狼禅百鬼夜行 二つ目のお話 「桜宴狗騒話」
「みっちゃぁぁぁぁぁん!」霧のかかった空の上から振ってくる、幼い少女のような声。それは段々上から近づいてきて、岩の上で、座禅を組んで…眠っていた女性の頭に直撃した。狼禅百鬼夜行 二つ目のお話 「桜宴狗騒話」 さくらのうたげとてんぐたちのさわがしいはなし「うがっ!?」その勢いで、転げ落ちる女性。慌てて岩にすがり付いて何とか落下を防ぐ。「か、金糸雀…もうちょっと優しくしてくれると嬉しいかな…?」岩にへばりついたポーズのまま、その彼女にみっちゃんと呼ばれた女性が答える。彼女に代わって岩の上に立つのは、羽を生やした小さな少女。ぶつかったらしいおでこが赤くなっている。「ごめんなさいかしら~」しょぼくれる少女に、よじ登って再び岩の上に座ったみっちゃんは頭をなでてやった。「ううん、いいのよ~。もうちょっとで、また居眠りしていたな、って怒られちゃう所だったし」…ああもう、かあいいなあ!!という声が聞こえてくるかのようなでれっとした表情だ。そして、彼女はそのまま移動して改めて中央に座りなおした。金糸雀と呼ばれた少女は組んだ座禅の上に座らせてあげる。「で、今日はどうしたの?」「あのね…カナ、また失敗しちゃったかしら…今日はお坊さんに悪戯しようと待ち伏せしていたら、 途中で気がつかれてちいちゃなお不動様に追いかけられて…やっとこさ逃げてこられたかしら~」「あらあら」金糸雀は、見習いの…というか、まだ子供の烏天狗だ。けれど、向上心の強い子らしく、小さな頃から天狗としての使命に燃えて、様々に修行をする人たちや、お坊さんの邪魔をしようと頑張っているのだ。しかし、策士を自称する割に、その作戦には穴が多くてまともに上手く行ったためしがない。みっちゃんも、最初はその悪戯の対象だったのだが…失敗して、自滅して泣き出してしまった彼女を慰めるうちに、段々仲良くなってしまったのだ。幸いなことにみっちゃんが修めようとしている流派は山岳系の、天狗と親しい流派だった。だからこそ、怒られずに、むしろ仲良くなった事自体はほめられて、今まで仲良くやっているのである。…ただし、上司にはどっちもおちこぼれでお似合いだ、などと思われている事を、二人は知らない。「うぅ、どうしたら水銀燈お姉さまみたいに立派な天狗になれるのかしら…」たまに金糸雀の口から出るその名前。金糸雀に聞いてみても、「すごいひとかしら!烏天狗の憧れかしら~」という答えが帰ってきただけ。仕方が無いので上司に質問してみた所、この地方の有名な天狗だとのこと。元々は下っ端の烏天狗の出身であるのにもかかわらず、その生まれにそぐわぬような様々な偉業をなしたとか。今では大天狗の証である風を操る天狗の団扇も渡されて、天候さえも大きく動かす事もできるという…「そうねえ…なら、本人に聞いてみたら?」「そ、そんな恐れ多い事できないかしら!天狗の里でもいつも一人で孤高の人かしら!」最もなことを言ってみるのだけれど、どうやらそれは相手の性格上難しいらしい。むぅ。みっちゃんは考える。頑なな相手と仲良く話して色々聞き出す方法…「そうだ!」「何か良い案があるかしら?」「お酒よ、お酒」「お酒…?」「そう。お酒。般若湯。」般若湯とは、本来お酒を飲んではいけないお坊さんが、お酒を飲むための口実…いや、まあ。ともかく、これはお湯だから飲んでも良いんだよ!と称したのが般若湯だ。もちろんこのみっちゃんの所属する修行場でも般若湯を嗜む者は多く…探せばその辺にも転がっているだろう。「あなたはまだ小さくて飲めないかもしれないけど…天狗はお酒も好きなんでしょう?」「うーん、たしかにそうかしら。宴会の時には皆たくさん飲んでるかしら」「ああ、宴会とかがあるのね。なら簡単だわ。宴会で無礼講の時にでも、 美味しいお酒を贈って飲んでもらって…酔っ払った所で、話を聞いてみたら?」「上手く行くかしら?」「大丈夫、人間酔っ払うと心も器も広くなるものよ。だから私も休憩の時には…げふんげふん ともかく、きっと天狗も一緒だと思うから!」言い訳できない生臭坊主である。「わかったかしら!…あ、でも美味しいお酒、がわからないかしら…」「あー。そうね…カナはまだ飲めないものね。じゃあ、ちょっとまってなさい」岩から滑り降りるみっちゃん。下でなにか怒られたり揉めている声が聞こえたが、金糸雀は岩の上におとなしく座って待っている。折角だから、と先ほどのみっちゃんの真似をして座禅を組んで座ってみた。しばらく待つ。確かにこれは、気持ちの良い姿勢かも…思いながら金糸雀の頭が段々下がってくる。そしてかくっといった所で…下から呼ぶ声が。「カナ~!これ持ったまま上に上がれないから、大事に運んで~!」慌てて背中の羽をはためかせて岩の下に降りる。すると、みっちゃんの手には大きな瓢箪が。抱えて受け取ると、みっちゃんは怒鳴られながらまた岩の上に上がる「わかってますよ!修行中には飲みませんって!これはあげるんです! 烏天狗と仲良くするのも修行のうちとかいったじゃないですかー!」再び岩の上に戻る二人。「で、多分それが今私の手元にある中で一番上等な奴かな。 一応般若湯って分類だけど…中身一緒だから問題ないでしょ」「みっちゃんありがとうかしら!次の満月からの大宴会で早速ためしてみるかしら!」にっこり微笑んで、大事そうに瓢箪を抱きかかえた金糸雀。そんな姿を目を細めて嬉しげにながめるみっちゃん。そのまましばらく、二人で話していたが、日が暮れるころになって二人は別れて、金糸雀は家路についた。そして、その日の晩に家に帰って布団に入り、わくわくしながら、「次の満月の日、楽しみかしら~…♪」と、つぶやいて布団をかぶったのだった。飛んで、今日は満月の日。この日の天狗の里は、夜からの大宴会の準備で忙しい。金糸雀はまだ子供であるために、そんなに大変ではないのだけれど。それでも、今日の作戦のことを思って、瓢箪を抱きしめながらパタパタと飛び回る。「お。金糸雀良いお酒持ってるな。お父さんのために用意してくれたのか~?」「ちがうかしら!これは作戦に必要なものかしら!」「ええ~…最近お父さん金糸雀がかまってくれなくて寂しいぞ~」「ほら、あなた何やってるの。千年杉の机の移動とか手伝わなきゃいけないんでしょ!」「わかってるって。もう、最近お母さんも冷たいなあ…」家族とのそんな会話を交わしながら、祭りの準備に浮き足立つ皆の姿を眺めて回る。そうそう、作戦の決行のためには水銀燈お姉さまの居る場所も確認しておかなくちゃ。金糸雀は、子供の小さな体を利用して、大天狗たちの集まる一角へと忍び込もうとする。もちろん下手に見つかったりなんかしたら大目玉だ。けれど、作戦の遂行のために金糸雀は一歩一歩と近づいていったのである。が…その、大天狗たちの集まりからひそかに飛び立とうとする姿がある。目を凝らしてみると、それはどうやら水銀燈。あの黒い翼と銀の髪、まちがいない。「何処へ行くのかしら…?」金糸雀は、その後を慌てて追いかけはじめた。「ああ、もう…天狗仲間の付き合いでの飲みなんて面倒でやってらんないのよねぇ…」天狗の里を抜け出して、山の上空を飛ぶ水銀燈は大きくあくびをする。「どうせ今日は無礼講でぐっちゃぐちゃになるだろうから会場に居なくったってわかんないしぃ」そして、一つの山の山頂にそびえる大きな桜の木を見つけ…「ああ、あそこね。雛苺にしては良い会場見つけたじゃなぁい」加速して、ジグザグに曲がりながら楽しげに飛んでいく。一方それについていった金糸雀は…迷っていた。水銀燈の後を一生懸命…できる限りの速度で追いかけて居たのだが。しかし、だらだら飛んでいたときならばともかくとして、加速されてはもう追いつけない。さらに、この辺りは普段金糸雀があまりこない山の中。なぜならばこの辺には、彼女がメインターゲットとしているような、お坊さんや祈祷師などの数がとても少ないのだ。ゆえに、道にも不案内で一体どうしたものかと途方に暮れる。仕方が無い、森の動物にでも道を聞こうと、金糸雀は段々高度を下げていったのであった。そこで、丁度目に留まったのが、二匹の茶色い狼の姿。先ほど水銀燈が飛んでいった方向に向かってそれぞれに、兎とキジをくわえて運んでいるのだ。「こんばんは~狼さんかしら~」走る狼達と並ぶように飛びながら、声をかける。狼は、ちらりと金糸雀をみただけ、気にするそぶりも無く駆けて行く。もしかしたら、子供の天狗と侮られて、警戒の必要も無いとか思われたのかもしれない。ちょっとムッとしたものの、相手はただの狼だ。怒ったって仕方が無いと思い直す。「この辺りで、凄い勢いで飛んでいく…カッコイイ天狗をみなかったかしらー?」毛足の短い細いほうがキョトンとした目で金糸雀を見る。毛の長いもこもこしたほうは無視したままちょっとだけうなった。「そんなのほっとけ!」とでも言っているようだ。「う~…失敬な狼かしら~!天狗の怖さをみるかしらー!」言って、金糸雀は最近やっと覚えた音を使った技を披露する。大きく息を吸い込んで、大声を出すと、それが一瞬の強い風となって狼達にぶち当たる。細い方は上手く体勢を立て直したが、さっきから金糸雀を無視していたもこもこ狼は、そのまま兎を取り落としてこけてしまった。細い方が慌てて急ブレーキをかける。「う゛~…!」起き上がったもこもこが、怒りの表情で金糸雀を見上げた。細い方は、困ったように耳をたれてその様子を眺めた後…キジを地面にそっと置いて。「あの…僕達は、飛んでいくものは何も見てないよ。このとおり空は見えても森の中だし、 僕達はずっと前を見て居たから…光ってでもないとわからないと思う。」突然人語をしゃべったのだ。虚をつかれてびっくりした表情になる金糸雀。ただの狼に見えた地味な色の二匹が、まさか狼の精だったとは。その、細い狼の言葉を聞いて、もこもこ狼も口を開く。「蒼!こんなちびっちゃい天狗なんかにかまってる暇は無いです!」「だって…こけて足を止めたのは姉さんじゃない」「でも…!」ケンカをはじめそうになった二人を見てため息をつき、金糸雀は声をかけながら、再び空へ舞い上がる。「わかったかしら。それなら仕方が無いかしら。他の動物に聞くかしら~」「こら!待つです!人をすっころがしておいてごめんのひとつもねえですか!!」「はいはいかしら。ごめんかしら~」適当に言葉を返して飛んで行こうと思う金糸雀。ひどい態度と思うかもしれないが、天狗というものは大概にしてこういうものである。天狗になる、の言葉通りに自分達の種族や友達以外に対しては何かと高慢に振舞う者が多い。たとえ表にそういう態度を出さなくても、実はそう思っている場合だってある。ともかく、金糸雀がそうやって木の高さより高く上がった所で…「ねえ!その手に持ってるのはお酒だよね!」ほそっこいのが呼びかけてくる。「確かにそうかしら!でも上げたりなんてしないかしらー!」そう返す金糸雀に、細こい狼はさらに言う。「そうじゃなくて!今日はこの先の桜の下で宴会があるんだ! もしかしたら君が探してる人もそこが目的かもよ!」考えてみる。確かに、飛んでいった水銀燈は、大宴会会場の隅においてあったお酒をいくつかと、何か食べ物を袋につめて持っていった。…そうかもしれない。金糸雀は再び地面に舞い降りる。睨みつけるもこもこ狼は放っておいて、にっこり笑って細こいのに話しかける。「ありがとうかしら。良かったら案内して欲しいかしら!」もこもこ狼の視線が、さらに鋭くなった。―――走る狼達のとなりを飛んでしばらく。とうとう、その山頂が見えてきた。大きな…樹齢の計り知れない桜の木。その根元に幾枚ものゴザが敷きつめられ、少し離れて即席のかまどまで作られている。そんな中で、てんでばらばらな種族の妖怪達が、無礼講で酒を飲み交わしていた。三人が近寄っていくと…白い着物を着た女性が、立ち上がって出迎える。「ふはりともおひょいれすわぁ!ちゃんとおふまみ持ってきたぁ!?」…まったくろれつが回っていない。顔が真っ赤だ。二匹の狼達は獲ってきた兎とキジを見せてから、それぞれかまどの前に並べて置く。そしてまた彼女の元へ戻った。「飲みすぎ…」「雪華お母さんはもうちょっと加減して飲むが良いです。宴会のたびに恥ずかしすぎです」そして、ふわりとその姿が変わり、それぞれが少女の姿になる。細こい狼は、髪の短い、りりしい感じ。もこもこ狼は長い髪の、ちょっと意地悪そうだけれど可愛い感じ。「ああ、そうだ。あの子、誰か此処の会場に来てる天狗の人を探してるみたいなんだけど…」細こい方が、手招きをするので、金糸雀は瓢箪を抱えながら近寄っていく。すると、白い女性に酔っ払った赤ら顔でジーっと覗き込まれて…「見ない顔ねえ…まあいいれすわ。きょおは天狗の大宴会とかさなっちゃったみたいれすから… そんな時にこっちくるろらんへ、すいぎんとぉくらいしかいませんわ…」もはや何を言っているのかわからないろれつのままパッと顔を上げて、宴会場に向かって叫ぶ。「銀ちゃぁ~ん!おひゃくはんよぉ~~!」直後、空っぽの瓢箪が飛んできて、彼女の頭にパカンと良い音を立てて直撃する。「銀ちゃんって呼ばないでぇ!」奥から出てきたのは、白い女性とよく似た顔の女性を腕からぶら下げた…水銀燈その人だった。緊張する金糸雀。考えてみれば、面と向かって話すのはこれが初めてかもしれない。いつもどちらかといえば遠くから見守るくらいしかしていなかったから。それなのに、こんな無謀な作戦を実行したのは…いつもの作戦の大穴のうちだろう。そんなこんなで白い女性は頭に瓢箪をぶつけられても気にせず笑いながら、金糸雀を前に押し出した。「このこれすわ。しりあいのこ?」「んー…いつも里と人里の間を元気に飛び回ってる子なのは覚えてるけど…」金糸雀は感動した。きちんと話したことも無かったのに私のことを知ってくれているなんて!「で、何の用なのぉ?」中腰になって、水銀燈は金糸雀の頭をなでた。びっくりして、瓢箪を取り落としそうになり慌てて抱えなおす。「水銀燈…子供に甘い…」「いいじゃないのよぉ。話も通じるし、このくらいの時が一番可愛いのよぉ?」そうだ、瓢箪だった。感動して、びっくりして、真っ赤になってと忙しすぎて忘れる所だった。「え、えっとこれ、お土産です!うけとってほしいかしら!!」抱えて居た瓢箪を前に突き出す。それを微笑んで受け取り、蓋を取って少しなめる。「あらぁ…結構珍しいものねぇ、これ。ありがとぉ」もう一度頭をなでられた。ぼーっとする。そのうちに、水銀燈は再び会場に戻っていきそうになっていたので…金糸雀は慌ててその後を追った。「あ、あ、まってほしいかしら!折角だから色々お話がききたいですかしら~!」ぴこぴこと空に浮かんで追いかけていく金糸雀。そして取り残された3人の狼達「あらぁ…薔薇ちゃんも大変れすわぁ…あんな小さなライバルが♪」「「…それはない(ですぅ」」宴会の人ごみの中を突っ切って、水銀燈は歩いていく。先ほどの小さい子からもらったお酒は…坊主なんかが良く飲んでいる般若湯というお酒。大半の般若湯は普通のお酒と一緒なのだけれど、今回のものだけは…ほとんど坊主の間でしか飲まれていないために、彼らから目の敵にされがちな天狗の身では、手に入れるのは中々難しい。先ほどまで座って居た所に戻ってみれば、既に他の客達が占領していたために、水銀燈はふわりと空へ舞い上がる。そして、人が何人も乗れそうな、大きな桜の大枝の一つにこしかけて、瓢箪片手に満開の花を楽しんだ。先ほどまで腕にぶら下がっていた子…薔薇水晶は、残念ながら、飛べないので仕方なく幹を駆け上がって寄ってくる。「私も私も…」そう言って、彼女が杯を差し出すので、もらったお酒を注いでやった。「うーん…すっきりしたのどごし。中々のお味…」「ほんっとザルねぇ…あなたの姉妹と足して割って丁度良いんじゃなぁい?」そんな和やかな会話の中、ぱたぱたと飛んでくる羽音が一つ。「やっとみつけたかしら…」途中で他の妖怪達に絡まれたのだろう。へろへろになった先ほどの小さい子が飛んできた。「あらぁ。どうしたのぉ?お酒を飲むのは、まだあなたには早いかもしれないわよぉ」「お酒はまだ飲めないかしら…」にっこり笑う水銀燈に、金糸雀は、もじもじしながら上目遣いに視線を向けた。そんな彼女を、表情の読めない顔でじいっと見ていると…意を決したように金糸雀は言ったのだ。「えっと、私に…立派な天狗になる秘訣を教えて欲しいですかしら!」その言葉に、水銀燈はキョトンとする。しばらくそのまま無言のときが流れ…何故だか水銀燈は大笑いしはじめた。隣でべったりくっついて飲んでいた薔薇水晶は驚いて顔を上げ、近くの…同じように、桜の真下のスペースを奪われて、樹上に退避してきて居た妖怪達が振り返る「わ、わらわないでほしいかしら!これでもカナは真剣かしらぁ!」赤くなった金糸雀は手をぶんぶん振りながら言う。対して、やっと落ち着いてきた水銀燈は未だ少しひーひー言いながら謝った「あはは…いや、ごめんねぇ…あなたがあんまり真剣なものだから、 てっきり…また告白でもされるのかと思ってたわ」「告白?」「ええ。天狗の間だと無駄に名前が知れちゃったらしくってねぇ…何か機会があるたびに 告白してくる子が耐えなくって。…いや、あなたにはまだ早かったかもしれないわねぇ」キョトンとする金糸雀。そもそも告白からして何かということもわかっていない様子。「まあ、それでね。てっきりそんなんが来るかなあって、思ってたところだったから… 考えてみれば、まだ小さなあなた相手にそんなこと警戒していた自分がおかしくって…くく…っ」まだ笑いが収まらない様子の水銀燈。そんな彼女をむくれっつらで金糸雀が眺めている。「…まあ落ち着いて。駆けつけ三杯ともうしまして…」横から薔薇水晶が、水銀燈に酒の入った杯を手渡す。それをぐっと飲み干して、笑いはやっと収まったようだ。「ありがと、薔薇水晶。…あなたも、そうむくれないで…お名前なんだったかしらぁ?」「…金糸雀かしら…」「金糸雀ちゃんね。ああ、ちゃんと質問には答えてあげるから安心してちょうだぁい」そして、薔薇水晶が居るのとは反対の隣に、座るように指し示す。金糸雀は素直にそこにこしかけた。「立派な天狗のなり方ねぇ…私の場合、立派かどうかはわからないけど…」「水銀燈お姉さまは立派な天狗かしら!」間髪居れずに答える金糸雀に、水銀燈は苦笑しながら頭をなでる「ありがとぉ。…ともかく、私の場合は友達とやりたいように騒いで居ただけよぉ」「友達と…?」「そうよぉ。実際私は特に何か飛びぬけてすごい特技を持っているわけじゃないし… そりゃあ、確かに今は団扇ももらって色々できるようになったけど」懐に手を突っ込み、はたしてそこに入って居たのか疑わしい、サイズの大きな団扇を取り出してみせる。それを手でもてあそびながら金糸雀に聞いた。「そういえば、あなたは普段何をやっているのぉ?」「カナは…」金糸雀は、話した。道を歩いていた身なりの良いお坊さんをすっこかそうとして見つかった事、修験者の寝顔に落書きをしようとして、あまりの寝相の悪さに叩きのめされた事。その他もろもろ、色々と画策して、そのほとんどが失敗に終わった…涙ぐましくも微笑ましいその悪戯の数々を。語り終わる頃には…なんというか。周り中が和やかな雰囲気になった。水銀燈の大笑いの後から、周囲の妖怪達も彼女達の話を聞いていたのだろう。いつの間にか寄ってきた彼らは、金糸雀のそばにより、肩を叩いて頭をなでた。「お嬢ちゃん、ほら饅頭だよ。しょぼくれてないで、これでも食ってまたがんばりな」「オラも昔は色々失敗したべ。嬢ちゃんならそのうちきっとオラみたいな立派な妖怪になるべ!」「おいおい、あんたじゃ大人になっても猟師にやりこめられてばっかりじゃないか!」ははははは!樹上に笑い声が響く。語りながらもあまりの自分の失敗の多さにちょっと涙があふれ始めた金糸雀だったが、そんなあったかい雰囲気と、周りから差し出されたお菓子の数々に励まされ、微笑んで周りの人々を見回す「はいかしら!これからもがんばるかしら!」彼女の様子を隣で微笑ましく眺めた水銀燈は、饅頭を頬張る金糸雀に話しかける。「ま、なんていうのかな。妖怪生、なるようになるものよぉ。 必ずしも立派になって上の立場にならなきゃいけないわけじゃないしぃ。 上の立場って、力が振るえるのは良いけれど色々面倒よぉ…」「…そうかもしれないかしら。でも…」まだ少し、「立派な天狗」をあきらめ切れない様子の金糸雀に、「そうねぇ。もしも大きなことがやりたいんであれば…これからあなたに一杯できるであろう友達に、 色々手伝ってもらったりするのが良いかもしれないわねぇ」そう語った。「私もこの前、友達の…この子のお手伝いに行ったし。」いまだべったりくっついたままの薔薇水晶の頭をぽんぽん叩く。半ば寝かかっていた彼女が目を覚まし、近くの酒瓶に手を伸ばす。「逆に何か手を貸してほしい事がある時には、遠慮なくお願いするわぁ。 そうやって、お互いに力を貸しあって色々やってれば… …ま、それが楽しくなっちゃって、立派な天狗、とかはどうでも良くなるかもしれないわねぇ」金糸雀が、がくっとつんのめる。ひざの上から饅頭の、最後の一つが零れ落ち、下で大いびきをかいていた妖怪の口の中に転げ落ちた。ちょっと残念そうにその行方を追ってから、ため息をつく。「それじゃあ大天狗になれないかしら~…」「あはは。まあ、あれよぉ。人間のお坊さんじゃないんだからぁ、修行したら立派になれる… なんて、私達天狗には関係ないことだわぁ。 楽しくこのながぁい天狗生、生きられれば良いじゃなぁい」「そうかしら…」考える。もしかしたら、自分が難しく考えすぎてたのかもしれない、とか色々と。烏天狗の大先輩だと考えて居た水銀燈には、もっと気楽になりなさいと言われてしまった。金糸雀は、うーん、うーんと考えて…ふと気がつくと、手元に飲み物が手渡されて、それをくいっとのんでまた唸る。唸る。唸る。そして…寝てしまった。「薔薇水晶…まだちっちゃい子に何手渡してるのよぉ…」「知恵熱…」「いや、ちがうでしょ。明らかに果実酒注いでたし」「てへ」「てへじゃないって…仕方ないわねぇ。後で私が里につれて帰るわぁ」そのまま、金糸雀を膝枕して、水銀燈は再び花を見上げた。桃色がかったその花びらが、かすかな風にのって夜の闇に舞い踊る。水銀燈の脳裏に、昔々…下っ端の烏天狗だからといって生粋の人型生まれの天狗達に馬鹿にされた思い出がよみがえる。それが悔しくって何とか神通力を磨いて見返してやろうとして…そんな中で、知り合った友達。烏天狗の自分でも、他の能力を持つ友達と一緒に力を合わせれば、色々なことができると知った時。ライバルのあの子と無駄に色んな競争をした日々。立派な天狗になってやる、と思って人も寄せずに修行を続けた日々よりも、友達と馬鹿を言い合って、やりあって、力を伸ばした時の方が楽しかったし、今の自分はきっとその上にあるのだろう。だから、そんな自分の人生をかんがみて、まだまだ小さなこの子が、立派とかそうでないとかそんな細かい事をあまり気にせずに、のびのび育っていけると良いなあとか、水銀燈は柄にもなくそんなことを考えてしまうのだ。「何かしらねぇ…あなた達に娘が出来た、とかそーいう話聞いちゃったからかしらねぇ…」「…何が?」水銀燈の隣でゴロゴロしていた薔薇水晶が、見上げてくる。「…まあ。あなたにはあんまり関係なさそうねぇ 母性本能発揮しちゃってるのはほとんど雪華ちゃんの方でしょうし」「…??」桜の大枝から見下ろせば、抱き合って眠る子供達の隣で、いまだに酔って誰かに絡み酒を展開する雪華綺晶の姿。相手はそろそろ逃げたそうだ。「さって。まだまだ宴もたけなわよぉ。しばらくこの子も下の託児所に預けて 飲みなおしましょうかぁ!」「了承。」言うが早いか、薔薇水晶は金糸雀を抱え、下に降りて雪華綺晶に押し付ける。酔った彼女がニコニコとそれを引き受けるのを見届けることなく走り回り、帰り際に酒とつまみを持って再び枝に駆け上がってきた。「…速いわねえ」「やる気やる気。飲む気」生き生きした表情の薔薇水晶に笑い返しながら、水銀燈も杯をとる。風で大樹の花びらが舞い上がり、その一枚が水銀燈の杯の中にくるくる回りながら落ちてくる。「風流ねぇ…」杯に浮かぶ、一枚の花びら。それを眺めて呟いた。風と夜桜、月の光が幻想的な光景を浮かび上がらせる中、妖怪達の宴会は、朝日が昇るまで続けられたのであった…
後日談。「…はっ!」妖怪達の宴会に、参加していたようなそんな夢。中には金糸雀の姿もあったようななかったような…「…あたし一体どんな夢見てるのよ…」修行場の布団の中から起き上がり、頭を抱えるみっちゃん。夢の中で、妖怪達の秘蔵のお酒とご馳走に舌鼓を打ち、代わりに修行場で覚えた修行とは何の関係も無いはやり歌や、踊りを披露したりした覚えもある。そして、真っ白い着物を着た片目の女性に絡まれて…その辺りまでは良く覚えているのだが。頭を掻く。「ま、何にせよ楽しい夢だったわけだし…よしとするかぁ」あまり動じていない彼女はきっと大物なのであろう。まあ、お寺の和尚さんが狸や狐と遊ぶ夢を見ることなんてよくあるのだから、これだって似たようなもの、彼女はそう思っていた。そして、周囲の気配から言って、まだ修行が始まる時間ではないだろう。二度寝する時間くらいは大丈夫かな、などと考えたみっちゃんは、再び布団に入り込む。そしてその、二度寝で見た夢は…目の前に、見知らぬ二人が立っている。「いつも、うちの金糸雀がお世話になっております」いきなり頭を下げられた。よく見てみれば、二人の背中に黒い羽。これはもしやして、あの金糸雀のご両親か。慌ててみっちゃん頭を下げる。「いえいえ、こちらこそ。いつも金糸雀ちゃんとは一緒に遊んでいただきまして!」それに対して、微笑んだ二人は、「金糸雀に話を聞いた所に寄れば、あなたはずいぶんご立派な志の方だとか。」「なので、もしよければ、我々の里の三日三晩続く宴会にお呼びしたいなあ、と思いまして…」ほめられて、悪い気のしないみっちゃんは、照れた笑いで返したものだ。「いえいえそんな…あ、そういえば金糸雀ちゃんは?」「それが…どうやらもう始まっている宴会を抜けだしていたらしく。先ほど大天狗の方が、 見つけて連れて来て下さったのですけれど…すっかり眠ってしまっておりまして。」困ったように頬をかく、父親と思しき烏天狗「ありゃりゃ、そうですか…」「ああでも、朝には目を覚ますと思いますので…」「そうですね。…では、お伺いさせていただいて良いですか?」「わかりました。では行きますよ!」そのとき、修行場にある寝所を一陣の大きな風が駆け抜けて、一人の女性の修行僧が神隠しに会ったという。彼女が、3日後に帰還したときには…「あの…生え、ちゃった?」唖然とする修行場の高僧達の前で、ぴこぴこと、生えた黒い羽を動かしてみせるみっちゃん。この修行場に残る言い伝えには、修行を極めた高僧が天狗になる、という話はある。しかし…いつでもおちこぼれ寸前で、何か目先の目標でもない限りだれて居眠りばっかりしているような修行僧が唐突に天狗になった、などという話は聞かない。まったく聞かない。…って言うか普通にそんなもん、真面目に修行している人にしてみれば、あってたまるか!ってなもんだ。その後、彼女は修行場で規格外の特別扱いにされて、今でもやっぱり修行の毎日だそうだ。そしてたまーにふらりと居なくなり、妖怪達や、天狗の宴会に参加しているとかいないとか…?とっぺんぱらりのぷう
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