四日目-1
うぅ~……。私は瞼をこすりながら、ゆっくりと体を起こす。時計を見ると、午前六時ぴったり。結局一睡も出来なかったのだわ……翠「うぅ……もうお嫁に行けんですぅ……」涙目で胸元まで掛け布団を引き上げているのは翠星石。昨日のドタバタのせいで、水銀燈と私にあられもない写真を取られてしまったのだわ。え? どんな写真か? うーん……それは各自、頭の中で想像してみなさい。ただ言える事は、人前にはとても出せた物じゃあないって事よ……。昨日と同じ様に朝御飯を食べて、最後の荷造りをする。私がタオルを丸めて中に詰めている時、半ば開きっぱなしのドアがカチャリと開いた。雪「荷造りが終わったなら、一緒にいきません?」ドアを開けた雪華綺晶が顔をひょっこりと覗かせている。銀「ごめん。もうちょっと時間がかかりそうなのよぉ。待っててくれる?」雪「ああ、そうですか。待ちますよ」しばらくすると私達も荷造りを終えることができた。しかし、翠星石は落ち着き無くバッグの中をがさがさと漁っている。翠「あああああーーーーッ!!」突然、翠星石が悲鳴に近い声をあげた。紅「一体どうしたの?」銀「まさかとは思うけど、虫でも出てきたぁ?」どうしたのかと聞く。すると翠星石は首を横に振ってぼそりと言った。
翠「お菓子が無くなりそうです」紅「……人騒がせもあったものね」銀「たががそんな事で……お菓子くらい私が分けてあげるわよ」翠「翠星石にとっては死活問題なのです!」銀「あっ、そ」全く、そんな事で……。人騒がせね。……まあ、こういうのも旅の醍醐味だから、別にいいけど。紅「蒼星石、貴女は忘れ物は無い?」彼女の性格からしておそらく無いだろうが、一応聞いてみる。蒼「いや、大丈夫だよ。真紅は?」紅「私は……無かったわ」蒼「じゃ、最後に写真を撮ってから行こうか」白蛇館の時と同じ様に蒼星石は鞄からカメラを取り出した。雪華綺晶たちも部屋に招きいれ、八人で記念撮影。この片付いた部屋にも沢山の思い出が詰まっている。ここであったことを私は、絶対に忘れたりはしないだろう。
ベジータ「いよっしゃーー! 今日も盛り上げていくぜーー!」金「かしらー! ハイになるのよー!」苺「いえーいなのー!」笹塚「うるさいなぁ」ベジータ「なんだなんだ。もう疲れちまったのか?」バスの中でもハイテンションを維持しているのは言わずもがなべジータだ。一緒に盛り上がっているのは金糸雀と雛苺。その元気ぶりは、ある種の尊敬の念すら抱かせられる。ジュン「アイツ、この三日間一睡もしてないんだぜ」紅「嘘……でしょ?」ジュンが私に耳打ちしてきた。ジュンの息で、耳がむずむずする。紅「ちょ……くすぐったいわ」ジュン「あっ、ゴメン」紅「ふふ、別に良いわよ」それにしても、さすがはベジータ、まるで化け物ね。来年から受験生の私としては、ベジータの様なキチガイじみた体力が欲しい。薔「……」アセアセ仗助「右だッ! 右!」薔「あー……落っこちちゃった」仗助「よーし じゃあ次はおれの番か」私達の右斜め前にいる、薔薇水晶と仗助君はどこから引っ張り出してきたのか、いまや天然記念物級の『チクタク●ン●ン』に興じている。とても微笑ましい光景だ。
ウルージ「そこで私はこう言ったんだ。『おーおー好き勝手やりなさる』と」蒼「それで? どうなったんだい?」翠「とっとと続きを聞かせやがれですぅー!」前の席では翠星石と蒼星石がウルージ君の話に耳を傾けていた。二人が続き続きとウルージ君に小さい子供の様にせがんでいる光景は、まるで父と娘のようだ。……ふふ、和むわね。通路を挟んで隣の席の雪華綺晶はお疲れのようで、ヘッドホンを耳につけてアイマスクをして寝ていた。アイマスクには『起こさないでね☆』と描いてある。……無性に叩き起こしてやりたくなった。銀「ねぇねぇ、真紅にジュン」ジュン「ん?」水銀燈が身を乗り出して話しかけてきた。一体何かしらね……銀「この問題が分からないのよぉ。教えてくれない?」そう言って見せてきたのは雑誌のクロスワードパズルのコーナーだった。なるほど五文字の空欄が空いている。しかし、あの優秀な水銀燈が分からない問題と言うのは……よっぽど難しいのだろう。私は問題に目を通す。紅「何々……『上は大水、下は大火事、これなーんだ』」ジュン「なんだこりゃ」よほど難解な数式かと思ったら、簡単ななぞなぞじゃない。ジュンも拍子抜けしたのか、あきれた表情をしている。
銀「分かった?」どうやら、水銀燈は本気で分からないみたいだ。ふふっ、これは楽しめそうなのだわ……紅「ええ。でも、答えをただで教えるわけにはいかないわよ」私はいつも金糸雀がやっている『策士の笑み』を浮かべる。悔しそうな表情を浮かべる水銀燈。フフ、普段は逆の立場だから、ちょっぴりだけど気分がいい。銀「分かったわよ……何をすればいいのぉ?」やった……折れたのだわ。私は心の中でチロリと舌を出した。紅「そうね……」私はバッグの中をゴソゴソと漁る。確かあったはずなんだけど。……あったあった。本当は眠気覚まし用に買っておいたものだけどまあ、いいか。私は掴んだそれを水銀燈に見せつけた。紅「貴女の苦手なコーヒーよ。今すぐ飲みなさい」銀「ッッ……!!」そう、水銀燈はそのオトナっぽい見かけに反して舌が子供だ。それはもう信じられないくらい、苦いものが嫌いなのよ。一度イタズラでヤクルトをコーヒーで割ったものを飲ませたときは……嗚呼、思い出したくも無いくらいの大惨事だったのだわ。それでも、どうしても答えが知りたいのか、私の持っている缶コーヒーに手を伸ばす。銀「これ……ブラックじゃなぁい」缶を親指と人差し指で摘み上げ、ブラブラと振りながら水銀燈が言った。
紅「そうよ。ミルクなんて入っていない、本物のブラック&ビターなのだわ」銀「……飲んだら、ちゃんと教えなさいよ」紅「当然よ、約束は守るわ」水銀燈は恐る恐るプルトップを開ける。カパッと小気味よい音がした。そして、そのおそらく真っ黒な液体を、喉へと流し込んだ。凄い勢いでぐいぐいと飲み干していく。やっとのことで全て飲みきったのか、缶をその場に叩きつけるように置いた。銀「ハァ……全部、飲んだわよ。ああ苦い……苦いわぁ」椅子の上に置かれたコーヒー缶をまるで靴についた汚物を見るような目で見ている。ああ怖い怖い。さて、水銀燈で遊ぶのもこれくらいにして、この簡単ななぞなぞの答えを教えてあげないと。紅「それじゃあ、水銀燈……言うわよ」銀「焦らさないで頂戴。さっさと言いなさいよ」紅「分かったわよ。答えは……『お風呂』よ」銀「……え?」紅「だから、『お風呂』よ」銀「あぁ~!!」
水銀燈もようやく分かったのか、頭を抱え込んでブンブンと首を振っている。銀「うぅ~……なんで分かんなかったのよぉ~」その美しい顔をここまで歪ませているあたり、かなり悔しそうに見える。けれども、すぐに水銀燈は顔を上げ、元の表情に戻った。そしてペンを持ち、クロスワードに『オフロ』と書き込んでいく。銀「これで埋まったわぁ。二人ともありがとねぇ」紅「良かったわね」ジュン「どういたしまして」雑誌を胸の上で抱き、嬉しそうに笑みを浮かべる水銀燈。なんだか、こっちまで嬉しくなってきた。時計を見ると、九時を少し回った所だ。……もうすぐ次の目的地ね。今日でこの修学旅行もおしまい。『今』を出来る限り楽しもう。そう心に決め、私はジュンに「ねえ」と声をかけた。
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