『トモダチ』
金「んんん・・・今のは上手くできたかしら?」
そこは放課後の音楽室。時刻は午後7時を回っており、他の生徒はみな帰宅しているはずの時間だった。しかし、その部屋にはまだ人が残っていて、廊下にまで良い音色が響き渡るほど、ヴァイオリンを弾いていた。来週は市のコンクール。当然、薔薇学園の合奏部も参加することになっていた。彼女…金糸雀はそのコンクールに向けて、毎晩遅くまで練習しているのだ。
それも一人で・・・
金(コンサートまで・・・後一週間・・・)
金糸雀が今回、これほどまでに練習しているのには理由がある。実は彼女自身、コンサートに出るのは初めてではない。むしろヴァイオリンの腕を買われて1年生の時から上級生と一緒に演奏をしているのだ。しかも彼女のヴァイオリンのキャリアは長く、小学生の時から習っていた程。理由は二つ。一つは、上級生(三年生)が前回の演奏会を機に引退し、残っているのが二年生と一年生だけだった。同級生以下の部員の中でも人一倍上手い彼女。他にリーダーとして適格な部員がいなかった。その為、彼女が合奏部の暫定的な部長になったのだ。二つ目。彼女の属するパートのリーダーとなっていたことだ。パートリーダーとして、他の部員の音をまとめ、自らが筆頭になって演奏しなくてはならない、という役割を負っている金糸雀。
重い責務・・・
金「はあ・・・」真「あら?金糸雀じゃない。何をやっているの?」金「あっ、真紅!な、なにかしら!あなたこそこんな時間に!?」真「ちょっと調べ物があって、ずっと図書室にいたのよ。」真「でもこんな時間にヴァイオリンの音が聞こえたものだから・・というより、 あなたこそ何故一人で残ってるの?他の部員は?」金「べ、別になんでもないかしら!真紅はさっさと帰るかしら!」
見た感じどおりの照れ隠しだ。周りからは上手いと言われている自分が、一人音楽室に篭って練習している。その姿をほんの少しでも見られたのが恥ずかしかったのだろう。彼女のプライドがそう言わせたのだ。
でも真紅は・・・
真「・・・そうね。帰らないのだわ。」金「そうそう、さっさと帰っ・・・え?」真「一人で特訓してたってところでしょう?確かコンクールが来週の日曜だったわね。」金「・・そうかしら。だから何(ry」真「久しぶりに聞かせてくれない?小学校以来ね、あなたの演奏を聞くの。 そうしたら帰るわ。」金「・・・えっ?」
時が止まった。(別にザ・ワールドを使ったわけではないお。)真紅が発した言葉は、意外にも金糸雀の心に響き渡ったようだ。その言葉の意外性に動揺しているのか、金糸雀は固まったまま。でも、少し嬉しかったようだ。昔、そう、昔に真紅に聞かせた時。その時は全くの下手糞だった為、真紅からは「耳障りだからやめて頂戴。」といつもそう言われていた。金糸雀の方は「み、見てなさいよ。カナが世界一のヴァイオリニストだってこと!分からせてあげるかしら!」と、何度も真紅に聞かせていた時期があったのだ。その度に嫌々ながらも真紅は彼女の演奏を聞いてはダメ出しをしていたのだが中学に入学と同時に、金糸雀は合奏部に入ってしまい、忙しくて真紅の前で弾く事がめっきりなくなっていたのだ。
金「そ、そこまで言うのなら聞かせてやらないわけでもないかしら。」
そう言うと金糸雀は少し頷き、弾いた。とても軽やかで優雅で、それでいてなにか力強さを感じさせる音色が奏でられた。音楽室一帯には、ヴァイオリンのメロディーが流れていた。躍動する旋律。それに答えるように金糸雀の身体が、指が、まるで別の生き物のように動いている。真紅も目を閉じ、意識を集中して耳を傾けている。時間にして数分で演奏が終わる。
真「ふふ、上達したわね。」金「と、当然かしら!私はこの薔薇学園一のヴァイオリニスト、金子雀かしら! こ、このくらい!」真「でも。あなた、もうすこし笑ったほうがいいのだわ。」金「えっ?」真「あなたが弾いている時ね。なにか妙に固い表情してたから 気になったの。何か嫌な感情を」真「無理やり押し込めようとしているような。・・もっとリラックスなさい。」金「そんな事分かって!分かっているかしら!」真「・・何をそんなに焦ってるの?あなたらしくないわ。」金「なっ、何を言うのかしら!この薔薇学園一の才女、金糸雀が、 あ、焦ってなんか!」真「そうね。焦ってないのねw良かったわ。私の思い過ごしでw」金「わ、笑わないでくれるかしら!」真「まあ、今日はこのくらいにして。さっさと帰るわよ。身体を 壊したりしたら大変なのだわ。」
二人は荷物をまとめると、家路へと歩いていった。いつもは部活で帰る時間帯が全く異なる二人だが、今日は一緒に帰る事にした。昔のように横に並んで。真「ねえ、金糸雀。その手・・・」金「えっと・・・何かしら?」真「ずいぶんと練習をしているのね。そんなに真っ赤になるまで。」金「う、うん。」真「そんなに不安なの?やっぱりさっきの表情はそれだったのね。 強がってはいたけれど。」金「真紅はカナの考えている事、何でもお見通しなのね。」真「決まっているじゃない。一体何年来の付き合いになると思っているのよ。」金「そう・・そうね。不安・・・やっぱり不安かしら。え、演奏の上手さじゃなくて、 その、もっと別の問題・・・」真「別の?」金「急に部長に任命されて、暫定的にだけど。でも責任っていう 目に見えないものがあって。」金「その上、今度の演奏会でパートリーダー・・・カナじゃなくても不安になるかしら!」真「カナリ・・」金「間違えちゃいけない!皆を引っ張っていかなくちゃいけない! そう考えると、胸が潰れそうになるの!」金「だから!私は人一倍練習しなくちゃいけないかしらと思って・・・思って・・・」そう言うと、金糸雀の目から大粒の涙が流れてきた。思いのたけを友達に言ったのがきっかけとなって急に感情が高ぶったのか、溢れんばかりの涙が止め処なく溢れてくる。真「そう・・そうだったのね・・金糸雀。」
真紅はそう言うと立ち止まり、金糸雀の頬を両手の掌で優しく包み込んだ。まるで母親が小さい子供を慈しむかのように微笑みながら、金糸雀の二つの瞳を見つめている。金「真紅・・」真「いいこと。多かれ少なかれ、誰でも不安の一つや二つは抱えているものよ。」真「あなたの場合は、あなた自身の荷が勝ちすぎているかもしれないけれども」金「そうかもしれない!そうかもしれない、でも!真「でもね金糸雀!」真「でもね!昔のあなたなら、こんな時でもプレッシャーを跳ね除けられる、 強い心を持っていたわ。」真「覚えている?私から何を言われてもずっとヴァイオリンを弾いてたあの頃。 お世辞にも上手とは言いがたかったけど」真「でも一生懸命弾いてくれたわ。あの時の“思い”を忘れないで。」金「うん。おぼ…ヒック…覚えてる…かし…ら。」そこで金糸雀は真紅の顔を見上げた。真紅の目も若干赤みがかって潤んでいるようだった。金「しん・・く・・」真「さっきね。私が図書室にいたっていうの、あれはウソよ。最近あなたは 元気がなくてどこかソワソワしている感じがしたから」真「気になってずっとまってたの・・・でも、さっきの演奏を聞いて確信したわ。 あなたならやれる。きっと。」金「真紅・・・ありがとう。真紅・・・」
そしてコンサート当日。会場は超満員だった。その群集の中で、クラスメイトの応援に駆けつけた2-Aの面々の姿もあった。翠「いよいよ次が薔薇学園の出番なのです。金糸雀!死ぬ気でがんばりやがれです!」蒼「どきどきするなぁ。何か僕まで緊張してきたよ。」雛「金糸雀はだいじょうぶなの~、ねえ、水銀燈ぉ~」水「きっと大丈夫よぉ。差し入れにヤクルト上げたからぁ。乳酸菌たっぷりよぉ。」薔(眠ってはダメ・・眠ってはダメ・・眠ってh・・・)「Zzz~」J「あれ?そういや真紅は?」巴「さあ・・・トイレかな?」J「何やってんだよあいつは!もう始まっちゃうぞ!」
ロビー脇の廊下にて・・・真紅「深呼吸して。」金糸雀「すうぅ~・・はあぁ~・・すうぅ~・・はあぁ~・・」真紅「・・どう、落ち着いた?」金糸雀「うん、だいぶ落ち着いた・・かしら?でもまだドキドキしてるかしら・・」真紅「ふふ、少しは緊張していた方がいいわ。 いい?自信を持って。」金糸雀「うん、大丈夫かしら。やれるかしら。」真紅「そろそろ出番のようね。じゃあ、私は席に戻るから。不安になったら 私の言った事を思い出して。意識を集中させて。」金糸雀「うん。もう大丈夫かしら。後は・・・見てて。」真紅「頑張って。いつでも私は見てるから。」
司会「プログラムナンバー8番、私立薔薇学園高等部、 合奏部によります演奏です。曲目は(ry・・・」
『トモダチ』 ~fin~
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