強烈な罰ゲーム
――只今午前3時。 周囲は寝静まっている中、金糸雀の家では熱戦が繰り広げられていた。 何の熱戦かというと……
「これいらないわぁ」「それカンかしら!」「九萬はいらないですわ」「チーね」
麻雀である。しかもいわゆる徹マンってやつである。 面子は水銀燈、雪華綺晶に金糸雀……それに僕、蒼星石だ。 11時にバイトが終わってから、水銀燈が麻雀やろうって言い出したのだった。 違法になるので金銭をかけるなんてことはしていない。 その代わり……最下位には罰ゲームをやらせるってことになっている。
罰ゲームの内容はそれぞれが内容を1人3つずつ紙に書いて箱に入れて、それをトップになった人がひいて決定するものだった。 ちなみに僕は『好きなものをトップの人におごる』だの『膝枕して耳掻きする』なんていうベタなものを書いた。 他の3人は何を書いたのか知らないが……。 だが、その時の彼女らの笑みは相当不気味だったのが印象に残っている。 彼女らの性格を考えたら、とんでもない内容を書いているに違いない。 何としてでもこの勝負には負けるわけにはいかなかった。
現在南3局2本場。 ここまではほとんど流局か、あがっても安い手だというものだった。 それぞれ点の差は開いていない。 25000点スタートでやってるわけだが、トップでも29000点なのだから。 現在のトップが金糸雀、2位が僕、3位が水銀燈、4位が雪華綺晶という所だ。 このままいけば罰ゲームは免除だが油断はならなかった。
僕と金糸雀は鳴いているものの、他の2人もリーチはしていない。 捨牌や彼女らのこれまでのやり口から考えてもそんなに大きい点数の役は積んでいないはず。 なお、現時点の親は水銀燈。 ちなみに僕はあと三萬が来ればチャンタで和了ることができる。
僕の番だ。来たのは三索。 萬子だよ、欲しいのは。索子じゃないよ。 何気なく僕はそれを捨てた。
「ロンですわ」「え?」 雪華綺晶の声に僕は捨て牌に手を置いたまま固まってしまった。 しかも……「私もロンよぉ」 ……ダブルロン!? 水銀燈と雪華綺晶の牌が同時に倒されて……。
「大三元、ドラ3ですわ」「タンヤオ、四暗刻単騎、ドラ3よぉ」
ち、ちょっと!二人とも役満!? 一瞬にして頭が真っ白になる。一発ハコテン、そう、最下位確定だった。 ここで対局は終了になるわけで、即座に点数を計算して最終的に順位を出したものの。
やっぱり僕はぶっちぎりの最下位。 で、トップは水銀燈だった。
「しかし、ツモが今まで本当に悪かったですわ。まさかとは思ってみたのですけど」「私もよぉ。最初の配牌で三暗刻が入ってたんだもの。んで、ちょっと粘ったらこれでしょぉ?リーチを掛けられなかったのが残念だわぁ……で」 そこまで言うと、水銀燈は僕の方に意味深な視線を向けてきた。「さて蒼星石ぃ。貴女ハコったのだからぁ、分かってるでしょうねぇ?」「うう……分かってるよ」「じゃあ水銀燈。早速これを引いてください」 脇から罰ゲームの内容が書かれた紙が入った箱を差し出す雪華綺晶。「うふふ……できれば強烈なやつを引きたいわぁ」 水銀燈はにやつきながら、箱に右手を突っ込んでひたすら中身をまさぐっている。「早くしてよね」「いいじゃなぁい。どれにするのか迷ってるんだもの」 僕をじらせたいのか5分ほどそうやって、ようやく1枚の紙を取り出す。 「さて……どんなのかしらねぇ」 紙を開いて、そこに書かれていたこととは……
『みっちゃんお手製の衣装を着て山手線を2周する』
――なんかものすごく嫌な予感がするんだけど……。
「何ですの、これ?全然罰ゲームになっていないような気がするのですけど」「甘い。甘すぎるわぁ、雪華綺晶。これは結構強烈よ。金糸雀、あの時のあれを持ってきなさぁい」「分かったのかしら!」 5分ほどして隣の部屋から1枚の写真を持ってくる。 まさか、それって1ヶ月前に金糸雀に誘われて思わずやったあの時の――!?「真紅に翠星石に蒼星石に雛苺に金糸雀……?なんかみんなかわいい衣装つけてるけど……。一体何やってましたの?これ」「みんなみっちゃんの作った服で撮影したのかしら!」「ふーん。何と言うかピンクハウス顔負けですわね、このかわいさは。しかし、蒼星石ったら結構真っ赤になってるわ」「でしょぉ。その時も結構恥ずかしがってたみたいだからねぇ」「もう、言わないでよそんな事」「でも、案外似合ってるわよぉ、貴女」「…………」 僕はもはや水銀燈に言葉を返す気力を失っていた。 顔から火が吹き出そうになる。「金糸雀、朝になったらみっちゃんにこの服を用意してもらいなさぁい。それで即決行よぉ」「了解かしら!」
「何ですって?あの服で蒼星石ちゃんがお出かけしたいってぇーッ!?
行きたいッ!私も一緒に行きたいーッ!!てか、私をのけ者にするなんて許さないからーッ!!」「ああ、落ち着いてかしら!みっちゃん!」 金糸雀がその話をするや否や、鼻息を荒げながら一眼レフのカメラを持ち出してくるみっちゃん。「というか、今日は平日ですけど、みっちゃん仕事じゃなかったのですか?」「なんでも風邪でズル休みするんだってぇ」「本当のアホですわ、彼女」「まあ、この趣味ために残業をムリしてやったり、危うくサラ金のブラックリストに載りかけたぐらいだからねぇ」「ああーッ!!ついでにカナも水銀燈ちゃんも雪華綺晶ちゃんもかわいい服着てお出かけしたいのーッ?」
「「「それはない(わぁ)(かしら!)」」」「……orz……」 3人ハモりながらぴしゃりと断ったので、思い切りがっくりするみっちゃん。「でも、蒼星石ちゃんだけでも十分だわーっ!!もう、興奮しちゃう!!」 でも、僕の方を見て即座に立ち直る。そして獣のような目でじっと見つめてくる。 ああ、逃げられそうにない……。 僕は覚悟を決めたのだった。
12時18分、品川駅2番ホーム――
「ああっ!!可愛いぃーーッ!!もう、お持ち帰りしたいーーッ!!」「も、本当に落ち着いてなのかしら、みっちゃん!」「ふふふ……かわいいわぁ」「破壊力抜群ですわね」 僕があの服に着替えて目の前に現れた彼女らの反応はこんなところだった。
ピンクを基調にしたフリルつきのワンピース。 赤と白のストライプのニーソックス。 極めつけは頭につけたピンクのリボン。
あの時――酒に酔ったノリで真紅らと金糸雀の家に上がりこんで、みっちゃんに言われるままに着たあの服。 みっちゃんも今日みたいに今にも飛び掛りそうな勢いで僕たちの写真をがむしゃらに撮ってたんだっけ。 今日もこんな感じになるのかななんて思っていると電車がホームに入ってきた。 僕は何も言わずに電車に乗り込む。
丁度お昼休みの時間帯という事もあって、サラリーマンやOLが多い。 しかし、そんなに混んでいるというわけでもなく、席には簡単に座れた。 水銀燈らは隣のドアから同じ車両に乗り込んでいた。
近くにいた数人のサラリーマンが頻繁にちらりと僕の方を見てくる。 こんな格好でいる僕が周囲から浮いているのは明らかだった。 今にも僕は立ち上がって次の駅で駆け足で降りてしまいたいぐらいだった。
―*―*―
「すっかりオヤジどもの注目の的になっているじゃなぁい」「そうですわね。ただ、羽目を外して襲い掛からないか不安ですわ」「大丈夫よぉ。席に座っているから痴漢はされないでしょ。それにこんなところでやんちゃしたらそれこそ恥さらしてものでしょぉ?」「まあ、それはそうなんですけど……あ、ここに予備軍が一人……」 私は隣にいるカメラを手にした猛獣を指差す。「もうっ!!たまらないーッ!!ていうか、蒼星石ちゃんはオヤジのものじゃないーッ!!」「人の前なのかしら!!いいから抑えるのかしら!!」「仕方ないですわね。ちょっとこのヒト隔離してきますわ」 私はため息をつくと、みっちゃんの肩を掴むと、そのまま隣の車両へと無理矢理連れて行く。 一緒にいるこちらまでが本当に恥ずかしくなってくる。
「ちょっとーッ!!何するのよーッ!!いくら雪華綺晶ちゃんでも許さない……」「貴女、恥ずかしくないのですか?いい大人が電車の中で叫び声を上げるなんて」「もうっ我慢できないのよぉーッ!お願いだからー……うっ!」 埒があかないのでみっちゃんの首筋に手刀を叩きつける。 その場に倒れそうになったので、近くの空いていた席に座らせる。 彼女はそのまま気絶してしまった。「悪いけどちょっとこの人を見張っておいて下さいね」「分かったのかしら」 金糸雀にみっちゃんの付き添い、もとい監視を頼むと私はそのままもといた車両に戻った。
渋谷では僕と同い年ぐらいの女の子らが乗ってきたかと思うと、『あのコなんかおかしくない?』なんてこっちに聞こえる声で露骨に噂話をしていたし……。 新宿や池袋では主婦らしきおばさんらに『あの服似合ってないわね』とか『どっかの箱入りのお嬢さん?まさか?』なんて僕の目の前で仲間内で囁きあっていたし……。 本当に嫌だった。すぐにもこの場から逃げ出してしまいたいぐらいだった。 泣きそうになってくるが、そこはじっとこらえる。下唇をかみ締めながらも寝た振りをするのが精一杯だった。
巣鴨では乗ってきたおばあさん数人に『かわいいのぉ』とか『一人でお遣いか、えらいね』とか『孫にしたいくらいじゃ』なんて話し掛けられた挙句に飴玉を数個もらった。 心遣いは嬉しいのだけど……小さい子ども扱いされているのに何となく腹立たしくなってくる。 電車は上野に着いて、話し掛けていたお年寄りらが一気に降りた。 そして発車すると僕はすぐさま寝た振りをする。
ようやく半周を過ぎたあたり。 あと1周半もこの電車に乗っていなければいけないのかと思うと、鬱になってくる。 次は御徒町で秋葉原、神田、東京……まだまだ道のりは長い。
……て、秋葉原!?
なんか非常に嫌な予感がするんだけど。 そう思っているうちに電車はその秋葉原に到着する。 乗ってきたのは数人だが、これまでの人たちとは明らかに風体が異なる集団だが……。
「萌えーっ!!」「同士よ!すばらしいものを見つけた尿ーッ!」「何でおじゃるか?ををっ、これはこれは可憐な花が!!大都会で思わぬ発見でおじゃる」「ピンクハウスの女の子(;´Д`)ハァハァ」「即同士に連絡にゃりん!山手線1229G列車の6号車で祭りの予感にゃりん!」
なんか、えらい会話が目の前で繰り広げられていた。 今のところ僕を見て楽しんでいるだけのようだけど……。 何かをやりかねない雰囲気なのは確かなようだ。
ていうか、ものすごく鼻息と熱気が直撃してるんだけど……。
東京や有楽町に着くとさらに同じような風体の人や、僕が着ているのと同じような服を着ている人、さらには一見普通のようだが目の色が明らかに違う人たちが乗り込んで、僕の前を取り囲むようにして並びだす。 「これが噂のピンクハウスっ娘か!素晴らしい!」「是非そのお姿を目に刻まねばっ!」「ああっ、この可愛さ嫉妬しちゃう~」「はぅ~、かぁいいよぉ~。おも、おも、お持ち帰りぃ~~!!」 雰囲気が普通じゃない。 本当に嫌な予感がする。今にも襲い掛かってきかねない雰囲気だった。 僕はひたすら寝た振りをして……その場にただ体を固まらせていた。
「なんかおかしくありません?」 神田、東京、有楽町、新橋と電車が駅につくたびに、雰囲気のおかしな集団が乗り込んできては蒼星石の前に群がりだしていたのに異変を感じていた。 秋葉原を出たあたりでは彼女の姿が見えていたのが、浜松町に電車が差し掛かるあたりになるとその姿はその集団にさえぎられて見えなくなっている。「そうねぇ。確かにこの群がり方は異様だわぁ」 さすがに水銀燈もおかしいと感じている。 すると彼女は集団の近くに行って聞き耳を立てた。
「分かったわぁ。かなりヤバいことになってるわぁ……」 数分後、彼女が私のところに戻ってくるや否や、手にしていた携帯を私に見せる。「これは……?」 私はその画面を覗き込む。どこかのチャットの書き込みのようだったが。
某A>今、神田13:07発の山手線の外回りの6号車に桃色のオニャノコが!!某G>すんげ!!!!!!!!!!!!!!某B>つか、今この電車乗ってるけど、どの辺?某J>5号車よりの扉の付近。ハァハァしてる集団がいるから分かるはず(ワラ某B>キタ―――(゚∀゚)―――― !!某C>女ネ申様光臨!!某D>今東京から乗ったけど、かわいいぜぇ!某F>画像キボン某K>もちつけ!写真撮ったら肖像権に引っかかるって!某G>つーか、こんな服でよく外に出られるな某H>ハァハァおピンクしたい某K>だからもちつけって某F>浜松町から乗って対象確認!これは超ド級!!
「一見普通のチャットみたいなんだけどねぇ……あいつらこれを情報源にしていたみたいだわぁ」「呆れますわねぇ。ただ、このまま放っておいたら……」「分かってるわよぉ。さすがにここまでになると危険だわぁ。罰ゲームは中止よぉ」 水銀燈はそれ以上何も言わず、集団の方へと急ぎ足で行く。 私もその後についていった。
「さぁさぁ写真を撮って……」 そんな声がしたので思わずやめてと声をあげそうになる。 だが……なぜか声が出ない。 恥ずかしいのか、それとも断ったら何をされるか分からないのかで……抵抗できない。 こんな写真がばら撒かれたらどうしよう。 友達とかになんて顔すればいいの? もう、最悪だ。 死にたい……。
「ちょっとごめんなさいねぇ。そこ通してくれる?」 やや手荒に集団を掻き分け姿をあらわしたのは水銀燈。「ちょっと、降りるわよぉ」 彼女は僕の手を無理矢理掴むと同時にドアの方へと引っ張り出す。「なにするでおじゃるか?」 集団の中からそんな声が聞こえる。「ちょっと、このコは私の連れなの。一緒にここで降りて悪いことでもあるのぉ?」 水銀燈は僕の目の前にいた集団を睨みつけた。「うっ……」 途端に彼らは黙りだす。「じゃあ、降りましょぉ」「うん……」 僕も立ち上がって、丁度開いたドアから降りようとする。 そばにはいつのまにか雪華綺晶もいて……「それと、あなた達。写真まさか撮ったりしたりしてないでしょうね。私もあなたたちの顔写真を撮っておきましたので。もしそれをどこかでばらしたら肖像権で訴えてこれを証拠にしてやりますのでそのつもりで」 そう彼女は手にしていたみっちゃんの一眼レフを彼らに見せ付けて、素っ気無く言うとそのまま僕や水銀燈と一緒に駅を降りた。 それと同時にドアが閉まる。そして何事もなかったかのように電車は出発した。 もの惜しそうに蒼星石を見つめる集団を乗せて――
「羽目を外すにもほどがありますわ」「まさか、こんなことを本当にやりだす集団がいるなんてねぇ」「とにかく、大丈夫? 何かされてませんか?」「うん……何もされてないから」 僕は下を俯きながら階段の方へと歩き出す。
「ありがとう……」 僕は改めてこんないい友達を持ってるんだなと実感する。 タチの悪い冗談もあるけど、いざとなったら身を張ってくれる。「どうってことないわぁ。困った時は話は別よぉ」「まったくですわ」 彼女たちも微笑みながら言葉を返す。 そんな彼女たちを見て僕は決意をした。 一つは、ずっと彼女たちと一緒にいたいということ。 そして……
「こんどは君たちに罰ゲームを味合わせてやるからね。今回以上のね」
「望む所だわぁ。いつでもかかってきなさぁい」「こてんぱんにしてさしあげますわ」 僕たちは笑いながら駅の外に停めてあった車に乗ると家に帰った。
「何か忘れている気がするんだけど……」 僕は車の後部座席で服を着替えながらふと気付いた。「え……何もないでしょ……あっ!?」「金糸雀とみっちゃん!!」 突然気付きだして、車を引き返そうとする水銀燈。 でも高速の上なので時既に遅し。
その頃、金糸雀はいまだに気絶しているみっちゃんの横で眠っていたりする。 目を覚ましたのは電車に乗り込んでから、4周目にさしかかるときだったりする。
それから半月後――。 また例のごとく徹マンをやりこんでいたりする。 南3局3本場。相変わらずシーソーゲームを続けていた。
……きたきたきた。ここでリーチ。 落ち着け。後はニ萬から八萬のどれかがきたら和了れる。九連宝塔で!!
水銀燈も雪華綺晶もその直後にリーチを掛けているが関係ない。 ここで二人に振り込ませてもいいが…… ツモったら二人の点数は一緒になってともに最下位……罰ゲーム確定だね! 今回の罰ゲームは勝者がくじで選ぶ、前回と同じやつだ。 僕は二人にとって強烈なショックをあたえるやつを書いておいた。『真紅にネコミミメイドで1週間下僕として仕える』『ベジータの家で1週間裸エプロンで家政婦として仕える』
僕の番だ。来たのは發。 だから三元牌じゃないって。萬子が欲しいんだよ。 迷わず捨てる。
「ロン!立直、一発、国士無双、裏ドラ2よぉ」「ロン!立直、一発、緑一色、ドラ3ですわ」
ま……またダブロン……んでまた役満……。「あらぁ、蒼星石ぃ。また一発ハコっちゃったのねぇ?」「あらあら、私たちをいつになったら叩き潰しますの?」 二人は笑いながら罰ゲームのくじの箱に手を突っ込みだす。 そこで出た罰ゲームは……言いたくもない。
――ともかく……彼女らに勝つのはまだまだ先のようだ……orz
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