メグ:そこで呪いをかけられた女の子の前に天使が現れてました
いまメグが読んでいるのは絵本
その表情はとても穏やかでどこか幸せそうです
メグの隣では水銀燈が微笑んでメグと一緒に絵本を読んでいます
いつもとは違う二人の距離
時計の長い針がいまから半周ほど前のお話になります
銀:こんにちは、…メグ?
その日はいつものように水銀燈がとびらを開けても返事が返ってきませんでした
一瞬だけ水銀燈は不安になります
メグはまるで元気な女の子のようだけど本当は心臓に重い病気を抱えた
女の子だということを知っているからです
でも、すぐに自分の勘違いだと分かりホッと息を吐きます
銀:お昼ね…してたんだね
すぅすぅと心地よさそうに寝息を立てて眠っています
メグ:う…んnn、すい…ぎ…とう
水銀燈は起こしてしまったのかと思いました
しかしどうやら寝言のようです
普段メグが自分のことを嫌っているんじゃないかと不安な水銀燈は
たとえ寝言でも自分の名前を呼ばれることに嬉しさを感じました
メグ:うぅ…ん…あ、来てたの
目を覚ましたメグは目の前に嬉しそうにしている水銀燈がいることに
驚きました
メグ:来たなら起こせばよかったじゃない
メグは言います
銀:ごめんね、でも寝顔が幸せそうだったから
くすくすと笑っている水銀燈にはてなマークを浮かべるメグ
そして水銀燈の手元、さらにいうなら手の上に抱かれている1冊の本に目が向きました
メグ:きょうは何を持ってきたの
メグが尋ねると水銀燈は笑いながら
銀:絵本を持ってきたんだ、わたしの大好きな絵本だからメグにも読んでほしくて持ってきたの
メグはふ~んと答えるだけで余り興味はないようです
一方の水銀燈はにこにこしながらメグに絵本を差し出しています
メグ:そういうの興味ないの、だって所詮はつくり話でしょ
しかし水銀燈は夢があって素敵なの、と少しだけ抗議しますがメグに遮られます
メグ:それに最後には主人公は幸せになるようにできてるんでしょ、現実はそんなこと
ないのに、私みたいなのは誰も助けてくれずにすぐに死んじゃうのにね
部屋の中が静かになります
少しだけの沈黙の後
水銀燈がぽつりと話し始めます
銀:そんなことないよ、きっとメグは大丈夫だよ この絵本読むと元気が出るの
だからメグも読んで元気になろうよ、そうすればきっと大丈夫だから
すぐに死んじゃうなんて…ぜったい…ぜったいないから
メグ:だって本当のことよパパやママはお見舞いにだって来ない
お医者さんはまともに治療しようともしない、点滴でぎりぎり生かされてるだけ
もう諦められたの、私が死んで悲しむ人なんて誰もいないの
銀:ないよ…突然の大声にメグは驚きます
水銀燈の瞳には大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちています
銀:悲しむ人がいないなんて…そんなことないよ…
わたしが…グス…わたしが悲しむもん
メグが死んじゃったら…ひっく、わたしが泣いちゃうもん
水銀燈は声をあげて泣いています
いつも笑顔で控えめな水銀燈がこんなに感情を出してわめくのは出会ってから
初めてのことです
メグ:そんな…どうして
メグは驚きました
なんで水銀燈は泣いているんだろう
自分がすぐに死んじゃうのはホントのことなのに
自分が死ぬのは全然怖いことでも悲しいことでもないのに
メグ:どうして泣いちゃうのよ、私は死ぬことなんか怖くないわ
むしろ死ぬことはとても魅力的に感じるの
それに私が死ぬのとあなたにはなにも関係ないでしょ
けれど水銀燈は泣きながら呟きます
銀:関係なくないよ…だって…友達だもん
と・も・だ・ち
メグにとってこの言葉は生まれて初めてかけられたことばです
メグには友達がどういうものか分かりません
ずっとずっと一人だったから
メグは友達の本当の意味を知らなかったのです
メグ:わ、私は…あなたとはお見舞いのついでに話しているだけで
一緒に遊んだり、おでかけしたり、何かをしたことなんてないのに…
その言葉に水銀燈は泣きながら、それでもメグのために笑顔を作り答えます
銀:違うよ、何かをしたかどうかなんて関係ないよ
二人でおんなじ時間を過ごして
離れたくないって思うこと、お互いがお互いを好きって思うこと
それが友達だよ
だから、わたしは友達と思っているよ
メグのこと…好きだから
ずっと、一緒にいたい…
もしメグに嫌われてたら…メグに好きになってもらいたいの…
素直な気持
ずっとずっと言えなかった気持ち
自分はメグに嫌われてるんじゃないかって怖かった
メグの気持を聞くのが怖かった
だから今まで言葉にできなかった友達という言葉
メグ:すい…ぎんとう…
メグの大きな瞳からそれに負けないくらいの大粒の涙が流れています
感情をほとんど出さないメグが見せた初めての感情
泣きじゃくりながら声を出します
メグ:私も…私も水銀燈とずっと一緒にいたい
怖かった、お見舞いに来なくなったらどうしようって
いつも素直になれなくて水銀燈に嫌われてるかと思ってた
水銀燈のこともっと好きになったら死ぬのが怖くなるから…だから…
ぎゅっと水銀燈はメグを抱きしめます
銀:大丈夫だよ、メグ ずっと一緒だよ
メグも水銀燈に手を回して抱きしめます
ぜったいに話さないようにぎゅっと抱きしめます
温かい
久しぶりに人の温かさに包まれたメグは瞳を閉じて
今まで手に入るはずだった分をいっぱい手に入れます
どのくらいの時間が経ったでしょうか
口を開いたのはメグです
メグ:絵本、読もうか
水銀燈はメグに読んでほしい、と伝えると
メグは笑顔で良いよ、と答えました
メグ:こうして女の子は助かることができました、めでたしめでたし、お終い
読み終えて水銀燈の方を見るとまたも泣いています
メグ:やっぱり想像してたとおりに終わるのね
そんなメグも少しだけ涙声です
そして水銀燈は頬を膨らませてメグに夢がないよ、と反抗します
そんな水銀燈の反応が可笑しくて愛しくてメグはクスクスと笑うのです
メグ:ふふ、ごめんね
そして水銀燈は思い出したように話します
銀:ねぇメグ、覚えてるかな?明後日は私達が初めて出会った日なんだよ
メグは上を向きながらそうだっけ、などと惚けています
銀:そんなぁひどいよ、大切な日だから忘れないでほしかったのに…
本当にショックを受けて表情を曇らせる水銀燈
そんな水銀燈を見てメグはある提案を思いつきます
メグ:じゃあ明後日はお祝いしようか、1周年記念っていうのかな?
その一言で水銀燈の顔がパアッと明るくなります
銀:うん!一緒にお祝いしようね、今年もメグと一緒に雪が見られるといいな
メグは雪が好きじゃありません
雪は全てをただの白に変えてしまうから
昔は景色が白くなるのが嫌だった
けど今は、水銀燈といるおかげで雪の白さがとてもキラキラしたまるで神様がくれた
プレゼントのようなものに感じられそうな予感がしてとても楽しみです
でも
メグ:うん、約束だよ
この約束は
守ることができませんでした
その夜、メグは体調が悪化して運ばれます
そして集中治療室のランプが点きました