翠×雛の『ﾏﾀｰﾘ歳時記』
―皐月の頃 その５― 【５月２１日 小満】
帰国するなり、アッー！ という間に過ぎてしまった二週間。
講義やら、レポートやら、卒論の準備やら……。
目まぐるしい日常に翻弄される翠星石にとって、気の休まる時は、週末しかない。
けれど、辛いとは思わなかった。
だって、蒼星石の写真が、心を奮い立たせ、力を与えてくれるから。
みっちゃんに貰った画像データを、携帯電話の待ち受け画像に設定して、
事ある毎に眺めては、気力を漲らせていたのである。
五月も、あと僅か。もうちょっとの辛抱で、また会える。
間近で言葉を交わし、触れ合う事ができる。
そう考えれば、殆どのことは我慢が出来た。
今日は、日曜日。
ぼけぼけ～っと朝寝坊を楽しんで、遅い朝食とも早い昼食ともつかない食事を摂り、
少しだけチビ猫と遊んでから、翠星石は庭の花壇を手入れし始めた。
花壇では、五月の誕生花である牡丹が、紫や紅白の花を咲かせている。
祖母も、暇を見て手入れしてくれるので、雑草は殆ど生えていなかった。
「……あんまり、する事ねぇです」
翠星石は立ち上がって、奇麗サッパリした花壇を、ぐるり見回した。
屈んでいたため、背筋を伸ばすと、コキコキと腰が鳴った。
徐々に強まっていく日射しに、改めて夏の訪れを感じる。
翠星石は、被っていた麦わら帽子を脱いで、汗の滲む額を、手の甲で拭った。
額だけでなく、ジャージを着込んだ背中や脚も、じっとり汗ばんでいる。
「はふぅ……喉、渇いたですぅ」
そんな独り言を呟いた翠星石の背中に、祖母の呼ぶ声が届いた。
振り返ると、小さなお盆に麦茶を煎れたコップを乗せて縁側に立つ祖母の姿が、
視界に飛び込んできた。
「翠星石、そろそろ、一服したらどう？」
「ああ……ありがとです。でも、もう切り上げるトコだったですぅ。
雛苺とも、会う約束してるし」
「あら、そうなの？ じゃあ、無駄になってしまったかしら」
「ううん。丁度、喉が渇いてたから、ありがたく頂くです」
言って、翠星石は縁側に腰を降ろして麦茶のコップを受け取ると、
カラカラの喉に、くぴくぴっ……と、よく冷えた液体を一気に飲み干した。
鼻の奥がツーンとして、その刺激が、こめかみに駆け登ってくる。
中指と親指で、こめかみをグリグリと押さえながら、蒼星石だったら
『なにやってんの？ しょうがないな、姉さんは』とか呆れて言うだろうなと
想像して、思わず翠星石の口元が綻んだ。
とにもかくにも、あと少しの辛抱である。
翠星石は、シャワーを浴びてから着替えようと考えて、空になったコップを
祖母に返すと、足取りも軽く階段を駆け登っていった。
雛苺と連れ立って訪れたのは、水銀燈の家だった。
別の大学に進んだ彼女とは、なかなか時間が合わず、
この前の旅行で買ってきたお土産を渡す機会に恵まれなかったのだ。
玄関脇の呼び鈴を押すと、扉越しに、軽快な足音が近付いてきた。
そして、なにやらドカッ！ とドアにぶつかる音がして、翠星石と雛苺は、
ビクンと飛び上がった。一体、何だというのか？
鍵の回る音がして、徐にドアが開き、鼻に手を当てた水銀燈が顔を覗かせた。
「い、いらっしゃぁい」
「銀ちゃん……今の音、なんです？」
「……玄関先のマットを踏んだ途端、滑っちゃったのよぅ」
「ドアに顔面ダイブしたのね。銀ちゃんって、意外にお茶目なのー」
「お茶目というより、ドジです。普通の人なら先に手を伸ばすところを、
顔面から着地なんて、救いようのねぇニブチンですぅ」
――なんて、ついつい調子に乗って口を滑らせたものだから、翠星石は
水銀燈に、首根っこを鷲掴みにされてしまった。
「うふふふ……過分なお褒めに預かり、光栄ねぇ。ありがとぉ」
「も、もぉ。銀ちゃんってば、幼気な冗談を、本気にしちゃダメですぅ」
「二人ともっ！ いがみ合うのは、よくないのよー！」
引きつった笑みを見せ合う彼女たちに、雛苺の迫力に乏しい叱責が飛んだ。
水銀燈は「それもそうねぇ」と朗らかな笑顔で雛苺に応じながら、翠星石を
掴んでいた手を離した。さり気なく、ぺちんと頭を叩く意趣返しは忘れずに。
今に通された雛苺と翠星石は、ふかふかのソファに腰を沈めながら、
どうにも落ち着かない様子で身じろいでいた。
そこに、水銀燈が、肌色の液体で満たされたグラスを運んできた。
「お待たせぇ。貴女たちがウチに来るのも、久しぶりよねぇ」
「高校のころ以来ですね。月日の経つのは早ぇもんですぅ」
「翠ちゃんの口振り、なんだかお年寄りくさいのよ～」
「……そりゃまあ、おじじ、おばばと一緒に暮らしてるですから、
自然と、そうなっちまうです」
「まぁまぁ、良いじゃないの。さ、飲み物をどうぞぉ」
水銀燈が差し出すグラスを受け取り、口に含んだ翠星石は、
同じタイミングで振り向いた雛苺と、珍妙な顔を見合わせた。
「銀ちゃん…………これ、なんて炭酸飲料です？」
「え？ ＮＵＤＡヤクルトだけど、おいしくなぁい？」
「なんと言うか、微妙ですぅ」
「なのー」
「そぅお？ 結構イケると思うケド……まぁ、人それぞれよね」
言って、ぐいっと呷り「旨いんだなぁ、これが」と、嘗て放送していた
発泡酒のコマーシャルみたいな文句を呟く水銀燈。
そんな彼女を、暫し呆然と眺めていた翠星石だったが、此処を訪れた理由を思い出して、
足下に置いていた鉢植えを、ずいっ……と差し出した。
「銀ちゃん。これ、私からのお土産ですぅ」
「あら、ありがとぉ。綺麗な薔薇ねぇ。なんて名前？」
「いっひっひっひ。実は、ただの薔薇じゃあねぇのですぅ」
水銀燈は両手で鉢を抱えながら、眉根を寄せつつ、頸を傾げた。
「どぉいうことぉ？」
「それは、薔薇と人の細胞を融合させた新種の薔薇！ ビオランテですぅ！」
「……それなんてゴジ○よぉ。おばかさぁん」
どうせまた、いつもの出任せなのだろう。
水銀燈は軽くあしらって、雛苺からのお土産を受け取っていた。
こちらは至極真っ当な置物で、インテリアに最適である。
水銀燈も大いに気に入った様子だった。
それから、ちょっと遅い昼食を摂る事になって、三人はパスタを茹で始めた。
苺スパ信者の雛苺の分は、翠星石特製のタバスコたっぷり激辛ミートソースだ。
自分と水銀燈のミートソースは、無論、普通の味付けである。
しかし、翠星石の予想に反して、雛苺が辛さに悶絶する事はなかった。
（おんやぁ？ 実は、辛いモノも平気だったです？）
美味しそうにパスタを頬張る雛苺に、訝しげな目を向けた翠星石は、
彼女の頬に、ミートソースが撥ねているのを見付けた。
「ああ、もう……だらしのねぇヤツですぅ」
と、からかいながらも、翠星石はハンカチを取り出して、拭いてあげる。
そんな二人の様子を、優しい眼差しで眺めていた水銀燈が、翠星石に話しかけた。
「あらぁ。すっかり、お姉さんしてるのねぇ」
「そんなつもりは、更々ねぇですよ。ただ、私の周りには、どーいうわけか
世話の焼ける連中が多いだけですぅ。蒼星石も、雛苺も、真紅も、ジュンも、
金糸雀だって――」
「とかなんとか言っちゃってぇ。ただ単に、翠ちゃんが世話好きなんでしょぉ？」
「……う～ん。そうかも、しれねぇですぅ」
子供の頃から、蒼星石の事ばかり見てきた。必要のない世話まで焼いてきた気がする。
いつしか、そんな生活が当たり前になりすぎていたのだろう。
だから、ついつい過保護になってしまう。
「ねえ、雛苺。雛苺にとって、私はお節介すぎてるです？」
表情を曇らせ、不安そうに問いかけた翠星石に、雛苺は向日葵のような笑みを向けた。
そして、陽気な声で、翠星石の心に落ちた怪しい影を掻き消してくれた。
「ヒナは、翠ちゃんを煩わしく思った事なんて、一度もないの。
それどころか、いっつも側に居て欲しいのよ？」
「雛苺……お前は、なんていい娘なのですっ。私は今、モーレツに感動してるですっ」
雛苺の頭をナデナデしながら、翠星石はハンカチで目頭を覆った。
翠星石に撫でられて、嬉しそうに目を細めた雛苺は、ふと翠星石のパスタが全く
減っていないのを見て、不思議そうに問いかけた。
「うょ？ どうして、ちっともお料理に手を着けてないの？
温かい内に食べないと、おいしくなくなっちゃうのよ」
「なんか……胸が一杯ですぅ。でも、残したら勿体ないから、食べるですよ」
一頻り涙を拭ったところで、翠星石はフォークを手に取り、スパゲッティを器用に掬った。
冷めたお陰で、ミートソースの酸っぱい感じの臭いも和らぎ、食べやすくなっている。
ばくん！ と頬張って、もくもくもく……と噛んでいく。
違和感を感じたのは、四回目の咀嚼を終えて、呑み込もうかという時だった。
なにやら、口の中がヒリヒリと痛い。ヒリヒリが、瞬く間に、ズキズキに変わっていく。
そこで、翠星石は気が付いた。
雛苺に食べさせる筈だった激辛タバスコスパを、今、自分が食べてしまったことに。
まさか吐き出す訳にもいかず、気合いで呑み込んだ。
――が、ただでは済まない。暴君ハバネロもビックリの辛さだ。
「ひぃ～！ 辛いっ！ 喉痛いっ！ 銀ちゃん、飲み物！ 飲み物くれですぅ！」
「ええっ？ えっと……あ！ はぁい、これぇ」
水銀燈が差し出したペットボトルを引ったくって、一気に口に含んだ翠星石は、
次の瞬間、ぶぅ～っ！ と、水銀燈に向かって液体を噴き出した。
「ひぃぎゃぁーっ！ 痛たたたたたたっ！」
「きゃああぁあぁっ！ 何すんのよぉ！ ばかぁ！」
「それは、私の台詞ですぅ。なんで炭酸なんか渡しやがったですっ！」
「仕方ないでしょぉ！ 手近にあったのがＮＵＤＡだったんだからぁ」
ぎゃーぎゃーと啀み合う水銀燈と翠星石を、チラと一瞥して、ほくそ笑む雛苺。
（うふふふっ。翠ちゃんの企みなんて、ヒナはお見通しなのよー）
解っていたから、厨房でコッソリと、自分と翠星石の分をすり替えていたのだ。
雛苺は、取っ組み合いの喧嘩に発展しつつある二人を余所に、黙々とパスタを食べ続けていた。
（銀ちゃんは、とんだ災難だったのねー。まあ、不運だったと諦めるのー♪）
『保守がわり番外編 着信アリかしらー！？ その２』
金「あら、メールが来たかし･･･って、どうしてカナに呪いが返ってくるかしら！
むむぅ･･････どうやら、雛苺を最初に選んだのが間違いだったみたい。
次は、着火と同時に大爆発の激情家、銀ちゃんで試してみるかしら。
ちょっと文章をいじって、送信･･･っと」
♪ｗｗｗ♪
銀「あらぁ？ メールなんて誰か･･･らぁ？ ちょっと、ヤダ。なによこれぇ」
【やあ （´・ω・）
突然だけど、このメールを読んだ君に、乳酸菌が絶滅してしまう呪いをかけたよ。
ああ、君が不愉快になるのも無理はないよね。でも、聞いて欲しい。
この呪いには、逃れる方法が一つだけ用意されているんだ。
方法は簡単。君が、正直いなくなって欲しいって思う親友に、呪いのメールを転送するんだ。
君だって、ピチピチ乳酸菌が死に絶えてしまうなんて嫌だろ？
うん、強引なのはわかっている。
仏の顔もって言うしね。
謝って許してもらおうなんて思っていない。じゃあ、君の健闘を祈るよ】
銀「冗談じゃないわ！ 乳酸菌が絶滅したら、私、乾涸らびて即身仏になっちゃうわよぅ。
でもぉ、居なくてもいい友人なんて居な･･････ごめんねぇ、金糸雀ぁ」(＾∀＾)ｂ
♪ｗｗｗ♪
金「っ！？ ま、まさか、このタイミング･･･って、やっぱり返ってきたかしらーっ！
ふえぇ～ん。銀ちゃん、ヒドイかしらー」･ﾟ･(つД`)･ﾟ･.
･･･失敗は成功の本、と申します。
最終更新：2006年07月17日 09:34
