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希望という言葉に、良い印象を持たない人はいないと、そう思っていた訳ではない。
だけど真紅の言った事は、理想を嫌悪するがゆえの否定ではなかった。
ただ、希望に狂ってしまった人を知っているから、
ごく自然に告白できた事実であるだけ。それ以上の意味も、それ以下の意味も持たない。
だからこそ、その意味を考えさせられる。心に訴えかけられる。
救いたい人がいて、救える方法を見つけ出して、それがどうして不幸を招いてしまうのか。
僕は考える。ひたすらに没頭する。
その、不幸に辿り着いてしまった過程の中で、それとは違う分かれ道は無かったのかと。
本当は今だって巴さんを救うという過程の最中でしかないという事は分かっている。
でも、同じ目的を追うにしても、そんな不器用なやり方ではなくて、もっと別の歩き方が……。

「……蒼星石?」

それが分かれば、彼は戻れるかもしれない。真紅だって彼の事で苦しむ必要も無くなる。
理解できる筈が無いのは解っているのに―――― それでも僕は、諦められないで……

「こらっ! 無視するなですっ!」
「うわっ!? ……ご、ごめん、翠星石」

いきなり視界を占拠した翠星石のアップに思わず辟易ろいでしまった。
返事が無いのに加えてその反応に気を悪くしたのか、
翠星石は胸を反らすと、目の前に人差し指を突き付けてきた。ぷんすかと音が聞こえてきそうだ。

「蒼星石、今日私達が街に出ている理由はなんですか?」
「は、花屋さんのウィンドウショッピングだよね」

答えると、翠星石は無言で人差し指を真横に動かした。その先には……目的地である花屋さんが。

「……ごめんなさい」
「帰りの園芸店の荷物持ちは蒼星石で決まりですね」

僕と翠星石は、植物を育てるのが大好きだった。
この趣味のお蔭で、我が家の庭はちょっとしたものだったりする。
それも年々強化傾向で、季節毎に違う花を咲かせる花壇から、街一番の巨木など種類も様々、
最近ではその根が家の下を侵食してきて少し困った事になってはいるが、
それでも僕達の趣味は止められない。今日もその関係で、ここに訪れたのだった。

「さてさて、新しい花は入荷していますかね~♪」

とはいっても、ウィンドウショッピングの名の通り、ここで花を買う事は無い。
結局の所、僕達は育てるという過程を一番に楽しんでいるので、
ここでの目的は、次に植えるものの選抜である。種や球根は園芸店で取り寄せて貰っていた。

「あらぁ、翠星石と蒼星石じゃない?」

と、お店の奥から歩いて来たのは、クラスメイトである水銀燈、その腕には花束が抱えられている。

「……なによぉ、返事ぐらいしてくれてもいいと思うけどぉ?」
「まさかこんな所で水銀燈に会うとは思ってなかったです……」

水銀燈本人の目が無かったら、翠星石には激しく同意したかった……本物だよね……?

「失礼ねぇ、私だって乙女だもの、花にぐらい興味を持つわぁ……
 って、言いたい所だけどぉ、これは私の為じゃないのよねぇ」
「……お見舞い用ですか?」
「あらぁ、正解。どうして分かったの?」
「そこにある花、種類は多いのに全部匂いのしないやつです」

ずばり言い当てられて、水銀燈は感心したようだ。双子の妹として僕も子気味良い。

「親しき仲にも礼儀ありってね。それはそうと、二人はどうしてここにいるのかしらぁ?」
「家の庭をいじるのに、先に咲いている花を見に来たんですよ」
「今は暖色系が揃っているんだ。次は別の色も増やしたくてね」
「それならほら、青い薔薇なんてどう? 時々耳に挟むんだけどぉ、自然生まれじゃないと駄目?」
「遺伝子交配の産物ですか。どんな花でも差別はしませんが、あれはまだ商品化されていない筈です」
「そうなのぉ? 花に関しては素人なのがばれちゃったわねぇ」
「む……」

青い薔薇……かつて作り出すのは不可能と言われていたそれに、僕は自分なりの思い入れがある。
しかしそれを抜きにしても、到底入手は不可能な代物だ。
手伝ってくれようとした水銀燈の心遣いだけでも受け取っておくとしよう。

「あっさりと諦めずに他の花を考えるです! 伊達に若くして白髪頭ではない所を見せるですよ!」
「だ、誰が白髪頭よ! なら青いカーネーションは!? 店の奥に置いてあったわよ、凄く高いやつが!」
「残念ですねぇ。花は自らの手で咲かせてこそ、私達は花屋なんかで花は買わないのですよ」
「なっ! じゃあ本当に見に来ただけなの? そんなのただの営業妨害じゃない!」

……あ、どうしよう、凄く他人の振りしたいや。
とりあえず距離を置こうか。非日常で培われた隠密行動を駆使して、抜き足差し足忍び足……

「蒼星石! この世間知らずに、今すぐ植物のなんたるかを聞かせてやるです!」
「貴女はこの口汚い姉とは違うわよね! 親しくなくても礼儀ありってことわざを教えてあげて!」

初めて聞いたよその言葉。それはね、言われるまでもなく常識なんだけど……相手は僕の姉さんだし。
しかし、これは困ったな……
二人は冗談半分かもしれないけど、お巫山戯が過ぎればそれなりに痛い目を見る事になるのも道理だ。
事実、二人の後ろで店員さんがこっちを睨んでいるしさ。花に囲まれているのに居心地が悪いのは何故?
そんな分かりきった事を考えていると、僕の背後にも誰かの立つ気配が。振り返ってみると――――

「驚いた、お前らのテンションって土日も関係無かったんだ」
「……ジュンじゃねぇですか」

まさかこんな所で会うとは―― 第二弾始動。
休日の修練でも見ていない余所行きの服を着込んだ青年は、
やはり場違いとしか思えないここに、しかし水銀燈と同じく確かに存在していた。

「ジュンまで来たのぉ? 今日は変な偶然が重なっているわねぇ」

言葉だけでならそう言った水銀燈だが、その声色からはあまり驚いた様子は感じられない。
まるでこの出会いをある程度納得しているかのようだった。水銀燈には不思議じゃないのか?

「……多分お前と同じ用事だよ、水銀燈」
「あらら、やっぱりぃ」
「さっさと選ぶ花を決められて良かった。すみません、この女性と同じやつを」

直前まで僕達の傍で臨戦体勢を取っていた店員さんも、
やはり(真っ当な)お客第一なのか、すぐに彼の対応に入った。
意外な乱入者により期せずして止められた翠星石と水銀燈の言い争い……
二人もクールダウンしたのか、どうもこれ以上は続ける気が無いらしい。良かった。
しかし、水銀燈と同じ用事……そうか、ジュン君もこれから巴さんのお見舞いなのか。

「高っ! 馬鹿高っ! ありえない! ちょっと店員さん!?
 あの人がこんな金額を本当に払ったんですか!? もしかして脅されたんじゃないですか!?」
「ちょっとジュン!? ただでさえ勝手に怖いイメージ持たれ易いのに、何を拍車掛けてるのよ!」

……もしかしたら、困る要素が一つ増えただけなのかもしれないという可能性に、
僕はここに来てようやく思い至ったのだった。もういいや、我関せず我関せず……。

「……もうこんな時間? 私はそろそろ行かせて貰うわぁ」

あれから近くの少し洒落た喫茶店に入り、四人でクラスメイトらしいフランクな会話を弾ませて暫く後、
水銀燈はそう言って席を立った。時計を見ると、入店から丁度一時間ぴったりである。

「今度会う時は学校であるのを祈ってるですよ」
「もう、翠星石は……それじゃあまたね」
「あちらさんに宜しくな」
「はいはい、どちらとも承りましたぁ。ごめんねぇ、バイバイ」

自分が食べたブルーベリーヨーグルトの代金をテーブルに置いて、花束を片手に去っていく水銀燈。
翠星石は「どうして『僕が払うよ』とか気の利いた事が言えないのですか」
とジュン君に囁きつつ肘で小突いて非難していた。どうやら僕達の代金を任せるつもりらしい。さすが。

「……しかしジュン、水銀燈と案外仲が良かったのですね」
「そんなに意外だったか?」
「意外も意外ですよ。学校ではそんな素振り全く見せないじゃないですか」

翠星石の疑問は半分ほど同感だった。
残りの半分、学校での素振りについては、
この数日の間、真紅を交えて付き合う中で、何となく掴めてはいたのだが。
彼は、状況如何によってどうも他人への対応の仕方を変えている節がある。
先ず学校生活では、言わずもがな殆ど積極性が見受けられない。真紅や雛苺にだって同様だ。
しかしそれ以外の場所では、彼は化ける。饒舌だし、話し易いし、普段感じる壁が取り払われている。
これを知ったばかりの時は、正直戸惑いもあったのだけど、今では自分自身、随分と慣れたものだ。

「本当に仲が良いのは真紅なんだよ。僕はおまけ。
 あの二人、僕が出会う前からの知り合いらしくて、それで僕も話をするようになったんだ」

「でも、水銀燈は中学校まで私達と同じでしたよ」
「そう。だから付き合いといってもそれほど深いものじゃない。
 事実、高校に入ってからだからな。こんな風に話が出来るようになったのは」

ふうんと、翠星石はジュン君の説明に理解を示し、静かに席を立つ。
どうしたんだと聞いたジュン君の顔に投げつけられるおしぼり。翠星石はそそくさと店の奥に消えた。

「ジュン君、今のは失礼が過ぎるんじゃない?」
「ごめん、蒼星石も良い気分じゃなかったよな」

おしぼりを元の位置に戻して、ジュン君は紅茶を一杯飲む。
毎日学校で飲んでいるのだから、こんな時ぐらい別の物を頼めば良いのに、そう思わなくもない。

「いや、別の人が淹れる紅茶だからこそ飲んでおきたいんだよ」

ああ、味の研究か。真紅も下僕と公言するだけはある。大した奉仕振りだなぁ。

「……そうだ」
「唐突になんだい?」
「これ、飲んでみてくれ」

そう言って突き出される紅茶のカップ…………いや、待て、待て待て是非とも待って欲しい。

「どうしたんだ、真紅に鍛えられたから、汚い飲み方はしてないつもりだぞ、片腕だけど」
「そ、そういう問題じゃなくてさ、え? 本気?」
「こんな事に嘘吐いてどうなるんだよ。ほら、そっち側なら口付けてないから」

……言われるがままに飲んでみる。この流され易い性格、本当に何とかしないと……。

半ば罰ゲームのような気分で口を付けた後、ジュン君はこれもまた唐突に、僕に尋ねてきた。

「で、どうだった?」
「どうだったって言われても……縁は乾いていたから、君の言葉は嘘じゃなかったみたい……」
「? 何を言いたいのかよく分からないけど、そうじゃなくて、味だよ」
「……味?」
「砂糖の量とかさ。今度こっそり好みのやつにしてやるよ」

味……味……ああ味ね! 味味味! そりゃそうだ、紅茶は飲み物、味を楽しむものなんだから!
いやぁ、一本取られたなぁ―― そんな事はどうでも良いから、早く味を、怪しまれる前に答えないと。
…………全く覚えてない。無理だよ。あの状況で覚えられないよ。これは誰だって同意してくれるよ!

「ごご、ごめんジュン君、もう一口だけ良い?」
「良いぞ、別に何杯でも―――― って、おい……!」

紅茶のカップを掴むと、慌てて飲む、ぐいっと飲む、健康飲料よりも一気に飲む。
そしてがちゃんとぶつかり合うカップとソーサー。味は覚えた。これだけ飲めば十分だろう。

「もう少し甘めの方がいいかな。あとちょっと渋かったかもしれない」
「……うんと、いっそミルクティーにしてみるか?」
「いや、そこまで駄目じゃないよ」

胸ポケットから筆記用具を取り出してテーブルに置くと、左手で僕の言葉を書き残すジュン君。
この使い古されたメモ帳、どうも普段から持ち歩いているらしい。

「―――― 水銀燈もさ」
「え?」
「病院にいるんだ、友達が。それが共通点なんだよ」

ボールペンを走らせながら、ジュン君は僕を見ずに呟く。
雰囲気が変わった事を察して、気分を変える為に手に持ったお茶を一口。学校での昼休みを思い出す。

「お見舞いだって聞いていたからね。何となくだけど気付いていたよ」
「だけどさ、あいつは違うんだ」

違う? その意味が分からなくて言葉の主を凝視した。
彼は筆を止めて、感慨に耽るように、言う。

「あいつは、強いよ」
「…………」
「僕よりもずっと。相手にならないくらい、ずっとずっと」
「……どういう意味だい?」
「そのまんま」

胸ポケットに再び仕舞われたメモ帳とボールペン。
ジュン君は財布から千円札を二枚取り出すと、水銀燈が置いていった硬貨の下に挟んだ。

「翠星石が帰って来たら殺されそうだから、お先に退散するわ」
「殺される? どうして?」
「お前が左利きだったのもいけない」
「? 僕は両利きだよ、それがどうかしたの?」
「うわ、ご愁傷様。責任の一端を担う者として、せめてトラウマにならない事を祈る、心から」

そんな言葉を残して頭を下げると、ジュン君もまた花束を持って店を出て行った。
結局何が言いたかったんだろう……またお茶を飲もうとして、僕はそれが彼の紅茶である事に気付く。

悲鳴を上げた。



――――  ――――  ――――



闇の中、校舎の屋上の更に上に、奈落を覗いた深淵の如き翼が舞う。
ばさりばさりと風を叩くその音は、まるで唄を奏でているように鳴り続け、白色の髪を延々と揺らす。

「分かってるわ……歪な歯車を取り除き……薔薇乙女を真の姿に」

彼女は最強、最凶の使徒。
世界樹を目前とした逆賊を阻む、最後の砦にして最大の障害。
薔薇乙女の原点、最も薔薇乙女の本質に近き者。あらゆる宿命を受け入れた、迷い無き一陣の疾風。

「真紅ぅ……私達も決着を着けましょぉ……」

遠き地より近付く雷鳴を、呼び込まれる嵐の気配を、見通す者は果たしているのか。
戦いの刻は迫り、これより戦士達は戦いに臨む―――― 元から幸福など成さない結末へ向けて。





第二章 ”真紅と蒼星石” 完

第三章 ”水銀燈と真紅” に続く……

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