BLACK ROSE 第三話
「遅いよ、翠星石。時間は守らないと」「仕方ねーですぅ!持ち込む道具類を翠星石が準備してやってるですよ? 多少、遅れるのは当然ですぅ」「お前ら、そこまでにしとけよ。いよいよ入るぞ」
迷宮の入口前で小一時間程待っただろうか。翠星石がようやく着いた。それにしても…背中に背負っているリュックは本当に重そうだ。翠星石以外は、必要最低限の物しか持ってきていない様だ。
「翠星石…今迄、その道具類を使ったことがあるかしら?」「必要最低限の物だけを、持ち込むんじゃないのぉ?」「キィーー!!お前らは何も分かってないですぅ! 迷宮は危険がいっぱいです!もしもの時のための道具は用意するものです。 普通、どんな冒険者も持ち込んでるもんですぅ!」
翠星石の言い分も一理ある。備えあれば憂いなしである。だが、真紅達は今迄、そういうピンチに陥ったことは無い。水銀燈はまた別の理由で、戦利品を多く持ち帰るために、要らない物は極力少なくしているそうだ。だが、剣一本だけはどうかと思うが。
「もしもの時にならないために、僕達は頑張っているよ?」「それは…まぁ…そうですね…」「心配しなくても、貴女には指一本触れさせないのだわ」「な、な、な…恥ずかしいこと言うなですぅ!」
そう言い捨てると、翠星石は顔を俯ける。それを見て、真紅達も笑った。水銀燈もつられて笑った。
薄暗い迷宮内で、動く影がある。五つ程の人型の影だ。僅かな灯りを元に、足を進めていくその姿は、しっかりとしていて、頼もしい。
「足元、気をつけなさいよぉ」「また骸骨ですか…これは、いつ見ても慣れねぇです」「翠星石、僕にくっ付かないでよ。歩きにくいよ」「な…別に怖いからくっ付いてる訳じゃねぇですよ!」
言い訳のつもりなのだろうか。本心を言っている様な…それにしても潜って二時間ほど経つが、虫一匹も見かけない。通常なら、既に一度か二度ぐらいは、遭遇する筈なのだが…
「何かいつもと様子が違うわね。慎重に進むわよ」「了解」
ジュンは辺りの気配を探りながら、短く答える。彼の役割は偵察が主の様だ。真紅は翠星石の後ろで、皆に指示を送る司令塔の様だ。蒼星石はジュンの少し後ろで、素早く敵にという位置に付いている。自分の役割はどうすれば良いか迷っていた所、真紅が指示を出してくれた。
「水銀燈、貴女がどういう役割に向いているのかは分からないわ。 だから、今日は貴女の判断で動いて頂戴」「分かったわぁ」「シッ――止まって」
蒼星石が後ろに囁く。どうやら怪物と遭遇したみたいだ。姿を見る限り、ゾンビだろうか。動きも鈍い。しかし、怪物の方はこっちに気付いていない。だが、下の階に下りる階段の前をうろうろしている。
「たった一体で彷徨くなんて…とんだおばかさんねぇ…」「階段の前をうろうろしてるわね。邪魔だわ。片付けましょう」
真紅の言葉に一同がそれぞれの得物を構える。そして、蒼星石がゾンビに向かって、一直線に走った――!!
「やぁあ!!」
ゾンビを頭から一刀両断する。あっという間に動かなくなる。蒼星石が鋏を仕舞おうとした時、ジュンが叫んだ――!!
「待て!まだ気配があるぞ!…ちっ、どれだけいるんだ。真紅!」「ええ!全員急いで、下に下りて!!」「水銀燈、私達も走るですよ!」「えぇ!」
蒼星石が一気に階段を下りようとする。しかし、その足が止まり、代わりに鋏を構える。
「――最悪だね。敵だよ。それも団体さんでね――!」
言い終えると同時に、前列の蜥蜴男を二、三体切り裂く。それでも、後ろにはまだまだいる様だ。この分だと、突破は無理かもしれない。突破は諦め、早々に引き返すのが最良だろう。
「真紅!階段は突破できないよ!一度、出直そう!」「僕も蒼星石に賛成だ」「しかし、囲まれているのだわ…翠星石!」
真紅が声を掛けた頃には翠星石は魔力を集中させていた。流石、私のチームの有能な魔女は真紅が指示を出す前に動いていたのだ。
「スィドリーム」
そう呟いた言葉の意味は精霊の名前。魔術を行使する者なら、誰もが使役する精霊。魔術の発動の仕組みは、精霊に魔力を送り、精霊が魔術を発動するというものだ。
「――くらいやがれですぅ!」
精霊が眩しく瞬いた瞬間、敵の中心で大爆発が起きた。凄い爆音がして、耳が非常に痛い。
「……初めて見たけど、すごいわねぇ…」「ふっふーん、これが翠星石の実力ですよ」「敵の包囲網が破れたのだわ!あそこを突破するわよ!」
先程の大爆発で敵が混乱している。この隙を狙えば、逃げ切れるだろう。水銀燈は全力で走り、敵の包囲網を抜けた。――横の壁が崩れ、そこから現れた乱入者が水銀燈に斬りかかった――!!
「――!!水銀燈、危ない!!」「――っ」
水銀燈は横に思いっきり突き飛ばされた。咄嗟に蒼星石が庇ってくれたので、水銀燈は真っ二つにならずに済んだ。そうだ、蒼星石は……?見ると、蒼星石は斬られていた。傷は深そうだ。血も大量に出ている。私の所為で。私の所為で蒼星石は斬られたのだ。
「蒼星石ぃ!しっかりするですぅ!今、応急手当をするです!」「すい…せ…せき…道具、役に…立ったね」「もう喋るな。直ぐに地上で医者に見てもらうぞ!」
しかし、全身甲冑の乱入者は攻撃の手を緩めない。負傷した蒼星石に追い討ちをかけようとした。が、大剣で斬りかかった、相手がいる。
「絶対、許さないわぁ…粉々のジャンクにしてあげる!」
もの凄い怒気だ。水銀燈がこんな顔をするなんて。水銀燈は果敢に斬りかかり、甲冑の怪物と互角の勝負を繰り広げていた。だけど、危険だ。そう簡単にいく相手では無い。
「はぁあ!」「ふんっ!」
縦に振り下ろしたり、横に薙ぎ払ったり。その全ての攻撃を甲冑の怪物は受け流していた。それどころか、徐々に水銀燈が押され始めている。
「水銀燈!深追いしては駄目よ!」
聞こえていないのだろうか。彼女は大剣を振るうのを止めない。後ろから、先程の軍団が迫ってきていた。このままでは、ここにいる全員が、死んでしまう。真紅は自分の精霊を呼んだ――
「ホーリエ」
精霊の名前を呼ぶと同時に、花びらが辺りに散る。花びらは甲冑の怪物を囲む様に舞い、そして、鋭利な刃物と化し、一斉に飛び掛った――!!
「逃げるわよ!ほら、早く!」
無理矢理に水銀燈の手を掴み、地上まで一気に走る。私の後ろを翠星石達も付いてきている。何とか撒けた様だ。地上への階段が見えて、一気に肩の力が抜ける。
「はぁ…はぁ…疲れたわ…」「さあ、蒼星石を病院に連れて行くですよ!」「……私は行けないわぁ」
怪訝な表情で真紅がこっちを見ている。出来ればずっと皆と一緒が良いけど、私はここにいてはいけない。
「水銀燈…?」「さようなら」
そう言い、水銀燈は走り去っていった。彼女は泣いていた。ゴメンナサイと言った気がした。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。