奇しき薔薇寮の乙女 番外 柏葉巴
番外 柏葉巴私が私のやりたいコトをできるようになったのは、中学三年も半ばにさしかかるころ。それまでは慣例的な学級委員を務めたり、クラスの問題で悩まされたりと、いろいろあった。もちろん、そのすべてが苦であったワケではないけれど、重荷であったことも確か。受験勉強に専念できなかったし、周囲からのプレッシャーも十分な強さをもっていた。それでも、私がほぼ最後までやり遂げるコトができたのは、ある理由があるから。近所の友達を通して久しぶりに出会った、桜田君のおかげ。中学時代、彼は彼の大きな問題にぶつかっていた。私はそれを察するコトはできたけど、何一つ手助けはできなかった。手助けはできなかったけれど、せめてそばにいるくらいはしていたかった。お互いにいろいろ相談して、それだけのために一年以上の時間を使った。甲斐があったのかどうかは知らない。正直に言ってしまえば、他人を建前にした自分の保護。そう表現しても差し支えがないような時間を過ごして、それでも成果は少しあった。私はやりたいコトをやれるまで頑張りぬけたし、桜田君も復学した。幸せといえば、幸せな日々。私は十分な幸福を感じていたし、桜田君も、自分の問題を解決してからは表情が明るくなっていた。少しずつ打ち解けていきながら、私たちは高校へ進学した。奇しくも同じ高校へと進学した私たちが、入学式の日、初登校のときに交わした会話。忘れることはきっとない、桜田君のあの言葉。『高校ではさ、裁縫のコトは無理して隠そうとはしないコトに決めた』『え?』『聞かれたら答える、程度のものだけどな。自分からは言わないから、秘密は秘密だけど』『………………』『中学の時だったら、そんなコトさえできなかったと思う』『うん』『心境の変化っていうか、心機一転っていうか、そんなもの。 柏葉のおかげでこうなれたんだけどな。感謝してるよ』『そんなコトは……』『まァ、これだけはどうしても言いたかったんだ』それが、高校へ向かって歩いている最中の、ある交差点のところでの会話。会話が終わってからは、それなりの雑談を交わしながら学校へ向かう。少し大きめの通りを通学路に使うから、朝から車の行き来が激しい道。実は、入学してからこの2ヶ月、一度もこの騒音が気になったコトはない。自覚はしている、原因もわかっている。それは、私はもう独りで登校していないから。中学時代のように、誰との会話もなく学校に行くというコトが、高校に入ってからなくなった。桜田君が水銀燈たちと一緒に登校するようになってからも、私は少しも寂しくない。やさしいから、その学校に行くまでの時間に、私の場所も作ってくれているから。私は部活に入ったから、毎朝いっしょにってワケにはいかないけれど、それでも空けておいてくれる。中学のなごりでまた学級委員になってしまったけれど、今はそれも苦ではない。朝が楽しいから、学校での時間も楽しい。今の時間が充実していると思えるようになれたのは、桜田君のおかげなんだよ?「あ、桜田君、おはよう」「柏葉。あァ、おはよう」私は今日も学校へ行く。今日は木曜日、普段なら週の半分を過ぎたころの、まだ憂鬱な気分になる初夏の朝。いつも一緒にいる彼女たちがいない、私と桜田君だけがいる通学メンバー。少し嬉しさが増えるのを感じて、私たちは歩いていく。今日もきっと楽しい一日。肩に背負う竹刀がいつもより軽くなるのを感じて、今だに新しく感じる高校の正門をくぐり抜ける。あの時の会話を思い出しながら。◇「まァ、これだけはどうしても言いたかったんだ」そう言ってから、少しの間だけ時間が過ぎる。桜田君は少し照れたのか、頬を薄く染めて、指で掻いた。そんな表情を初めて見て、カワイイな、なんて考えが頭をよぎる。50メートルくらい歩いたころ、桜田君はようやく口を開いた。私にとって、一生の宝ものになるだろう、そんな言葉を。「柏葉がいてくれなかったら───」◇ 「おーい、何してんだ? ああ、おはようベジータ。いてて、なんだよ急に」あの時の会話を思い出しながら、高校でできた友達と遊んでいる桜田君を見る。よくわからない感覚に満たされながら、私は小走りであの二人の元へ向かった。今日も暑い、週の半ばの木曜の朝。高校生活が始まって2ヶ月、まだまだ時間はある。いつか来る卒業までに、少しでも多く思い出を作ろう。ずぅっと先にいる私が、今の私を見て笑えるように。これからも、きっといろいろあるだろう。嬉しいコトも悲しいコトも。それですら、私は楽しんでいきたい。今を大切にしていこう。昔の私に桜田君が重ねてくれた、「今」を作り上げたこの二つ巴を、未来の私へ渡すために。【短編、】【巴、重ねて】
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