白兎とタイムマシンと大切な人と 第十五話 「過去との遭遇」
第十五話「過去との遭遇」
「そういう訳で過去へと戻ってきたのね」「ああ、待たされる時間を考えていたんだ。 辛くてたまらないだろう。事実、僕は苦しんでいた。 馬鹿だから気づかなかったけども、金糸雀はそうじゃない。 賢いからね、きっと辛くなっただろうと思うんだ。」
実際の所、金糸雀は僕と一度も離れた事が無い。未来から来た僕が入れ替わり、彼女の前へと現れたからだ。
「自分の作ったレールを歩む人生を送った。 だから今度は作るんだ、歩ませる側さ」
難儀で縛られた人生だと思う。だけども、僕はそれで満足しているし現状は幸せであるのだ。
「―――という事を金糸雀にも説明したんだ。 お分かり頂いたかな?オディールさん」
「ええ」
喫茶店の先の向かいに座っている女性。それは僕の恋人でなく、オディール・フォッセーなる人物。綺麗な瞳に、さらっとした絹のような金髪。
「愉快な話ですね」「だろう。それを信じる君の頭の中も愉快だ」
過去へと戻って数ヶ月が経った。この時代で出会った少ない人物の一人。そもそも、出会ったのは今日が初めてなのだ。喫茶店で強引に相席してきた。
「益々好きになりそうですわ」「本当に愉快だな君は、お世辞抜きで」
告白されたのだ、急に。座ってきた彼女の第一声が「好きです」だ。流石にど肝を抜かれた。金糸雀という恋人がいる事。おまけに過去へ来たという事実と事情を話せばイカれた野郎だと思って離れてくれるかと思いきやだ。過去にはとんでもない人物がいるもんだ。おまけに終始にやけている。
「なんでそんなに楽しそうなんだ?」「好きな人を目の前にすると楽しいですもの」
そうかい。
「にしても日本語が達者だね」「フランス生まれの日本育ち」「成る程、結構なハイスペックだこと」
ちなみに何故好きかという事を聞いてみた。曰く一目ぼれ、白兎の姿も好きですだと。うわ恥ずかしい、色々とこっちが恥ずかしい。これほどに重症だとどうしようもなさそうなのだ。
「生憎と、この喫茶店は金糸雀との待ち合わせ場所でね。 立ち去って頂けると助かるのだが」
変な誤解をされてしまっては困るし。
「随分とはっきりと言うのですね。 そんなんじゃ女性に嫌われますわよ」「君に嫌われても僕は一向に困らないのだけども」「あら、そういう所私は好きですけども」
最早何も思わない。
「そういう事でしたら今日は去らしてもらいますわ。 愛人でも私は良いのですけども?」「返事が要るのか?これは」
やれやれ、といった感じでオディールは微笑んだ。そして振り向き、ゆっくりと去っていった。その姿は、かつての友人が僅かに心に浮かんだ。
「随分と好かれるんですね。 この前は別の女性と一緒でしたけども」「勝手に寄ってきたんだ」「嫌な人ね」
水を入れにきた女性店員が茶々を入れる。最近顔を見るようになった若い女の子だ。……若いって表現を使うふけた自分が少し少し悲しい。この喫茶店は“オーベルテュ-レ”という。クラシックな雰囲気の純喫茶でありどことなくトロイメントに似た雰囲気を出している。僕はこれからトロイメントを作っていかなければならない。その参考にと通い詰めている。
未来の僕こと、あの白兎は色々と部屋(タイムマシン)に便利なものを置いてくれていた。この時代の宝くじの当選番号やら、競馬情報やらと。それは時を遡った僕ならではの金の稼ぎ方が出来て実に楽に生活を営む事が出来ているのである。楽勝に人生を歩んでいるように見えてはいるが結構ちゃんとした生活を送っている。かつて大学生だったように、忍び込んでだが僕は聴講したりと勉強しに行っている。何故か。白兎の残したものの一つにタイムマシンの設計図があった。その中身は実に難解なものであった。しかしながら、それを理解するための手解きとして様々な学問のすすめなど、勉強法まで几帳面にノートに記してあったのだ。中々やるじゃないか白兎。
「お待たせかしら」「やあ、金糸雀」
ようやく金糸雀が喫茶店に来た。と言っても、金糸雀は中学校に通っているのだから仕方が無い訳であるし、僕は個人的な考えででもオーベルテューレへと来訪しているのだ。
「学校はどうだったんだい?」「ジュンがいないと退屈かしら」
昔からずっと金糸雀は、そしてこれからも金糸雀はこうであるのだろう。僕は過去へ来て正解だったと改めて感じる。金糸雀を寂しがらせるだなんて、最早出来はしない。
「過去へ遡ってジュンは後悔してないのかしら?」「全く、むしろこのまま生きてると金糸雀よりも 早く死ぬ事が出来そうで良いと思うよ」「全く馬鹿かしら」
女性は夫に先立たれても強く生きていけるが男性は妻に先立たれるとそうではないらしい。ジョン・レノンだってオノ・ヨーコよりも早く死にたいと言っていたが、気持ちはよくわかる。
「ねぇジュン」「好きかしら」「知ってるさ」
嫌にはならないが、とてもよく知っている。そして、僕も同じ程に金糸雀が好きだ。
「これからどうしていくの?」「どうともしないさ、やる事はやる。 あとは適当に楽しむさ。」
やはり住んでいた世界である過去。僕自身に関わる縁が尽きる事はない。実に因果なものなのだ。
「これからタイムマシンにあいつを乗せるまでだ。 とにかく頑張ろう、協力しておくれな」「ええ」
「またぶらりと買い物でもするか」「そうね、トロイメントを開く為にも 色々なものを見て回っときたいかしら」「だな、じゃあお勘定」
僕は領収書を持ってレジへと向かった。腐るほどに金は稼げるし、金糸雀は中学生なのでいつもお代は僕持ちだ。まぁ当然である。レジにいるのはさっきの女性店員だった。無表情だが、僕を胡散臭そうに、どことなく冷ややかに見ているのがよくわかる。別に軽い男じゃあないのだが。
「……またのお越しを」「ああ、また来るよ」
金糸雀の手を取り、オーベルテューレを出ようとする。その刹那に、店員のエプロンについている名札の名前を確認する事が出来た。
――柏葉巴――
だ、そうだ。全く因果な世の中だと思う。
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