【テーマ:小説 金糸雀】
私が草笛みつを殺そうと思ったのは突然のことではなくて、日々の思いが積み重なったからであると自負している。しかしそれは恨み辛みではなくて、愛、愛しさゆえなのだ。ことの発端は最近、みっちゃんの帰りが遅いことにある。いつもならば残業があったとしても交通規定速度をぶっちぎって帰宅してくれるのに、今では10時を超えることも多い。 なぜかって? それがわかれば解決は早いのだがそうはいかない。そもそもみっちゃんが私の全てを知っていたとしても私はみっちゃんの片側しか知らないのだ。仕事にいけば彼女は草笛みつとなり私の知るみっちゃんではなくなる。 そのすれ違いは私に焦りを生ませ、次第にそれは嫉妬になる。愛とは果実と一緒。熟れすぎれば腐り落ちるだけなのだ。さて、話を戻そう。私の行動動機を確実にさせたのはある日の事、それは今日もみっちゃんは残業か、と一人ため息を吐いている時であった。こんな時同居人の一人でもいればこんな寂しい気持ちは無くなるのでなないか、なんて妄想もしてみたりするのだがどうもそんな余裕はないらしい。ほら、例えば金髪で巨乳のそう、名前はピチカート、なんていうみっちゃんの遠い親戚が留学しに来るとか。妄想ならばナニを考えたっていい。こんな夢物語も許される。けど実際に来てみたら大変だろうなぁ。私のエセ探偵の助手なんてしてくれるのかぁ。閑話休題。そんな妄想をしていた私は外に車が停る音に気が付き、そっとカーテンの隙間から覗いてみたのだ。みっちゃんは車通勤ではないのでもしかしたらタクシーなんかで帰ってきたのかな、なんていう思いだったのだが良く考えてみればまだ終電には時間があり、みっちゃんが早々タクシーなんていう高級なものを使う訳ない。 まだ思考はワンメーターを節約して歩く、だから。だから不審に思ったのが本音だ。宅配便には遅い気がするし。車側に気がつかれないように見てみるとそこにはみっちゃんと若い男が立っていた。若いと言っても桜田家の長男くらいでは無く、結婚適齢期くらいの若さ。みっちゃんとは…五つくらい違うのかな、そんな印象のヒト。 その二人は何か談笑しているみたいだ。目を凝らすとほんのりみっちゃんの顔が桃色に染まっている。まるで恋する乙女のように。よく、翠星石がする表情みたいに。時に、真紅が見せる表情みたいに。この二人とはよくお茶なんかもするからそういった話題に行くのだ。時たま薔薇水晶や、雪華綺晶なんかともお茶をするけど前者は純粋無垢で後者は厨二病で百合だからそういった印象は抱かない。時に後者は重症だ。 思考なんてしている場合じゃない早く精神科に行くことをオススメする。私だって木の股から生まれた訳じゃないから分かる。翠星石と真紅は恋をしている。淡い、甘い恋を。例え想い人が同じだとしてもそれは紛れも無い恋。雪華綺晶が言うに『精神病』だ。私はそう思わないが。けど肯定しておきながら私はどちらかというと雪華綺晶の気持ちが分かるのかもしれない。案外遠いようで近いみたいだ。しかしみっちゃんの表情は真紅と翠星石の表情だ。女性が男性に惹かれる表情。この時だ、私の胸に楔のようなものが打ち込まれた感覚が襲ったのは。グサリ、と。何か大切なものを抉るように。持つべき常識を破壊するように。私はゆっくりと息を吸った。モヤモヤが消えて無くなれと願いを込めて。そして決心した。それはやはり愛ゆえの、愛しさゆえの行動なのだ。四月一日。時計は既に十一時を過ぎており、今日も終り近づいている。いつもならテレビが付き、みっちゃんがお酒を一杯だけ飲んでいる時間だが今は沈黙を放っている。しかし私は愛する人物と二人きりでいられる幸せにより浸ることができて好都合。もう私達二人の邪魔するモノはここにはいないし、これからもいないはずだ。いたとしても、それは私が除けばいい。机の上に無造作に上がっている小さなナイフがムードを壊しているがそれも今は許せる。この血の生臭さも今の私達には隔てるものにならないのだ。この愛は全てを除外し、全てを受け入れる。私、いや私達の愛はこういうものだ。さて、と私はテーブルに置きっ放しだったために返り血を浴びることになった携帯電話を手にとり、服の袖で拭きながら開く。電話帳の最後の方に登録されている名前を選択し、ワンプッシュで電話を掛けた。……、……、……。3コール目で出るのが彼女らしい。「もしもし、カナかしら」「黄色い子。こんな時間に電話するなんて貴方らしくないわね。私、貴方と愛を語らう趣味はないんだけど」「私もかしら、雪華綺晶。ちょっとお願いがあるかしら」「お願い? なんか変な事じゃ……変なことだと思うけど」「実は……」結末はどうなったのか、だって?まだ私の人生は途中だし、物語に結末なんて本当はありえない。誰かの物語が誰かの物語に繋がっているんだから。ねぇ、みっちゃん。私は彼女の頬を味わうように静かなキスをした。その味はあの日の生臭くて死の香りがする彼女そのものであった。
(雪華綺晶側編)「エンバーミング、ねぇ」私は血に塗れた部屋に突っ立ちながらこの部屋を体液で汚した張本人を眺めた。まぁ、まぁ張本人はこんな自分の部屋を汚すつもりなんて全く無かったんだろうけど。私は南無、ととりあえず仏さんを拝んでおく。あの世でまた逢えたらいいねぇ、と。「で、なんで殺っちゃったわけ? つい出来心で殺人が認められたら警察いらないんだけど」「みっちゃんを愛してるからかしら。それ以上の理由があってカナがみっちゃんを殺すなんてあり得ない」「愛、愛ねぇ。私の知っている『LOVE』とは若干、いや全く違うんだけどこれもあれかな、一種の愛の形」愛なんて人それぞれ。憎しみも恨みも嫉妬ももしかしたら一種の愛なのかもね。私達が認めてないだけで。そもそも誰かを想う感情が無ければ誰かを憎む感情も無いわけだ。けど私はこんな愛はご遠慮させて貰いたいな。あの子がこうならないようにしなければ。突然切り刻まれてはたまったもんじゃない。そんなSMな趣味もないし。「とりあえずお風呂に水張っといてくれた? 」「張ったかしら~」「じゃあとりあえずみっちゃんさん脱がしてお風呂場に突っ込んでよ。私いろいろ準備しておくから」わかったかしら、とカナはどこにそんな力があるのか分からないけどみっちゃんさんを担ぎ上げ、風呂場方面へと向かってゆく。死体は重いっていうんだけどなぁ。と、私は持ってきた大荷物を担ぎ上げる。しかしこれって犯罪の手伝いにならないのかな、起訴されたらたまったもんじゃないけど。両腕に、あと未来に重圧を感じながら私は浴槽へと向かった。浴槽にはみっちゃんさんが血が薄まった水の中に沈んでおり、なんか夢見が悪くなりそうな光景であることは間違いない。「じゃあ、カナちょっとみっちゃんさん借りるから」「任せたかしら……また後でね、みっちゃん」とカナは死体にキスをする。死体は有無を言わない。もちろんな事だがこれは一方的な愛に入るのだろうか。と、私は蛇口を思い切り捻りながら考えていた。しかしどこまでやればいいんだろうね、コレ。使い道によって加減も違う気もするんだけど。そして臓器はどうするかなぁ。捨てるわけにもいかない訳で。前は食べるなんて言ってた人もいたけど。もっとも私はそんな晩餐会には出たくない。ソビエト連邦の建国者・レーニンの死体は今でもレーニン廟に置かれている。もちろんそのままな訳ではなくてエンバーミングを施しているからだ。しかしそれは正直遠目から見れば美しいわけであって、近寄ればそれはやはり死体だ。一年半に一回エンバーミングしなければいけないし。なら剥製にすべきだったよなぁ。とたまに思う。けどやっぱりそれは宗教上、倫理上NGなんだろう。動物と人間は一緒にしないのが私達だし。そんなことを思いながら私は処理を施していく。今はこういった器具も通販で買える時代なのだ。良い時代なのか悪い時代なのか。昔、鳥を剥製にする様子を見てからこういうことに憧れた。いずれは人間もなんて思っていたけど、それをする機会も、リスクも背負いたくない。私の愛する人は存命だし、剥製にする予定は今は無い。ゾンビを倒すゲームでそんな人がいたけどあれは美術的な価値を求めて、みたいだし。私はそんな価値じゃなく、その工程に興味があるんだ。ああ、変態なんだろな私。仮にも知り合いのみっちゃんさんの腹に穴をあけながら楽しんでいるんだから。やはり一度精神病棟にいくべきだ。隔離された方が世の中のためかも。私は目を瞑る彼女を見る。……罪悪感すら抱かなかった。それから私はみっちゃんさんを処理し、血生臭い家を後にした。別にそれからの話は私には関係ないし、私には私の物語が続くのだ。けど物語に結末は必然。例え誰かの物語に繋がっていたとしても。悪夢は早めに終わらせた方がいいからね。では私はこの物語に一言添え、この物語を終わらせることにする。その方が私たちは幸せ。カナも、みっちゃんも、私も貴方も。すべて嘘だけど。救われたらいいねぇ。これで。終わり。
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