四日目-4
愉快な我ら薔薇学ご一行は、写真を撮ってもらった後も、『新草』の様々なイベントを見て回った。江戸時代を再現した市でもう一度買い物をしたり、みんなで腕相撲大会に参加したりもした。なんと優勝したのは、圧倒的な腕力を持つウルージ君でもベジータでもなく、抜群のくじ運を持っていた笹塚君だった。それからは、ベジータが道行く人にナンパを仕掛けて振られるのを、皆で見て笑ったのだわ。私達は、充実した時間を楽しんでいた―――
翠「大分みて回ったですねぇ。そろそろ戻らんと、集合時間に間に合わんですぅ」翠星石がメタリックグリーンの腕時計を見ながら言った。え? もうそんな時間? 楽しい事ほど、あっという間なのだわ。蒼「それならさ……最後に行きたい所があるんだけど、いいかな?」蒼星石がおずおずと手を上げる。大体は見て回ったはずだけど……どうしたのかしら。紅「私は別にいいわ、善は急げよ。急ぎましょ」銀「そうよ。遠慮する必要なんてないわぁ」苺「どこどこなの~?」蒼「いいから、ついて来てよ」ジュン「お、おい! ……ったく」珍しくみんなの前を駆け出す蒼星石。その後ろをぞろぞろと私達はありの行列のようについて行く。段々と大通りを過ぎていき、路地を通ったりしながら、しばらく歩き続けた。蒼「あっ、ここだよ」長い階段を上ると、先に上りきっていた蒼星石が立っていた。周りを木々で囲まれており、さっきまで居た『新草』とは全く違う空気をかもし出している。こじんまりとした鳥居がどっしりと構えているその奥には、厳しい顔をした年季の入っている二対の石像が立っていて、その前にはお賽銭を入れる箱がある。そして、その奥には拝殿?だったかしら。大きな建物が建っていた。 皆で夏休みに遊びに行った、ウルージ君の家(お寺だけど)を思い出した。
金「ここは一体何かしら?」金糸雀が蒼星石に聞いた。蒼「ああ、ここは知る人ぞ知る名所だよ。ここでお願い事をすると、必ず叶うと言われているんだ」翠「ほあ~っ、ロマンチックですぅ」銀「こういうのって、どこのお寺でも似たようなモノなのに、ここならご利益がありそうな気がするから、不思議よね」早速財布から五円玉を取り出すのは水銀燈だ。それにならって皆も財布から小銭を取り出していく。さて、お参りしましょうかウルージ「おっと、その前に御手洗で手を清めなされ」ウルージ君は少し遠くにある滾々と水の湧き出ている場所を指差している。ウルージ「正式には口の中まですすぐんだが、今回は衛生的な面もある。やめておいた方が良かろう」ウルージ君が、つづける。そう言われたので、私達は一旦お賽銭を財布の中にしまって、御手洗へと向かう。仗助「おれ、ずっと『おてあらい』って読んでたぜ。」ベジータ「俺も俺も。どう読んだら『みたらし』って読むんだよ」仗助君とベジータの二人が話している。実は私も……って、言えるわけ無いわ。仗助君はともかく、アホのベジータと一緒だなんて……。ま、それは置いておきましょう。私達はめいめい、絹のような水で手を清めていく。清水の冷たさが、とても心地よい。そして、私達は、もう一度賽銭箱の前に立った。そして、お賽銭を取り出して古びた箱に放り込む。
ウルージ「お賽銭を入れなさったら、大きな鈴を鳴らして下され」紅「大きい鈴って、これ?」私はどこの神社にもある、大きな鈴がぶら下がったあの綱を手にとる。ウルージ「そうだ。鳴らしたら、『二礼二拍一礼』をしなされ。お寺とは作法が違うから、気をつけなさってくれ」作法の説明を続けるウルージ君。寺生まれなのに、神社の事にも詳しいわね。翠「真紅、『二礼二拍一礼』って、何ですか?」紅「神様への挨拶の仕方よ。二回おじぎをして、二回拍手を打って、お願い事をしたら最後にもう一度おじぎをするの」翠「へぇー。詳しいですね」紅「基礎教養よ」右隣の翠星石にそう答えて、私は前に向き直った。作法どおり『二礼二拍』をして、もう一度手を合わせて、目を閉じる。……何をお願いしようかしら。皆で仲良く居られますように? 志望校合格? ……ジュンと永遠に一緒に居る?ええい、全部頼んでしまうのだわ。しばらくその三つをローテーションしながら念じていく。随分欲張りな真似をするわね。私も。蒼「ふぅ……」蒼星石がお参りを終えたらしい。一体、何をお願いしたのかしら。蒼星石の事だから、きっと自分のことではないのだろうけれど……うん、私もそろそろいいかしら。最後に一つ礼をする。そして、私は目を開けた。
銀「ねぇ、何をお願いしたのぉ?」バスへと戻る帰り道、水銀燈が私に聞いてきた。紅「……秘密よ」私はニヤリと笑みを浮かべ、そう答えた。水銀燈の唇がぶすっと膨らむ。銀「ケチ」紅「そういう貴女は、どんなお願いをしたのかしら」銀「うっ……」私は質問を切り返す。すると、突然水銀燈の顔が赤くなったり青くなったりしたのだわ。ああ、十中八九めぐさんの事ね。でも、私はそれを口には出さない。親しき仲にも礼儀あり、よ。紅「お願い事は、心の中にしまっておくのが一番なのだわ」銀「そうね……」そう言って、二人で笑う。ジュン「僕も、それがいいと思うな」紅「あら、聞いていたの」ジュン「聞こえたんだよ」銀「礼儀知らずには……おしおきよ」私と水銀燈は、しれっと笑うジュンの柔らかい頬を、軽くつねった。
お昼ご飯を食べて、後は薔薇学園までの帰り道を一直線。最後の道中を、私達は大レクリエーション大会で楽しんだ。サイコロトークは言うに及ばず、さまざまなゲームでボルテージを最高潮に盛り上げていく。引き続いて、大カラオケ大会。学校に近づいていくにつれ、みんなのテンションが最高潮になっていく。それは、まるで花火大会の、最後の一発のような――まるで一年の終わりのカウントダウンのような――この楽しくて、充実した時間が永遠に続けばいい。けど、そんなの無理だって、みんな分かっている。だから私達は、歌う、騒ぐ。ベジータ「っしゃあーーー!!シメはこの俺様の、特大クラッカーだ!」ベジータが思いっきり紐を引く。……しかし、爆音はせず、すこっと空気の抜けるような音がしただけだった。翠「しけってるじゃねーですかぁーーーーーッ!」金「台無しかしらーーー!!」ベジータ「ちくしょう……こんなはずじゃあなかったんだーーーー!!」乱痴気騒ぎの中、私達の愉快で楽しい修学旅行は、終わりを告げた。
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