Emissary
海が見渡せる公園に僕達はいた。もう夜といってもいい時刻だったが、寒くはなく二人以外にもひとがいる。波の音と潮の香りがここまで届いていたここに来てから僕達の間にあまり会話がない。その沈黙をやぶったのは僕のほうだった。「なあ、蒼星石。」「なに?」「僕と・・・結婚してくれないか。」不思議と緊張はしなかった。心のどこかで断られる筈がないと、そう思っていたのだろう。だが、蒼星石の口から出た言葉は意外なものだった。「ごめんなさい。僕も君のことを愛している。できることならこの先もずっと一緒にいたいよ。でもね、率直に言って、現実的に考えて君と結婚することは不可能なんだ。」ショックを受けたとかそういうことじゃない。断られたことに頭が来たわけでもなく、ただ意味がわからなかった。本当に意味がわからなかったのだ。普段蒼星石はこんな物の言い方はしない。現実的に考えて?
「それはどうしてだ?」「・・・理由は話せないんだ。でもJUM君のことを愛してるこの気持ちは嘘じゃないよ。僕は今の二人の関係をなにより大事に思っている。だから今のまま続けていきたい」「それはまだ決心がつかないから少し待ってくれってことなのか?」「そういうことじゃないんだ。できるものならば今すぐにでも結婚したい。でもね・・・さっきも言ったけどそれは不可能なんだ。」彼女の真意がつかめない、というよりは理解ができないというのが正しい。「それでも・・・これからもこうして一緒にいてくれないかな。」「・・・せめて理由を教えてくれないか」「・・・ごめんなさい」しばしの沈黙、だがさきほどの沈黙とは全く違う。それをやぶったのはまたしても僕だった。「少し考えさせてくれないか」「うん・・・わかった」「家まで送るよ」
彼女の家に着くまで僕達は一言も口を聞かなかった。なにを話せばいいのか、相応しい言葉が思いつかなかった。「それじゃおやすみ」「うん、送ってくれてありがと。おやすみなさい」帰り道、蒼星石の言った言葉について考えてみた。現実的に不可能。その言葉は、なにか障害があって結婚ができないというより、どうあがいても出来ない、そんな響きだった。(どうしてわけを話してくれないんだ。僕にも言えないようなことなのか?)答えはでる筈もなく、僕は部屋につくとすぐに眠った。それから三日間、蒼星石に会うことはなく、連絡もしなかった。朝になれば仕事に行き、夜になれば部屋で眠りにおちる。なにをしていても蒼星石のことが頭から離れず、仕事ではミスを繰り返した。これからどうするかではなく、断られた理由について考え続けていた。「ちょっとぉ、桜田くんなにやってるのよぉ。最近あなた変よぉ?何かあったのぉ?」「・・・大丈夫です。すみませんでした。」「なにもないのならいいけど・・・きちんとしてもらわないと困るわぁ。」
(やれやれ、今日もまたやってしまった。気持ちを切り替えないといけないのはわかってるんだけどな・・・)仕事も終わり、部屋でそんなことを考えていると電話が鳴った。かけてきたのは蒼星石だった。「JUMくん、今日会えないかな」「蒼星石、僕の気持ちはまだ・・・」「理由を話すから僕の部屋に来てほしいんだ。何時でもいいから。」それだけ言うと電話は切られた。僕はすぐに蒼星石の部屋に向かうことにした。(これで三日間悩んでいた答えが出るんだ)自分の部屋からもたいして遠くはない蒼星石の部屋まで僕は走った。部屋につき、チャイムを鳴らそうとした時、ドアが開いた。「JUMくん・・・はやかったね。さああがって」部屋に通され、いつものように二人がけの白いソファに座る。そこから見える窓の外は暗くなりはじめていた。
「コーヒーと紅茶どっちにする?」「蒼星石」お茶をいれようとする彼女の手をつかみ、ソファの隣に座らせた。「お茶なんかいいんだ。それよりプロポーズを断った理由を教えてくれないか?」「・・・わかった」彼女はゆっくりと話しはじめる。「・・・・僕がJUM君と結婚出来ないって言ったのはね、僕がこの星の人間じゃないからなんだ。いや、正確に言えば人間ですらない。」「・・・え?」「僕は本当は」そこまで話した時、突然部屋の中に眩しい光を放つものが現れた。「うわっ!なんだこれ!・・・人参!?」光の中でボンヤリ見えたそれは人参の形をしていた。(なんだこれ・・・)
瞬間、その光は輝きを増し、僕は目を閉じた。再び目を開けた時、光は治まっていて、かわりに奇妙な格好をした男がひとり立っていた。「ちっ!やはりばらしたか。もしかしたらとは思っていたが・・・相変わらず使えない奴だな」その男は全身紺色のタイツのようなものを着込み、上半身は見たこともない素材で出来た戦闘服のようなものに身を包んでいる。髪の毛は逆立ち、おでこは見事なMッパゲだ。「ベジータ様!!」(ベジータ様?)「蒼星石、偵察も満足に出来ん貴様はクズだ」「・・・」いきなり現れたそいつにそう言われ、蒼星石は俯いた。「な、なんなんだよ!!あんた一体誰だ!!」「こんな男のどこがいいのか・・・まあいい、人間、貴様に教えてやろう、俺様は惑星ベジータの王、ベジータ様だ。」惑星ベジータ?こいつは何を話しているんだ?
惑星ベジータ?こいつは何を話しているんだ?「ふん、信じられないといった顔をしてるな。まさかこの宇宙で知的生命体が貴様らだけだとでも思っているのか?」「う、嘘だっ!着ているものは違っても見るからに人間じゃないか!!」「これは仮の姿だ。俺達は本来貴様たちの言う野菜の姿をしている。地球で野菜が動き回っていれば騒ぎになるからな、こうして姿を変える必要がある。」(じゃあさっきの人参はこいつ?)「無論そこにいる蒼星石もだ。」そう言われ僕は彼女のほうを見る。彼女は俯いたままで何も言わなかった。「ちなみに蒼星石はなすびだ。」(・・・なす?)僕はまたしても彼女を振り返る。「・・・なすだからってそんなに見ないでよ(///)」「俺達は二億年ほど前までは貴様達と地球で共存していた。」
僕は男のほうを向き、尋ねる。「二億年だって?その頃人類はまだ・・・」「貴様らの歴史ではそうなっているな。だが実際は違う。貴様らはもっと優れた文明のもとで暮らしていた。我々サイヤ人の科学力のおかげでな。」「・・・」「サイヤ人は無条件で貴様達にいろいろな物を与えてやった。今の地球の科学力では到底作れないような物もな。それにも関わらず貴様達はいつかサイヤ人の科学力が自分達の脅威になるんじゃないかと考えはじめた。そして数で勝る人間達はサイヤ人の虐殺を始めたのさ。俺達から受け取った兵器を使ってな!!」「俺達は宇宙に逃げ出した。そして長い旅の末にようやく生きて行けそうな環境の星を見つけ、そこを第二の故郷にした。それが惑星ベジータだ。」「そ、そんな星聞いたこともない!!」「馬鹿が、地球からどれだけ離れていると思ってる。貴様らなんぞに見つけられる筈がない」「じゃあその後人類はどうなったんだよ!!その話が本当ならその頃からの歴史が残ってる筈だろ!?」
「滅んだのさ、貴様らは消費するしか能の無い連中だ。地球の資源を使いはたし人間同士で争いを始めた。そして最後にはサイヤ人の作った兵器で生き物の住めない環境にしちまったのさ。」「そんな・・・」「そして最近になってようやくサイヤ人の住めそうな環境に回復してきた。サイヤ人はデリケートでな、きれいな水と土が無ければ生きていけん。惑星ベジータもなかなかだがやはりみな地球を恋しがっている。だから人類から地球を奪い返すことにした、そのためにまず蒼星石を偵察に行かせてみた。するとどうだ!!貴様のような人間にたぶらかされて俺様に侵略をやめるように言ってきやがった!!ふざけやがって!!」僕は蒼星石に尋ねる「蒼星石、本当にそうなのか?・・・こいつの言ってることは真実なのか?」彼女は俯いていた顔を少しあげ、それに答えた。「うん、全部本当なんだ。JUM君、今まで隠しててごめん」それだけ言うと彼女はまた俯いてしまった。これが真実だって?僕はあまりのことが突然すぎて考えることができなかった。
「さあ終わりだ。貴様にはギャリック砲で死んでもらう。」男が何か言ったが僕はそっちを向くのが精一杯で上手く反応できない。男は手のひらを僕のほうにゆっくりと向ける。「おやめくださいベジータ様!!」蒼星石が僕と男の間に立ち塞がる。「どけっ!!貴様も死にたいか!!」「お願いです!彼だけは!JUMくんだけは!!」そういって男の足にすがりつく。僕にはただボンヤリとそれを見ていることしか出来なかった。「ちっ!!・・・よし人間、貴様にふたつの選択肢を与えてやる。どちらか好きなほうを選べ。一つめはこのままどこかへ消えることだ。俺達が侵略を開始するまでは生かしといてやる。そして二つめ、貴様が人間の姿を捨てサイヤ人と同じ姿になるのならこのまま生かし続けてやる。まあなったところで下等民は一生ビニールハウスから出られん。蒼星石に会うことはないがな。」どうしたらいいんだ。今いきなり言われたって選べる訳がない。いや、そんなことは大した問題じゃない。問題はどちらも蒼星石に会えなくなることだ。
クソッ!考えるんだ!何か、何か方法は・・・「・・・くん、JUMくん起きて!」ん?ここは・・・僕の部屋?「もう!!自分から誘っておいて寝坊なんて信じられないよ!!」夢・・・だったのか「おーい、ちゃんと起きてるの?」最近プロポーズのことを考えすぎてナーバスになってたのかな。考えすぎるのは僕のよくない癖だな、まったく。ごちゃごちゃ考えたって何も変わらない、だったらいっそのこと・・・「蒼星石」「え?」「僕と結婚してくれないか?」「JUMくん・・・嬉しいよ」「そ、それじゃあ・・・」「でもね、君と結婚することは現実的に考えて不可能なんだ」END
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