元旦とお鍋と
コトコト、グツグツ。お鍋が煮えてる音がします。窓の外では寒い風がピューっと吹いています。でも、温かい部屋の中では、そんなの関係ありません。BGM代わりにテレビのお正月特番を流しながら、彼女達がコタツでお鍋をつついていました。「いやぁ、それにしても初詣、もの凄い人でしたねぇ」お野菜をちょんちょんとつっつきながらの翠星石。「あら翠星石、貴方いつの間に初詣に行ったの?」『おとそ』代わりのワインをコップに注ぎながら、そう尋ねたのは真紅。「ううん。昼にテレビ中継で見てただけだよ」せっせとお鍋に具材を運びながら、蒼星石が。「まぎらわしいわねぇ……結局、貴方もダラダラしてただけじゃない」空になったコップを真紅の方についっと突き出しながら水銀燈。年の初めの賑やかさや、元旦のおめでたさ。……とは、ほんのちょっぴりズレた、のーんびりした時間が流れていました。「そういえば、ニュースでやってたけれど…… 真紅は福袋とか買ったりしないの?」材料を入れ終わったお鍋にフタをしながら、蒼星石が尋ねます。「ええ、そうね……そういえば、買った事は無いわね。 だって、中に何が入っているのか分からないのでしょう?役に立たない物が入っていたら嫌じゃない」真紅が答えます。「…………チッ」水銀燈の居る辺りから、小さく舌打ちが聞こえてきました。「でも、確か水銀燈は毎年お洋服の福袋を買ってたですよね?」翠星石は満面の笑みです。きっと空気を読んでないのでしょう。水銀燈は真紅に注いでもらったワインをくいっと半分ほど空けてから(何故か得意げに)喋ります。「ええ。だって、売ってある値段の何倍もの値打ちの物が入ってるのよ。 これは買わない手は無いわよねぇ? それに最近では、お店によっては福袋の中身を確認させてもらえるのよ。 まぁ、私ほどになると、そんな確認させてくれるようなお店じゃあなくってちゃんとしたお店で買うから 中身は確認できないけれど……でも、その方がロマンを感じるわよねぇ? 家に帰ってから中身を確かめる楽しみもできるし。 確かに、たまにはハズレもあるけれど、年に一度の事なんだし、買ってみて損は無いわねぇ」得意げな表情で喋ってる水銀燈。その横で、真紅が小さな声で呟きました。「で、今年はどうだったの?」水銀燈の居る辺りから、小さな舌打ちが聞こえてきました。「さーて、ごはん♪ごはん♪ですぅ」翠星石が出来上がったお鍋のふたを取りました。残る3人が、いただきますの合図でお箸を伸ばします。「水銀燈、貴方……さっきから野菜を全然取ってないじゃないの」「うるさいわねぇ……そう言う貴方こそ、シラタキ独占してるじゃないの」お箸と取り皿を装備した真紅と水銀燈が、バチバチと火花を散らしています。「蒼星石!お肉のヤローはどこに潜伏してるですか!?全然見つからんですぅ!」「翠星石、そんなにお箸でつっつくのは行儀が悪いよ?」普段は決して見せない本気の眼をした翠星石を蒼星石がたしなめます。ともあれ、皆で出来上がったお鍋を美味しく楽しくいただきます。「水銀燈もほら、新しいシラタキ入れといたから、落ち着いて……」「え?もうお酒無くなっちゃったの?しょうがないなぁ、今取ってくるよ」「翠星石!駄目だ!その野菜はまだ煮えてないよ!」「ちょっと待ってね。いま第二段を入れるから」「あれ?白菜もう無くなったの?……新しいの持ってくるから待ってて」一人だけ、食べるのとは違う方向で大忙しな人が居ました。「ふぅ……お腹いっぱいねぇ……」こたつでゴロンと寝転がりながら、水銀燈が呟きました。「翠星石とした事が……少々はりきり過ぎたですぅ……」翠星石も呟きながら寝転がります。「そうね。でも、たまには良いわね……こういうのも」真紅もワインをコップに注ぎながら呟きます。蒼星石は、空になったお鍋を台所まで運んでいました。「蒼星石、何か手伝う事はあるかしら?」真紅はワインをくいっと飲みながら、せっせとお皿を片付けている蒼星石に尋ねます。「うーん。とりあえず……今は大丈夫かな」蒼星石はにっこりとしながら答えます。「そう、分かったわ。何か手伝う事が有れば、遠慮せずに言って頂戴」真紅はそう言いながら、空になったコップに再びワインを注いでいます。「……真紅、飲みすぎだよ?大丈夫?」「ええ、大丈夫なのだわ」「本当に?」「本当よ」そんな受け答えをしながら、真紅はくいくいとワインを飲んでいます。顔色ひとつ変えず、まるで水でも飲むみたいにくいくいといってます。蒼星石は、大丈夫でも大丈夫じゃなくても大変だなぁ、と思いました。「さて。せっかくの新年ですし、何か目標を立てるですよ」ゴロゴロしていた翠星石が起き上がり、全員の前でそんな事を言い出しました。「そうだね。『一年の計は元旦にあり』って言うしね」蒼星石が賛同して、全員の一年の目標発表会が始まります。「先ずは翠星石は……今年こそダイエットに挑戦ですぅ!」お腹いっぱいに食べたばっかりの誰かさんが、そんな事を言っていました。「僕は、そうだな……体がなまってきたし、何か運動でも始めようかな」蒼星石がちょっと首をかしげて考えながら言います。「私は今まで通り、完璧に、優雅に美しく、頑張るわぁ」何ともやる気の無い宣言が聞こえてきます。そして。「そうね。私は……」真紅が口を開きます。「今年はモテようと思うの」全員が、ハァ?といった顔をしました。「違うのよ。モテようと思えば、いつだってモテたと思うのよ? ただ、今まで私は本気を出してなかっただけなのよ。 そうよ。本気を出せば、いつだってモテるのは容易い事なのだわ。ただ、私は本気を出してないだけなのよ」働かないニートの言い訳みたいな事を、酔っ払いが言っていました。「……何かデザートが欲しいわね」空になったワインのビンをこたつの脇に置きながら、真紅がそう言いました。「確か冷蔵庫に何かあったと思うから、ちょっと見てくるよ」蒼星石がそう言って立ち上がろうとした時です。「いやいや、蒼星石はじゅーぶん頑張ったですから、ここは翠星石にお任せあれですぅ!」翠星石が蒼星石の肩をガッシと押さえ、そう言い……言うや否や、台所へと向かっていきました。「え!?でも翠星石!……いや、僕が……」蒼星石はちょっと慌てたような表情で翠星石を止めようと声をかけます。ですが、翠星石はすいすーいと台所へと向かい……そして……「お!?おおおお!?こ、これは……!」何か翠星石が叫ぶ声が聞こえてきました。蒼星石は諦めたように、ガックリと肩を落としています。それから暫くして、ドタバタと翠星石が戻ってくる足音が聞こえてきました。「見るですぅ!!カニですよ!!カニを発見したですぅ!!」そう叫ぶ彼女が高々と掲げたのは、甘いのではなく甲殻類でした。「翠星石、それは明日のご飯だから駄目だよ」蒼星石が、翠星石をそうたしなめます。「なーに言ってるですか!そんな事言って、実は夜中にこっそり一人で食べるに違いないですぅ! 翠星石は全部お見通しですぅ!!」そんな事をしそうなのは自分しかいない事には気付かず、翠星石は必死の抵抗を試みます。そんな光景を尻目に、真紅は新しいワインの封を開けます。そして、自分のコップと水銀燈のコップに注ぎました。「カニねぇ……随分と食べてないわねぇ……」水銀燈が注いでもらったコップに手を伸ばしながら、呟きます。「そうね。でも、カニは駄目なのだわ。 アレを食べると人は無口になってしまうから……皆とのお喋りが楽しめなくなるでしょ?」真紅はコップを傾けながら、そう言います。「そういうものかしらねぇ?」「そういうものよ」「そういうもの、ねぇ」「そういうもの、なのだわ」二人で何か言いながら、二人でコップのワインを一口。
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