第3話 『おひるのじかん』
何故、各種学校のチャイムは「キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン」と表記されるのだろう。ともあれ、学校生活において学生が一日で一番心待ちにしているであろう、昼休みのチャイムが、授業が終わりに近づくにつれてボルテージを上げまくっていた生徒達を、まるで押さえ込まれていたが、その縛めが失われたゼンマイ仕掛けの玩具のように解き放った。食堂へ急ぎ、数に限りがあるメニューを我先に胃におさめんとする生徒ら、同じ理由でパンを購入しようと購買へ駆け出す生徒ら…そんな連中(主に男子生徒)が競走馬の如く駆け抜ける音が、にわかに活気付いた校舎中に響くのである。午前中から騒動が絶えなかったあのクラスも例外ではない。生徒達はその半分程度が外へ駆けていき、残りの生徒達は仲の良い者同士で席をくっつけたり移動したりして弁当を開いている。雛「お昼なの~♪」金「みっちゃんの♪たっまごっやき♪」真「ジュン、お昼にしましょう。何なら私のランチを少し分けてあげても良くってよ?」翠「ちょwケシズミww」真「表に出ろ」蒼「ああもう姉さん…真紅もいい加減にしなよ…」雪「さあお弁当ですわ」ドス薔「何とうず高く積み上げられた弁当箱…まるで跳び箱」ジ「うん…でもちょっと…」いつもならば、ジュンは取り巻きの乙女達に囲まれ、本人は多少ありがた迷惑と思っているがそれを見る他者(主に男子生徒)から見れば羨ましい事この上ない昼食タイムへと移行するのだが…今日に限っては、ジュンはそれどころではなかった。彼には気になることが…もとい、気になる人物がいたのだ。言うまでも無い。今朝転校してきたばかりだというのに既に問題を起こしまくっている美少女、水銀燈である。気になるといっても、それが恋愛対象として…という使い方での「気になる」ではなく、いや実際にはジュンは水銀燈の凶悪さを隠した美しさに魅了されていたからその言い方も完全な誤りではないが、この場合、彼は、転校生がその初日の昼休みにどう行動するのだろう、という点が「気になる」のだ。先の英語の時間、必ずしも水銀燈だけが悪いわけではないが一悶着あった時に彼女が見せた…唯一、彼女らしくない一面をただ一人目の当たりにしたジュンである。やはり気になるのだ。つまらない紛争を勃発させている紅い娘や翠の娘とかそういったイタい娘たちは放っておき、ジュンは自分の後ろの席…水銀燈がいるであろうそこに目を向けた。あれだけ騒ぎを起こしたのだ。誰も昼食を一緒に、とは誘わないだろう。と、ジュンは思っていたし、実際そうだった。他のクラスメイト達の警戒の視線を浴びる中、水銀燈は、メイメイと呼ぶカラスだけを肩に載せ、廊下へと出て行ってしまった。ジ「あの…ちょっと僕、今日は食堂で食べてくるから」そう言ったジュンに、それまで騒いでいた乙女達がものの見事に一斉に沈黙し、あからさまな非難の目をあちこちから向けてきた。雛「え~!ジュン今日はヒナ達とご飯食べないの~?」金「そりゃないかしら!」真「何を言ってるのジュン!折角私がランチを分けてあげようと言っているのに…」翠・蒼「だからそれはいいって…」雪「そんな、きらきー寂しいですわ」思い思いに訴えかけてくる乙女達。ジュンが良心の呵責を感じながらも、この場をどう乗り切るかを思案しようとしたその時。薔「…もしかしてジュン、…あの転校生のところへ行こうとしてる…?」薔薇水晶がぼそっ…と言った一言は、ジュンには空恐ろしく、他の少女達には怒りを増長させるものだった。図星であるジュンが何も言えずにいるために、それは少女達には無言の肯定と映って(しまった)。真「ちょっと…ジュン!」真紅の怒りを筆頭に、例の転校生に朝から酷い目に遭わされた乙女達が抗議の声を上げる。蒼「ま、まさかジュン君、あの娘に気があるんじゃないだろうね!??」蒼星石の上ずった声に、場の怒りがさらに燃え上がる。翠「どうしてですぅ!?あんな凶暴な野郎を!!きいいいいいいいいいいいいいいい!!」もはや収集がつかなくなってしまったことを悟った少年・桜田ジュン(16)は、「ごめん!」と一言叫ぶや、全速力で廊下へ退避し、そのまま水銀燈を探した。話は変わるが、昼休みを楽しみにしているのは何も生徒だけとは限らない。ここ職員室では、授業から戻ってきたクラス担任の梅岡が、自分の机にコンビニ弁当を広げ、まるで子供のように目を輝かせ、一口めのブリの照り焼きを頬張ろうとしていた。彼は一応教員である。だが、その心の中は今だ学生気分に満ち溢れている。と言うか子供である。良くも悪くも…と、至福の瞬間を迎えようとしていた梅岡を、トゲのある声が遮った。 「梅岡先生。よろしい?」梅「はひ…?」突然のことにブリをエビチリの中に落としてしまった梅岡が振り向くと、そこには彼がとても苦手とする先輩格の教師…40半ば過ぎの眼鏡の女性教員ちなみに顔は田嶋陽子に似ている…がいた。彼女は、意図してしているのかは知るべくもないが、腰に手を当て、たるんだウエストを強調している。むろんこれは怒りを含んでいる故のポーズである事は言うまでも無い。ただでさえ苦手な同僚が自分の食事の邪魔をしに来たことにうんざりしつつも、スマイルと明るさをモットーとする梅岡は、生徒に向けるような笑顔を彼女にもおすそわけした。梅「っとすみません。田嶋先生、どうされました?」田嶋陽子は後輩の柔和な表情と対象のそれを強めつつ、投げつけるように言った。田「先生のクラスに今朝転校生が来たでしょう?あの子、どうにかなりません!?」梅「ああ、水銀燈ですね。彼女が何か?」田「何か、じゃありません!!」突然田嶋が上げた悲鳴とも叫びともつかない大声に、梅岡だけでなく職員室中の教師がびびった。梅「あ…あの、先生?」田「一体あの水銀燈というヤンキー娘は何なんですか!! 授業は真面目に受けない!カラスは連れ込む!注意したら反抗する!挙句の果てにはそのカラスを 用いて授業を妨害する!!こんな酷い生徒、私は今まで見たこともありません!!」完全にヒスを起こしている田嶋に、梅岡は今朝自分も体験した事を思い出しつつ言った。梅「あ…ああ、カラス…ですよね。で、でもまぁ…彼女も悪気があるわけじゃあ…」旦那もいない40女をなだめるように言った梅岡だった。だが効果は逆に働いた。田「悪気が無くてあんな真似をしますかっ!!私だけじゃありません、私の前の時間に授業をした 先生はカラスの襲撃をまともに受けて今も保健室でのたうちまわっているほどなんですよ!!」梅「そ、そうなんですか…」田「いいですかっ!!梅岡先生、あのヤンキー娘にはちゃんと指導をしておいてください! 授業をちゃんと聞く、汚いカラスを連れ込まない、先生の言う事に反抗しない!! いいですね!!」一方的に押しまくられる梅岡。たじたじである。梅「は…はぁ…」田嶋は溜め込んだものをやっと吐き出せたとでもいうように息をついて踵を返す。…が、最後に振り返って言った。田「それと、髪を染めるのも、カラーコンタクトを入れるのも、実に不快でなりません! あんな素行の悪い子を放っておいたら学年全体に影響します!まったく、あのヤンキー娘…」ぶつぶつと悪態を呟きつつ自分の席へ戻っていく田嶋。そんな彼女の耳に、梅岡がぽつりと何か言ったのが聞こえた。梅「…方舟で有名なノアをご存知ですか?」田「…はぁ?」思わず振り返る田嶋。梅「田嶋先生、水銀燈の髪と瞳は生まれつきのものです…ご覧になっても分かりませんでしたか?」そう語る梅岡の顔には、もう微笑は張り付いていなかった。 ジ「どこだろう…」とりあえず自由の身となったジュンは校舎内のあちこちを探したが、あの銀髪の少女はどこにも見つからない。ジ「食堂にも購買にもいないのか…」困り果てたジュンは立ち止まった。 「外じゃありません?」突然声をかけられたジュン。振り返ると、そこにはうず高い弁当箱を両手に抱えた雪華綺晶がいた。ジ「雪華綺晶…!どうしてここに?」雪「決まってますわ、お昼ごはんをご一緒したいからですの」ジ「で…でも、水銀燈が…僕が探してるのは…」雪「あら、私は平気ですわよ。カラスは特に怖いとは思ってませんし、実際私は今朝何もされませんでしたもの」ジ「そうか…ならいいけど…でも何で敢えて一緒に…?」雪「…やっぱり、転校して来て最初の日って、寂しくありません…?」ジ「…!」雪華綺晶が真顔で言った事に、ジュンは驚いた。彼もまたそれを思い、気にかけていたのだ。雪「貴方は優しい人。私が寂しい時、貴方はそんな私を気にかけて下さいますわ。 …きっと、あの水銀燈さんの事も心配に思っていらっしゃるのではなくて?」ジ「雪華綺晶…」雪華綺晶は笑顔を浮かべ、続けた。雪「さあ、参りましょう。お友達のカラスがいるんですもの、彼女は外に間違いありませんわ」ジ「…ああ!」昇降口から、陽の光の暖かい運動場へ出るジュンと雪華綺晶。…そんな二人を、教室の窓から薔薇水晶が…感情の無い目で見つめていた。つ☆づ☆く
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