第七話 「不可解」
第七話 「不可解」「……なんだこりゃ」呆気にとられてしまった。冊子を見てみたのだが、中は見慣れない数式や設計図などで満たされていた。僕の頭では理解が及ばない難しさのものであるみたいだ。隣の金糸雀を見たけれど同じような反応を見せている。「無理もないわよね、私もわからないわ」と、ツインテールでニット帽の真紅さん。「なんですこれは? 」「タイムマシン実現の為の基礎理論と設計図と工程だったかしら」と真紅さんは言う。そう聞いて微笑む会長さんを見る。彼は僕の視線に気づくと頷き、そして語りだした。「まぁ理解できるのは僕と翠星石さんだけだからしょうがない。 それが今僕らが作っているものだというのを教えたくてね」「“僕ら”というのはお二人さんですか。どうやって作っているのですか」「秘密」ピースサインにウインクで翠星石さんはそう言う。ウインクとはいい歳をして……。で、じゃあ僕らはどうしろってんだ?「何やればいいんだとか思うでしょうが、何もしなくてよいのですよ」考えを読んだのか、そういう回答が帰ってくる。 「僕ら二人はタイムマシンは作るけど乗らない。そうしないとならないんだ。 このサークルはタイムマシンに乗らなければならない者を探す為のサークルなのさ」「つまり入会さえすれば乗せてくれると? 」会長さんは黙って頷く。色々と言い方に引っ掛かりを感じるし、割がいいというより胡散臭さ極まりないサークルだ。いっそ此処で帰ろうかなと考えた瞬間、金糸雀が立ち上がった。「入るかしら! 」……マジか、なんて威勢のよさだ。研究についてまだ聞かされてもないのに。「ほう、威勢がいいね」「って、秘密なら僕らはその研究とやらはどうなるんです」「研究といっても過去へ行った後にやりたい事とかを言いあうだけさ、難しい事を考えなくてもいい」とさ。雑談サークルというものみたいだな、此処は。変人が一杯なだけである種普通のサークルなのかもしれない。まぁ、いつも通り何もしないという選択肢はやってはならないかもしれない。今後を考えて。僕も立ち上がる。「僕も入ります」「そりゃ嬉しい」白崎さんはやはり微笑むだけだった。一応の決まりであるというのでサークル入会の書類や説明を聞かされた。説明通りに手続きを踏み、鞄に入ってあった印鑑を押したらあっという間に手続きは終わったのだった。説明を聞いていると、会長さんは僕と正反対だなと思い始めた。ほとんど笑わなく受動的な僕に対し、終始笑顔で能動的な会長さん。僕は生まれて初めて自分の正反対のものを見たのかもしれない。そんなこんなでまた雑談に入るものの、僕はずっと聞き役に回った。金糸雀は色々喋り始めていたが、やはりまだ知らないものが多い。まずは聞くだけの立場が一番と判断したのだ。光陰矢の如し、日も落ちてきていつの間にやら終わりが訪れる。これから通うであろう部屋から出る際に、最低限の挨拶だけする。つまらないとは思わなかった。「お二人は知り合いなの? 」僕と金糸雀と一緒に出てきた真紅さんに問われる。「そうだね。幼馴染だったのが全然会ったりもしなくてね。 大学に入って久々の再会を果たしたわけなんだ」「かしら」「そう」真紅さんはたった一言そう言った。僕は金糸雀と真紅さんの会話を聞きながらただ歩いていった。金糸雀らと別れる。どうやら二人の家は近い所にあるらしい。二人でもう打ち解けたのか、仲良く歩いていった。会話をずっと聞いていたものの、やはりよくわからない。真紅さんは掴み所がないし、会長さんと翠星石さんはどうも分かり辛い。まぁしかし、わかりやすい人間はつまらないのかもしれない。とすると、こういうのは面白いという方向に向かっているかもしれない。少し不可解であるが、あまり考え込みはしなかった。家へと帰り、夕食風呂という飽きるほど繰り返してきた動作に身を投じ僕は眠った。恐らく、今までとは少し違う感じで日が終わった。それと、会長さんの名前を聞くの忘れたな。最後にそう思った。◆予想もつかない出来事を運んでくるのは金糸雀、やはりこいつ。今朝の出来事で僕はそう確信した。「働くかしら」講義を聞いてる最中にいきなり言い出した。どうした、まさか大学を辞めるんじゃないだろうな。流石にそこまで斜め上の話でなく、アルバイトをしようという事であった。「本当に話がいきなりだな、あてはあるのか? 」無計画に発言したのだろうなと思ったが、驚くことに今日から勤務らしい。そんな馬鹿な。「ジュンと行った喫茶店かしら」成る程、妹の働くあの喫茶店か。姉妹共々働く訳だ、そしてそこに僕も加えたいという訳だ。詳しく聞くと、元々大学生になったらそこでバイトとして雇ってもらうと約束していたらしく僕と一緒に働きたいとの事で、本日僕の面接の予約を取り付けたそうな。なんてこった!「僕の事を全然考えずに言ってくれるね金糸雀」「あら、ジュンはどうせ予定がないんじゃないかしら」少し傷つくような事を言われるが反論できないのが悲しい現実。確かに予定はない、気が向いたらまたあのサークルへ行こうかとは考えていたが。しかしながら、こうも人の予定を無理矢理作ってくれる。なすがままにされるのは意外と面白い結果へと行くのかもしれない。仕方がない。結局、僕が面接を受けることで話は結論を出したのだ。厄介だとは思うものの厄介事に期待してしまう。どうも最近の僕は変だ、ことごとく金糸雀に調子は狂わされる。だが、元々つまらない人間の調子が狂うのなら反対に楽しいことがおきる。僕からそんな非常にポジティブな思想が沸いてきた事に驚愕を通り越し感嘆に値する。大学生になってこうなると誰が予想したものか。サークルにバイト、僕には縁がなく未経験のものがこの二日で一気にやってきた。二日だ二日、たった二日で僕の人生がこんなに揺らいだ。この先大学へ通い続けて、一体何が起きるのか。「で、サークルは? 」「明日でいいかしら」アバウトだなおい。実の所、大学の大きな食堂や本当に居るとは思わなかったフリスビーに勤しむ大学生。講義と講義の間での空き時間での暇具合、今までの授業とは違う講義の内容。新鮮な事が沢山あったのだが、ずっと一緒に金糸雀と居る為にどうも全て金糸雀というイメージが付いてしまっている。卵料理しか食べない食堂での金糸雀、飛んできたフリスビーが額に当たる金糸雀。空き時間になった途端眠りだす金糸雀、講義が始まった瞬間マシンガントークを炸裂させる金糸雀。こんな感じだ。別段、金糸雀がフリスビーを額に当てようが不思議でないため思考してもそう面白くはない。そういう訳で、金糸雀と居て特別に変わった事(サークルやこれから行くバイトの面接)と十八歳桜田ジュンの哲学(ある種の幸福の哲学)のみを脳内のお気に入りショートカットに入れている。と言っても驚く事だ。なぜならば、今まで脳内お気に入りショートカットに物事を詰め込んだ事など一切あらず見聞きしたこと経験した事は全てゴミ箱へと放り込まれていた。パソコンの例えを続けるなら金糸雀はウイルスかもしれない。ろくに働かない僕のCPU(脳)を揺さぶり、勝手にショートカットへと入ってくる。ふむ。元々壊れたパソコンみたいなのだ僕は。価値がない、面白くない。活発な金糸雀ウイルスはある意味ベストなのかもな。「何考えているかしら」「何も」こんな事を口に出せるはずもない。「さて、着いた」元々つまらない僕から更に無駄を絞っている。物語は走るように進み、喫茶店の前へと着く。この前来た時は気にもかけなかったが、看板を見てこの喫茶店の名前がわかった。“Rozen Maiden traumend”ふむ、読めない。まぁ気にしない。英語でないのは確かだから知力に支障をきたしている訳でもない。さて、入ろう。ドアへと手をかける。「いらっしゃいませ」急いでドアを閉める、今見たものを無かったかのように。……これは新手の嫌がらせか、遅刻してきたエイプリルフールなのか。「おい金糸雀」「か、カナも知らなかったかしら」もしかすると、二人揃って白昼夢を見た可能性もある。よし、期待してドアを開けてみよう。もう一度ドアへと手をかけ、勢いよく開ける。…………。今度は相手も無言だ。ついでにいうと表情も読めない。「なんだこりゃ」最近、このような疑問を多様している気がする。そして、ご丁寧に返答される。「店長でございます」兎がそういった。僕の人生はいつからこんなに荒れだしたのであろう。まるで重馬場だ。「はぁ……はぁっ!? 」「どこか変でございましょうか? 」変じゃない所が皆無だ。これ店長だってよ。「店長さんなのかしら? 」金糸雀もひどくうろたえている。店長と顔を合わした事がなかったのか。「左様、私店長でございます。普段は忙しく中々店には居ないのですが。 はてさて、今日は金糸雀さんの初出勤にジュンさんの面接があるのです。 店長の私が出向かざるを得ないわけです」色々言いたい事はあるが、お前暇だろう。風船配りのバイトしてたじゃねえか。「金糸雀さんのご指導はバイトリーダーの蒼星石さんに任しているので 金糸雀さん、着替えてきてくださいな」「は、はいなのかしら……」妹の働いていた喫茶店の店長が風船配りの白兎でした!……納得出来んな、驚愕の事実にショックを受けた金糸雀に心底同情する。「ではジュンさん、私と面接を」そうだ、必死に忘れようとしてたがこいつに僕の人生は狂わされたのだ。かくして、望んじゃあいないが脳内ゴミ箱からお気に入りショートカットに“白兎”が追加されたのだった。
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