Merry Christmas, Mr.Vegita-After Yellow Comes Purple- Phase6.
バーに行ったことのある奴はどのくらいいるのだろうか?行ったことのある奴ならわかるだろうが、バーテンダーというのは基本無口なものである。(と、今は思いたい。)いや、中には喋りまくるバーテンダーもいることだろう。 それがいいとか悪いとかじゃなく、今俺が置かれている現状を見てどう思うかだろう。「雪華綺晶さん、もう少しゆっくり喋ってはもらえませんか?」このバーテンダーさんは、ある一定の酔いを超えるとどうも早口になるようで正直聞きづらい。いいことを言ってくれているんだろうけども、早すぎて聞き取れない。困ったもんだ。 それより横で生きていたはずのメガネ野郎がさっきから静かにしていると思ったらついに沈没しやがった。この野郎、2度と起きてこれないようにしてやろうか。「ベジータ様、私のお話ちゃんと聞いておられますの?」「え、えぇ。」「では私が先ほど申しましたことを一言一句間違わずに再現してはいただけませんでしょうか?」「それは無茶な話ですね。」「・・・本当に聞いておられたのですか?」聞いていたといえば、まぁ聞いてはいただろう。だが、俺の耳は残念ながら右から左へと抜けていくという都合のいい性質を持ち合わせているため、残念ながら雪華綺晶さんのありがたーいお話は頭にまでは届いていないようである。 肝心な時に作動してくれるもんだから、よく大目玉を食らったりする。いいんだか悪いんだか。「すみません、聞いてませんでした。」「白戸家長男のようなセリフは聞きたくありませんが。」「で、何の話でしたっけ?」「よくまぁ腰をボキボキと折ってくれますわねぇ。」「すみません、俺も酔ってるんで。気にしないでください。」「はぁ・・・。では最初から。」え?最初からまたあの長くて迷惑、じゃなかった、ありがたい話を聞かされるのか。「簡潔に申しまして、ベジータ様はばらしーちゃんのことをどう思っておいでですの?」「どうもこうもありませんよ。というか・・・自分が一番よくわかってないんですからね。」「作用でございますか。」そういうと、彼女はおもむろに立ち上がり台所のほうへと向かった。一体何をするつもりだろうか?「オレンジジュースはございましたでしょうか?」「ええ、ありますよ。」「では、今のあなたにピッタリの一杯をおつくりいたしましょう。」何の話だ?と思って待っていると出てきたのは・・・何だこれ?ただのオレンジジュースか?「スクリュードライバーですわ。」スクリュードライバー。元々はイランの機関工だか何だかが手元にあったオレンジジュースとウォッカを混ぜて作ったのが始まりだとか。その時、混ぜるためのスプーンや棒がなくドライバーで混ぜたのが名前の由来だとか。 だがこいつにはもう一つ異名がある。その飲み口の良さから女性を簡単に酔わせてしまうことができるため"レディーキラー"とも呼ばれているが・・・。「俺は確かに変態ですが、スケコマシではありませんよ。それだけは言っておきましょう。」「レディーキラーの異名を持つカクテルは他にもございます。そのようなことではございません。」「じゃあ一体どういうことでしょう?バーテンダーさん。」「己の・・弱さを隠す。」弱い?この俺が弱いだと?「話はまだ終わってません。どうぞ最後までお聞きください。」聞けばこのカクテルはまだアメリカンギャングとして名高いアル・カポネが生きていた頃の悪法"禁酒法"時代から流通が始まったのだという。それがどうしたってんだ。恐怖を、本当は怖くて動けない自分を隠すためですわ。このカクテルのように・・・。禁酒法時代、強い酒をジュースで割るのはその色合いから酒であることを隠すためだったと聞いております。ベジータ様の本心は動きたくて仕方がない。でも確証がありませんので、動くことに躊躇しておられるように私は思います。「それが私のお見受けした、今のベジータ様です。」観察力、洞察力に優れているのは結構だが正直余計な御世話だ。「ですが、今のままでは状況は何も変わりませんことよ。そろそろ素直になられてもよろしいのではないでしょうか?」「雪華綺晶さん、バーテンダーってのはそんなお節介まで焼かないといけない職業なんですかね?」「どうでしょうか?私自身がお節介だからなのかもしれません。私の記憶の書籍の中から手繰り寄せた一杯です、お気に召さなければ私が戴きましょう。」「それは結構。折角本職の方に作ってもらったものだから戴きますよ。」「光栄ですわ。それから・・・先ほどのお話はベジータ様に程近い方からお聞きした話です。」「一体誰なんですか?」「そこは敢えて伏せておきましょう。きっと意外な方だと思われるでしょうから。」お節介なバーテンダーの酒、酔っていたことを差し引いても今までのんだどのスクリュードライバーよりも美味かった。悔しいが認めよう。なぜだろう、この人は不思議な人だ。笹塚の人脈も侮れんな-というか彼女以外は知らんのだが。ん?もしかしてさっきの話は笹塚から聞いたんじゃないだろうな?なんて瑣末な考えは排ガスの如く消え失せた。奴なわけがない。高校時代廊下に立たされ続けた可哀想な野郎の言葉とは思えんからな。「ところで、雪華綺晶さん。ちょいと御願いがあるんですが。」「さて、なんでございましょうか?」「俺一人でこの部屋片付けるのは気が引けるので手伝ってほしいんですが。」「構いませんわ。ただし、一つ条件が。」また面倒なことを言われるのかと思った。今までの流れを考えればそうだろう。それ以外の選択肢があるなら誰か今すぐここにきて解説しろ、都合のいい話なら聞いてやってもいい。 「ばらしーちゃんとご一緒に私の店にご来店下さいませ。今回のようなお節介はいたしませんので、その点ご安心ください。」「・・・わかりましたよ。また店に行かせてもらいます。薔薇水晶がつぶれない程度によろしくお願いしますよ。」「もちろん配慮いたします。」配慮ねぇ・・・なら今の俺にももうちょっとした配慮がほしかったもんだ。痛いところをみごとについてきやがったんだからな。己の弱さ、未熟さ。サイヤ人たるこの俺に不覚なしと思っていたのは思い過ごしだったというのか。どうもこういった人間関係には素直になれそうにない。あの一件以来、確かに億劫になっていたんだろう。それを認めてしまうのが怖かった。正直に言おう。一人の男として情けないのはわかっている。心が永遠の冬を迎えたような気分になっていたのに、出来てしまった氷山に温かい日の光が当たることを拒んでいた。何故かって?どれだけ硬くなった氷もいつかは溶けてしまう。そう、溶けてしまうことへの恐怖だ。露わになってしまった心の本質を誰にも見せることなく生きてきた。あれほど、好きだった金糸雀さえも。これは、彼女に対する裏切りなのか?違う。春の訪れを恐れ、自分の殻に閉じこもった醜い姿を見せたくなかった。誰にもだ。心の闇に有難いご来光なんて俺は求めてないんだ。弱さを隠すために、牙を剥き出しにしていたんだ。それ故にあんな凶暴な単車に乗っているのか。畜生、考え出したらキリがない。誰に助けを求めるわけでもなく、独りよがりになっていたのは・・・もう認めるしかないようだ。もう、負けたな。どん底だ。「人は負けるようにはできていませんの。」「はい?」「殺されてしまうことはあるかもしれませんが、人は負けるようにはできていません。ヘミングウェーの言葉です。」「負けなどないなら、なぜこんな感傷に浸るよな真似を俺がしているんでしょうか。」「それは一時の迷いなのです。ベジータ様。」「迷い?」「迷うことは負けではありません。迷いが解ければ、進むことは可能ですので。」「寒い寒い冬の中に閉じ込められ、出口のないような空間にいたとしてもですか?」「ええ。誰にでも平等に朝が来るように、誰にでも平等に心の春は訪れます。少なくとも、私はそう信じてやみませんわ。」「その言葉、本当に信じてもいいんでしょうか。」「今のベジータ様には難しいことかもしれませんが、いつか冬は終わります。そう信じて下さい。」「・・・俺は一体、どうすれば。」「祈ることです。」「祈る?無神論者で有名なこの俺が何に対して祈れと?」「何かに縋ることは、決して弱きものだけのすることではありません。」縋るもの・・・寄りかかるもの・・・支え・・・・。そんなもの、俺にはいらないと思っていた。一人の人間として、自分は孤独の中にあると思い込んでいたのか。いや、間違いなくそうなんだ。「そろそろ、寄りかかることを覚えられてはどうでしょう。今のままではあまりにもさみしすぎるように思います。」「寂しい・・・ですか。」寂しさ。世界で一番俺に似合わない言葉のはずだった。傍から見てもそうだと信じていたのかもしれない。だとすれば、その寂しさ-永遠の冬のような心-から解放してくれるのは一体何なんだ。「ベジータ様、最初に申しましたようにもっと素直になられるべきです。」「ジュンよりはましだと思いますが。」「ジュン様は多少捻くれてはおられますが、素直なところもあられますのよ。ああ見えて。素直な心は誰しもが持っているものです。他の感情が干渉してしまい、表に出ることは少ないようですが。」 「・・・俺は、誰かに頼ることを覚えてもいいんでしょうか?」「きっと、彼女もそうあってほしいと思っておいでですわ。」少しだけ、ほんの少しだけ気が楽になったように思う。だが本質はいまだに解決していない。これからが本当の地獄のような気がしたが、そんなもんじゃないんだろうな。薔薇水晶が受け入れてくれるかどうかも怪しいのに。あ、そういえば・・・・アイツ今日バイトじゃなかったのか?まぁ、もう気にしなくていいだろう。というか今の俺にそんな余裕があるとは到底思えんからな。Phase6 fin.
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