《桃×白》 (前編)
《世界は色で出来ている》《#f09199×#ffffff》――食べる食べる 私は食べる――何を何を 何を食べている――涙 なみだ ナミダを流す――何故何故 何故だろうか――籤を引いた彼女 籤を引かなかった私――食べる食べる 私は食べる――彼女を彼女を 彼女を食べる………愛すべき担任が気紛れで課してきた『詩』という宿題に、私は斯様なものを提出した。「性的な意味でよねっ?きゃー(><」と赤ペンで記す彼女に、半眼を贈りつつ。はて私の彼女への想いは性的なものなのだろうかと考える。今現在、隣にいる少女に向ける想いは――。「うゅ?どうかしたの、雪華綺晶?」「………ふふ、なんでもありませんわ、雛姉様」空は既に青が赤に侵され、一時の栄華を味わった後。驕れる赤も久しからず、黒に――つまりは、夕闇に包まれていた。私達は愉快に話しながら、学校に歩を進めている。何故、こんな時間に………と言うと。それを語るならば一朝一夕ではいかず、まるで千夜一夜物語の様に長く、万里の長城の――。「でも、珍しいの。雪華綺晶が宿題持って帰ってくるの忘れちゃうなんて」「………人生の汚点ですわ」「もぅ、大袈裟すぎるのよ」にこにこと笑む雛姉様に、私も微苦笑を返す。――彼女の笑みが、私の中にするりと入ってくるようになったのは何時頃からだろうか。それは、空虚な私の心を満たす蜜。零れる笑顔はネクタール、柔らかな頬はアンブロジア。私にとって、彼女が禁断の林檎と言うならば――蛇よ、私の元へ早く来い。「むぅぅ、雪華綺晶、さっきからだんまりばっかりなの!つまんないの!」下らない、言葉に出せない思索に耽っていると、我が桃の方は膨れ顔。ぷくりと膨らんだほっぺが愛らしく――私は、また微笑む。笑みを返しただけで、言葉は出さなかっただからだろう。雛姉様は「もういいのっ」と可愛らしく啖呵を切り、てくてくと速度を上げた。だけど、私と彼女とではそこそこに身長差があり――少し、歩幅を大きくすればすぐに追いつく。彼女の影に触れる、柔らかくたゆたう髪を感じる、小さく脆そうな肩を掴む………。「――雪華綺晶?」「………ぁ………その、申し訳ありませんわ、少し考え事をしていまして」「うゅ………今日の雪華綺晶はちょっと変なの。………何所か痛いの?」くるりと振り返り、そっと私の額に手を伸ばす。同年代とは思えない小さな可愛らしい掌に、体温が全て集まった様に額が熱くなる。自分で認識できるほどなのだ、当然の様に――「雪華綺晶、お熱あるの!?」大輪の花を思わせる笑顔を曇らせ、姉様は私に尋ねる。彼女のそんな表情は見たくない………強く願う一方で。心の何所かでは、悲哀も切実さも恥辱も恐怖も――全ての表情を見たいと思う。――矛盾した心を抑えつけ、私は首を振って応える。「いいえ、特に風邪をひいたとかは………。それよりも………雛姉様――」言いながら、そっと額に当てられた手を掴み、自身の口の近くに導く。マニキュアもペイントもされていない、素のままの爪。柔らかな手はハンドクリームを塗る必要がないほどに潤っていて。ここに犬歯を突き立てればどんな味がするのだろう―どんな顔が見れるんだろう。――仮定の話ですけれど………と、視線を彼女の手から瞳に移し、問う。「もし、食べ物も飲み物もない所でワタクシと姉様二人しかいなくて。どんどんお腹もすいてきて、喉も渇いてきて――そういう状況で、姉様ならどう致しますか?」無垢な瞳はまず戸惑いを映していたが、私の伝えた仮定を受け入れ、思案の色を滲ませる。「えーとえとぉ」………珍奇な質問に一生懸命返答を考える雛姉様。その姿も言わずもがな可愛らしく………私は暫く、彼女を眺めていた。もう少し眺めていたい―そう思わないでもなかったが、是以上長引くと学校が閉まってしまう。名残惜しかったが、私は微笑みと共に歩を進めるよう、姉様に提案した。「………妙な質問をして、申し訳ありませんわ。とりあえず進みましょうか」「うゅ………そうするの。でも、どうして急に」てくてくてくと歩きだしながら、姉様は小首を傾げて尋ねてくる。彼女の疑問は当然だろう――質問者の私ですら、珍奇な事を聞いたと思っているのだから。だけれども、真意を悟られる訳にはいかない。私は、口早に応えを返した――「何故でしょう。ワタクシにも解りませんわ。………あら?」「………薔薇水晶の言う様に、今日はよく『わからない』にぶつかるかしら」「ぅー………ぅー………!」聞き慣れた声がする――そう思い、途中で言葉を切ると。数メートル先の曲がり角から仲良く現れたのは、黄薔薇姉様とばらしーちゃん。所謂鉢合わせと言うものであるが………私は、帰り道であろう二人に違和感を抱く。何をどう、違和感に感じているのであろう――疑問が頭をかすめるが。「うゅ?あ、金糸雀と薔薇水晶、こんばんはなのー!」「――月夜の下、麗しく………ばらしーちゃん、黄薔薇様」雛姉様の笑顔と共に、微笑みを浮かべて夜の挨拶をする。私達の対照的な態度に黄薔薇様もくすりと笑み、こんばんは、と返してくれる………のだが。「??薔薇水晶、どうして来た道を戻ろうとしてるの?」彼女の同伴者であり、私の従妹でもあるばらしーちゃんは何故か背を向けて帰宅とは反対の―つまりは、雛姉様の言う通り来た道を戻ろうとしていた。自分だけならまだしも、黄薔薇様の手をぐいぐいと引っ張りながら。「薔薇水晶、カナに学校に戻る理由はないかしら」「ぅー………ぅー………だってぇ………」幼児の様に駄々をこねるばらしーちゃんであったが、黄薔薇様は頑なに動かない。彼女の言う通り、何かへまでもしない限り、この時間に其処に行く必要はないだろう。へまを犯してしまった自分に呆れ、私は額に手を当てる。「そう言えば………雛苺達は、戻る理由があるのかしら?」「えぇ、そうですわ。ですが、それを語るには――」「雪華綺晶が忘れものしちゃったの。取りに行くのよ」あぁ、雛姉様、その無垢で純真な返答が愛しさ余って憎さ百倍。「――ね、雪華綺晶?」………も余って、やっぱり愛しさ千倍。笑顔で話を振ってくる姉様にええ、と返し、黄薔薇様には――「お恥ずかしながら………」。「そう………それじゃ、わからないって言っていたのは?」やっぱりぃぃ………――黄薔薇様に縋りながら、涙声の様な言葉を漏らすばらしーちゃん。何が『やっぱり』なのかわからなかったが、確認するよりもまず質問者に応えよう。そう思った所で――「んと、お腹がすいて、喉も渇いて………うゅ、なんだっけ?」「………?えーと………雪華綺晶?」雛姉様の『そのまま』な言葉に、黄薔薇様は訳をつけて欲しそうに此方に視線を移す。そのお言葉では通じにくいですわ、と微苦笑して――私自身、難解な訳を詠いあげる。それはつまり、私が提出した詩。――食べる食べる 私は食べる――何を何を 何を食べている――涙 なみだ ナミダを流す――何故何故 何故だろうか――籤を引いた彼女 籤を引かなかった私後二行を残した所で――「ぁ………『カンビュセスの籤』?」私の詩の元を、その手の話には敏いばらしーちゃんが言い当てる。単語を聞いて黄薔薇様もぴんときたのだろう、その逸話を思い出し、若干顔を顰めた。私の隣の桃薔薇様だけがきょとんとした表情をしているが………仕方ないだろう。私達の年代でこんな話を知っている方が少ないのだから。「――もしそういう状況になれば、どうされますか、と伺ったのですが。自分でも突飛と思うほど珍奇な質問だったので、どうして問うたのかが――」「『わからない』?」「――お話が早いですわ、黄薔薇様」口元に拳を当てて先を言い当てる黄薔薇様に、私は緩やかに合いの手を打つ。そう、疑問の前文はこれで全て。だけれど、その『疑問』は陳腐であり、滑稽であり………虚偽である。何故なら、私には『わかっているから』。私が、雛姉様を、食べたいからだ――と。黄薔薇様は聞いてきたのと同じ格好で思案に入る。僅かな時間であったが、私には長く感じられた――言い当てられるのが、怖かったからだろう。だから、靄がかかった様な何時もの表情で、彼女の思考を打ち消そうと試みた。「――ふふ、考えても栓ない話………かもしれませんわね」投げかけた提案は、私が纏う靄を吹き飛ばす様な双眸によって返された。雛姉様とは違った純粋さを帯びた瞳で、黄薔薇様は私を覗き込む。まるで、暴かれたくない心までを見透かす様に。黄薔薇様は瞳を私から、私達に移し。彼女が次に口を開いた時――零れ漏れたのは、滔々とした歌声。――I'm a hungry spider――You're beautiful butterfly――叶わないならこの恋を捨てて 罠にかかったすべてを食べれば――傷つかないのだろうか「――数年前の邦楽かしら。………この歌の『蜘蛛』と『蝶』は自覚しているけれど。自覚していない『蝶』は可愛らしくて、『蜘蛛』は………少し怖いかしら」傍らの雛姉様は、聴いた事があるの、とタイトルや歌手名を思い出そうとしているが。生憎と邦楽に詳しくない私には何もわからなかったが、黄薔薇様の唱い様と詩の内容により、哀切を表現した歌だと言う事はわかった。わかったのだが………彼女にしては珍しく、焦点がずれている。『蝶』に例えられた雛姉様はともかく、『蜘蛛』の私は己の想いを曖昧に自覚しているのだから。微苦笑を私達に向ける黄薔薇様に、私は是とも非ともつかぬ返答――「ご忠告、ありがとうございますわ」「ぅー………ぅー………!嫌い、嫌い、大っ嫌い!!――もう、知らないっ」――とほぼ同時に、ばらしーちゃんが吠えて駆けて行った。感情の揺れ具合が分かりにくい彼女にしては、とても珍しい解り易い方法で怒りを吐露したのだが。矛先であろう黄薔薇様は頬を小さく掻きながら、ただただ微苦笑。「………えーと………?」「………うん、ごめんなさい。薔薇水晶は何とかするかしら」そう言うと、黄薔薇様は小走りにばらしーちゃんが走って行った方向―私達が歩いてきた道―に向かっていく――「それじゃあ、気をつけてね」その表情の大部分を占めるのは呆れだったが、其れに伴うように愛情も感じさせ。私は最後に雛姉様に向けられた言葉を無視して、また明日、と小さく手を振り見送った。「うゅ………薔薇水晶、大丈夫なの?」「恐らくは。――痴話喧嘩を直せるのは、本人達だけですし」「ちわ?」「犬の種類ではございませんわよ?」「わかってるのよ!………でも、犬さんじゃないなら、何なの?」彼女達に出会った時に感じた違和感の正体に、先程気が付いた。この道は、黄薔薇様の帰り道であって、ばらしーちゃんの帰り道ではない。だから、そもそも我が従妹をこの道で見る事が違和感の原因。――ふふ、と雛姉様の質問をかわし、再び目的地へと歩を進める。空には既に一欠片の赤も見当たらず、煌々たる月を除けば、偏に黒が支配していた。『蜘蛛』はゆるりと、『蝶』は元気よく、目的地を目指す。『籤を引かない者』は………其処が『巣』であれば、とぼんやりと考える。もし、『巣』であれば、私は『蝶』を喰らうだろうに――。―――――――――――――――――――――――《#f09199×#ffffff》後編へ。
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