【みっちゃんの野望 覇王伝】中編
会場ホールの壁際に近づくにつれ、人混みも稀薄になってゆく。ようやく過度の緊張状態から解放されそうな予感に、ボクの足取りも軽くなった。 ――と、なにげなく眼を向けた壁際に、意味不明な机の列が……。そこは閑散としていて、休憩スペースか資材置き場の様相を呈していたが、どうも違うようだ。なんだろう? 首を捻ったところで、ふと、みっちゃんの声が脳裏に甦った。 「そうそう。『壁』と呼ばれる、特別な売場があるって言ってたっけ」 なんでも、ここに配置されるのが、超人気サークルのステイタスなのだとか。真偽のほどは確かでないけれど、一日で百万円以上も売り上げがあったり、開場して二時間と経たない間に、完売御礼となったりするらしい。 「これ……どこも、もうみんな完売したってコト? すごい勢いだなあ」 どのサークルのスタッフも、既に撤収した後みたいだ。よくよく見れば、即興と思しい『完売しますた』のポップが置いてある机も、ちらほら。 わずか半日ほどで、どのくらいの部数を売り切ったんだろう?みっちゃんのところも、売れ行きは上々に思えたけれど、こっちは桁が違うらしいね。今日が初参加のボクなんかには、とても想像がつかない。 「いつか、みっちゃんのサークルも、『壁』に配置される日がくるのかなぁ」 そんな光景を思い浮かべてみて、少しばかり頬が緩んだ。もしも、この妄想が現実のものとなった暁には、花束と讃辞ぐらいは贈呈しよう。コスプレ売り子を頼まれても、慎んでお断りさせてもらうけどね。そのまま壁際に近づいて、開放されたシャッターを潜って外に出る。一口にシャッターと言っても、その実、4tトラックでも楽に通り抜けできる大きなものだ。このサイズの通用口が、壁伝いにいくつも設けられ、開催期間中は通気口の役割を果たしていた。 会場を出た途端、むわっとした、生温くて潮くさい空気に包まれた。裏手には灌木の植え込みもあったけれど、海風を遮るまでには至っていない。それどころか、かえって風通しのよくない、空気の澱みがちなエリアを構築してしまっている。これは……正直、長居したくはない環境だ。 見渡せば、一般客も、より風通りのいい海辺の公園を休憩場所に選んでいるらしい。と言うより、この付近で座り込んで屯していると、運営スタッフに注意されるみたいだね。騒がしいのが好きじゃないボクとしては、願ったりなシチュエーションだ。 「ん~。慣れない服を着て、慣れないことしたせいかな。肩が凝ってるし、腰も痛いや」 それに、全身の筋肉が、無駄に張ってる感じ。緊張しまくりだったからね。両腕を大きく広げ、上身を左に右にと捩れば、背骨が小気味よい音を立てた。続いて、前屈や屈伸、軽めのストレッチで身体の強ばりを解してゆく。 「あぁ……」 リラックスしてきたのが分かる。意識しないところで、吐息が漏れた。そのせいなのかな、聞き慣れた自分の声と、少し違うような……?不可思議に思いつつも、ゆっくりと首を回していたところに、またもや声が。 「ああ、もぅイヤ! 付き合ってられないわ、バっカみたい!」 一応、断っておく。ボクは息を吐いただけで、毒舌までは吐いてない。それなら、今の乱暴な物言いは、誰の? 首を巡らすと、声の主は思いがけず近くにいた。建物の陰に隠れるようにして、なにやら地団駄を踏んでいる。 それは、斜に構えた様子が絵になるだろう、見目麗しいコスプレイヤーの女の子だった。歳の頃は、ボクとそう違わない感じ。流れるようなプラチナブロンドは、ウィッグ? 「うわぁ。また、ずいぶんと派手な格好だね」 その娘は、全体的に淡いピンクを基調とした、目立つ服装をしていた。魔法使いのコスプレかな。円筒形の帽子や、クエスチョンマークの付いた杖を携えている。この暑苦しい中、マントまで装着してるんだから、見ているこっちが辛くなった。 口振りから察するに、彼女も売り子の小休止で、ストレス発散に来たのだろうね。だったら、折角の息抜きを邪魔するのも、無粋というものだ。立ち去ろうと、踵を返しかけた矢先――踏んだ小石が、思いがけず大きな音を立てた。その音で、こちらの気配に勘づいたらしい。女の子はギョッと、ボクの方へと振り返った。 真っ向からぶつかり、絡み合う、両者の視線。お互いの双眸が、露骨に見開かれていくのが解った。 「キミは……」ボクは呆然と、ピンクのコスプレ娘に言葉を投げかける。「ひょっとして、水銀燈なの?」 まさかとは思ったけれど――ひょっとしなくても、同級生の水銀燈だ。『なんで、ここに?』見つめ返してくる彼女の揺れる瞳が、そう語っていた。 水銀燈が、珍しく狼狽えた素振りを見せたのも、一瞬。すぐさま取り繕うように、彼女はグロスを塗った唇を、いつもの不敵な嘲笑に変えた。「あらぁ? 誰かと思えば、蒼星石じゃなぁい。 ふふ……なぁに、その恥ずかしい格好。バカみたいねぇ。みっともない、みっともなぁい」「それを、キミが言うのかい?」 揺るぎなく冷ややかに睨み返すと、水銀燈の嘲笑は、たちまち凍てついた。ばかりか、ボクの無遠慮な視線に気後れしたらしく、両腕を抱いて僅かに身悶えた。しかし、負けん気の強い彼女は、またも無意味に胸を張って、ぎこちない笑みを作る。 「ふ……呆れたおバカさん。貴女と一緒にしないでほしいわぁ。 これは『派手な妖精』のコスチュームだから、恥ずかしい格好じゃないもの」「あのさ、水銀燈」「な、なによぉ」「それって、もしかして…………『はてなようせい』じゃないの?」 確信が持てないのは、名前を聞いた憶えがあっただけで、現物を見たことがないから。派手という点に関してなら、水銀燈の言うとおりなんだけどね……でも、彼女のコスチュームに鏤められた『?』マークが、ボクの正しさを証明してるっぽい。 ――と、水銀燈の顔がボンッ! と音が聞こえそうなくらいに、いきなり真っ赤になった。 「う、うるさいっ! ワザとボケたに決まってるでしょ!」「ぅわっ?! ちょ、ちょっと!」 いきなりキレた。今まで、よっぽど恥ずかしいのを我慢してたのかもね。水銀燈は顔を紅潮させたまま、子供みたいに『?』マークの杖を振り回し始めた。 「バカバカバカっ! ジャンクにしてやるんだからっ!」「落ち着いてよ、水銀燈! ダメだってば」 赤面ナミダ目で幼児退行しちゃった水銀燈も、なかなか可愛……じゃなくて!いくら会場の外でも、暴れるのは、他の参加者に対する迷惑行為だ。まかり間違って第三者に怪我でも負わせようものなら、注意だけでは済まなくなる。ボクは、水銀燈が振り回す杖を白羽取りの要領で受け止めて、穏やかに語りかけた。 「こんな真似してたら、ますます目立つことになるよ。いいのかい?」 水銀燈としても、それは本意ではないだろう。果たしてボクの見立てどおり、彼女は渋々と矛ならぬ杖を収め、指で目元を拭った。それから、仕切り直しとばかりに、杖の石突きでアスファルトを叩いた。 「ま、まあ……このくらいで勘弁してあげるわ。私にも、いろいろ都合があるしぃ」「解ってくれて嬉しいよ」「――それで?」「えっ、なにが?」 いきなり訊かれても、なんのことやら。まごついていたら、水銀燈に鼻先で嘲笑われた。 「察しが悪い娘ねぇ。そんな格好をしている理由を、訊いてるに決まってるでしょぉ?」「ああ、そういうコトか。実は、ちょっと、知り合いに売り子を頼まれててね。 看板娘だからって、こんなコスプレをさせられたんだよ。キミは、どうして?」「私は、イヤだったんだけど」 水銀燈は、急に歯切れが悪くなった。「めぐが、どうしても参加したいって言うから……仕方なくて」 その名前には、聞き覚えがあった。柿崎めぐ――水銀燈の、無二の親友の女の子だ。会ったことはないけれど、気分屋の水銀燈に、唯一ワガママを押し通せる人じゃないかな、柿崎さんは。 「ホントは、ちょっとコスプレしてみたかったんじゃないのかい、キミも」「……ばぁか。勝手に言ってなさい」 辟易したように吐き捨てられた水銀燈の口調は、それでも柔らかかった。なんだかんだ言いながら、やはり満更でもなさそうだ。 「ところで、キミを未知の領域に誘った彼女は、どこに? 一緒に来たんでしょ?」 訊くや否や、水銀燈は大きな溜息を漏らして、小さくかぶりを振った。 「人の波に流されて、はぐれちゃったのよ。まったく、鈍くさいったら」「すごい勢いだよね。ボクは初めて来てみたんだけど、人の多さに驚かされたよ」 会場は、複数のホールに分散されている。その内の西ホールには、一般企業のブースが配され、期間限定品を物販してるらしい。ソレを目当てに、殺気立って移動する人々も少なくないと、歴戦の勇士みっちゃんは語る。うっかりと、その民族大移動に呑まれたら、はぐれるのも致し方ないだろう。 「ふぅん? 初参加でコスプレだなんて、貴女にしては大胆じゃなぁい」「キミだって、ボクのことは言えないでしょ」「まぁね。打ち明けると、私も初参加だし。2度目はないでしょうけどぉ」 今度は、素直に認めた。いい加減、片意地を張るのに疲れたらしい。はぐれた親友も、探さないといけないだろうし。 「とりあえず、柿崎さんに、携帯電話で連絡とってみたのかい?」「それが……着替えるとき、うっかりロッカーに放り込んできちゃったのよ。 私としたことが、とんだオマヌケだわ。ロッカーの鍵は、めぐが持ってるし」 「というワケだから、蒼星石」水銀燈は自嘲しつつ、ずいっ! と腕を伸ばしてきた。「ケータイ貸しなさい」 もちろん、貸してあげたい。困ったときは、お互いさまだ。でも、お生憎。持っているものならば、という前提ありなんだよね。 「いやぁ……ごめんね、水銀燈。実は、ボクも持ってないんだ」「はぁ? なんで持ってないのよ」「だって、このコスチューム、携帯電話を入れておけるポケットがないんだもの」「胸の間に挿んでおけばいいでしょうに。ったく、使えない娘ねぇ」「そこまでの保持力と包容力はないってば、ボクの胸……」 ひどい言い種だよね。自分の失態は棚に上げてさ。でもまあ、らしいと言ったら、水銀燈らしい手前勝手ぶりだけど。 「とりあえずさ、水銀燈。一旦、会場に戻らない?」「……なんで?」「ボクのクライアントなら、携帯電話を持っているからね。 かなりの常連だから、こういう場面での的確なアドバイスも、いろいろくれると思うよ」「そう……それだったら、つべこべ言ってないで急ぎましょう。 めぐは病んでイカレてるから、早く保護しないと、いろいろヤバイのよ」 なにが、どうヤバイのかな? 病んでるというのも、穏やかじゃないよね。正直、興味をそそられた。けれど、そこまで。変に首を突っ込まないでおいた。そういう、おばさんの井戸端会議っぽいのって、ボクらしくないし。 さて、ボクと水銀燈、二人揃って、みっちゃんのスペースに戻ったワケだけど―― 「きゃーっ?! 誰っ? ね、ね、蒼星石ちゃんっ! その娘、誰なのー? 可愛いぃぃー! お持ち帰りしたいぃぃぃ! みっちゃんに紹介してぇぇー!」「みっちゃんさん。声が大きいですって……あぁ、鼻血まで……ティッシュティッシュ」 ……あはは。なんだかね、病んでる人が、ここにも約一名いるんだけど。まあ、有り体に言ってしまうと、会場にいる人すべてが病……ううん、なんでもないよ。 「なによ、この変な女」「ボクのクライアントの、みっちゃんさん」「どうかしてるわ、イカレてるわ」「そう言わないであげてよ」 眉を顰め、小声で毒づく水銀燈を、吐息混じりに宥めつつ。とにもかくにも、狂喜乱舞するみっちゃんを黙らせるべく、水銀燈を指して紹介した。 「同級生の水銀燈です。彼女も、これが初参加みたいで」「へえー、そうなんだー。その『はてなようせい』のコス、なかなか完成度が高いわね。 製作期間は、どのくらい? 一ヶ月ぐらいかかったのー?」「え……と……。わ、私が縫ったワケじゃないから、詳しいことは知らないわ」「あれま、残念。いろいろ、コス関連の情報交換したかったんだけどなー。 ああ、それなら同人誌のほうで――」 みっちゃんは本当に、この手の話題が好きみたいだ。でも、彼女に合わせていたら日が暮れてしまうね。ほどほどに打ち切らないと。 「みっちゃんさん、ストップ。実はですね、電話を貸してほしいんです」「ん? なにか、トラブっちゃってる?」「私と一緒に来てた娘が、この混雑に呑まれてね。はぐれちゃったのよ」「それで、現在地を特定したいってワケね。うん、いいわよ。そういう理由なら」 さすがは百戦錬磨の兵。話が早い。みっちゃんは自分の携帯電話を差し出した。――んだけど、水銀燈が掴む寸前になって、その手をひょいと引っ込めた。 「た、だ、しぃ。あたしのお願い叶えてくれたらね、はてなようせいちゃん♪ できれば、他にもプライベートなこととか、いろいろ教えてほしいんだけどー」 強みを握るクライアントは、むふふ……と、いやらしく含み嗤った。うん。なんとなく、予想はついていたよ。こうなるだろうことはね。みっちゃんにも一応の分別はあるだろうから、突飛なお願いはしないと思うけど。 水銀燈が『?』ロッドを振り回したい衝動を抑えているのは、彼女の震える手から察せられた。何度かの深呼吸を繰り返して、その試みは成功したらしく。 「なによ、お願いって」憮然と訊き返す水銀燈に、みっちゃんは陽気なウインクで応じる。 「まっま、そんな怖い顔しないでぇ~。銀ちゃんの写真を撮らせてほしいだけだってば」「はぁ? ちょ、まさか、この格好を撮ろうっていうのぉ?!」「いぇ~っす! ねね、いいでしょ? 一枚だけ! 一枚でいいからっ!」「撮らせてあげなよ、水銀燈。キミだって、早いところ、柿崎さんと合流したいんでしょ。 みっちゃんさん、撮影した写真は、転売したりしないですよね?」「当然、あたしのお楽しみタイム用よ。ネットに流したりしないから、安心して」「…………しょうがないわねぇ」 水銀燈が、渋々と首肯したときにはもう、みっちゃんの手にはデジカメが召喚されていた。「よしっと、商談成立っ! あ、折角だから、蒼星石ちゃんも一緒にね。並んで並んで~」 ★ 撮られてしまったよ……はてなようせいに扮した水銀燈との、ツーショット。みっちゃんの怒濤のテンションに翻弄されて、流されてしまったんだ。どうして、ボクはこう押しに弱いんだろう。いつも、姉さんに押し切られてるから、慣れちゃったのかな。 まあ、そのお陰で携帯電話を借りられたし、柿崎さんの所在も判明したんだけど。知人には、とても見せられない。見られたくない狂態だよ、まったく。 「よりにもよって、コスプレエリアまで流されて行っちゃってたなんてね」 黙っていると、どんどん気持ちが腐ってしまう。柿崎さんを迎えに行く道すがら、気分転換に、隣を歩く水銀燈に話を振った。すると、水銀燈は額に手を当てて、憂鬱そうにイヤイヤをした。 「ホント、もう付き合いきれないわぁ。めぐの誘いでも、二度と来るもんですか」「そうだね。ボクも、次は遠慮したいよ。この空気には馴染めそうもない」 ボクが同行しているのは、水銀燈が、それを強く要望したから。コスプレしたまま独りで歩き回るのは、さすがの水銀燈でも気後れするらしい。 「話のネタに来るだけなら、一回で充分よねぇ」「うん。今日の日記は、このことを書くつもりだよ」 ボクが言うと、水銀燈はからかうように、右の眉を上げた。「日記だなんて、几帳面ね。蒼星石らしいわ」 「ずっと続けてるからね。もう生活習慣になっているだけさ」「私は、ダメねぇ。そういうの、いっつも三日坊主だしぃ」「いいんじゃない? 少しぐらいルーズなほうが、キミらしいよ」「……それ、褒めてるのぉ?」 怒り出すかと思いきや、水銀燈は鼻で笑って、ボクにデコピンしただけだった。 ようやくにして辿り着いた屋外のコスプレエリアは、想像以上に広く、活気に満ちていた。夏の強い日射しの下、さまざまなコスチュームに身を包んだ人々が、賑々しく談笑している。その中には、撮影許可を受けたらしい、腕章を着けたアマチュアカメラマンも、ちらほら。 「すっごい熱気。どうして、あんなに夢中になれるのかしら。理解できなぁい」「好きだからこそ、だろうね。みんな楽しそうな顔してるよ」「たかがマンガでしょうに……バカみたい。くっだらなぁい。呆れたわ」「理解できないことを、くだらないと決めつけるのは横暴だよ。あまり感心しないね」 ボクが言うと、水銀燈は拗ねたように唇をとがらせ、そっぽを向いた。 まあ、この娘が多弁になるのは、少なからず興味があるときなんだけどね。天の邪鬼だから、大概は、逆の意味にとっておけば間違いない。なんだかんだ文句を並べてる割には、はてなようせいコスを気に入ってるみたいだし。 「ほらほら、ヘソ曲げてないで。柿崎さんを探すんでしょ。 彼女、どんな服装してるのさ。教えてくれるかな、はてなようせいさん?」 水銀燈は頬を紅に染めて、何事か言いかけたけれど――さすがに周囲の目を気にしたのだろう。芝居じみた舌打ちをして、怠そうに呟いた。「コスプレしてるわよ。赤と青のツートンカラーの衣装でね。赤十字のついた帽子をかぶってて。 なんて言ったかしら……えぇと…………そうだわ。確か、えーりん……とか、なんとか」 えーりん? なにそれ、映倫のこと?なんだろう、そこはかとなく卑猥な感じがするのは、ボクの考えすぎかな。でもまあ見方を変えれば、赤青ツートンなんて目立ちそうだし、歓迎すべきなのかも。 「じゃあ、手分けして探そうか」 ふたりなんだから、その方が効率もいいだろう。そう思っての提案だったのだけど、水銀燈は言下に否定した。 「ダメよ。私たちだって、連絡手段を持ってないじゃない。 捜索隊が二次遭難だなんて、おバカさんにも程があるわ」「だからさ、前もって、合流する時間と場所を決めておけば問題な――」「とにかく、ダメったらダメなの。言うこと聞かないと、ひっぱたくわよ」 なんだか、いつにも増して強引だ。柿崎さんを捜しに来たのに、どういうつもり?一寸、理由を考えてみて、もしや……と思い至った。 「勝手が分からない場所で、独りにされるのが怖いのかい?」「ち、違うわよ!」「……ふぅん、なるほど。キミも意外に、臆病なんだね」「違うって言ってるでしょ、このっ!」「痛いっ! な、なにするのさ! 杖でおしり叩かないでよ、もおっ」 やれやれ。案外、可愛いトコあるなと思った途端に、この暴挙だもの。照れ隠しにしても、もう少し穏やかにお願いしたいよ、ホント。 ともあれ、ここで雑談をしてても埒が開かない。水銀燈のためにも、さっさと柿崎さんを見つけ出してあげないとね。 「それじゃあ、ボクは会場側をメインに見回して歩くから」「だったら、私は海側を中心に探すわ。それらしい格好を見かけたら、報せなさい」 簡単な打ち合わせをして、興宴の直中を歩きだす。周りを賑わしている人々の九割がたは、当然だけど、コスプレイヤーだ。ゲームなのか、アニメのものなのか、ボクが見たこともない衣装ばかりだった。 「なんだか、違う惑星にでも降り立ったみたいねぇ」 水銀燈の独り言。さすがに違う惑星とは大袈裟だと思うけど、概ね、賛同するよ。ここには、なにか特殊なフィールドが張り巡らされているみたいだ。ボクらが何故か、この場に馴染んでしまっているのも、その影響なのか。 このときボクの胸を騒がせていた戸惑いは、どう書き表したら伝わるだろう。なんだか、触れてはいけないモノを、掘り出してしまったような……禁忌を犯してしまった背徳感が、イメージ的に近いかもしれない。 現在進行形で、なにかに侵蝕されている危機感。水銀燈が、最初に手分けして探すことに反撥したのも、もしかしたら直感的にソレを察知していたから?なにやら漠然とした怖れを抱きながら、ボクらは未知の領域を進み続けた。 そして、ボクは知ることになる。まさか、まさか――これが底なし沼への一方通行だったなんて。 ん? この締めくくり方……なんかデジャビュ。
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