貴方のために
「ねぇジュン、今夜は何が食べたい?」朝8時。寝起きでまだ頭がはっきりしていないらしいジュンに、夕飯に食べたいものを聞いてみる。「え…?なんだって…?」新婚生活2ヶ月目。毎朝だらしない格好で起きてくるジュンを見ていると、百年の恋も醒めてしまいそうだ。「もう、聞き取れなかったの?今夜は何が食べたいのか、聞いたのよ。」もう一度同じ質問を投げかける。そしてジュンは固まった。まるでラプラスが薔薇水晶に縄で首を繋がれ、頬を染めてハアハアしているのを見たかのように。「えっと…真紅さん?今、夕飯の献立を聞いてらっしゃるんですか…?」「何度も言わせないで頂戴。その通りよ」間髪入れずジュンがプーッと吹き出す。「真紅、お前が夕飯作るっていうのか!?一人で作れるのか!?いつも僕に作らせてるのに!?紅茶も淹れられないのに!?」爆笑。爆笑。爆笑。「し、失礼ね!(////)私だってこう見えても専業主婦なんだから、料理の一つや二つ作れるのだわ!(////)」悔しくて言い返す。実際いつもジュンに紅茶を淹れさせているし、料理を作れるというのも嘘だ。「ぷくくく…わかったよ。じゃあ今日は6時に帰ってくるから、真紅の初めての手料理を楽しませてもらうとするかな。」
ジュンを送り出す。そのあと洗濯をして、掃除をして、さて、やっと暇ができた。今は11時。ああ言ったはいいものの、本当に私は料理ができない。いいところのお嬢様。そんな言葉がぴったり合いそうな育ちだ。料理などしたことがない。包丁もさわったことがない。コンロもきちんと使えるかわからない。(でも、せめて今日だけは…)今日だけは。今日だけは自分の手でジュンに料理を作ってあげたい。頭の中でシーソーの両側にそれぞれ「不安」と「決意」が乗り、ぐらぐらぐらぐらと揺れる。(よし、あれだけ馬鹿にされたのだから、ジュンが想像もできなかった料理を作って、驚かせてやるのだわ!)どうやら「決意」が勝ったようだ。
では、何を作ろうか。作るのならジュンの好物がいい。ジュンの好物って?「はなまるハンバーグ」だ。以前のりが言っていたが、小さい頃からの大好物らしい。よし、作るものは決まった。今度はハンバーグの作り方が分からない。困ったわね…と考えていると、キッチンの本棚に料理の本があるではないか。『くんくんと一緒に作ろう!料理がヘタでも大丈夫!』そう大きく書かれた表紙には、おいしそうなハンバーグの写真。(しめたのだわ!)と思い大急ぎでハンバーグのページを開く。見ると、なんだかよくわからないソースの作り方まで懇切丁寧に書かれていたが、さすがに味付けまでは自信がないので、目玉焼きを型抜きしてケチャップをかけるだけで勘弁してもらおう。材料をメモし、買い物袋を提げてスーパーへと足を運ぶ。
さて、必要なものは全て購入した。現在4時。昼食はジュンが昨日の内に作ってくれてあった弁当を食べた。悔しいくらいにおいしかった。よし、私もがんばろう。今から作ればちょうどジュンが帰ってくる頃にできあがるだろう。
調理開始。
まずはタマネギをみじん切りにする。包丁など持ったことがない。怖いが、本に載ってある包丁の使い方を見ながら、慎重にタマネギを刻んでいく。包丁の使い方まで書かれているとは、なんと親切な本だろうか。この本がなければきっと今頃作り方が分からず右往左往していただろう。(しかし…タマネギを切っていると涙が出るというのは…本当だったのね…)涙が止まらない。目の前が霞む。いつもジュンはこんなに辛い思いをしてタマネギを切っているのね…。だがなんとかして刻み終わった。次に挽肉を用意。本に書かれている分量をきちんと量り、ボウルに移す。つなぎには食パンと卵。食パンに牛乳をしみこませ、軽く絞る。それと挽肉と先程切ったタマネギ。それから調味料。よくわからないので本の通りに加える。あぁ、やはり便利な本だ。円を描くように粘りが出るまでかき混ぜる。初めはグチュグチュと気持ち悪い音が出て不快極まりなかったが、慣れてしまうと大したことはない。(料理も、楽しいものね…)愛する人のために料理をする。なんと幸せな時間だろうか。十分かき混ぜ、適当な大きさに分けて両手でペタペタとキャッチボールをする。なぜこんなことをしなければならないのかよくわからなかったが、本によるとこの作業は空気を抜いて焼きくずれを防ぐために必要らしい。
さて、今度は焼く。コンロなど使えるのだろうか。しかし例のごとく本には一般的なコンロの使い方も書かれていたので、何事も問題なく使えるようだ。十分な油で20~30秒強火で焼き色を付ける。そして弱火で蓋をしてこびりつかないように焼く。同時進行で目玉焼きも作る。ハンバーグが焼けたか竹串を刺してチェック。皿に載せ、目玉焼きを型抜きし、ハンバーグの上にのせる。ミニトマトを洗い、ハンバーグに添える。ケチャップをかけて完成。
初めてに作ったにしては上出来…というわけにはいかず、焦げている。(一生懸命作ったんだから、ジュンもほめてくれるわ。)(朝あれだけタンカを切って、こんなものを作って。身の程をわきまえなさい。)二つの思いがぶつかる。(やっぱり、私は口ばっかりで何にもできないの?いつもいつもジュンを下僕扱いしているけれど、本当はジュンにはつりあわない駄目な女ではないのかしら?)悲しい。悔しい。不甲斐ない。申し訳ない。涙が溢れる。
「ただいま~。」ちょうどそのときジュンが帰ってきた。「真紅、うまくできたか?」言いながらジュンがキッチンに入る。入った瞬間、焦げ臭いにおいがジュンの鼻をつく。「あ…真紅…」ジュンが気まずそうな声で言う。「…ごめんなさい。はなまるハンバーグを作ってみたのだけれど、焦がしてしまったの…」「まぁ、別にいいじゃないか。食べられたら…」「そういう問題じゃないの!」ジュンの慰めの言葉を遮る。「私…いつもいつも貴方に料理を作ってもらって…でも、今日だけは、貴方のためにおいしい料理を作ってあげたかった。だって、今日は…今日は…貴方の…誕生日なのだから…」 言い終えると、ジュンは驚いていた。最近は急に忙しくなって、自分の誕生日のことなど忘れてしまっていたのだ。「そうだったのか…ごめんな。今朝、そんな気持ち全然考えなくて馬鹿にしちゃってさ…」ジュンが頭を下げる。「いえ、貴方は悪くないの。でも私は…きっと貴方なんかにはつりあわない女ね…ごめんなさい…」泣きながら震える声で私は謝る。もう、きっと貴方とは一緒にいられないわね…悲しいけれど…。「真紅」優しいテノールで声をかけられる。そして、抱き締められた。「真紅、君は僕なんかにはつりあわない素晴らしい女性だよ。わがままだけど、泣き虫だけど、それでも君を愛しているから、こうやって君と結婚したんだ。こうやって僕の誕生日を祝うために努力してくれる。その気持ちが嬉しいんだ。そんな君を愛してるんだ。だから、これからも、ずっと一緒にいてくれ。真紅。」 ジュンの一言一言が胸に突き刺さる。あぁ、私はこんなにジュンに愛されているのね。「私も、ジュン、貴方のことを愛してる。貴方のために作ったハンバーグ、食べてくれるかしら?」「もちろんだよ、真紅。」テーブルに着き、ハンバーグを口に運ぶ。(に、苦いのだわ…もっと練習しないといけないわね…)(に、苦いな…今度の休みにでも真紅に料理教えるとするか…)
~FIN~
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