前とは違うかたちで
放課後の屋上、僕のお気に入りの場所だ。この時間、晴れた日なら綺麗な夕日を見ることができる。最近では、帰る前にほぼ毎日ここに寄るようになった。人がいることも滅多にないし、ぼーっとしたい時や考え事をするには最適だから。いつものようにそこに行くと、彼女を見つけた。「真紅姉ちゃん」僕の声を聞いて彼女は振り向く。その目には涙がたまっているように見えた。「……泣いてたの?」「ジュン? な、泣いてなんかいないのだわ」「そんな目をしてるよ」「馬鹿ね、夕日のせいよ」そういって笑顔を見せる。でも付き合いの長い僕にはわかってしまう、それがつくりものの笑顔だって。真紅姉ちゃんは僕より一つ年上の高校三年生だ。お互いの家は目と鼻の先で、小学生になる前の本当に小さなころから仲がよかった。気が強くてわがままで、たまに優しい。いつのころからだろう。僕は幼なじみとしてではなく、ひとりの女の子として真紅姉ちゃんを見るようになった。
必死に勉強して同じ高校に入ったのに、話し掛けるのが気恥ずかしい、そんな感じで昔より二人の距離は遠くなっていった。今日、真紅姉ちゃんに会ったのもずいぶん久しぶりだ。彼女は昔と変わっていない。自分の弱いところを他人には見せたがらない。それは僕に対しても同じだ。以前と変わらないそんな姿が少し嬉しくて、少し悲しい。二人の距離を前とは違う形で縮めたくて、僕はいつもより少しだけ勇気をふりしぼる。「泣いたっていいじゃないか」「え?」「別に恥ずかしいことじゃないだろ。泣くだけの理由があるんだから。何か悩んでるなら僕は……真紅姉ちゃんの力になりたい」「ジュン……ありがとう、嬉しいわ」髪をかきあげ、微笑みながら真紅姉ちゃんは言った。「言いたくないことなら無理に言わなくてもいい。それなら気が済むまで泣けばいいんだ。泣きやむまで僕がそばにいるよ」「……」
真紅姉ちゃんは夕日を見ながら泣いた。僕のほうは見ない。ただ、僕の左手を小さな右手でつかみ、ほとんど声もあげずに泣いている。僕はそれを横目で見ていた。くちびるをかみしめ、夕日を睨むように涙を流す姿はとても綺麗で、かっこいいとすら思ってしまう。「手、大きくなったのね」「え?」「前につないだ時は私のほうが大きかったわ」「……何年前の話だよ」真紅姉ちゃんの目にはもう涙は見えなかった。「気がすんだ?」「ええ、もう大丈夫」「よかった。じゃあまたいつもどおり小さな胸をはればいいよ」「ちょっと! 小さなは余計よ!」「ごめんごめん、冗談だよ」「まったく。ジュンは大きくなったら可愛いげがなくなったのだわ。小さなころは真紅ねえちゃん大好き~なんて言ってくれていたのに」「そ、そんな昔のこと出さなくてもいいだろ!」「あら? 顔が赤いわよ」
そう言って真紅姉ちゃんは笑った。今度の笑顔は、昔毎日のように見ていた本物の笑顔だった。そう、僕はこの笑顔を見ていたいんだ。そのためなら下手な冗談だって言える。「泣いたらおなかがすいてしまったわ」「それなら帰りに甘いものでも食べにいこう」「ええ、いいわ。もちろんジュンのおごりよね?」「……真紅姉ちゃん年下におごらせる気?」「年なんて関係ないわ、誘ったほうがおごるのが礼儀でしょう?」「なんか納得できない」「さ、行くわよ」彼女は僕の手をひいて歩きはじめる。手をつないで歩くのは小さなころに何度もあったことだ。やっていることは変わらないのに、僕の心の中は昔とはちがっている。いつか、この小さな手の持ち主を守ってあげられる存在になりたい、そんな気持ちで一杯だった。。「それにしても驚いたわ」「なにが?」「あなたのことよ。女の子にあんな言葉をかけてあげられるなんて……少しだけ、かっこよかったのだわ」「真紅姉ちゃん……」「ほ、ほら! はやくしないとおいていくわよ!」今日、僕たちの距離は再び近づいた気がする。前とは違う形で。fin
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