新:2006年08月13日 17:34