DOLL -Stainless Rozen Crystal Girl- 第四話「DRAIN AWAY」
Every time you play a hand differently from the way you would have played itif you could see all your opponents' cards, they gain; and every time you playyour hand the same way you would have played it if you could see all their cards,they lose. Conversely, every time opponents play their hands differently fromthe way they would have if they could see all your cards, you gain; andeverytime they play their hands the same way they would have played if theycould seeall your cards, you lose. Fundamental theorem of poker : David Sklansky2044年10月6日 もはや、このゲームは二人のプレイヤーの一騎打ちとなっていた。チップの残り枚数もさることながら、他のプレイヤーがのまれてしまっていたのだ。 政府公認カジノのポーカーの大会。ルールはテキサス・ホールデムのノーリミット。 勝者には獲得金額の四分の一と、賞金二十億円が手に入ることになっていた。参加プレイヤーは五人。誰一人として腕が悪いわけではない。むしろ、強すぎるくらいだった。 しかし、それでもその二人は異常すぎた。運が良いだけでなく、駆け引きも巧い。一人は柔和な顔立ちの金髪、もう一人は鋭い目つき、赤い目をした銀髪のどちらも女性であった。容姿は共に優れていたが、口元に浮かべている笑みの意味が異なった。前者は優しく、後者は馬鹿にするような、しかしそのどちらも、自身の意思を隠すという点では何一つ違いは無かった。銀髪は手の中でチップをカチリ、カチリと弄り、金髪は首のロケットを指で弾く。共に、ブラフを探り合う。 ディーラーがフォース・ストリートを開く。スペードの4。今現在、開かれている共通カードは、ハートのエース、スペードの8、スペードの6、そして、先ほどのハートのエースだった。 まず、銀髪がベッティング・インターバルにチェックと宣言した。二人目も同じくチェック、三人目はテーブルを二回叩きチェック、四人目もチェック、最後の金髪もチェックと口にした。 ディーラーが最後のカード――フィフス・ストリートをオープンする。スペードのエース。 銀髪は再びチェックと口にした。二人目の若い男は手元のチップをまとめ、「オールイン。八億」と言う。次の中年の太った男も「オールイン」と宣言し、「六億」とベット額を口にする。三人目の痩せた男も、空気に当てられたのか「オールイン」とチップを押し出し、手を開き、ディーラーに示す。 金髪は、ロケットを握り、一瞬悩んだあと、所持しているチップの山の半分ほどをベットし、「レイズ」と宣言する。ディーラーはそのチップを一瞬で数え、「レイズ、十六億」と言った。 銀髪は手の中で転がしていたチップを止める。 そして、相手の表情を探った。 ブラフか、どうか。手札の強さは? 場の空気は固まる。彼女は長い思考の末、こう宣言した。「十四億」チップの山を押し出し、崩れたその上に、手に持っていた三枚のチップを乗せた。 ディーラーはそれを受け、「レイズ十四億、オールイン」と早口に放つ。 ギャラリーはどよめく。 そして、金髪は裏返っている二枚の手札を確認し、銀髪に笑いかけた。「レイズ、オールイン」これで、勝者が決まる。「では、ショウダウンを」ディーラーが言う。 若い男の手札は、スペードのキングとスペードのクイーン。ディーラーは場のカードを並べ替え、「キングのフラッシュ」と役を宣言する。 中年の男はカードを滑らすように投げた。クローバーとハートの8。「8のフルハウス」 痩せた男はほとんど投げつけるようにディーラーにカードを渡す。ダイヤの5とクラブの7。「ストレート。4から8」 金髪は握り締めていたロケットをピンと弾き、「残念でしたね」と言った。手札はクラブのエースとダイヤの6。「エースのフルハウス」 銀髪は、表情を消した。そして、ディーラーに裏返したまま手札を渡す。 スペードの5と7。ディーラーは役を言う。「ストレートフラッシュ。4から8」 勝者は確定した。そして銀髪は、「残念ねぇ。オディール」と金髪をからかった。 ポーカーの大会は終了し、オークションへと移行する。ここはカジノとオークション会場が一体となっており、今回はその大会とオークションの二つが同時に行われたため、多くの人がいた。しかし、ここが政府公認とはいえ、実際の所は黙認していると言ったほうが正しい。そのため、ここに訪れている者は殆どが大手会社社長、政治家、医者、マフィア幹部等、一般の人間ではなかった。 壇上に一人現れた。ピエロだ。彼は一つ深い礼をする。やはりピエロらしく大げさなものではあったが。オークション会場の席は百五十。全体としてすり鉢のような形を取っており、どの席からも前の人間があまり邪魔にならない程度に底にある舞台を見下ろすことが出来た。オークション会場の両翼の角度は約百三十度。舞台裏は見れないように角度調整をしつつ、ベージュ色の垂れ幕が張られていた。「さて、今回のオークションは、普段以上に様々なものが出品されております」司会のピエロがしゃべる。「まず始めのものはこちら!」 アシスタントの熊がものを載せたカートを押してくる。「このブードゥー人形! 実際の呪術に用いられ、部落において秘宝とされたものです!」 さながら、サーカスのようであった。 先ほどの銀髪の女性はNo.64のプレートを付け、真ん中やや左の席に座っている。先ほどのゲームで得た金額は約三十五億円。確かに大金では有るが、その他の参加者に勝るかと言えばそうとはいえない。むしろ、足りないくらいだ。 しかし、彼女には別の目的があった。ゲームも、オークションも、取るに足りないほどの。「さて! 次の品で最後になります!」ピエロが高々と宣言する。「これは、他のオークションでは決して手に入らないものです!」 熊が押してきたカートの上には強化ガラスの檻があった。「きっと、今日はこれを目的に来た方も多いでしょう!」会場の空気が一気に熱くなる。 中に入れられていたのは、緑髪の少女だった。「そうです! ローゼンメイデンです! 聞くも涙、語るも涙。彼女は生きたまま焼かれ、研究施設に輸送されましたが、そこでなんと蘇生し、実験素体とされましたが、実験施設を脱走! その先で、老人夫婦に拾われたんですが、何と売られてしまいここに来たというわけです!」一気に言う。「さて! こんな話はどうでもいいでしょう! 入札された方には、お望みのとおりにこちらで処理してからお渡しします。では、入札開始です!」 億単位で入札される。先ほどまでとは金額の上昇速度の桁が違った。銀髪の彼女も手元のスイッチで入札をする。No.64、二十四億円。そう機械音声がアナウンスする。しかしすぐに、入札額は更新されてしまった。 最終的に手持ちの金、先ほどの獲得金額を含めた五十三億を表明した。もうその頃には殆どの者が息切れしていた。彼女はこれまで何も落札していなかったのだ。 これで決まりか、という雰囲気になったころ、「No.87、六十億」と機械音声が言った。 彼女はその入札者を探す。いた。それは先ほど彼女が潰したプレイヤーの一人の中年の男だった。「いませんか?」ピエロが会場に問う。「では、87番さん、六十億で落札」そう宣言した。 仲間からの作戦開始の指示を静かに待つ。 そもそも、彼女にとって、これは余興だった。目的はシンプルだ。 全ての強奪と破壊。DOLL-Stainless Rozen Crystal Girl-第四話「DRAIN AWAY」2030年11月8日 警官隊が、銀行に突入する。テレビで声高に叫ばれるこの国の安全とは真逆の事態だ。 事件の現場にいると、治安の悪化は肌で感じられる。人とは、理性を持った獣だ。ローゼンメイデンを名乗る人間の少年が犯した殺人の公判が今日行われるのを思い出す。 コメンテーターが訳知り顔で“彼に更生のチャンスを”と言っていた。確か、そのコメンテーターはローゼンメイデンの廃絶を訴えていたはずだ。今の僕には、ローゼンメイデンと人間の違いが分からなくなっていた。「動くな」と銃を構え、叫ぶ。視界は催涙弾の煙のため、最悪だ。きっと、ここでも銃を使う事にはならないだろう。いつも通りの手順で制圧すればいい。 突入前から、誰が誰を押さえつけるかは決めている。僕はそのまま真っ直ぐに走り、目標を数人がかりで押さえ、確保する。その男が人質にしていた女性を視界の隅で捉える。どこかで見覚えのある顔だ。 今の僕には、正義という概念が分からなくなっていた。人を食らうというミュータント。だが、僕が見たのは何だったのか。人は、人を殺す。何の違いがあるのか。 煙が晴れてくる。予想通り、全ての犯人は確保されていた。怪我人はいないようだ。 耳につけた無線から、状況終了の声が流れてくる。あぁ、そうか、彼女は確か女優だったな。名前は何だったか? 坂本か坂下か、そんな感じだったはずだ。「状況終了」僕は、誰にも聞こえない程度に呟いた。 一か月前、僕は有能な上司を失った。そして、彼が残した功績のおかげでこの部署に移動することになった。特殊襲撃部隊。“人”の起こした犯罪の鎮圧を目的とした部隊。 少なくとも、ここはローゼンメイデンに関与することがない。それは正直、ありがたい。 重い装備を外し、ロッカールームを後にする。同僚にお疲れと声をかけ、帰路に就く。 出来ることなら、家に引きこもってしまいたい。逃げることすら出来ないのは、きっと僕の弱さなのだろう。 電車に揺られる。人々のざわめきしか聞こえるものはない。天井に張り付けられたLEDが、車内を明るく照らす。 窓に映しだされるテレビを見た。新しい軍事法案が可決したと、文字が躍っていた。 三十年も前ならこのような法案は通らなかったに違いない。しかし、時代は激変した。 約十年前、この国は存亡の危機に立たされた。戦後最大の日本国内における暴動。 日本国内だけでなく、世界を巻き込んだ大暴動。完全なる鎮圧には、五年の歳月を要した。そして、その後混乱した日本を立ち直らせたのは、中堅議員、結菱二葉。 ニーチェにおける超人ともいえるその意志で、足を引っ張るだけであろう反対意見を押しのけ、国家を再生させる法案を数々生み出してきた。 しかしながら、マスコミによる攻撃も激しかった。事実を報道するのではなく、ねつ造、歪曲など、手段を選ばぬ方法であったのだ。 だが、彼は揺るがなかった。事実はしかと受け止め、嘘に対しては報道権のはく奪という力で戦い抜いた。その結果、放送局は今現在、政府に協力的である。 そして2021年、当然の如く彼は第百一代内閣総理大臣へと任命された。その彼の政策を独裁的、ファシズムだと批判する声もあるのだが、外への侵略主義があったわけでもなく、それまでこの国が出来なかったこと、しようとしなかったことをしただけだという声もある。 そんな男であったから、敵は多かった。事実、今から二年前、彼は六十二歳の時、暗殺された。未だに犯人は分かっていない。パレードの最中、狙撃されたのだ。その光景を未だに覚えている。その時、僕は非番で久しぶりに帰った実家の居間でそのパレードの番組を見ていた。どのチャンネルも同じパレードの光景を映していて、僕は退屈を覚えていたはずだ。そして、その瞬間は音もなかった。彼はオープンカーに乗り、民衆に手を振っていた。突然、首相が倒れた。血を見た記憶はない。ただ、隣に座っていた夫人が大分時間が経ってから混乱に陥った。彼女は車の後部へと乗り出し、何事かをしていた。それを慌ててSPが引き戻す。後で聞いたところ、彼女は首相の飛び散った脳漿をかき集めていたらしい。 銃弾は頭部に一発のみ。たった一発の弾丸が彼の命を終わらせた。 犯人も捕まったのだが、それも事実かどうかは多くの人が疑っている。 現在、彼の後は、兄である結菱一葉が受け継いでいる。兄弟仲の悪さも取り上げられておりもあり、暗殺を指示したのは彼ではないかと噂は立っているのだが、その証拠は見つかっていない。 ふと、焦点をずらし、窓の外を見つめる。いつもと変わらない、夕陽に照らされた町並み。多分、今年も雪など降りそうにないだろう。そうなれば、今年で八年目で記録更新だ。 二十年前より、平均気温は0.2度上昇している。 もう、暖冬などと言う言葉も使われない。 これから、どうなるのだろうか。ローゼンメイデンについても、僕についても、何もかも全てが。 電車のドアが開き、かなりの人が降り、そして同じくらいの人が乗って来る。ドアが閉まり、動き出す。いつも通りの、一連の流れ。 しばらくして、いつも通りでないものが目に入った。ドアの前、隣の座席からは肩を仕切りのせいで、死角になっている場所。そこに、僕より少し背の高く、髪を肩まで伸ばした男がいた。動きがおかしい。体を出来る範囲で少し動かし、その奥を見る。 予想通り、痴漢だった。 奥の痴漢にあっている女性は、その頭の上で団子に纏まった髪の角度から、俯いているのが分かる。周りは気付いているのかもしれないが、その男のガラの悪さのせいか、誰も声をかけられないでいる。 くだらないな。全部どうだっていいよ。 早く帰りたい。 男の肩を掴む。僕は車両の真ん中付近に居たため、二、三人分移動するだけでよかった。「次の駅で降りてくれるかな?」 振り向いた男の顔は、皰だらけだった。「んだよ?」明らかな威嚇。「見てたよ。だから降りてくれないかい? あと、君もね」被害女性を見て言った。 抵抗する彼を、引きずり下ろした。 すぐに駅員を呼び、彼の身柄を明け渡す。彼は慌てて身分証明書を取り出し、何事かを訴えるが、全く無意味だった。確かに、駅員には逮捕権がないため効果があるだろうが、僕には関係ない。懐から警察手帳を取り出し、見せつける。 興奮しているために意味は伝わっていないのか「だからどうした」と叫ぶが、「痴漢の現行犯で逮捕」 そして、彼の身柄をやってきた警官に引き渡してから、無理を言って帰ることにした。 僕の身元も分かっているため、事情を聞かれるのを明日に引き伸ばしてもらったのだ。 彼女の兄が迎えに来ていた。どう見ても、建設関係者にしか見えない。 被害女性の「ありがとうございます」と言うやたらハキハキした声を背に受け、振り返らずに手を振った。 どうでもいい。 どうにでもなれ――――もう、性的なものには関わりたくない。 ありがとうなんて、言われる資格は僕にはない。もしも、男を引きずり下ろした駅が僕の降りる予定の駅でなければ、きっと何もせずに無視してた。 僕が彼を捕まえたのは気まぐれ。僕はただ早く帰りたかっただけなのだ。確かにあったはずの感情が水のように徐々に流れ出ていっている気がする。 僕は優しくなんて、ない。 家に着き、固定電話の留守電の部分のライトが点いているのに気がつく。確認をしたら、昨年に結婚し、今は山本の姓を名乗っている姉からだった。内容は、いつも通り僕の生活の心配と、たまには実家に帰って欲しいという願いだった。 携帯電話を開く。一件の着信と留守電があったことが書かれている。マナーモードにして電車に乗っていたためだ。 履歴を開く。珍しい。白崎からだ。先月のローゼンメイデン事件で出会い、部署も違うまま意気投合してしまったのだ。 先ず、その留守電を聞く。「白崎です。時間があるときで構いませんので、連絡ください」と、メッセージは短い。 そのまま僕は、彼に電話をかける。 二、三コールして、彼は出た。「桜田です。どうしましたか?」失礼を知りながら、単刀直入に尋ねた。「連絡してすみません。一つ、お願い事がありまして」いつも通りの芝居がかった口調で言う。「何でしょう?」「新しく、ローゼンメイデン対策の組織が出来ます、内閣直属の」「はい」確かに、その噂は聞いている。しかし新しく、ではなく、組織の再編だと聞いていた。「その組織に参加していただきたいのです」「参加したい、の一言で入れてもらえるようなもんじゃないですよね?」移動するまでどれくらいの時間がかかるのだろうか。「いえ、一人だけなら出来ます。その権利、私はもらえたんです」「は?」「私はそこの部隊長に就任することになったんです」「おめでとうございます」よく分からずに、言う。「それで、貴方を引き抜きたいんですよ。成績も十分に良いので、絶対に認められます」「……」「すぐに、とは言いません。しばらくしてから――大体一ヶ月後に答えを聞きます。色よい返事、楽しみにしてます」「……。その組織の名前は?」僕はどうでもいいことを尋ねた。点数をつけられているなら、きっと減点されているだろう。「ラプラスです」そういって、彼は電話を切った。 ラプラス、と言えば数学者だったか。ラプラスの魔。確か、ニュートン力学の最終。 全ての原子の位置と運動量が分かるのなら、古典物理学を用いれば未来が分かる。量子力学の発展で確か、否定されていたと思う。 そんな概念を組織名に持ってくるとは、なかなか皮肉な気がする。 しかし、何故僕にそんなことを頼んでくるのだろう。僕以上に有能な人材ならいくらでもいる。彼の真意は一体何か? 考えろ。捜査に必要なのは、どんな小さなことも見落とさない観察力だ。 だが、いくらねばったところで、答えなど出て来はしない。 そして今の僕に彼女らを撃つことが出来るのかも分からなかった。 DOLL-Stainless Rozen Crystal Girl- 第四話「DRAIN AWAY」了
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