序章-2
この薔薇学園の修学旅行の準備はちょっと特殊で、各自にそれぞれ仕事が割り振られているの。サボれる人は誰一人としていない。え?私の仕事?私の仕事は……ジュンのアシスタントよ。ジュンが描いた絵を美術部の人に渡す仕事だ。その仕事も、ジュンが早いうちにデザインを描き終えてしまったので、閑古鳥が鳴いてるのだわ。けれど、校内は活気に満ちている。いたるところで沢山の生徒が駆けずり回っている。
この日、私とジュンは『修学旅行実行委員会』の本部を訪ねてみた。私たちでも、何か手伝える事があるかもしれない。ガラガラとドアを開け、中に入った途端、凄まじい熱気が私たちを襲った。生徒A「おい!このページこれであってんのか!?誤植だらけだ!文芸部に書き直させろ!」生徒B「ココに欲しいのは男子トイレの絵じゃないわ!ネズミーのカットよ!」生徒C「夜の日程かぶってるぞ!しかも片方が『VIPPERの夜』って何だ!?企画者出て来い!」生徒D「ウガアアアッー!キャヒヒヒヒヒヒ!」……地獄絵図ね。私たちは人と人の間を抜けて、実行委員長をやっているクラスメイトの笹塚君の所に向かう。笹塚君は一番奥の机で仕事をしていたわ。その机の上にも沢山の紙が富士山の様に山積みされている……間に合うんでしょうね。笹塚「やあ、何か用かい?」
にこやかに私たちに微笑みかける笹塚君。随分やつれているのだわ。
ジュン「いや、こっちは仕事が終わってるから、何か手伝える事はあるかな? と思ってさ」紅「何でも言って頂戴」笹塚君はやつれた顔で精一杯微笑んだ。本当に疲れているみたいだ。過労死しないかしら?笹塚「ありがとう。じゃあ、武道場に行ってベジータとウルージを呼んで来て欲しいな。ちょっと力仕事を頼みたいんだ」紅「……分かったわ」笹塚「その後、仗助と薔薇水晶が一緒に仕事をしているはずだから、これを渡してきて欲しいんだ」そう言って取り出したのは、一枚の封筒。重要書類みたいね。しっかり運ばないと。ジュン「OK。了解したよ」紅「それじゃあ、行ってくるのだわ」笹塚「いってらっしゃい」後ろを振り向くと、笹塚君が手を振って見送ってくれていた。
私たちは廊下をてくてく歩いていた。どの教室にも人が残って、いろんな仕事をしている。紅「ジュン」ジュン「何だ?」紅「武道場まで、結構距離あるわね。喉が渇いたわ」ジュン「ああ、紅茶でも飲んでいくか?まだ総下校まではかなりの時間があるし、どうだ?」紅「あら、お言葉に甘えようかしら」私たちは途中の食堂に向かう事にした。仕事中だけど、十分くらいなら大丈夫よね?ジュンが自分のアイスコーヒーと私の紅茶を頼んでくれた。しばらくすると、汗をかいたアイスコーヒーとアイスティーがやってくる。私はそれを一口啜る。ああ、美味しい。私達がそこでゆったりと飲み物を飲んでいると……薔「……やっ」仗助「よぉ」リーゼントと学ランが特徴的な仗助君、そして私の友人の薔薇水晶がやってきた。性格が正反対の二人だから、ギクシャクしていると思ったら、意外といい雰囲気だ。だけど、二人ともかなりげっそりしているわ。ジュン「やあ、ここに座るか?」ジュンが二人に空いた椅子を勧める。仗助君と薔薇水晶は勧められるままに座った。仗助「結構きついなぁ~~」
ハンカチで汗を拭きながら、仗助君が言った
ジュン「どんなことやってるんだ?」仗助「しおりを閉じていく作業だぜ。ホッチキスかける仕事」紅「楽そうに聞こえるのは気のせいかしら?」薔「そんな事無い……数が多くて……」両手を見せる薔薇水晶。前言撤回。手にタコが出来そうね……仗助「そういえば お前らは仕事終わったのか?」紅「ええ、とっくに終わってるわ」仗助「いいなぁ~~~っ 仕事無かったら手伝ってくれよぉ~~~っ」薔「……うんうん」……そういえば、二人に渡すものがあったわね。すっかり忘れてたわ……紅「そういえば……、笹塚君がこれを二人に渡してくれって言っていたわ」私は封筒を差し出した。二人が受け取り、その中身を見る。その時の二人の驚きと絶望の混じったような顔は、一生忘れられないわ。仗助「嘘だろッ!? これよォォォーーーーッ!!」薔「……最悪」私とジュンも、封筒の中身を見せてもらう。そこには『しおりの13ページに誤字あり 最初からやり直してね(はぁと』と書かれていた。ジュン「嘘だろ……!! ドンマイ」仗助「今日も居残りかよ……」薔「……はぁ」ため息をついて、二人は立ち上がった。仗助「悪いけど もう行くぜ。また最初からかよ~~~~」薔「……頑張ろうね」仗助「おう」ジュン「じゃあな、仗助、薔薇水晶」紅「さよなら」二人も席を立ったし、私たちも行こうかしら。アイスコーヒーとアイスティーのグラスを返して、二人で武道場に向かった。
紅「ここはほんっとに……暑苦しいわね」ジュン「ああ」私たち二人は武道場にいた。部活の盛んな薔薇学園ではさまざまな部活動が行われている。だからこの武道場も広い広い。柔道部が受身を取っているその向こうでは、空手部が組み手を行っていた。幸い、目標はすぐ見つかった。武道場の片隅でダンベルを使ってトレーニングをしていたわ。噂ではウルージ君の使っているダンベルは、二百キロを超えているらしいの。私には持ち上げられないわね。トレーニング中の二人に、ジュンが声をかけた。ジュン「よう、笹塚が呼んでたぞ。至急実行委員会の本部に来いってさ」ウルージ「おーおー好き勝手呼びなさる」ベジータ「絶対雑用だな。メンドクせー」ここで二人の説明をしておくのだわ。ウルージ君はかなりの巨漢だ。縦も横もジュンより一回り、二回り、それよりも大きい。みんなからは『僧正』と呼ばれることもあるわ。その見た目はそこらへんに居る不良よりもはるかに恐ろしい。そしてベジータ。生粋の変態で、よく水銀燈や蒼星石にちょっかいをかけては殴り倒されている三枚目だ。それとM字ハゲ。身長はあまり大きくないけれど、かなり鍛えられているから、実際かなり強いらしいわ。……想像もつかないけど。紅「何でも、力仕事を頼みたいそうよ」ベジータ「はぁ……絶対きつそうだな。まあいいや、了解したぜ。紅嬢」ウルージ「やり過ごす事は……出来んか。仕方ない、行こう」そう言うと、二人は道着を脱ぎ素早く制服を身に纏った。『早着替え』ってやつなのだわ。ジュン「じゃあ、一緒に行こうよ」ジュンが二人を誘う。だが、二人は首を横に振った。ジュン「何でだよ」ベジータ「バカ、お前らカップルじゃ無かったのかよ」ウルージ「お主ら、恋仲なのだろう? 邪魔をするわけにはいかん」ジュン「なっ……!!」ジュンの顔がみるみるうちに赤くなっていく。同時に、私の顔も紅くなっていくのを感じた。紅「あっ、貴方達!」ウルージ「おーおー」ベジータ「やべっ!行くぜ僧正!」行っちゃった……もう! からかうのは止めて頂戴。紅「ジュン、私達も帰るわよ」ジュン「疲れたな、そうしようか」紅「帰ったら……紅茶を淹れて頂戴」ジュン「はいはい」私はジュンにピッタリと肩を寄せて歩いた。ちょっと恥ずかしかったのだわ。
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