SEAVEN 第五話 「亡骸を」
暗い道を走る影二つ。足を止めればきっと追いつかれてしまうだろう。その進みは遅く、ともすれば、止まってしまいそうだ。その二つの影の進む先には何も見えず、光は前ではなく後ろから溢れていた。その二つの影は、ただ走った。何かを見つけるため。少しでも、遠く。見えないその先の道を少しでも。唯一遠くへ行って、孤独だって知って。唯一近くへ寄って、その兆しを捨てて。唯一遠くへ行って、たぐり寄せて切って。唯一近くで冷えた、その希望よ揺れて。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――夢の中で、僕は何かと戦った。大切な人を守るために。戦うと言っても、殴り合ったりしたわけじゃない。ただ、走って行っただけだ。逃げ惑って、その大切な人を少しでも、痛みのない場所へ連れて行きたかった。よどみ過ぎて解らない、闇の奥で目を凝らした。這いつくばり後ずされば、楽しかったまた幻。会話する余裕などなく、何故こんな状況になったのか思い出す余裕も消えていた。思春期が過ぎ、聞かせてくれた。「犠牲を払うこともない……」協調性も多少欠けていた僕だから、聞き流していた。どんな人もその牙を抜かれ、安穏とした真綿の絞首台に終わりのまどろみを見ている。僕らはその中で、きっと目覚めてしまったのかもしれない。冷たい風にロープを揺らされたから。ぎしぎしと鈍い音で、その梁は悲鳴を上げた。たった数本しかない梁に何人もの人の体がつるされていたから。古い世界を終わらせたいと願った。それが、僕らには正しいことのように思えたから。僕らは正義のために逃げ出した。彼らは正義のために追ってきた。僕らの上には飛行船が。輪廻の中で漂った。何千年もの昔の忘却の空に、忘れてきた何か。天使のように、天使の羽を拡げ、飛べることが出来たのなら、どれほど明るいことだったのだろう。大切なもののために。僕の命を凍らせた。優しい悲劇に憧れて、月の光を、鮮やかな光を見失った。さようならと、ピストルを互いのこめかみに押し当てる。天使のように飛べたのなら、朝も夜も関係なくなる。路地裏にスプレーで描かれた落書きの甘い現実に、少年の心を失って、まだ見ぬ聖女に囁いた。――あぁ。これは僕の夢なんかじゃない。こんなに黒い夢は見ていない――だから、これは僕の脳が作り出した、後付けの現実なんだろう。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――暗い道を走る影が一つ。足を止めても、きっと何も変わらない。その進みは遅く、ともすれば、止まってしまいそうだ。その一つの影の進む先には何も見えず、光は時折、轟音とともに、その影から黒を奪った。その一つの影は、ただ走った。何かを変えるため。少しでも早く。見えないその道を少しでも。そして、その暗い道に、耳をつんざく轟音は鳴り響いた。SEAVEN第五話「亡骸を」薄暗い道を走る陰が二つ。異臭が漂う道。カシャカシャとその足の下のフェンスが鳴る。さらにその下には水が溜まっている。しかし、人が飲むには些か汚すぎる。明るいところでなら、その色も確認できただろう。「なぁ。こんな所も通らなくちゃいけないのか?」と片方の影――桜田ジュンはもう一人に尋ねた。「そうだよ。ここぐらいしか、通り抜けられる可能性はないね。まだ、他と比べたら警備は薄いみたいだし」前を走る蒼星石は後ろを見もせずに言う。「だけどさ、ここって、あー何だっけ? ライフラインの上層部だったか? そうなら、やっぱり一番厳重なはずだろ?」視線を左上に向け、言葉を思い出しながら尤もな疑問を口にした。「大丈夫だよ。じゃあ、ここの役割については知ってるの?」「あー、下水処理場じゃないのか?」蒼星石は嬉しそうに否定した。「違うよ。ここはね、何の役割も果たしていないんだ。だって、十五年前に放棄された施設だよ?」「は? なんでそんな昔に?」「知らない。ダクトか何かが壊れて、修理不能だって話だったんじゃないかな? ホントはここ、水なんて無いはずらしいよ」「そんなのどこで知ったんだ? 少なくとも普通じゃそんなの、聞くことないぞ」「ふふ。そうだね。まぁ、ぼくだって、空に行くためにいろいろ情報は得てきてるんだ」なるほど、とジュンは頷く。そりゃそうか。ルートとかも調べてなきゃ目的は果たせないよな、と彼は思った。「ならさ、これから先はどんな道なんだ?」「えっとね、確かここを抜けるとすぐ、貨物用のエレベーターがあるんだ。多分まだそこの電源は生きてるよ。 エレベーターを待つ必要は無いだろうね。そのエレベーターは基本位置がこっち側みたいだし、扉も開いたまんまみたいだからさ。 そのエレベーターで一気に上がって、ライフラインに着くんだ。今度はちゃんと生きてるやつね。 そこはすぐに抜けられるけど次が難しいんだ。電力供給ビルさ」「何でそんなところに……」ジュンは蒼星石を見もせずに言った。「一旦そこで最後のエレベーターへの電力を供給する必要があるんだ。普段は止められてるからね。 でも、一度流してしまえば一週間ぐらいは止められないらしいよ」「でもさ、どうやるつもりなんだよ、そんなこと。出来るのか?」彼は足をつい止めてしまった。「うん。一応考えは何通りか練ってある。そんな簡単に行くとは思えないんだけどね。 もう少ししてから話そうかと思ったけど、ここで言おうか」「あー。ビルまであとどれくらいかかりそう?」「そうだね。えっと、大体三十分くらいかな?」ジュンは目をくるりと回す。「やっぱもう少ししてからでいいや。ちょっと気が滅入った」その言葉に蒼星石はくすくすと笑っていた。どこか遠くでポチャと、水音がした気がした。「そろそろだね」前を歩いている蒼星石が言った。「そろそろ着くよ。エレベーター」「そう――」ジュンは言葉を返そうとしたが、途中で遮る。光――懐中電灯の明かりが作る人影がその視界に入った。「蒼星石……」小さな声で名を呼び、それを指さす。示された方を見て彼女は、「え?」と小さな声を漏らし、口を開けた。その顔はまるで――「予想外、だったか?」「うん。ここには警備がないはずなのに……」「その情報はどこから?」「信頼できるとこから」「本当に?」「本当に」そう言ったあと、彼女は視線をそらしもう一度言った。「本当に……」その弱った声を聞き、ジュンも困ったと言う顔をする。「どうする?」「……」「なにか他に道は?」俯いていた彼女は顔を上げる。「あるにはあるけど……」「けど?」「この道を引き返す必要がある。その方法だとあと二日は必要なんだ……」頭を小さく振り、短い髪が揺れた。「さすがにもう一緒に来る気は無いでしょ? 多分、まだ君は大丈夫だよ。 警察に情報が届いたとしても、まだ間に合うよ。少しぼくのことを聞かれるだけで、無関係だって言えばね。 本当に――」「ちょっと待てよ!」遮る。その声に蒼星石は首をすくめた。「何勝手に決めてるんだよ! 僕が諦めるなんていつ言った? それ以前にここまで引っ張り回して来て、『はい、さよなら』? ふざけるなよ。それに僕はお前に一応借りがあるんだ!」「借り?」上目づかいで聴く。「あぁ。最初にあの電車でのことだ!」「それか……」「まだ返してない」はは、と口だけで軽く笑う。「十分返してもらったよ……。僕は」「でも、まだ気が済まない」もう一度、先ほどよりは地に足がついたように笑い、ありがとう、と言った。「それで、ジュン君ならどうする?」立ち直った彼女が問うた。「そうだな。見に行ってみないか?」「……は?」「だから、少なくともここで何だかんだ言うよりもさ、状況を確認してからじゃ駄目なのか?」さも、当然のように言った。蒼星石は驚きを隠せない様子だ。「でも。……。見つかったら終わりなんだよ? そんなこと……」「空を開く、って言った人間がそんなことで諦めるのか? 多少のリスクは覚悟しているんだろ? まだ詰んだわけじゃない。だろ?」蒼星石は何か言おうと口を開くが、その言葉は生まれなかった。そして視線を地面に向け、またジュンの方へと戻す。その瞳には覚悟の色が――少なくともジュンには、宿っているように見えた。「分かった。行こう。でも、無理だと思ったらすぐに引き返す。いいよね?」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――その情報が白崎の耳に届いたのは今朝だった。「本当ですか?」そう再び、尋ねた。「えぇ。目撃情報からも確認が取れました。タレこみと全く矛盾してません」尋ねられた若い刑事は答える。「そうですか……。やっと犯人の足取りが掴めましたか……」「でも、何のために電車何て爆破させようと思ったんでしょうね?」「テロの目的ですか……。それは犯人に聞いてみないと分からないでしょうね」「いや、経歴を見てみると、そんなことからは程遠い人間に見えるんですよ」「それについて、今考えない方がいいです。モチベーションにも関わりますし」「でも――」それでも何かを言おうとした刑事に向かい、白崎は、言う。「いいですか? 当たりならそれでよし、違ってたらごめんなさい。捜査なんてそんなものでしょう?」その言葉に、何も返せず、俯く。「では、A-2付近の警察官に警戒を。とりあえず、軍とも連携が取れそうなら、それで。 下手をすると、最悪の事態になるかもしれません」厳しい表情で、白崎は言った。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――背中を壁に軽くつけてその角を覗きこむ。その先には人はいない。後ろを見ずに手招きをし、合図を出した。腰を低くし、周りを警戒しながらその背中をジュンは追った。二人は静かにフェンスに飛びつき、よじ登る。その影は、今のところ誰にも気づかれていない。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――午後九時二十六分。「何でこんなに情報が回ってくるのに時間がかかったんだ!」中年の刑事から怒りの声が上がる。そう、犯人が軍に目撃されたのは午後五時十二分。本来ならもっと早く回ってくるべきだったのだ。だが、そうはならなかった。何故か? 軍のメンツによってだ。軍は警察から情報が回ってきた段階で、すぐにピエロの導入を決定した。そしてそのピエロは、確かに犯人の姿を捉えた。しかし、確保には至らなかったのだ。それどころか、ピエロは破損してしまった。偶然ではなく、何者かの手により。おそらく、犯人によるものだろう。右手薬指、左肩を“骨折“していたのだ。その攻撃の瞬間はカメラに収められていないが。「まぁ、抑えて……。今は次に行きそうな所を抑えるべきでしょう?」白崎は宥め、提案をした。「なら白崎。次に奴らが行くとしたらどこだと思う?」「えぇっと、そうでしょうね……」顎を上げ、目を閉じ何かを思い出そうとしている。「私なら、あそこですね。電力供給ビルに続く道。十五年前に封鎖されたあの浸水地域ですね」「……。おぉ! そこか。確かにあそこなら通りが分かる」そう言って、大きな机の上に広げられた地図を指でなぞる。「よし! このエレベーター付近に配備する。ここで、叩くぞ」置かれていたペンを手に取り、地図に丸をつけた。「これにホシが乗り込むように誘導し、その次の回で確保だ。降りる場所など一ヶ所しかない」貨物用エレベーター。その地図にはそう記されていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――中西章一は自己顕示欲の強い男だった。小学生のときには目立ちたいがためにクラスの花瓶を割り、中学生のときには同級生を苛め自殺寸前まで追い詰めた。高校生になり落ち着いたかと思いきや、何かを落としてから救うと言うマッチポンプを覚えた。そして、世間一般の受けがいいと言うことで、就職先を警察に決めた。しかし、社会は思った以上に甘くなく、出世――目立つチャンスには恵まれることはなかった。だから、今回特に必死だったのだ。この警備でホシを捕まえることが出来たなら、株も上がる。別段何かに追われるような状況ではなかった。しかし、この真綿で首を絞めるような生活に嫌気がさしていたのだろう。視界の端に何か動くものを捉えた瞬間、彼の鼓動は跳ね上がった。そして相方の塚本英雄に一旦休憩を伝え、一人、その影を追うことにした。すぐそばの手柄に過呼吸に近いほど息は上がり、その姿はまるで餓えたハイエナそのものと言えた。追う影は角を曲がる。見失わまいと、足を速めた。そして、注意を怠ったまま角を曲がった彼は、頭に大きな衝撃を感じ……、意識はフェードアウトした。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「どうしよ? 生きてる? この人」棒を手に持ったジュンはそう蒼星石に尋ねた。倒れた男の首筋に手を当て、生きていることを確認する蒼星石。「大丈夫みたい。でも、すぐに目を覚ますと思うよ」「そっか。よかった。ここは結構危ないね」ほっと胸をなでおろし、次について思案を巡らす。「いや、ここまで来れたんだ。行こう。それに、ここの警備、さっきより増えてるみたい」え、と声を上げ、ジュンは驚いた。「ごめん。予想外だった。まさか警備が増員している途中だったとは……」「だから、奥へ奥へ行ってたのか……」「うん。周り見たら、道が無くなっちゃってて」「……。そもそも、先へ行こうって言ったのは僕だったしな……」彼は責任を感じているのだろう、眉を顰める。「まぁ、こうなっちゃったからには仕方ないさ。行けるところまで行くしかないよ」蒼星石はわざと明るい声で言う。そう、ここではもう諦めるに諦められないのだ。気絶した男の所持していた拳銃を拾う。残された道を辿るしかない。それしか、ない。そう、静かに蒼星石は呟いた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「配置は?」「完了しました!」厳しい声が響く。「白崎警部。拳銃の使用許可下りました!」「了解です」そして、持っているトランシーバーに向かい、申請が通ったことを伝える。「全捜査員へ。犯人は武器を所有している可能性があります。 拳銃を使用許可が下りましたが、むやみな発砲は控えてください。 では、十分気をつけて警備に向かいたし」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――何度も見つかりそうになりながら、ここまで切り抜けてこれたのは奇跡としか言いようがない。二人とも覚悟していた。これが終わりなのかと。「もうすぐだね……」「うん……」言葉は重い。あたりまえだ。「ここはさ……」言い淀む。「ん?」「苦しいよね、ここはさ。ジュン君?」低い天井を見上げた。「……。かな?」曖昧な答え。「優しい人もいた」一言。「厳しい人もいた」一言ずつ。「好きな人もいた」ゆっくりと。「嫌いな人もいた」これまでの人生を思い出しながら。「けど……」噛みしめながら。「ここには、居場所がなかった」吐きだした。「どうしようもない壁がそこにあって」ゆっくり吐き出した。「逃げ出すこともできなくて」その眼は固く閉じられ。「けど、大切な何かがあったりして」涙がこぼれないようにと。「だから、この世界を壊すと決めた」蒼星石は言った。「大好きだから。大切だから」そう、言った。何も、返せなかった。ジュンには、返せる言葉がなかった。二人の視界に貨物用エレベーターが入る。どちらからでもなく走り出す。そして……。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「犯人、来ました」そうトランシーバーから声がした。白崎は知らず知らずのうちに、無意識のうちに首に下げているネックレスを握りしめていた。そのモチーフの花を彼は直接に見たことはない。だが、この花の思い出は深い。彼にとってあまりに深かった。瞑っていた目を開き、指示を、一言、出した。「確保」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――どこからともなく、人が飛び出してきた。エレベーターは目の前。そして、その扉は……。どちらが手を先に伸ばしたのかは分からない。互いに手を取り合い走り出した。銃口を向けられているのが見なくても分かる。彼らは、罪人なのだ。彼らは始まりの人間、アダムとイブ。知恵の実を食し、楽園を追われたように。しかし、彼らは“彼ら”とは違う。これは、自分の意志なのだ、追われたわけではない、と。どちらかがそんな無関係なことを自分の後ろ姿を背後で眺めながらのんびりと考えていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ガス。と乾いた騒音が轟いた。誰の銃によるものなのかは分からない。だが、確かに力は放たれた。それが、全員に伝播しなかったのはある意味奇跡なのか、それとも訓練の成果なのか。だが、放たれた銃弾は一発のみだった。人が多すぎたのが徒となったのか、それとも罠か、彼らを捕えず……。捜査員の前でエレベーターは動きだした。エレベーターは貨物用のためなのか、シンプルな形状をしていた。四方には1m程の壁があり、乗せた貨物が落ちてしまわないように防いでいるだけ。そもそも、普段は人も支えとして乗るのだ。その周囲には壁があるが、エレベーター内部の壁とは1m程の隙間がある。天井と言う気の利いたものはない。床は金網であるが、その下には板が――後からなのだろう、張られているだけだった。そしてその下には、何本ものワイヤーがぶら下がっている。そのワイヤーに白崎は――飛びついた。この上にも警官が配備されていることは重々彼も承知している。しかし、そうしないといけないと言う衝動に駆られたのだ。エレベーターが動きだす直前、白崎はエレベーターの中の男――青年と目があった。その瞳の奥に何かを見たのか、それとも何か因縁めいたものを感じ取ったのか。自分でこの二人を確保しなくてはならないと言う衝動に彼は駆られた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぜぇぜぇと息の荒い二人。ジュンは肺と足が訴える痛みに呻いた。じわりと穿いているジーンズに赤い血が染まる。撃たれた。しくじった。そう彼は心の中で呟いた。不思議なことに、この状況を冷静に見ている自身が彼の中にはあった。無言でジーンズを捲る。こう直接見てみると、彼が思うほどの血は出ていなかった。銃弾は掠っただけのようだ。痛みがあるだけで何の問題もない。しかし、蒼星石はそうは思わなかったらしい。「大丈夫!?」驚く彼女。その声に驚く彼。「大丈夫さ」荒い息のまま答える。「それより、エレベーターが動く前に警察の一人と目があったんだ」そのことを思い出すために目を閉じる。「なんでかな? 僕はその人のことを昔から知っている気がするんだ。 絶対にそんなことはあり得ないのに。でもね、向こうもそうだったみたい。 何かがさ。何かが見えた気がするんだ。とは言っても、あまり気持ちのいいものじゃない。 僕と彼は殺し合ってるんだ。互いに憎しみを持ってなのかは分からない。 最初はね、僕が劣勢だったんだけど、落ちてるペン――あ、場所はどこかの部屋なんだ。 それを彼の足の甲に突き刺す。 それで終わりなんだけどね。なんか妙にリアルな感じでね」一息に吐き出す。何故か、話しているうちに興奮してきたようだ。「他の映像も頭に浮かんだんだ。 これは互いに殺し合ったりしてないんだけど、僕が彼に何かを興奮して、楽しそうに捲し立てる。 内容は分からないんだけど、多分、評価が人によって別れてしまうようなものだと思う」蒼星石はぽかんとしている。「もう一つあるんだけど――」「もういい!」蒼星石は叫んだ。「もういいからさ……。その足の傷を見せてよ……」「あ? これなら大丈夫。深くはないからさ」「でも――」そう会話をしているうちにエレベーターは到着したようだ。急いで、その出入り口に拳銃を向ける。その前には、銃口。銃口。銃口。たくさんの銃口が二人に向いていた。それでも、彼女は拳銃を下ろさない。どれほどの時間が経ったのか、分からない。じりじりと焼けつくような敵対。指揮官は、口を開こうとする。その背後で、ガンと言う音がした。先ほどまでは乗っていなかった男が、そこにいた。その男に向かい、左手に持った銃口を向けようとする蒼星石。しかし、その腕の動きは、彼女の左腕の肘関節を男が左手で掴むことにより妨げられた。その次の瞬間、彼の右足は彼女の膝を後ろから蹴りつける。左足を軸とした、回転運動。教材に掲載されるとおりの、見事なローキックであった。同時に、右手は彼女の肩を掴み、上から押さえつける。その結果、蒼星石は膝をついた。彼は左手を放す。蹴った右足を素早く戻し、その一連の動作の中に、彼女の首筋を鎌のように足を引っかける。そのまま右足を踏み込んだ。正座のまま、後ろに倒れた格好になる蒼星石。しかし、まだ、拳銃は放していない。それを確認した男は、彼女の左手を思い切り踏みつけた。その衝撃で、拳銃はついに彼女の手を離れた。それを悠々と男は拾い、ついでに、激しい運動で乱れた襟を正す。そして、彼女の罪状を読み上げた。「殺人、器物損壊、特殊暴力等。電車テロに対する容疑で、蒼星石。貴女を逮捕します」蒼星石の手に手錠が掛けられた。呆然とするジュン。彼――白崎は、ジュンに声をかけた。「彼女についていっただけの少年。これが彼女の罪状です。 知らなかったかな? 君が乗っていた電車を爆破したのは彼女――蒼星石なんだ」喉の奥から、叫び声が、声にならない声が上がる。何を信じればいいのか。「嘘だ!」そう叫んでみても、彼自身の耳にも空しく聞こえ、この現実は変わらなかった。蒼星石は、ジュンより先に連れ出された。一度も振り返らず。何も喋らず。ただ、その小さな背中は、普段よりさらに小さいように、彼は見えた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「これで、よかったんだよな?」遠ざかる二人を見て、白崎は呟いた。「これで……」握ったネックレス――からたちの花をモチーフとしたネックレスに、祈るように彼は呟いた。SEAVEN 第五話「亡骸を」 了
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