翠星石とペプシソ
「どうするですか、コレ……」翠星石は机の上に置かれた、ペットボトル飲料を見つめながら、小さく呟いた。怪しげな蛍光グリーン。鼻を突く葉緑素の香り。それを一層際立たせる、不気味な炭酸。現在、絶賛(?)販売中の、某・しそ味ドリンクだった。始まりは、コンビニにて。「おお!?この緑色からは何とも言えん迫力を感じるですよ!!」好きな色は緑色。イメージカラーも緑色な彼女は、てっきりメロンソーダだと思って手を伸ばした。そしてお会計を終えて、早速開けてみて一口。時が、凍りついた。甘くてシュワシュワなメロンソーダだと、気持ちは既に準備を終えていた。なのに口の中に広がるのは、しそ。紫蘇。SHISO。予想外の方向からの奇襲を受けた翠星石の味覚は、計り知れないダメージを受ける事となった。そのままガッカリと肩を落とし、背中からは哀愁を滲ませながら、翠星石はてくてく歩き……そして、冒頭に至る。
「捨てるのはもったいないですし……かといって……」一口飲んだだけのペットボトルをジト目で眺め、一人ぼやく。そして、はぁ、とため息が漏れそうになった時だった。「たーだいまーかしらっ!!」玄関の方から、やけに威勢の良い声が聞こえてきた。翠星石の脳裏に、名案が浮かぶ。同時に、抑えても抑えきれない笑みが、口の端を持ち上げる。ことイタズラにかけては、彼女の右に出る者は居なかった。早速、しそ飲料をコップに注ぎ、何食わぬ顔をして待ち構える。そして……「翠星石、もう帰ってたのかしら」リビングの扉を開けてやって来た獲物に「おおチビカナ、おかえりですぅ。いやー、それにしても今日は暑いですねぇ。 本当に暑いですぅ。なので、特別にメロンソーダを用意してやったですよ」とっても優しい笑顔を向けながら『しそ飲料』を差し出した。「……何だか優しい翠星石はとっても危険な予感がするかしら……」金糸雀はあからさまに顔を引き攣らせながら、蛍光グリーンの液体を見つめる。「チビカナにも、翠星石の『危険な大人の魅力』が理解できるですか」何気なく誤魔化しながら、翠星石は金糸雀にコップを手渡そうとして……「カナは全てお見通しかしらっ!ここは……逃げるかしらー!」見事に失敗した。
「……チッ!翠星石の作戦を見破るとは、チビのくせに侮れんですぅ!」ギッと金糸雀が逃げ出した方向を睨みつけるも、何の意味もなく。翠星石の手元には、なみなみとコップに注がれた『しそ飲料』だけが残されていた。コップに入れてあるので、こうしている間にも、どんどん炭酸は空に消えてしまう。そうなれば……後に残るのは、生ぬるぅい『しそ飲料』正直、これはいろんな意味でいただけない。そうなる前に、責任を取って自分が飲むべきか。「……南無さん!ですぅ!!」覚悟を決めて、翠星石がコップを持ち上げた時。救いの天使がやって来た。「はぁ……ホント、暑いわねぇ……」気だるげな言葉を口にしながらリビングへと来た水銀燈。翠星石はパァァ!と表情を輝かせ、ランランと輝く瞳を水銀燈へと向けた。そんな大げさなリアクションだと、気が付くなという方が無理な話。当然、水銀燈も蛍光グリーンの飲み物をもって自分を見つめる翠星石に気が付いた。『イタズラにかけては翠星石。嫌がらせでは水銀燈でしょうね』とは、真紅の言葉。水銀燈はニヤリと口の端を持ち上げると、それこそ疾風のように翠星石の手からコップを奪い取った。「ふふふ……貰っちゃった、貰っちゃった。翠星石のメロンソーダ、貰っちゃった」さらには嬉しそうに表情をほころばせてまでいる。「かえせー、かえしやがれですー」思いっきり棒読みで、翠星石はとりあえずそう言っておいた。
そんな翠星石の反応を見て、気を良くした水銀燈。演技だとは夢にも思ってない様子。「うふふふ」と微笑んでから、蛍光グリーンの飲み物を、こくこくと飲み始めた。(ひーっひっひ!まんまと引っかかりやがったですぅ!)と翠星石が思っているなんて、気が付くわけも無く。そして、コップの中身を半分ほど飲んでから。「……あらぁ?これって……不思議な味ねぇ」水銀燈はキョトンとした表情を浮べた。もっとキョトンとしてたのは、翠星石。「な…何とも無いですか?」恐る恐るといった感じで、感想を聞いてみる。「……何よ。変わった味だけど、普通に美味しいわよぉ?」水銀燈はそう答え、それから……「前にめぐと行った、ゲロみたいな料理出してくるお店とは比べ物にならないわねぇ」とか言っていた。(ああ……水銀燈の味覚は、悪友のせいですっかり破壊されちまったですぅ……)翠星石にそんな風に思われてるとはつゆ知らず。「ホント、アレはめぐの言う通りサイアクな味だったわねぇ…… 一口でいいから、なんて言われたから食べてみたけど……アレは酷かったわぁ」水銀燈はめぐと行った料理屋の事を思い出していた。ごく自然な感じで、蛍光グリーンが素敵な『しそ味ドリンク』を飲みながら。
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