『初恋の風が吹く頃に』
生まれてから一度も、恋をしたことがなかった。好きになれる男の子がいるとか、いないとかそういうことじゃない。ちょっぴり不安で、怖かった。早い話が、私は子供なのだ。恋に臆病な十七歳の乙女なのだ。雛「うにゅ~眠いのぉ。でも、お腹もすいたのぉ」金「どっちかにするかしらぁ~。本当に雛苺は子供かしらぁ」雛「ぷぅ~、雛は子供じゃないもん!」金「そうかしらぁ~?お子様の匂いが、プンプンしてくるかしらぁ」雛「そう言う、金糸雀の方こそお子様なのぉ~。だって雛は今、恋に夢中なんだから!」金「えっ?」
私は、とても驚いていた。ずっと、自分よりも子供だと思っていた雛苺の口から『恋』なんて言葉が出てきたからだ。急に自分が、恥ずかしくなった。金「恋って……お魚の鯉かしらぁ?」雛「ち~が~う~のぉ!雛ね、好きな人がいるのぉ。もう夢中なのぉ!」金「それって、誰のことかしらぁ?」雛「え~とねぇ、う~んとねぇ、ジュンなのぉ!」ジュンという人は、眼鏡をかけたさえない男子だ。でも、ちょっと格好良いと思った瞬間も多々ある。いや、それよりも雛苺に好きな人がいることに私は、ショックを受けていた。このままだと、置いてかれてしまうような気がして、不安だった。思わず私は、その場から逃げるように立ち去った。雛「う~んとね、後、巴も蒼青石も、真紅もみんな好きなのぉ!…ってあれ?」
薔薇学園NO1の天才に、不可能の文字はない!でもでも、やっぱり恋は苦手かしら。こう言う時こそ、大人の意見を聞く時。雛苺には負けてられない!まず手始めに、水銀燈の意見を聞いてみるかしら。水「どうしたのぉ?深刻な顔しちゃってぇ。痔にでもなった?」金「違うかしらぁ!実は、その……恋の仕方を教えて欲しいのかしら」水「恋の仕方ぁ?急にどうしちゃったのよぉ?」金「と、特に理由はないかしら。良いから、カナに教えて欲しいかしら」水「そうねぇ……。まず、トラヴィダ語をマスターしなさぁい」金「メモしなきゃかしらぁ。(トラヴィダ語…?)」水「その後ねぇ、少女漫画を最低でも、千冊は読みなさい。学校に来る時は必ず遅刻寸前で、パンを咥えなさい。後は…」金「ちょっと、ストップかしらぁー!真面目に応えて欲しいかしらぁ」やっぱり、冗談だった。昔はクールでちょい悪だった水銀燈も、今は薔薇水晶の影響で、おかしくなっちゃったかしら。
気を取り直して、再度聞くと、水銀燈は急に真剣な顔をして、語りだした。水「恋っていうのはねぇ、簡単に説明すると男と女が(ここからは自主規制)」水「で、ああなって、(ピーーーーーー)するものなのよぉ?わかりましたかぁ?」金「ふむふむ……って、こんな卑猥なこと出来るわけないかしらぁ!」水「はい、授業料として、ヤクルト買ってきてちょうだぁい」金「おめぇに飲ませるヤクルトはねぇ!かしらぁ!」水銀燈は、やっぱり私を子供扱いしてる。悔しいけど、私が子供なのは認めざるをえない。恋って一体なんなのだろう?
恋人ってなんなのだろう?友達でも、親でも、兄弟でもない。口にするのは簡単だけど、説明するのは難しいかもしれない。金「はあ……。恋ってなんなのかしらぁ。きゃあ!」突然、強い風が吹いた。スカートが風で揺れる。とっさに、めくれるスカートを押さえる。純潔な乙女としては、当然の行為だ。金「もう!なんてエッチな風かしらぁ!」蒼「あれ?金糸雀じゃないか。こんな時間まで学校にいるなんて、どうしたの?」金「蒼星石…。あの、その、たそがれていたのかしらぁ」蒼「クスッ。そうなんだ」どうしてだろう?彼女の笑顔を見た瞬間に、胸の奥が、ズキズキしてそれと同時に、ぽわぁん、ってする。もしかして、これが恋というものなのだろうか?蒼星石が私の隣に来る。部活が終わったあとだからか、ほんのりと汗の匂いがする。でも、なんだかとても良い匂い……。
蒼「ねえ、見て?あの夕陽、とても切なくて、綺麗じゃない?」金「本当…かしらぁ…」夕陽なんかより、私は蒼星石を見ていた。夕陽に照らされるその整った顔はより一層、綺麗に映えていた。蒼「金糸雀、どうしたの?顔がなんか紅いよ?」金「ゆ、夕陽のせいで、そう見えるだけかしらぁ~」恋をする相手は、男の子は女の子にする。女の子は男の子にするものだと思っていた。でも、女の子が女の子に恋をしても、良いよね?蒼「もう、帰ろうか?このままいたら、夜になっちゃうし」金「も、もうちょっとだけ……こうしていたい。…かしらぁ」蒼「……金糸雀がそうしたいなら、もうちょっとだけいようか?」金「お願いします、かしらぁ~!」恋がなんなのか、わかった気がした。強い風が吹いたあの日、初めての恋をした。…完
「ついに……ついに恋しちゃったのかしらー!」 バイオリンケースを右手にもったまま、両手でガッツポーズをとる。 そして、体を上下左右にくねくねとねじった。 ――――でも。 ぴた、と足が止まり、笑顔は徐々に憂いをおびていく。「相手は女の子、なのかしら……」 項垂れると、今度は大きくため息を吐く。「で、でもでも、それでも……」 そこで、言葉は途絶えた。 金糸雀は、街灯が照らす道を再び歩き出す。 今呟いてしまったことは、忘れてしまおう……。 ふと空を見上げれば、そこには闇が広がっていて。 さっき見た夕陽は、無い。 当然のことなのにどこか虚しさを感じて、俯く。
「ふっふっふ……この薔薇乙女一の才女、金糸雀もついに初恋しちゃったのかしらー!」「かなりあもなのー?」「だからやっぱり雛苺のほうが子供なのかしら!」「ぅぅー違うもんー」
勝ち誇った笑みを浮かべていると、ふいに額に衝撃が与えられる。
「痛……っ水銀燈! いきなりでこぴんするなんて酷いのかしらー!」「初恋ぐらいで自慢してるからよぉ。どうせ自慢するなら私ぐらい経験豊富じゃないとねぇ……?」「な……」「大体、自慢してる暇があったら実らせる努力でもしたらどぉ?」「み、実らせる……?」「うふふ、どうアタックすればいいのかわからないんでしょぉ? 私が教えてあげてもいいわよぉ」
「ほ、ほん」とう? と言いかけて、昨日の嫌な記憶が甦る。「……その手にはひっかからないのかしら!」「あらぁ……そう。じゃぁまぁ、頑張ってねぇ」 ひらひらと手を振り去っていく水銀燈。
――――まずいかしら。 お弁当箱を抱えたカナリアは俯いたまま廊下を歩く。 と、ふいに肩がぶつかった。「あ、ごめんなさいかしら……って薔薇水晶」「金糸雀……お姉ちゃんどこだか知らない……?」「お姉ちゃ……? あ、水銀燈のこと? カナは知らないかしらー」「そう……」 ふらふらと別のところへ行こうとする薔薇水晶。 ――――あ!「ちょ、ちょっと待つかしら。聞きたいことがあるのかしら」「聞きたい……こと……?」 薔薇水晶の足が止まる。金糸雀は心の中でガッツポーズを決めた。「何……?」 しかし、そのガッツポーズも一瞬で崩れる。「その、えと、うー……」 ――――か、カナ! さっさと聞くのかしら! いざとなったら切り出し難く、言葉が出て来ないのだ。「あ、"アタック"ってどうやるものなのかしら……?」「アタック……」 言うと薔薇水晶はちょいちょい、と手を動かす。こっちにきてという意味だろう。 その通りに近くまで行き、「それで、どうするのかしら?」 と言った途端、金糸雀の体が崩れ、廊下に手をつく。「どーん……」 どうやら薔薇水晶に体当たりされたせいらしい。「い、痛いのかしら薔薇水晶……!」「だって……これ……アタック……」「そっちの意味じゃないのかしらぁー!!」
――――とりあえず、順調かしらっ。 金糸雀は鼻歌混じりで廊下を歩く。 あれから結局雑誌を頼り、最近は良く話し掛けるようにしている。 時々押し寄せる"何か"は、気付かないふりをすればどうってことなかった。
そんなことを思いながら教室へ向かっていると、ふいに階段で男子と話している蒼星石の姿が映る。 片方は桜田ジュン。二人して笑って、とても仲が良さそうに話している。 心なしか、蒼星石の頬が赤く染まっているようにみえて……。「――――っ」 自然と早足になっていく。 ――――蒼星石のあんな顔、見たこと無かしら。 笑い声が耳に入ってきて、頭の中で響く。 ――――でもそうよ。蒼星石だって、恋をしてるかもしれなかったのかしら。 視界が歪んで、早足はいつの間にか駆け足になっていた。 ――――それに、もしいなくたって、カナにあんな顔は……。
「あらぁ……どうしたのぉ……?」 金糸雀は、教室に入るなりしゃがみこむと、両手で顔を覆った。「蒼星石って……桜田君のことが好きなのかし……ら」 あの光景が目に焼き付いて離れず、頭の中ではいまだにあの笑い声が響く。「金糸雀……あなたの好きな人って」 金糸雀の身体が一瞬、震えた。 水銀燈は歩み寄り、金糸雀の前に座る。 顔を覆っていた両手をそっと離すと、ぽろぽろと涙が零れた。 そこで気持ちが溢れ出したらしく、水銀燈に抱きついた。
「今まで不安で、怖くて、恋なんてできなかったの……かしら……。 でも、蒼星石の傍にいると……どきどきするけど 何だか安心できて……胸があたたかくなって……」 鼻水がでてきて、ぐずっとしている金糸雀に、水銀燈はそっとハンカチを差し出した。「ほら……」 金糸雀はハンカチを受け取ると涙を拭き、次に鼻をかむ。 それでも涙は溢れ出して止まらない……。「一歩踏み出せたと思って……この薔薇乙女一の才女が、大事なことも忘れて……」 水銀燈の腕が、そっと金糸雀を包む。 なんだかんだいって、根は優しいのだ。
「蒼星石だって……恋してるかもしれないのに……してなくても、蒼星石は……」 夕陽が沈んでゆく。あの日みた夕陽はこんなに胸が痛くなるものではなかったのに……。「カナと同じ……女の子……で……。あんなふうには……笑ってくれない……かしら……」「……おばかさぁん」
水銀燈は、落ち着くまではこのままでいてあげる、と言って、金糸雀の頭を撫でた。「実らなかった……かしら」 バイオリンケースを右手にもったまま、上を向く。 俯けば、また涙がでてきそうで。 ――――でも。 ぴた、と足が止まり、憂いをおびた表情は徐々に優しいものへと変わる。「水銀燈も言ってたのかしら。まだしばらく、カナはこれからも蒼星石のことを好きでいるかしら……」 そっと胸に手を置いて、大きく深呼吸をする。「今はまだ苦しいし、つらいけど……いつかこの"好き"がもっともっと――」 そこで、言葉は途絶えた。 金糸雀は、街灯が照らす道を再び歩き出す。 呟きを聞いているのは木々だけだ。 ふと空を見上げれば、そこには闇が広がっていて。 あの日見た夕陽は、無い。 当然のことなのにどこか切なく感じて……それでも、俯かない。「――もっともっと優しい感情になればいいなぁ、かしら……」
終わり。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。