ですぅたちの夜【着信アリ偏】
「水銀燈、さっきから携帯が鳴っているですよ」「私じゃないわよぉ。私の携帯にこんな着メロ、入ってないものぉ」今日は日曜日。私は水銀燈と一緒に町へ繰り出していた。初夏の熱気と容赦なく照り付ける太陽を相手に悪戦苦闘しなければならない休日。人込み溢れる赤信号の交差点で、涼む余裕すらない中、私は、先程から水銀燈が鞄の中の携帯を鳴らしっ放しにしている事を気にしていた。私の忠告を言葉では否定しながらも、水銀燈は自分の携帯を取り出して確認する。「あら?本当に私の携帯ね…でも、こんな着メロを使ってた覚えなんかないわぁ」その後、遂にボケ始めたですか、と飛び出す筈だった水銀燈への毒舌は、自分の携帯画面を見て凍り付く彼女の表情を前に、喉の奥へと撤退した。「な、何よコレ…?私の番号じゃなぁい…」「え?ど、どういう事ですか…?」私の質問に答える間もなく、電話に応じる水銀燈…。彼女はまるで脅迫電話に対応しているかのような表情を浮かべている…。急に心配になった私は、水銀燈の肩へ手を伸ばしたが、次の瞬間、「キャアァァァァァァ!!!!」 「ひぃっ!」電話の中から、この世のものとは思えないような悲鳴が上がり、私は縮こまった。只ひたすら暑さに耐えているだけだった周りの人達もこちらへ視線を集中させる。水銀燈は放心状態といった感じで、携帯を片手にボーッとしていた。私は…、 A.「水銀燈、しっかりするですよ!」と声を掛けた。 B.「水銀燈、みんながこっちを見てるですよ!」と注意を促した。→C.「水銀燈、アレを見るですぅ!」とキャッチしたばかりの情報を伝えた。「水銀燈、アレを見るですぅ!」とキャッチしたばかりの情報を伝えた。私の指差す先には、夏 の ヤ ク ル ト 祭 り 2009目の前の大きなデパートの外観にデカデカと飾られた看板が、謎のキャンペーンを宣伝している。交差点であれだけ目立つ看板に、どうして今まで気付かなかったんだろう?水銀燈も今気付いたのか、看板を見ながら口をあんぐりと開けている。だが次第にその顔は、爛々と眩しい程の輝きを放ち始めた。「い、行ってみるですかぁ?」「当然よぉ」さっきまでの戦慄した表情はどこへやら…今では後光すら放たんばかりの勢いだ。 やがて信号が青に変り、それと同時に水銀燈の瞳もヤクルト容器の形へと変わる。私は横断歩道を渡りながら、さっきの電話に関しての疑問を彼女にぶつけた。「水銀燈、さっきの電話はいったいなんだったんですか?」「うーん、それがよくわからないのよぉ。聞こえてきた声が、私の声とそっくりだったしぃ」「それでなんと言っていたんですか?」「最初、わけのわからない事をブツブツ言ってて、いきなり《ヤクルトばんざーい》とか叫んだと思ったらものすごい悲鳴が聞こえたのよぉイタズラかしら?なんだか怖いわぁ」確かにあれは遠くからでもわかるくらいに尋常じゃない悲鳴だった。掛けた相手に何があったんだろう?声の主が水銀燈そっくりで電話番号も同じだというのも引っ掛かる…。しかしその電話に出た本人のセリフはまったくの棒読みで、今はヤクルトの事にしか頭にない。脳みそに乳酸菌が涌いているらしい。そうこう考えてる内に私達は、デパート内の会場らしき場所へと着いた。閉ざされたドアの前に《こちらヤクルト祭り会場》と書かれた札が立ててある。そしてそれは…我先にと水銀燈がドアを開けた瞬間の出来事だった…。「おめでとうございます!あなたが89610人目の来場者です!」突然、兎のマスクを被った男がそのセリフと共に水銀燈へ駆け寄って来た。そのマスクはリアル過ぎて、キャンペーンのマスコットとしては酷く不気味だ。アレ…?この人どこかであったような…「あなたには10種類の乳酸菌飲料1年分と、ヤクルトクイーンとしての称号が贈呈されます」兎男の熱烈な歓迎に、水銀燈は笑顔で対応しているが、私は何故か不安だった…それにしても会場の中は、外からは想像できない程広い…人もたくさんいる。ただ…兎男が言っていた、8万人以上もの怒涛の人数がいるようには見えない。せいぜい数百人がいい所だ…。「私が先程申し上げました来場者数は、今まで毎年行われたヤクルト祭りに集まった総合の人数を言っております」何故か、兎男は私がついさっき浮かべたばかりの疑問を速攻で答えてくれた…。彼は水銀燈と話しているけど…まさか地の文を読まれたわけじゃないよね…?やっぱり油断ならない!それにこの兎男、絶対どこかで会ったような気が…「それでは水銀燈さん…いえ、ヤクルトクイーン、どうぞこちらへ…」 私の不安と疑念を尻目に、兎男は水銀燈を会場の奥へと連れて行く…。周りの客達は彼女を拍手の嵐で送り、本人も照れながらそれに応えている。どう考えてもおかしい…水銀燈はこのイベントに関してはまるで知らない様子だった。だって彼女は、「乳酸菌戦隊ギンレンジャー」の劇場版を見るのを急に予定変更してここに来たのだから…。ヤクルト馬鹿を越えたヤクルト馬鹿、そしてそれを更に越えたヤクルト馬鹿の水銀燈が、こんな街中の目立つデパートで毎年行われている乳酸菌馬鹿専用のイベントを知らないわけない。なんか仕組まれているとしか言えない…やがて水銀燈が向うのは部屋の中央にある、大きな円柱の台。彼女が立った瞬間、祝福するかのように台の周りから絶え間なく水しぶきが飛び始めた。見ると台の下に男が2人、細長いウォーターガンを上に向けて発射している。当然それは観客達に掛かるが、まったく気にしていない様子…。水じゃない…シャンパン…?…いや、ヤクルトだ…ベトベトする、勘弁して…。「本日、ヤクルト祭りにお越し頂いた皆さんに、私は感謝しなければいけないようねぇ」 突然、台の上の水銀燈がマイクを通して演説を始めた。彼女が喋ってる間にもヤクルトのしぶきが飛んで来る。私はヤクルトがなるべく掛からないよう、部屋の隅へ避難する事にした。「私は晴れて、ヤクルトクイーンに選ばれたわぁ」その言葉と共に歓声と拍手が巻き起こる晴れ舞台はほんと彼女によく似合う…こんな時ぐらい敬語使えばいいのに、そんな事を思いながら私は近くにあるイスへ座る。まだ油断はしてないけれど…そう言えば、あの兎男が見当たらない…ん…?彼女の頭上…あれはなんだろう?直径3メートル以上もある、巨大なボール状の物体が天井に吊されている。薬玉かな…?割れたら紙のヒラヒラと共におめでとうとか書かれたメッセージが出て来るあの…「私からの感謝の言葉は以上よぉ、それでは皆さん…ヤクルトばんざーーい」――え…?彼女の聞き覚えのある台詞と共に、いきなり巨大な薬玉が落ちて来た。その大きな球体は彼女の脳天を…………直撃せず、足元の円柱の台を破壊した…正確には台そのものではなく、台の中身を隠していた周りの面だ。「キャアァァァァァァ!!!!」台の中には巨大なバネがいくつも仕込まれていたのだ。水銀燈は大きな悲鳴と共にドリフよろしく空中へと跳ね上がった。球体の方もよく見ると薬玉ではなんかではなく、巨大な鉄の塊だった…こんな物が脳天直撃した日にはリアルスプラッタホラーが確実に上映される。鳥になった水銀燈は天井に顔を勢いよくめり込ませ、そのままプラプラ垂れ下がった。下の連中はあたふた、まさに混乱必至。しかしよっぽど脆かったのか、やがて天井は崩れ、水銀燈は落ちて来た…これから始まる惨劇へ…本日、2度目の悲鳴が会場内に響き渡った…声の主はもちろん水銀燈その人。彼女は四つん這いになり、生まれたばかりの小鹿のようにプルプル震えている。そして…その淫らに育った立派なヒップには、刺さってはいけないものが深々と刺さっていた。男2人が持っていたヤクルトを噴射していた細長いウォーターガンの内一本…ガソリンスタンドの洗車機に付いてそうな噴射力抜群の水鉄砲である。しかしそれは、また更なる悲劇を招く一つの要因に過ぎなかったという事を…次の瞬間、私は思い知らされた。そのウォーターガンから噴出されるヤクルトが、排泄の法則を根本から逆流させたのだ。彼女の口から、鼻から、耳から…まさに《乳酸菌摂ってるぅ?》と言わんばかりのヤクルトが噴射される。その先には綺麗な虹を作り上げ、それはラスベガスの噴水さえも顔負けだった。目からも滲み出てる液体に、乳酸菌が含まれているかどうかは不明だが…。そんな彼女の人知を越えた圧倒的なパフォーマンスに周囲はスタンディングオベーション…中にはそれを見ながらマスターベーションしてる輩さえもいる。慌てふためいていた連中も、本人にとっては間違なく不本意であろう拍手をただ贈っていた。そんな中、まともな思考を働かせる事ができたのは、私1人だけだった。乳酸菌中毒者的に見れば歴史的シチュエーションでも、人間的に見れば人命に関わる事故である。私は人だかりを掻き分けて水銀燈に近寄る…もう既に彼女は白目を剥いていた。私は思い切って彼女のたわわなお尻に自分の足の裏を当て、全力でそれを引っ張る。周囲もやっと事態を飲み込めたのか、何人かが私に加勢してくれた。ふいに『大きなカブ』という本のタイトルが浮かんだ…。 しかし余程奥まで挿さっているのか、どんなに力を入れてもそれが抜ける事はなかった。ウォーターガンのレバーは既に壊れており、常に出しっ放しの状態だ。元栓を辿ってみると蛇口は何故か全開に捻られ、ばかになっていて閉まらない。――このままでは水銀燈が死んでしまう!私は最後の賭けに出る事にした…。もう一本残されたウォーターガン…私はそれを手に取り、あろう事か水銀燈の口の中へ突っ込む。「今、助けてやるですぅ!!」私は叫びながらその引き金を引いた…私の願いと共に、ヤクルトが勢いよく水銀燈の口の中へ噴射される。水銀燈のヒップ側では2人の男が私の思いを汲み取り、それに合わせて挿さった異物を引っ張る。――こんな方法で助かる可能性なんざ恐らく1%くらい…でもその1%に、翠星石は賭けるですぅ!そんな哀れな被害者である水銀燈は、両方の穴から責められ、ガクガクと痙攣している。秒単位で白目と黒目が交互に入れ替わり、もはや生きているのか死んでいるのかわからない。大切な親友へと捧げる、この万感の思いと共に、私は思い切り目をつぶった。やがて…ぶしゅううぅぅうう、という鳴き声を発し、大蛇が地面にて荒れ狂う。水銀燈は糸がキレた人形のように…その場に崩れ落ちた…一か月後…彼女の手には大量のヤクルトが入ったスーパーの袋…買ったのはもちろん本人。「しかしあれは災難だったですぅ、よくヤクルト恐怖症になりませんでしたね」「フフン、あれくらいの出来事で私がヤクルトを嫌いになるとでも思ったぁ?それに私、責められれば責められる程燃えるみたぁい」あの事件以来…水銀燈の乳酸菌への愛はびっくりする程変わっていない…。ここまで来ると清々しいし、微笑ましい…なんか応援したくなる。今日も嬉しそうにヤクルトを飲む彼女の瞳には、夏の夜空が溢れんばかりに映っていた…。【瞳に映る】【夏の夜空】「あらぁ?翠星石、携帯が鳴りっ放しよぉ?」「変ですね、翠星石の携帯にこんな着信音……あれ?どっかで聴いた事があるような……」終【そして更なる喜劇への幕開け】
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