――あらすじ――
蒼星石と巴は残業で遅くなり終電に乗り込むことに。
一駅先で降りるつもり……だが、その電車は駅に停まることなく猛スピードで通過していった!
次の駅も停まることなく猛スピードで暴走する列車。
誰もいない乗務員室。周囲から響き渡る奇妙な異音。挙句の果てにはこの世のものではない者でいっぱいの車内!
その先で出会ったのは、蒼星石の師匠の結菱一葉と巴の幼馴染のオディール。
この現象の正体とは?
前に進む度に思い出される巴とオディールの過去の悲しい思い出。
そして――たどり着いた先には16年前に亡くなった筈の雛苺が――!!
曰く付きの10分遅れの最終電車で、彼女達はどうなるのか……!
なお、某V社の『最終電車』の舞台を流用してたり、実在の地名、事件が出てきたりしているが、内容にはなんら関係がないことを断っておきます。
注:『******』の部分を境に蒼星石と巴の視点が切り替わっています。
目の前にいるこの子は――
「うゆ~、どうしたの?トモエ」
その場に立ち尽くしている私に無邪気に呼びかけるこの子は――
「……怖い顔したらいやなの」
私のところまで近寄ってきて、私の手を握り締めるこの子は――
「一緒に遊ぼうなの!」
――この世にはいないはずなのだから!!
私は大きく頭を振った。
目の前のものを否定したい一心で――
『最終電車にて』(その6)
「あ、貴女……本当に雛苺なの……?」
オディールは半ばうつろな目で雛苺を抱きながら問い掛ける。
「オディールまでそんなこときくの?ヒナはヒナなの」
何事も無かったかのように答える雛苺。
「い、いや!」
私は思わず雛苺の――冷たい手を振り解き後ずさる。
目の前で起こっていることが受け入れられなくて。
この場から逃げ出したかった。
目の前にいる雛苺の姿をしたバケモノから――。
ザザザッ!
途端に――周囲から蔦が伸びてきて私の足をからめとった。
「帰っちゃいやなの」
雛苺は笑顔のままで私の方を見た。
そしてこちらへとじわりじわりと近寄ってくる……。
「……」
私はなんとか後ずさろうとしたが……足に絡まった蔦がそれを阻む。
蔦は絡むだけに留まらず、強い力で足を強く締付けだした。
痛い。
ドタンッ!
そのまま蔦に足を引っ張られ、転倒した。
「なんで怖がるの?ヒナはヒナだよ」
目の前にいるバケモノは雛苺の声で言い出す。
「じゃあ、なんで生きているわけ?私の知っている雛苺は16年前に電車にはねられて、この世にいないはずッ……!」
倒れたままの状態で、私は蔦から逃れようとじたばたとする。
だが、そのバケモノはなりふり構わず、私に顔を近づけて――
途端に目の前がかすみ出す。
さらに、頭がぼんやりとしてきた。
まるで、空に浮き出すかのような感覚になって――。
……あれ? 私、なぜ彼女をバケモノだなんて思っていたの?
ふと、そんなことを思った。
だって、彼女は実体があるじゃない。
幽霊だったら、実体が無いはず。
オディールだって、彼女を見てもおかしく思っていないみたいだし。
むしろ彼女に抱きついていたりしていたし。
でも、彼女は死んだはずでは――?
心の底にある別の感情が私に囁きかける。
「ヒナね、電車にはねられたのは覚えているのだけど……気がついたらこの電車にいたの。他の人がいたりしたけど、みんな怖がったり気絶しちゃったりしたから、どうなっているのか分からないの」
表情に影を落として話し出す雛苺。
話を聞いて思った。
この子のどこが怖いの?
なんで気絶するの?
私には分からない。
電車にはねられても生きていたのかな?
なんで16年後に?
「トモエもそんな感じだったから……そうだったら、ヒナ悲しいの」
今にも泣き出しそうな雛苺。
そんな彼女に私は答える。
「……ごめんね。怖がったりしちゃって。
おかしいよね。雛苺は生きているのに」
幽霊が出たり、異世界に行ってしまったり……こんな変なことばかり起こっている電車にいるのだから……雛苺が生きたまま、この電車にいてもおかしくはないのだろう。
もはや、それ以上の細かいことはどうでもいい。
雛苺が目の前で生きて、目の前にいる。
それだけでいい。
「ヒナね、気にしていないから別にいの。トモエ、遊ぼう」
「うん」
雛苺の無邪気な笑みに私はためらうことなく頷いた。
******
「くそっ!きりがない」
マスターは懸命に巨大化したぬいぐるみの化け物を念力でなぎ払っていく。
でも次々と援軍が窓の外からやってくるものだから、数自体は多分減っていない。
「それをいったらこっちもですよ!」
僕自身も庭師の鋏で蔦の壁を切り取っているが、その度にどこからとも無く別の蔦が生えてきて壁を形成する。焼け石に水だった。
さらに時折、蔦が僕らに襲い掛かってくるものだからたちが悪い。
「やはり大元を断たぬ限り無意味か……」
マスターは一旦、ぬいぐるみへの攻撃の手を止める。
そして、大部分の蔦の発生源である熊のぬいぐるみに目をやる。
「こればかりは……下手をすれば、向こうにいる彼女らにも被害が出るかも知れんので使うまいとは思っていたが、仕方がない」
マスターは懐から1枚の赤い札を取り出す。
そして、僕を一瞥する。
「蒼星石。今からこの蔦を煉獄の炎で焼き尽くす。
危ないから一旦後ろに下がっておれ。蔦が燃え出したら、発生源の人形を鋏で切りつけてくれ。これを使えば半径10m以内は炎で囲まれて、最悪の場合は向こうにいる彼女らも巻き込むかも知れんがな……」
「マスター、無茶苦茶すぎます!」
僕は抗議の声を上げた。
当然だ。
いくら大元の霊を払うためとはいえ、巴やオディールさんを巻き込むなんて……。
本末転倒もいいところだ。
退魔のためには多少の犠牲を払うことも止むを得ない。
マスターのこの考えだけは、昔からマスターのもとで育てられても納得できないことだった。結局、これが嫌で僕はマスターのもとを離れたのだから……。
「まあ、話を聞け。依頼人やお前の友人を焼き殺そうなんて思っていない。
一応考えはある。大元の霊力はかなり強大になっておる。だからこんな中で使えば炎の力もかなり弱められて、彼女達には被害は及ばないと踏んでいるがな」
「でも……確実にそうなる保証はないのでしょう?」
僕は思ったままのことを口にした。
「正直そうだ。でも、これ以外にさらに善い方法があるのとでも言うのか?少なくとも今やっている方法よりも素早く、この障壁を破る方法がな……ぐずぐずしていると彼女達も危ないぞ」
辛そうな表情を浮かべながらも、真剣なまなざしで僕をみるマスター。
悩んだ末の結論なのだろう。
「……分かりました。お願いします」
僕はこれ以上反論できない。
マスターに後を託すことにした。
「よし。では早速行うぞ」
マスターは札を掲げながら、真言を唱え出す。
ぼうっ!
札から真っ赤な炎が上がる。
途端にマスターは蔦の壁に向かってそれを投げつけた。
炎は瞬く間に蔦に燃え移る。目の前の壁が炎で包み込まれた。
「蒼星石!」
「はい!」
マスターの掛け声とともに僕は脇のぬいぐるみに向かって飛び掛る。
即座に持っていた鋏で……ぬいぐるみの首を断ち切った。
ごおおっ!
炎は鋏で断ち切ったぬいぐるみをはじめ、僕らを取り囲んでいたぬいぐるみを焼き尽くす。
そして……目の前に空間が現れた。
僕はそこに向かって駆け出した。
その先に見えたのは――
「だ、誰なのよ」
そこにいたのは……金髪の小学生ぐらいの外人の少女。
びっくりしたのか、大きく見開いた目をこちらに向ける。
そして……オディールさんと……巴。
二人とも顔を青ざめさせながら、その場にへたりこんで。
「大丈夫、巴!」
僕は巴のもとに駆けより、今にも倒れそうな彼女の体を抱きとめる。
巴は隈のできた目で僕をじっと見ていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「……あなた……誰……?」
――!!
そう言って彼女は目を閉じて首をうなだれた。
-to be continiued-(その7へ続く)