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あの、凄愴で陰惨な一夜が明けた次の日、
僕こと蒼星石は、双子の姉である翠星石と一緒に、朝の校舎の廊下を歩いていた。

「……本当にもう大丈夫ですか? 無理をされても困るのは周りなんですよ」
「うん、安心して。もう迷惑を掛ける事はないと思うから」
「別に迷惑を掛けるなと言っているのではないのです」

僕を気遣う翠星石の気持ちは十分に伝わっている。
だけど今日は、今日だけは這ってでも出てこなければいけなかった。
知りたい事が山ほどあったから。自分の耳で、自分の瞳で、知らなければいけない事が。

「―― 今日は色々と済ませておきたい事もあるしね。ごめん、翠星石」
「私が代わりに出来るなら、言ってくれればやっておくですよ?」
「ちょっとそういう訳にもいかなくてさ」

それでも、僕の様子も大分落ち着いたもので、
翠星石は未だに心配しつつ、幾らかの安堵を顔に浮かばせていた。
さてと、教室の前に来た。僕は小さく深呼吸をして、扉を開ける。

視界の奥には、金糸雀、雪華綺晶、そして―――― 薔薇水晶の姿が在った。

「あら、おはようかしら」
「おはようございます」
「おはようです」
「おはよう……」
「…………」

彼女の様子は……見た限り、何時もと変わらない普段そのままだった。

「……蒼星石?」
「あ、お、おはよう、薔薇水晶……みんなも」

様子がおかしいといえば、薔薇水晶よりも僕の方がよっぽど、と言うべきだろう。
まだ本調子じゃないんですよ、そうフォローを入れてくれた翠星石に、三人は納得したようだ。
……薔薇水晶、ここまではあの二人から聞かされていた通りみたいだけど……。

「おはようなのだわ」

背後から不意打ち気味に言われた挨拶に、僕はいささかオーバーアクションで振り向いてしまった。
真紅、雛苺、そして……今日、用がある二人が揃って立っている。

「おはようです真紅、えっと、蒼星石は……」
「病み上がりなんでしょう? 別に気にしていないわ」
「話が早くて助かるです。チビ人間にチビチビも……って、え?」

あ、言葉に詰まった。うん、僕には昨夜の事で耐性があるけど、他のみんなはね……。

「……一つ聞いてもいいですか」
「なんだよ」
「その格好は、フランケンシュタインの怪物の物真似ですか?」
「があああっっっ!!!」
「キャー!」

突然のジュン君の奇声を受けて、雛苺は楽しそうに彼の傍から逃げ出した。
あの手際の良さ、きっと行き掛けにも同じような事をしていたに違いない。
しかし、怪物、今の彼をそう言い表したくなるのも無理はないだろう。
大きな痣を中心に顔の半分が膨れ上がり、片腕を三角巾で固定しているその姿を見せられれば。

「盛大に転んだんだよ。それよりおはよう」
「お、おはようです」

驚いているのは翠星石だけじゃない、先に教室に居た薔薇乙女の三人も同様の状態だ。
あの感じだと、僕の奇行なんてとっくに忘却の彼方だろう。これは僥倖と思うべきかな。
だけど、分かっている。僕は忘れていない。あの腕を包む布が、実際は何を隠しているのかを。

「蒼星石も、おはよう」
「……おはよう」

あ、翠星石が不思議がってる。今までだったら、僕もジュン君も軽く目を合わせて終わりだったし。

「翠星石、蒼星石は昨日の夜、大怪我をしたジュンを助けたの」
「昨日の夜?」
「うん、気分が落ち着かなくて、外を出歩いていたんだ。そうしたら……」
「無様にも公園の階段の下で呻いているジュンを見付けたのよ」
「ごめんね、黙ってて。その時は夜も遅かったし、今まで言い忘れてたよ」
「……夜に黙って出歩いていたのは感心しねぇですけど、ふぅん、そんな事があったですか」
「打ち所が悪かったみたいで、暫くはこの腕らしいけどな。よろしく頼むよ」

さらりと話を流して席に着く二人。僕もこれ以上追及される前にと席へ避難した。
ここまでの作り話は昨夜の打ち合わせ通り……。だがしかし、気になる事には積極的な僕の姉、
そのまま後ろについてくると、腰を下ろした僕に耳打ちする。

「別に心配してはいないのですけど、ジュンの怪我、酷くないのですか?」
「ずっと連れ添ったんじゃないから詳しくは知らないけど、学校に来れる位だからね……」

まぁそうですね、そう言って翠星石も席に着く。内心どきどきだった、冷や冷やしたよ姉さん。

その日の放課後、僕は一人、校舎裏の一角に向かった。
目的の人物は既に二人とも揃っていて、僕の姿を認めると、真紅の方が先に口を開いた。

「……翠星石は大丈夫なのね?」
「帰れる時は一緒に帰っているけど、流石に毎日は無理だったから、別に珍しい事でもないよ。
 それに今日は遅くなるかもしれないって話もしてあるし」
「その点は問題無いのだわ。
 『nのフィールド』で話をするつもりだから、時間の概念はそれほど気にしなくても」
「ごめん、早速水を差してしまうけど、『nのフィールド』ってなんだい?」
「やっぱり真紅とは違って、記憶が曖昧みたいだな」
「それは、この真紅が特別だという証なのだわ。ジュン、私の従者である事を誇りに思いなさい」

はいはいと投げやりに相槌を打つジュン君の顔に、真紅の長い髪の毛がヒット。痣は増えていない。
女王様が躾をする時の鞭みたいな使い方だ。なるほど従者ね、言い得て妙だ。

「蒼星石、貴女、何か失礼な想像を浮かべていないかしら」
「や、やだなぁ真紅。『nのフィールド』って何なのかなって考えていただけだよ」

危ない危ない、こっちまで躾けられてはたまらない。考えを顔に出さないように気をつけなくちゃ。

「……百聞は一見に如かずね。話の続きはそこでしましょう」

と、真紅と話をしている間に、ジュン君は草むらの中で何かをしていた。
そこから放り出される大きな布、不思議に思っていた僕に、彼から声が掛かる。

「蒼星石、こっちに来てくれ」

お呼びが掛かり、警戒心ゼロで近寄る。と、急に手を引かれた事で、僕は体勢を崩して――――

「―――― わああああああッッッ!?」

目の前には大きな鏡、この勢いでぶつかったらとんでもない事に!
思わず目を瞑る―――― だけど、それ以降の衝撃は、いつまで経っても訪れず、



「ようこそ、『nのフィールド』へ」



その歓迎するかのような声に、恐る恐る目を開くと……あれ、鏡が無い?
それどころか転んでいた筈なのに、今は地面にしっかりと二本の足で立っていた。
周りを見回しても……さっきまでと何ら変わらない、校舎裏の景色だけど……。

「そしてここが『第0世界』における学校……私達の目的の地よ」
「……ごめん。順を追って説明して欲しい」
「簡潔に言えば『異空間』 薔薇乙女<ローゼンメイデン>がその真の力を発揮出来る空間らしい。
 この中は現実世界と同じ時間の流れじゃないから、どれだけ話が長引いても問題ないんだ」
「ジュン、簡潔過ぎるのだわ」
「幾らこの中でも、真紅の丁寧な説明に掛かったら、あっという間に夜明けだからな。
 ……『第0世界』は『nのフィールド』の一つ、現実世界のもう一つの姿にして、
 昨日まで僕達が戦っていた戦場だ。ほら、ちょっと上を見てくれ」

言われた通りに空を仰ぎ見ると―――― なんだか見覚えのある物が浮いていた。
さっきぶつかりそうになった鏡じゃないか。一体全体、何がどうなっているんだろう。

「あれを通って、僕達はこの『nのフィールド』に入ったんだ」

通ってって……鏡を、通って? まるであれが入り口だと、そう言っているように聞こえるぞ。

「えっとさ……鏡って、人が通り抜けできるような物じゃないだろう?」
「私達にとっては入り口でもあるのよ。
 それからここが異空間だという事も半信半疑のようだけど、それなら耳を澄ませてみなさい。
 ここに喧騒の類は届かないでしょう? 私達以外の人間は、一人としていないのだから」

……確かに、さっきまでそれなりに聞こえていた学生達のざわめき、
人の気配というものが……一切として感じられない。

「この中でなら、幾ら私達が争っても現実世界への影響は出ない。
 昨夜、話の途中で貴女が疲れて眠ってしまった後も、あの鏡を通って貴女の家まで送ったのよ」
「それまで蒼星石がどんな手段でここに来ていたのかは分からないけど、
 多分似たような方法を使っていたんだと思う。なんとなく覚えてないか?」
「……ごめん」

僕の答えに少し残念そうな顔をするジュン君。
ジュン君と戦っていた時には理解していた色々な事を思い出せれば、説明の手間も省けるしなぁ。
だけど、今の僕に残っているのは、あの時の凶暴で不安な感情と、それに辛うじて勝った決意だけ。
これでは二人の足を引っ張っているだけだけど、それでも僕は、今更見て見ぬ振りなんてできない。

「ところでジュン君、その右腕だけど」
「あ、これか? お察しの通り偽物、家庭科室にあるマネキンから拝借したんだよ。
 お前達以外で真実を知っているのは僕の姉ちゃんだけ。話した時には卒倒し掛けてたけどさ」

悪い事したよ―― その言葉を言い切る前に、彼の顎を真紅の一撃が捉えていた。
凄く覚えのある展開だけど、今度は空に打ち上げられる感じで、
不謹慎だと自覚しながらも、視覚的には新鮮な光景だった。本当にごめん。

「ジュン、貴方の辞書に学習の二文字は存在していないのかしら?」
「わ、悪かった、悪かったから拳を仕舞って下さい高貴なる真紅様へへぇ~……!」
「加えて謝る相手まで間違えて……これは本気で再教育プログラムを……」
「おわわっ!? ごめん蒼星石! 気にさせないように言ったつもりだったんだけど、
 ああ、冷静に振り返れば嫌がらせだよな! 苛めに等しい失言でした、取り消します!
 お前は悪くないぞ、僕の気が利かないのが悪かったんだ、だからこの腕の事は気にせず――――」

―――― その台詞もまた、最後まで言い終える事は叶わなかった。うわ、雷みたいな振り下ろし。

「蒼星石。主として情けない事この上ないのだけど、この厚顔無恥極まりない下僕は、
 加えて無知でもあるがゆえに、悪気があってこんな事を言っているのではないの。
 この子の最後の言葉は本気で―― いえ、それだけで十二分に罪悪とも言えるでしょうけど。
 とにかく許してあげて欲しいのだわ。
 不出来なる従者、桜田ジュンの主、薔薇乙女第五番が真紅も、貴女に心からの謝罪を――」
「い、いいからもう! 君にまでそんな事されたら、いよいよ居た堪れなくなっちゃうよ!」
「……ごめんなさい。これでは私もジュンと変わらないわね。
 だけど、ジュンが片腕を失った事について、貴女が責任を感じるのはお門違いなのだわ」
「前提が何であっても、結果的に僕の鋏が彼の腕を切ってしまった事には変わりがないよ」
「責任とは、見せしめにしろ何にしろ、存在する意味が在るからこそのものなのだわ。
 でも、貴女が一人で責任を感じても、それはお互いに何のプラスにもならないの。
 蒼星石、難しいでしょうけど、私達を想ってくれるのなら、抱え込まないで頂戴。
 貴女の苦しむ姿は、この戦いを否定する傷痕でもある。それこそが、私達にとって一番の苦痛なの」

真紅の言葉は正論だ。正論は常に受け入れられるものではないけど、そんな簡単な話じゃないけれど、
彼女の言う通り、僕がここに居るのは、罪悪感からなのかもしれない。
でも、それを抜きにしても、きっと僕はここに居ただろう。他の理由を盾に、ここに居たのだろう。
悪いのは僕だ。勝手な事を言っているのは僕だ。僕が申し出た事は、全部僕の我が儘だ。
昨夜の戦いで、僕が決めた事を、自分で決められた事を、僕は最後まで遣り遂げたいだけなんだから。

「それでも真紅、僕は、君達と一緒に戦いたいんだ。この気持ちには、きっとこの先も嘘を吐けない」
「……蒼星石」
「ジュン君の失った片腕と同じだけ働けるとは言えない。どれだけの事ができるのかも分からない。
 だけど、最後まで僕と争おうとしなかったジュン君を、真紅を僕は信じられる。使命よりもずっと。
 だから、この力を使って。君達の目的の為に。たとえ僅かでも、僕にはその価値があるんだろう?」

あの戦いの場所に居たのなら、アーティーファクトを持っているのなら、力を封じられていないのなら、
僕は力になれる筈だ。彼らの目指す所までの道を切り拓く、一本の剣としての資格を持っている筈だ。

「お願いだよ。僕は友達を助けたいんだ」

そう、囚われたジュン君を前に、翠星石は無言で、僕の中に在る気持ちに気付かせてくれたのだから。

「……その強情さ、貴女達ってやっぱり似た者姉妹ね。
 ほらジュン、何時まで倒れているつもり? 今の話を聞いていたでしょう」

さて、何処から取り出したのか真紅のステッキで背中を叩かれて、むくりとジュン君が起き上がる。

「蒼星石は私達に協力を申し出てくれている。状況は十全じゃないの、これ以上は高望みなのだわ」
「それは……そうだけど、でも」
「でも危険だ、という事も、今の蒼星石は理解している。
 私達の目的の為に、この子は絶対に失えない。なら、私達は蒼星石を守る。それだけの事よ」

僕を守る? どういう事だろう。僕は二人と肩を並べて戦いたいと言っただけなのに。
もしかして、昨日ジュン君が取り乱した事と関係しているのだろうか。
すると、真紅は僕の考えを読み取ってくれたようで、抱いていたその疑問について答えてくれた。

「そうね……話すのだわ。私とジュンにとって、貴女の力がどんな意味を持っているのかを」

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