序章『幸せのための種』
時刻はまもなく18時。陽の光は殆ど無く、あたりを照らすのは専ら建物からの光だ。パン。ガシュッ。カラン、カラン。「弾切れか…」対赤外線のシーツを被り、サイレンサーと馬鹿でかいスコープを取り付けた銃器を構えた男が、ライフルの最後の1個の弾を木に当て無駄にしたことを悟る。「逃げられたかもね」その男の後ろ、建物の最上階の入り口にもたれかかっていた女が現実を淡々と告げる。男は森から目線を外さず、ゆっくり後退。女の横へ腰を落ち着けた。「でも、大丈夫だ。四人。四人は確認した」しかし、最後の一人を逃したことを男は若干悔やんでいるようにも見えた。それが呟きとなって言葉に表れる。「逃げられたんだよなぁ…勿体無い」最後の銃弾の抜け殻たる空薬莢を手に取り、月灯りに照らす。「でも、まぁ、任務は完了、ってことで」だが男は少し首を振りながら、「いや…これから…だ」「また何か企んでるの?」「人聞きが悪いな。決着をつけるんだよ」「そう」やがて灯りの点いた階段を一段一段下りながら、二人はこぶしをつき合わせ、「僕はキミについていくから」「ああ。…切り込みは任せた」「どっちが頼ってるんだか」にこり、と微笑みあった。空は月と、遠く街の灯りが、一段と強く輝きはじめている。―――月灯りに照らされた森の中に走る一人の女の姿。『許さない・・・!絶対に許さない・・・!』その女の顔は、憤怒に歪んでいた。しかし、その表情を咎める者は、誰もいない――――ゆうやけスカイブルー ――序章『幸せのための種』――「うーん」生活運営費用…すなわち二人の生活費を任されている女が、眉間にしわを寄せながらノートを眺めている。此処はとある大都市の中にあるアパートの一角。二人分の生活雑貨を搬入してもなお然程狭くは感じない部屋に、普通の生活とは不釣合いな銃器や剣の類が丁寧に置かれている。「ねえ、ジュンくん」モニターに表示されている偏向された政治話に惰性のように耳を傾けている、ジュンと呼んだ男に女が話かけた。「ん?――目が怖い」ジュンは外音を遮断していたイヤホンを外し、女の方へ向き直る。「このさぁ、270,000っていう謎の数字は何かなぁ?」ノートには領収書が細かく、彼女の仕事の丁寧ぶりを示すように寸分の狂いも無く罫線に上を合わせ、ぴったりと貼られていた。それとは別に銀行通帳と、家計簿に使われているノートを、ジュンの目の前にずい、と差し出す。ジュンはその数字を暫く眺め、「……ん?」何かに思いあたりがあるのかもう一度数字を確認。「んんんー…」彼の目が泳いだのを見逃さなかった女が、「だから、これは何?」と追撃。ジュンはしどろもどろに、「蒼星石へのプレゼント………すまん……いや、それが」「言い訳無用!」蒼星石は笑顔だったが、明らかに背中にあるオーラが彼を許しているとは思えない。蒼星石のこぶしが、ジュンの脳天を綺麗に直撃。「次の給料から回収!」自業自得の二重苦をジュンは味わうことになった。「…だってマスターが安くしてくれるっていうから」「そうじゃなくて!黙って買わないでよビックリするから!」聞き分けの悪い子供をしかるように、蒼星石がノートで二、三回頭をはたく。ジュンは素直にそれを受け入れ、「いや…ごめん」深く頭を下げた。蒼星石はため息をついただけでそれ以上追求せず、「それはそうとして、マスターから何かメール入ってたんでしょ」「ああ、そうそう―新しい依頼だってさ」ジュンは暫くパソコンをいじっていたかと思うと、戦争の真っ最中かと思えるほど焼け野ヶ原になり、形を保てていない町の写真が映されていた。そして、その下にはいかにも性格が悪そうな一人の男の写真。「これだ。C国からの依頼。―独裁政治のA国の頭を潰してほしい、と」「ふぅん?C国ってあの女王様の?」蒼星石はコーヒーを飲みながら聞くあたり、まるっきり信用していないようだ。ジュンもあくびをかみ殺し、「信用したもんかどうか」などと呟く。「で、どうするの?」「行かなくてもいいと思ってる」「27万のほうだよ」「……」ジュンの目線が中を舞う。「じゃあ支度しないとね」喜ぶ蒼星石を尻目に、蒼星石にひっかけられたジュンは嫌な顔をしながらしぶしぶ支度を済ませ、1階の酒場へと向かう――。 「いらっしゃい…あら、蒼星石さん、ジュンくん」一階まで降りてきた二人に挨拶したのは、酒場の経営者たる、「めぐ」と名乗る女性。噂ではこの名前も偽名だと言うが、それが本当なのか嘘なのか、はっきりとしたことはわかっていない。――噂を調べた人が悉くいなくなっている、という事実に目を伏せれば、真偽くらいはつくのかもしれないが、とりあえず酒場では暗黙の了解となっていた。というのも、「こんにちは、めぐさん。またジュンくんにステキなものをありがとうございます」笑顔でお辞儀をする蒼星石。「いえいえ、たまたま入手できたのですから、日ごろお世話になっている恩返しとして、安くさせていただきました」同じようにめぐも笑顔でお辞儀を返す、が。「…いやいや、女っていうのは怖いね」ジュンがそう呟くように、二人の目は確実に笑っていない。しいて言うなら、「今度はどんな手を使ってジュンくんを誑かしたんですか」と蒼星石、「誑かしたなんてとんでもない。彼から言ってきたんですよ?売ってくれ、って」とめぐの目が言っているようだった。二人の間を悪化させた、諸悪の権化たる男は間にブリザードを放っている二人から目線をそらすように依頼書を眺めている。――めぐが本名を出すわけにはいかないのは、言わなくてもいい一言をわざと言う悪意や、二人のように日ごろお世話になっている人の情報であろうと、平気で他人に売る、という点にある。そんなわけで、あっさりと殺されてもいいようなものだが、生き残っているあたり何か秘密はあるのだろう。ジュンはそれが何か、まで詮索するほど命知らずではなかったが。「で、さっきの依頼。本当?証明できるものはある?」相変わらず笑顔で微笑みあっている二人は、いつまでたってもブリザードが水になり地面を固めるとは思えず、ジュンが渋々二人の間に割って入ることにした。めぐはすぐにジュンに視線を移し、「それなら大丈夫よ、私が女王にじきじきに確認に行ったわ」「…たびたび思うんだけどさ」冷静に考えれば非常に問題がありそうな行為をケロっと言ってのける彼女に、ジュンがつっこみを入れる。「そういうコネとか情報ってどうやって手に入れてるの?」その発言を受け、少し上を向き、暫く何かを考えていためぐは、「…高いわよ?」「そこまでお金とるのか…ねえ、実はそのお金を使って自転車操業してたりしない?」「2倍くらいになったわね。今ので」そんな言い草に最早呆れかえったジュンは、「あ、そういうことでさっきの依頼。受けることにするよ。詳しい情報」「はーい。情報量は勝手にもらっておくわ。じゃ詳細はこれね。今回の依頼者は、C国の女王様、真紅。彼女の国とA国が戦争が終わっても緊張関係にあるのは知ってるでしょ?で、終戦協定を結ぼうとしたんだけど、A国がそれを無視したもんだから、真紅様が怒っちゃったの。だから今回でケリをつけ、新しい首相、――話によれば彼女の秘書が次の首相らしいんだけど、彼女と協定を結びたいってことみたい」めぐは淡々と状況のみを説明しながら、手元の計算機で数字を叩き続けている。蒼星石がその様子をチラッと覗き、零の数に驚愕。ジュンはその様子を見ていなかったらしく、「!!?なんだこの金額!」出てきた数字を思わず二度見してしまった。「ん、これが今回の賞金。これだけ出すっていうことは、真紅様も切羽詰ってるのでしょう」「いや、そうなんだろうけどさ…そうか。さすが一国の女王は違う…」ジュンが唸りながらそう呟くと、「はい、これで準備はできたわ。気をつけてね。死んでも助けにはいかないわ」めぐは素早い手捌きで書類に不備がないことを確認。認可の印をしっかりと押した。これで二人が今回の依頼を正式に受けることになる。「改めて確認。任務はA国首相の殺害。成功したかどうかは、私が確認するから」「……?」一番最後の発言が引っかかる。「どうやって?」「3倍ね」「…はいはい」「それじゃあ行くか」めぐの妄言に耳も貸さず、ジュンはポーチの中に入っている銃器類を確認。蒼星石も愛用の太刀が収められている鞘に手を当て「問題ないよ」と、OKサインを出す。「あ、必ず真紅様に会いにいって、詳しい確認は取ってね。紹介状、今書くから」「…いや、ほんとに、何者?…あ、やっぱり答えなくていい」めぐの目がきらりと光り、ジュンがあわてて目をそらした。* * *「暑い…かな」二人が改めて準備を済ませ、酒場を出る頃には既に昼を回っており、太陽の強烈な日差しが差し込んでいた。「停留所まで急いで行こう」「ああ」その合図を掛け声に、蒼星石が走り出す。「走るのか!」発言を読み違えたジュンが一歩遅れて走り出す。――何処までも青い空に、ジュンを呼ぶ、蒼星石の声がこだました。序章『幸せのための種』―終―
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