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 彼女は騙されやすい。
「玉子焼き美味しいのかしらー」
「ああ、そうやって生まれるはずだった命が消えていくんだな」
「カシラーー!! うう、ごめんなさいかしら。命を奪ってしまって申し訳ないのかしら」
 のちに、みっちゃんから「市場に出回るのは無精卵よ」と聞いた彼女は一週間口をきいてくれなかった。

 彼女は騙されやすい。
「水銀燈を怒らせてしまったのかしら。どうしたら許してもらえるかしら……」
「水銀燈はヤクルトが好きだから、乳酸菌のたっぷり入ったヤクルトカレーをご馳走したら喜んでくれるんじゃないか?」
「ジュン頭いいのかしら! 早速作るのかしらー」
 のちに、水銀燈にヤクルトカレーを披露して「乳酸菌を無駄にするな」と怒られた彼女は一週間口をきいてくれなかった。

 彼女は騙されやすい。
「もうすぐ真紅の誕生日かしらー。プレゼントどうしようかしらー」
「真紅は胸が小さいのを気にしているから、誕生日プレゼントは豊胸パッドを送ればいいんじゃないかな」
「きっと喜んでくれるかしら! ジュンは女心を掴むのが上手いかしらー」
 のちに、真紅に「これはあてつけ?」と言われ、憤怒の表情でしこたま殴られた彼女は一ヶ月口をきいてくれなかった。

 そして今。
 僕は俗に言う給料三か月を手に、彼女に対して自分と苗字・住居を同じにして生きていくことのメリットを説明している。
 騙されやすい彼女はきっと今回も信じてくれる。
 もっとも、今回ばかりは瞳を潤ませている彼女を騙すつもりはないのだけれど。







 彼女はいつでも笑顔が似合う。
「ジュン登りー」
「おわ、高校生にもなって登るな! 重い!」
「雛苺は、桜田君のことが好きなのね」
「うん! ヒナ、ジュンのことだーい好き!」
 彼女の屈託の無い笑顔が好きだ。

 彼女はいつでも笑顔が似合う。
「お弁当忘れちゃったの……」
「雛苺かわいそうかしら。みっちゃん特製の玉子焼きを少し分けてあげるのかしら」
「そうね、私もパンと紅茶を分けてあげるわ。」
「僕たちのお弁当からも取っていいよ」
「感謝するですよ、チビ苺」
「みんなありがとうなの。ヒナ、みんなのこと大好きよー」
 みんな彼女のかわいい笑顔が好きだ。

 彼女が涙を見せたのは、僕が想いを告げたとき。
「う、うぇっ……。ひっく……」
「雛苺……?」
「あ、違うのよ。うれしいの。ヒナもね、ジュンのこと、好きだから」
 うれし泣きもいいけれど、やっぱり彼女の笑顔が見たくて。
「あ……」
 僕は優しく口づける。
「えへへ。ジュン、だーい好き!」
 飛び上がって抱きついてきた彼女を受け止めながら思う。
 やっぱり彼女は笑顔が似合う。







 彼女は口が悪い。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、ジュン君」
「はー。朝っぱらからチビ人間のしけた顔見るなんて、今日もついてねーです」
「何だとこの性悪」
「誰が性悪ですかコンチクショウ!」
 売り言葉に買い言葉の応酬はいつものこと。実はちょっと楽しみだったりする。
「二人とも、朝からやめなよ……」

 彼女は素直じゃない。
「チビ人間、弁当たべるです」
「お、今日も作ってきてくれたのか。ありがとな」
「別におめーの為じゃねーです。材料が余ったから作ってやっただけです」
「わかってるよ。それでも、ありがとうな」
「わ、わかってるならいいです。今日もこの翠星石様に感謝して食うといいです」
 毎日図ったようにして余る材料で作られた弁当は、彩りも豊かで手間もかかってそうに見える。
「いつも計算してるくせに……。姉さんは、全く……」

 そんな彼女は二人きりだととても素直。
「……」
「……」
 口の悪さもなりを潜め、黙ってくっついてるだけでとても幸せ。
「……明日は休みです」
「そうだな」
「……泊まっていくですか?」
「うん、そうさせてもらうよ」
「そうですか……。じゃ、蒼星石にも言っておくです」
 はにかむ彼女はとても可愛くて。
 僕はますます彼女が好きになっていく。







 彼女はどんな娘?
「まじめな子ねぇ。でもちょっと堅苦しいかも。せめて帰りにヤクルトを買って飲むくらいは見逃してほしいわぁ」
 まあ、買い食いぐらいは見逃してくれてもいいよね。
「とっても物知りなのー! わからないこととかあったら、すぐに教えてくれるのよー」
 頭いいんだな。それに優しいと見た。
 
 彼女はどんな娘?
「しっかり者ですね。朝寝坊しそうでもちゃんと起こしてくれるし、頼りになる妹です。これで宿題も見せてくれれば言うこと無しですぅ」
 きっちりしてるんだな。というか姉なら自分で起きろ。宿題もちゃんとやれ。
「ちょっと押しの弱いところがあるわね。でも落ち着きのある娘だわ」
 控えめな性格なんだな。そういえば彼女が騒いでるところを見たことが無い。

 いろんな人にいろんな顔を見せる彼女。
 まじめで、物知りで、優しくて。
 しっかり者で、頼りになって、落ち着いていて。
 そんな彼女を帰り道で見かけて、大きな声で名前を呼んだら、少し赤くなった顔で微笑みながら手を振ってくれた。
 恥ずかしがりな一面も見た僕は、もっといろんな顔が見たくなる。
 だからこうして、君に声をかけるんだ。

 そして誰も知らなかった甘えん坊な彼女を僕が知るのは、もう少し後のお話――。









 彼女は大人っぽい。
「暑いわぁ」
「水銀燈、そのだらしねー胸しまえです!」
「くっ……、た、ただのデブなのだわ」
「でも……ウエストは翠星石より細い……」
「……うるせーです馬鹿水晶! 余計なお世話です!」
 誰もがうらやむ成熟したプロポーション。

 彼女は大人っぽい。
「うにゅーおいしいのー」
「みっちゃんの玉子焼きは最高かしらー」
「二人とも、口の周りが汚れてるわよぉ。ちゃんときれいに食べなさぁい」
 時には手のかかる妹の世話をする優しい姉。

 彼女は大人っぽい。
「ジューンー……あら、寝てるのぉ?」
「……」
「全く……こんなところで寝てると風邪ひくわよぉ、おばかさぁん」
 そう言って毛布を取り出し、寝たふりをしている僕の体に掛けてくれた。

 僕がキスを求めると、「やることやっちゃいなさぁい」とお預けをする。
 宿題を終えると「お疲れ様」と口付けて、「もっと欲しい?」と自慢の胸で挑発する。
 時には尻を叩いて叱咤し、時には甘く翻弄する彼女。
 彼女は大人っぽい。







 彼女は気高い
「急に降って来たわね。夕立かしら?」
「だと思うよ」
「ジュン、傘は持っていないの?」
「持ってたら雨宿りはしてないよ」
「そう。じゃあ次からはこんなことが無いよう、折り畳み傘を常備しなさい」
 優しい笑顔で不遜に聞こえる言葉を紡ぎ出す。
 自信の溢れるその立ち姿を例えるならば芍薬。

 彼女は気高い
「ジュン、紅茶を入れなさい」
「オッケー。ちょっと待っててくれ」
「美味しいの、よろしくね」
 見ているテレビが映すのが子供じみた人形劇でもその気品が損なわれることは無い。
 時折楽しげな笑みを浮かべてカップを傾ける彼女は牡丹の花のよう。

 彼女は気高い
「わーい」
「読書中よ。静かになさい、雛苺」
「今私は本を読んでいるの。終わったら遊んであげるから静かに待っていなさい」
「はーい」
 子供を静かに窘める。
 やがて読書をやめて雛苺の元に向かう彼女の、優雅に歩く姿は百合の花。

 傷をつけられたとき、花は萎れてこうべをたれる。
 それを乗り越えたとき、気高き薔薇は美しく咲き誇る。
 
「ジュン、紅茶を入れて頂戴」

 彼女は気高く、そして美しい。








終幕 或いは少年の綴る物語の始まり――


「――れて頂戴」
 何時からか言われることの無くなっていた言葉を聞いて、紅の扉を閉める。金、桃、翠、蒼、銀と続いてきた六枚目の扉。用意されていた扉はこれが最後だった。
 それらの中で繰り広げられていたのは、きっと僕が選ばなかった未来。僕の知っている彼女たちが僕の知らない顔で、僕の知らない僕と共に歩んでいた。
「いかがでしたかな?」
 聞こえてきた声に振り向くと、そこには僕を案内した張本人。その目は何を見て、何を語っているのだろう。
 どういうつもりだ、と兎の頭をしたその男に問いかける。なぜ僕にこれを見せたのか。
「何故、というほどのことはございません。ただ気になっただけですよ」
 兎は大仰な仕草で、そして芝居じみた口調で答える。
「果たしてあなたは、正しく彼女たちを選んだのか否か」
 ……つまり、こういうことか。
 僕の知らなかった彼女たちの一面を見たら、そちらに転ぶのではないかとでも思ったのか。
「少し違いますが……まあそれでもいいでしょう」
 馬鹿馬鹿しい。彼女たちが魅力的な女性であることは、きっとこいつよりも僕の方が知っている。その上で僕はここに扉の用意されていない彼女たちのことを好きになったのだ。今更知らなかった一面を見せられたくらいで別の彼女たちを好きになるなんてありえない。
「――そうですか」
 僕の決意に満足した笑みを浮かべた――それだけは何故か理解できた――兎は、一言だけ答えると何も無い空間に手を添えて穴を開ける。
「お帰りは、兎の穴よりどうぞ」
 そうして、僕は現実へと帰る。
 僕の知らない僕と彼女たちの幸せを願いながら、今ここにいる僕の幸せをかみしめて。
 薔薇水晶と、雪華綺晶。僕が愛する二人の女性。
 当たり前の日常に帰る僕を迎えてくれる彼女たちに最初にかける言葉は、とてもありふれた当たり前のもの。

「ただいま――」

 ――彼――  ある日、ある時、ある場所へと繋がる世界で
 fin.
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