翠星石短編40
「もう、春ですねぇ…」肌寒さが残っているとは言え随分と過ごしやすくなった朝の空気を、翠星石は胸一杯に吸い込んだ。庭先で梅の花がひらりと舞い落ち、季節の訪れを知らせる風が鼻腔をくすぐる。桜はまだ咲いてないが…それでも草木萌える春の足音は、すぐそこまで聞こえてきていた。「遠慮せずに、いっぱいお水を飲むですよ?」翠星石の持つ如雨露の水が、慈愛の雨のように優しく花壇へと降り注ぐ。春の陽気と愛情を一身に受けた植物は、まるで小さな宝石のようにその若芽をキラキラと輝かせた。新たな大地の息吹を全身で感じ、翠星石は穏やかな笑顔を浮べながら如雨露で庭に虹を描き続ける……「と言う訳ですぅ!!こ…これは、その時に如雨露の水をウッカリ浴びせてしまっただけですぅ!!」見事な地図が描かれた敷布団を干しながら、翠星石は涙目でそう訴えていた。
ジ「はあ~…食ったな…」翠「ですねぇ…」ジ「いい天気だな…」翠「ですねぇ…」ジ「こう気持ちいいと昼寝したくなるなぁ…」翠「ですねぇ…」ジ「平和だよなぁ…」翠「ですねぇ…」ジ「争いごとなんて無くなればいいのになぁ…」翠「ですねぇ…」ジ「ところでさ、昨日冷蔵庫に入ってたタルト食べたの実は僕でさ、すげーうまかったけどあれが翠星石のだったなんて知らな」
蒼「はいもしもし。あ、姉さんどうしたの?え!?ジュン君が頭から血を流して倒れてる!?救急車は呼んだの!?じゃあ来るまで動かしちゃダメだよ!絶対だからね!!」
翠「ジュン、ちょっと話があるんですが」ジ「…なんだよ」翠「いいから、座ってくださいです」ジ「………」スッ翠「昨日、随分帰りが遅かったですけど、何かあったんですか?」ジ「…別に」翠「何もなかったのに遅くなったんですか?」ジ「そんなの僕の勝手だろ」翠「…勝手、ですか。じゃあ、別の女と会ってたって、そう言うですか」ジ「は!?いきなり何でそうなるんだよ!!」翠「じゃあなんで遅くなったんですか!?心配して同僚の人や友人に電話しても知らないって…どこで誰とほっつき歩いてたですか!!」ジ「だからそんなんじゃないって言ってるだろ!!何で僕が他の女と遊ばなきゃいけないんだよ!!」翠「翠星石が好きになった奴が他の女にもモテるのは道理じゃないですか!!」ジ「言ってくれるな!!会社行ってる間中お前の事で頭いっぱいの僕に向かって!!ちょっとくらい帰るの遅れたって疑う余地なんてないだろうが!!」翠「だっていつも直ぐに帰ってくるじゃないですか!!」ジ「お前が美味しい料理作って待ってるからだろ!!」翠「オメーが美味しそうに食べるの見るのが好きだからしょうがねーですよ!!それでいい加減何してたか言ってみろですぅ!!」ジ「プレゼント買ってたんだよほらぁ!!」翠「それ翠星石が前から欲しかったバックじゃねーですか何で知ってるんですかぁ!!」ジ「お前の事で僕が知らない事があると思ったら大間違いだ!!」翠「大体なんのプレゼントですか!!今日が何の日だって言うんですか!?」ジ「知ってるクセにいじらしいんだよ!じゃあ僕が言ってやるさ!君と僕の部屋で初めてキスした日だわかったかー!!」翠「そんな日覚えてるなんてお前は乙女ですかバカですかバカなんですね!?」ジ「何泣いてんだお前こそ一週間前くらいからそわそわしてチラチラこっち見て顔赤くして可愛くて仕方なかったんだぞバカ!!」翠「泣いてねーですよバカ!!何ですかそんな細かい仕草まで見てたんですかとんだ翠星石オタクですねお前は!!」ジ「オタクで悪かったな!好きなんだから仕方ないだろバカ!!」翠「好き好きうっさいですバカ!涙が止まんないじゃねーですかバカ!!」ジ「じゃあもっと泣かしてやるよ泣いてる君も可愛いからなぁ!!愛してるぞ翠星石大好きだバカー!!」翠「こんのバカー!!」
【ばーか】【ばーか】
「向こうで本格的にデザインの勉強をしようと思うんだ…」「何年かかるか分からないけど…でも、絶対に帰ってくるから… 僕に愛想が尽きなかったら…ここで、待っててくれないか……」そんなことを言って、彼は旅立った。あれから早数年。今年の桜が散るまでに彼が帰ってこなかったら、彼のことは忘れよう。そう決意して迎えたその日。「やーっぱり帰ってこなかったですね。」私は一人。散りゆく桜を眺めていた。「ま、別に最初から期待なんかしてなかったですけど…」「どーせ向こうで変な奴に引っかかってのたれ死にでもしてるんです。」「こんな美女を何年もほったらかしにするような奴はこっちから願い下げ…で…」言葉が詰まる。頬に熱いものが流れる。「…う…ぐ……ジュンの…馬鹿ぁ……」「…一日だって…忘れたことは…ないですのに……」「……いつまで……待てば……いいんですか……」忘れようと、諦めようと思っていたのに、涙が止まらない。さぁーっと、風が吹いて…舞い踊る桜吹雪の下で、泣き崩れる私に、後ろから近づく足音が一つ。「ごめん。ずっと待たせちゃって。」本当に、ずっとずっと待っていた、私の大好きな彼が。「ありがとう。ずっと想っていてくれて。」心から、ずっとずっと想っていた、私の大好きな彼が。「ただいま。翠星石。」私のところに帰ってきてくれた。涙でぼやけて見えないけれど、振り返ったその先には、あの頃と変わらぬ彼が――【きっと】【笑っている】
ぽつ、ぽつ、と雨が降ってきた。梅雨を先取りするかのように、ノドを鳴らしていたアマガエル。庭先から聞こえてきた小さな合唱に気が付いて、ほんの少しの時間だけ耳を傾けるつもりが……そんな少しの間に、空模様はすっかり変わってしまっていた。「ま、こんな事もあろうかと、お洗濯は部屋に干しておいたので大丈夫ですぅ」誰に言うでもなく―――しいて挙げるとすれば、目の前のアマガエルだろうか。小さくそう言ってから、雨に濡れないうちに家の中へ入る。玄関先で傘を手にしてから、改めて、ケロケロと鳴くオーケストラの所に戻ってきた。お気に入りの緑色の傘をさしながら、小さな合唱団の声をBGMに、庭先をぐるりと見渡す。6月は紫陽花にダリア、それに薔薇の季節。今年もきっと、綺麗に庭先を飾って目を楽しませてくれるだろう。梅雨はジメジメしていて、とっても過ごしにくい。だけれど、いっぱい雨が降って、地面がその雨をたくさん吸収して、植物たちが生き生きと育っていく6月。その季節が来たと思うと、少しだけ優しい、穏やかな気持ちになってくる。ふと視線を下げると、そんな私の雰囲気を感じてくれたのか、アマガエルとも視線が合った。「良く見ると、目もくりくりしてて、綺麗な緑色で、可愛らしいやつじゃないですか」お気に入りの傘と同じ色をしたカエルは、どことなく嬉しそうにケロっとノドを鳴らした。 何だか小さな友達が出来たみたいで、少し嬉しい。とくに、この綺麗な緑色が、何とも言えない素敵さを決定付けている。私は傷つけないように注意しながら、カエルにそっと優しく手を差し出しす。するとカエルも、ピョンと跳ねると私の手のひらに乗ってきた。「ふふふ、カエルのくせに賢いやつですぅ」指先でちょっとだけ、ふにふにと柔らかい背中をつっついてやる。「よーしよし、良い子ですね。……そうです、お前に蒼星石を紹介してやるですよ。 きっと友達になれる事、間違いなしですぅ」そう言うと私は、ケロケロと鳴く友達を手に乗せながら玄関へと入っていった。◇ ◇ ◇「―――…という訳ですよ」「なるほどね。 それで君は『悪意は一切無く』寝ている僕の顔にカエルを乗せた。という事だね」「いや、それは……正直、すまんかったですぅ」
翠「ふー、最近は夜になってもあんまり冷えなくなってきましたね」蒼「もう6月の後半だからね。夏が近いんだよ」翠「…知ってますか蒼星石。6月が終わると、7月になるんですよ」蒼「わあびっくり。じゃあ7月が終わったら8月になるのかな」翠「んん、流石ですね。見事な論理的思考です」蒼「今年はあの浴衣、着れるといいね」翠「…着ますよ。絶対着ます」蒼「夏祭りが雨でも?」翠「別に、そんときゃジュンの庭で花火でもすればいいだけの話ですよ」蒼「うん、そうだね。その通りだ。今年は、特別な夏になるといいね」翠「…蒼星石」蒼「ん?」翠「翠星石の背中は、預けましたよ」蒼「…うん、了解」――尻込みした時に、ど突けばいいんだよね。
自販機メイデンチャリンチャリン…「あっちいから、冷たいコーヒーでも、と」ピッ、ガコン「ふんふん♪翠星石はかがむと髪が地面に着きそうになるのが困り物ですぅ~♪」がしっジュッ「ほああー!熱っちぃーー!?」【コールドで】【ホットが】この季節は時々ホットがまだあるから困る。
ジュン「翠星石、ちょっと聞いて欲しいんだ」翠星石「はて、何ですか?」ジュン「昨日は確か、父の日だったよな。で、今は日付が変わって、父の日の翌日だ」翠星石「……頭がパーになったですか?何を当たり前の事言ってやがるですか」ジュン「そう。それで、だ。 カレンダーを見てもらえば分かると思うけど、今日の日付は父の日の横に有るんだ」翠星石「…………」ジュン「父の日の、横。横父。つまり、横乳の日なんだよ。見せてくれ」翠星石「…………」雛苺「真紅ー。お庭にね、真っ赤なオブジェが置いてあるのよー」真紅「いいえ、アレはジュンよ」
翠「蒼星石、翠星石は『にわ師』を目指すですぅ」蒼「そうなの?まあ、がんばってよ」翠「というわけで蒼星石、これを食べるですぅ」蒼「うっ…コレ…何なのさ…?」翠「カエルのつくだ煮ですぅ」蒼「なんでよりによってカエルなんだ…」翠「今日の夕飯はカエルカレーですぅ」蒼「えぇっ!?」翠「明日はカエルを使ったシチュー、ポトフ、ボルシチ、ロールキャベツを予定してるですぅ」蒼「ちょ、ちょっと待ってよ!?なんでカエルなのさ!?」翠「それは、翠星石が『にわ師』を目指してるからですぅ」保守
ジ「あー、ったく…なんで雨漏りなんかするかねぇ。しかも寄りによって布団の上とは」翠「ぐだぐだ言わずに布団しきやがれですぅ。わざわざ部屋に泊めてやるんですから翠星石のももちろんやるですよ」ジ「へーへー。おら、これでいいか?」翠「なっ…こ、こんな布団くっつけて並べて、お前は何を考えてるですか!ケダモノですかぁ!!」ジ「はいはい…じゃあこれでいいな?」翠「ん、まあグッドです」ジ「んじゃ寝るぞー」翠「はい、お休みなさいです」カチリジ「………」翠「………ジュン」ジ「あん?」翠「何でもねーです」ジ「………」翠「………ジュン」ジ「………」翠「………ジュ~ン。寝たですか~?」ジ「…ぐー」翠「…よし」もぞもぞ…パシピ、ピ、ピ、ピピピピピピピ!ブオー!!翠「よいせっ、よいせっ…ふぅ。まー、布団ごと翠星石に近づいてくるなんて、ジュンはイケない子ですね~。んじゃ、隣、失礼しますよジュン」もぞもぞジ「…うう…くしゅん!…う~」ぎゅう~翠「ひひひ…♪あったかいですぅ♪」
翠「蒼星石~ぃ、花火するですよ~」蒼「うん…いっぱい用意したんだね」翠「景気良くやるですぅ」パチパチパチ・・・蒼「…綺麗だねぇ」翠「ですぅ…いつからでしたっけ、こうして蒼星石と花火をするのは」蒼「あれは…幼稚園の年長さんの夏からだったね」翠「そうでしたね…」蒼「ふふっ」翠「どうしたです?」蒼「いや…月日が経っても、夏になればこうして翠星石と花火ができるのって…幸せだなって」翠「そうですねぇ…」蒼「でも翠星石ったら、よくロケット花火で水銀燈や真紅たちを狙ったり爆竹投げたりして怒られてたよね;」翠「でしたねっ…ふふふっ!」蒼「!!!」元「おお二人とも、花火とは風流じゃの。蚊取り線香を持ってきたぞい」蒼「お…おじいさん逃げて!!爆竹…」翠「おじじ…覚悟ですぅ!」ポイ元「ほぇ?」パパパパパパパパパパパパパン元「ひうっ…ぐっ…胸がっ」蒼「おおおおじいさん!!」翠「いや~やっぱ花火は最高ですぅ!」【童心に】【帰れば】
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