※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

虚無、見えるものは壱つとしてなく

ただ

ただ広がる闇

だが、感じる
だが、聴こえる
だが、見える

実りを、生命の賛歌を謳う、小麦畑のような金色の髪を
少女に見間違うほどの、麗美な顔を
深く、その神秘を身に潜ませる、青海の瞳を
カレは、弓の弦のように細め、笑う
黒のローブの下の白の衣はカレの動きと共にゆらゆらと揺れる
神秘を滾らすほどの微笑の奥に垣間見えるのは何か

誰もいない、ただ、広がる闇
その中にはその瞳の奥を、彼の心を知るモノはいない
少年、いや、青年?
カレは漆黒の椅子から立ち上がり、高らかに朗詠う


「謳え、躍れ、人形達よ。完全を、唯一を、この我が手にもたらせ。」


虚無、見えるものはただ壱つ

謳い、躍る、金色の影、藍より闇い青き宝玉

絶わらぬ歌劇はウロボロスの輪を描く


「姉ちゃん、今からコンビニ行って来る。」
僕は玄関で靴を履きながらリビングで晩飯を作っているであろう姉に
声を掛ける。
「はぁ~い、分かったわ~。もうすぐ晩御飯で切るから早く帰ってきてね~。」
間延びした、力の抜けるようなおっとりした声が聞こえて来る。
「あ、でも、最近この辺りも危ないから気をつけてね~。」
「分かってるー。んじゃ、行って来るからー。」
僕は適当に返事をして外に出る。
外は既に日は落ち、真暗だ。街灯が明々と灯ってるがその裏では何が起きているか
誰にも分からない。そう、そんな、そんな不安定な世界。
魔導の力によって発展した社会、と言っても電力の供給が効率的になったりとか
運送の利便性が上がったとかだけで、生活の中には魔法なんて関係なく、
生活水準が大きく上がった、ただそれだけだけど大きく進歩した社会。
しかしその大きく進歩した社会、世界は明らかに異質なものをその中に孕んでいた。

魔導とは魔術を普通の人間にも利用できるようにした魔術理論のこと。
つまりは、その源泉たる魔術を使える存在がいると言う事。
魔術、魔導の源泉であるそれを操るモノである魔術師、彼らは己の感情の赴くままに
行動し、そして、それに付き従うヤツラと共に社会を狂乱の宴へと誘った。
巨大ロボは街を蹂躙し、信徒たちは力を持たざる人々に暴虐を尽くし、
彼等、魔術師自身も参加する鮮血のサバスを行なう。
それに対して、警察が魔術の模造品である魔導を使った兵器で対応しても
その効果は微々たるもの。むしろ、彼らは虐殺される側で狩られる側だった。
オリジナルとコピーでは到底比べよう物がない。
心ある魔術師が対応しようにも犯罪の数が多すぎていた。
結局、どんなカタチをとってもいたちごっこ。
どんな恩恵にも代償は付くものだという証明。
しかし、それでも人々はそれを気にせずに普通に暮らしている。

いや、<気にしないようにして>暮らしている、か

「さて、コピーも取り終わったしさっさと帰るか。」
僕はクラスメイトから借りたプリントを片手に家への帰路につく。
この辺では大して大きな犯罪は起きてないが、3駅くらい向こうでは
強盗事件が起きたらしい。それも、やはり信徒たちによるもの。
まだ犯人は捕まっていないので、早足で僕は帰り道を行く。
十字路を右へ、駅前に向かう遊歩道を左に、慣れた道をさくさく進む。
そしてまっすぐ歩いて陸橋をわたる、そしたら家はすぐ。
僕は陸橋の階段を登り、道路向こうへ渡ろうと向きを変えた。


目の前に、一人の少女がいた。


僕の視界に映る少女、無骨なアスファルトと鉄の構造物の上に佇むその娘は
まるで僕を待ち構えていたように僕に相対していた。
水銀灯で照らし出された、秋の実り豊かな稲穂畑のように美しい金色の絹糸、
南国の海のように清潔で、生命の力を表すような青のドレス、
雪のようにただただ深い白い肌、何もかもを見透かすような碧玉の瞳。
現実離れしたおとぎ話の中のような少女、僕は彼女の瞳に吸い込まれ、
その場に縫い付けられたように動けなくなった。
不思議と恐怖はなく、ただ、彼女の雰囲気に僕は飲まれていた。

「ようやく、出会えた。ようやく私は見つけ出せた。」
弱々しくも、はっきりとした高い清廉な声。
どういうことだ?麻痺しかけた脳裏に流れる疑問。
少女は僕にゆっくりと近づく。
「理解できなくても良い。これは泡沫の夢、白昼夢。貴方の魂が全てを導くわ。」
少女の瞳がかすかに哀しそうな色合いを帯び、すぐ消える。
何に哀しみその色を帯びたのか、微かに働く思考をめぐらす僕の頬に
手を置き、少女はゆっくりと語りかける。
誰も来ない無人の陸橋の上、少女は流れるような旋律に詩を乗せ僕を包む。
人ならざる言葉が僕を取り囲み、ただただ僕の魂に染み込んでいく。
少女と僕の周囲を見たこともない文字の羅列が取り囲み、二人浮かぶ。
真暗な闇が光に包まれて世界は白に融けていく。
そして最後、僕は一つだけ彼女の言葉を聞き取る事が出来た。


「眠れる魔術師よ、紅き魔術の落とし子と共に歩め。汝、契約者なり。」

|