※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


  翠×雛の『マターリ歳時記』

―水無月の頃 その4―  【6月21日  夏至】


六月も終わりが見えてきた、周の真ん中の、水曜日。
研究室での午後イチのゼミを終えた翠星石と雛苺は、一息つくために、
キャンパス内にある学生生協へと歩を向けていた。
いつもなら研究棟の一階にある自販機コーナーで缶ジュースを買うのだが、
今日に限って保守点検が行われていたのだ。
そんな訳で、やむを得ず別棟の学生生協を目指したのだが――

「うー。今日は、すっごく暑いの~」

翠星石の隣を歩く雛苺が、口を開くことすら気怠いと言わんばかりの声で、
胸に蟠る不平を吐き出した。

時刻は、14時40分。強烈な日射しが降り注ぐ夏では、最も暑い時間帯だ。
しかも、今日は夏至。
太陽が最も北により、北半球で、昼が一番長くなる日だった。
日照時間が増すのだから、比例して、気温も上がる道理である。

「つべこべ言ってねぇで、ちゃっちゃと歩きやがれです。
 暑いのは、お前だけじゃねぇですよ」

早く学生生協に行って、キリリと冷えたジュースで水分補給しなくては、
発汗し過ぎて乾涸らびてしまいそうだ。
現に、翠星石の背中には、半袖のブラウスが汗に濡れて貼り付いていた。


ジュースを購入した二人は、猛暑の中を研究室にとんぼ返りなんてせず、
講義に使われていない教室で一服していた。
全ての教室は冷暖房完備なので、混雑する研究室よりも涼しかったりするのだ。

「もう、夏も目前ってトコですね」

窓の外に広がる景色を眺めながら、翠星石は紙パックに差したストローで、
ちゅうぅ……とオレンジティーを吸い上げた。
初夏の昼下がり。長閑な田園風景。
眼下に延々と続く水田は、田植えも済んで、青々とした稲が風に揺られている。


彼女たちが通うキャンパスは、山里近くにあった。
それ故に交通の便は悪いのだけれど、四季折々、移ろいゆく眺望を楽しめるのだ。
都心より遊び場が少ない分、勉学に専念できる環境でもある。
人見知りの気がある翠星石にしてみれば、人混みで溢れた都会は気持ちが悪くて、
こんな鄙びた世界の方が心休まる分、好みだった。

「梅雨が明けて、蝉が鳴き出せば、いよいよ夏本番ですぅ」
「ヒナも、夏が待ち遠しいの。暑いのは苦手だけど」
「前から苦手だったです? 子供の頃は、平気な顔してた憶えが……」
「きっと、年々、暑さが厳しくなってるの。地球温暖化の影響なのよー」
「……とか何とか言ってぇ、老化が加速的に進んだんじゃねぇですぅ?」

そんなコトないのよー! と頬を膨らませて、ぽかぽかと翠星石の頭を叩く雛苺。

「あぁん……止めるです、おバカ苺っ。髪が乱れるですぅ」

翠星石は手櫛で髪を整えると、ひとつ咳払いして、人差し指をピン! と立てた。

「しゃーねぇです。ひとつ、私が暑さに強くなる秘訣を教えてやるですぅ。
 聞きたいです? 聞きたくないです?」
「……翠ちゃん嘘つきだから、聞きたくないの」

雛苺が、思ったことを素直に口走った直後、翠星石の握り拳が彼女の頭を締め上げた。
ぐりぐりと、凄まじい力で圧迫してくる。

「なんだか急に、クルミ割り人形ごっこがしたくなったですぅ」
「痛たたたたっ! 乱暴はダメなのよー!」
「んん~? このまま、おバカ苺のクルミをブチ撒けてみるです?」
「ご、ごめんなさいなのー! 翠ちゃんの話を聞かせて欲しいのっ!
 だから、もう許してなのー!」
「最初っから、そう言えばいいですぅ」

……と、雛苺を解放しつつも、翠星石は油断なく身構えていた。
何か捨て台詞を吐こうものなら、即座に飛びかかれる様に。
しかし、そこは雛苺も心得たもので、余計な事は一切、口にしない。

「えー。それでは早速、話を始めるですよ。まず最初に、質問。
 雛苺は、六月の誕生花を知ってるです?」
「うゆ? う~ん…………紫陽花?」
「そう答えたくなる気持ちは、十二分に理解できるです。
 でも、残念。ハズレですぅ。正解は、花菖蒲でした」
「ふぅーん。それが、暑さに強くなる秘訣と関係があるの?」
「イェス! ○須クリニックですぅ」

びしっ! とサムズアップする翠星石に、雛苺の疑わしげな視線が注がれる。
軽い調子の受け答えが、どうにも胡散臭い。
もしや、花菖蒲を煎じて飲めとか言い出すのではなかろうか。
疑心暗鬼に囚われ始めた雛苺を余所に、翠星石の講釈は更に続く。

「冬至にカボチャを食べて柚子湯に浸かると、風邪を引かなくなると言われてるです。
 それと同様に、夏至の日には、花菖蒲を入れて沸かした風呂に浸かると、
 暑さに強くなれるとされてるですぅ。
 かの有名な平将門が、花菖蒲の産湯を浴びて鉄身を得た伝説に、端を発してるですぅ」
「えー? でも、平将門は、俵藤太に討たれちゃったのよー?」
「母親が頭を持って産湯に浸けたから、頭部に弱点が残っちまったです」
「……うよ~。なんだか、すっごく説得力あるのっ。翠ちゃんは物知りなのねー」
「ふふ~ん。このくらい、歩くターヘルアナトミアと呼ばれた私にとっては常識ですぅ」

翠星石は、得意満面で胸を張った。
本当のところ、彼女の話は真実半分、嘘半分。
平将門に、アキレスの不死身伝説に似た『鉄身伝説』が残されているのは事実だ。
しかし、花菖蒲の産湯を浴びたから――なんて理由ではない。
菖蒲湯にしても、本来は端午の節句の行事だった。


――だが、翠星石の話を信じた雛苺は、すっかり乗り気になってしまった。

「そうと解れば、善は急げなのっ! 今日はもう講義もないから、
 直ぐに帰って試すのよー。翠ちゃんも付き合ってね」
「私が? ふむ……ま、急ぐ用事もねぇから、特別に手伝ってやるです」

帰りの道すがら、花菖蒲を入手して、二人は雛苺の家に向かった。
彼女の両親は共働きのため、この時間帯、家には翠星石と雛苺だけ。

換言すれば、好き勝手ができる……ということ。



風呂が沸くまでの空き時間に、翠星石は近くの酒屋へ行って、
安めのポートワインを一本、手に入れてきた。
ポルトガル発祥のワインで、ポート港から輸出される事から、この名の由来だ。
手頃な値段で、香りが良く、味も甘口なのでデザートワインとして楽しめる。

「お待たせですぅ~♪」
「ワインなんか買ってきて、どうするの? あー! お風呂で晩酌なのねー?」
「なぁに親父くさいコト言ってやがるです。これは、風呂に入れるですよ。
 調べたところ、6月21日は『酒風呂の日』でもあるみてぇですぅ」
「わ……ワイン風呂って、平気なの? 匂いで酔っぱらったりしないの?」
「浴槽のお湯が数十リットルとして、その内の750mlですよ?
 平気に決まってるです。それに、身体も温まると聞いた憶えがあるですね。
 早い話が、入浴剤みてぇなもんですぅ♪」

かねてより、翠星石は一遍、試してみたかったのだ。
けれども、祖父母と同居していると、なかなか好機には恵まれない。
だから、これ幸いと便乗したのである。

コルクの栓を抜き、ほかほかと湯気の立つ浴槽に、
どぼどぼと赤のポートワインを注いで行く。
温められたせいか、ふうわりと芳しい匂いが、二人の鼻腔をくすぐった。
綺麗な薄紫色に染まるかと、密かに期待していた湯船の中は、しかし、
色合いの変化が殆ど見受けられなかった。

「う~ん。やっぱり、一本じゃ足りなかったですねぇ」
「でもでも、とってもいい匂いなの。折角だから、翠ちゃんも一緒に入るのっ」
「はあ? 温泉の広い湯船ならともかく、家の風呂じゃ狭ぇですよ」
「遠慮することないのよ?」
「……してねぇです」


雛苺の家の浴室は、割と広い。二人で一緒に入ってみて、翠星石は気付いた。
ただ、浴槽も大きいから、手狭に感じるのだ。
大きな湯船に二人並んで、肩まで浸かっていると、なんだか昔に還った気分になった。
小さな子供の頃の、懐かしい記憶――
こんな風に、雛苺と並んで風呂に入ったのは、小学生のとき以来だろうか。

翠星石は、結い上げた髪に指を走らせながら、ほんのり薫る酒気に頬を染めていた。
その隣では、雛苺が幸せいっぱいな笑みで、表情を輝かせている。

「……ふうぃ~。ちょっと熱いけど、気持ちいいのー」
「ホントです~。ワインの香りが、アロマテラピーっぽくて落ち着くですぅ」
「この温度を我慢できれば、暑気あたりしないようになるのねー」
「そういうコトです。同時に、たくさん汗を掻くから、
 私の中の良からぬモノがジョジョビジョバァ……で、一石二鳥ですぅ」

些細なウソが、こんな展開になるだなんて、翠星石は夢にも思っていなかった。
けれど、たまにはハダカの付き合いというのも良い。
翠星石が、そんな感想を胸の内で呟いた時、雛苺が甘えた声で話しかけてきた。

「楽しいな~、こういうの。ヒナ、とっても嬉しいのよ」
「……そう言えば、昔っから寂しがりな奴だったですね、雛苺は。
 私とか、銀ちゃんとか、いっつも誰かに引っ付いてやがったです」
「えへへ~。だって、スキンシップ大好きなんだものー。翠ちゃーん♪」
「ええい! 抱き付くなです! 暑苦しいですっ」

……などと、強い口調で突っぱねるものの、翠星石は穏やかな微笑を浮かべていた。
本当は、翠星石だって寂しがり屋。
無邪気に自分を慕ってくれる雛苺の存在が、どれほど彼女の心を支えてくれたか分からない。
今や、雛苺は翠星石にとって、もう一人の妹みたいなもの。
翠星石は、いつも素直な気持ちで接してくれる雛苺に、なにか、恩返しがしたくなった。

――でも、どうしたら喜んでもらえるだろう?

ふと、翠星石の頭に名案が閃いた。

(そうです! 来月は蒼星石が帰ってくるですぅ!)

夏休みになったら、雛苺と蒼星石を連れて、温泉に行くのも良い。
出来れば、海辺の温泉なんかが理想だ。
潮騒を聞きながら、夜の露天風呂で、蒼星石と二人きり――

(久しぶりに、姉妹水入らずで…………フヒヒ、ですぅ)

雛苺に旅行の計画を切り出してみたところ、彼女は一も二もなく賛成した。
ただ、メンバーについては提案があった。

「どうせなら、みんなで一緒に行くのっ! きっと楽しいのよ」
「う~ん……それも、そうです。今夜にでも、みんなに電話してみるですよ」
「あはっ♪ やっぱり、翠ちゃんは優しいのっ。大好きー」
「だぁーっ! だからイチイチ抱き付くなと言ってるですっ」

翠星石は、手で掬ったお湯を、雛苺の顔に引っかけた。
雛苺も「ひゃっ! よくもやったのねー!」と、即座に反撃に移る。
二人の、仲睦まじいじゃれ合いは、双方が湯にのぼせるまで続けられるのだった。

今年の夏至は、例年に比べて気温が高かったという。梅雨明けも近い。
季節は、心弾ける真夏に向かって、休むことなく走り続けていた。



『保守がわり番外編  着信アリかしらー!? その6』

翠「・・・信じらんねぇです。蒼星石が、こんなコトをするなんて」
金「はぁ~い、翠ちゃん。ご機嫌いかがかしら~って、どうしたの?
  なんだか凄ぉく落ち込んでる様子かしら」
翠「・・・・・・金糸雀には関係のねぇことです。放っておけですぅ」
金「そうはいかないかしらっ!
  親友が困っているなら、じっちゃんの名にかけて、手助けするかしら」
翠「金糸雀・・・・・・お前って実は、良いヤツだったです?」
金「んっふふふ。ズバッと参上、ズバッと解決かしら。それで、どうしたの?」
翠「実は、蒼星石が――」


金「ふむふむ。まさか、あの蒼ちゃんがねぇ」
翠「私は悲しいです。蒼星石のこと、誰よりも信じていたのに・・・」・゚・(つД`)・゚・.
金「あ~、ほらほら、泣かないで。
  そんな暇があるなら、会って話をすべきかしら」
翠「・・・それも、そうです。なんで、こんなコトしたのか問い詰めて、
  必要とあれば折檻してやるですっ」
金「その意気その意気。頑張って、いってらっしゃ~い。かしら」( ^_ゝ^)ノ

――ドドドドドドドドドドッ

翠「蒼星石ぃーっ!!」
蒼「?! 姉さんっ」
翠「やぁ~っと見付けたです。今日という今日は、容赦しねぇですっ!」
蒼「容赦しない? 奇遇だね。ボクも、同じ考えだよ・・・姉さん」

・・・策士の本領発揮かしらー。

|