SEAVEN 第二話 「後遺症-aftereffect-」
「白崎警部」 警察署の廊下で、一人の男が呼び止められた。「お疲れ様です。これから休憩しませんか?」「うーん。ちょっと無理ですね。これから取り調べがありますから」「そうですか。少しお話したいことがあったんですが。また後にしますね」「すみませんね。結構重要な案件ですので」「いえ、一旦帰宅させていただきます」 その時、建物の内部にガタンゴトンと大きな音が鳴り響いた。 この警察署のすぐそばに――いや隣接して、駅があり、線路が通っているのだ。 よって、電車が通るときにはこのようにして音が響く。「では、失礼します」 そう言って呼び止めた方の刑事は離れていった。「さて、気が進みませんがやりますか」 呟き、取り調べ室へと足を進めた。 どのようにして吐かせようと思案顔で。SEAVEN第二話「後遺症-aftereffect-」 ガチャリとドアの開く音。「あぁ、次は白崎さんですか。朝早くからご苦労様です」 取り調べ室に座っていた男が顔を上げ、白崎が来たのを認めた。「重要参考人からねぎらわれるとはね。じゃあ、やりますか。の前に、ちょっと休憩しません?」「いわゆる優しい警官ってわけですか?」「まぁそうなるかもしれませんが、私自身休みがないので疲れてるんですよ。 それにそういうこと知っている人にとっては逆効果になるかもしれませんしね」「でしょうね。それに、いくら上司とはいえ、話す気はありませんよ。俺はそんなことしてませんし」「証拠は挙がってるんですがね……。あとはあなたの一言ですべて片付くんですが」「……」 男はこれで終わりだというように口をつぐむ。「では、一休みしますか」 そう言い、白崎は部屋を出る。 そのまま隣の部屋に入り、同僚たちと軽い打ち合わせをした。「彼の調子はどんな感じです?」「さっきからああですよ。肝心なことは全く喋らない」「まぁ、そりゃそうでしょうね。彼も警官ですし。手法は知り尽くしているというわけですか」「はい。そうなんですよ。目撃情報も物的証拠も挙がっているというのに……」「ですね。ちょっと録音を切ってくれませんか? あと、この部屋からも一端席を外してほしいのですが……」「何かあるんですか? いい方法が」「ちょっと試してみたいこともありますし。大丈夫です。きっと落とせますよ」「まぁ、白崎さんがそういうなら……」「ありがとうございます」 納得し、彼らは席を立つ。 部屋を出るのを見ながら、録音装置が切られているのを確認し、一人呟く。「さて、やりますか」 再び取り調べ室に戻った白崎は、男に、「二葉さんは元気ですか?」と言う。 これに対し、男はほんの少しだけ、表情が強張る。 白崎は微かではあるが、しかし確かな感触を得ていた。「大丈夫ですよ。録音してませんし、隣に人もいません」「な、何の話です?」 明らかな動揺を見せる。「聞いてません? もう一人のスパイの話を」「あんただったのか」「そうです」「となると、あの自白率の高さもこういう理屈だったのか……」「えぇ。取引をしていますから」「俺は安全なんだよな?」「秘密裏に処理してますよ」「本当に大丈夫なんだな?」「えぇ」 白崎はにこりと笑う。 それを見て、彼は訥々と話しだした。「ご協力感謝します」「あんた、皮肉屋だったんだな」「どうなんでしょうね?」「じゃあ、今あんたが言った風に話したらいいんだな」「はい。そうアレンジしてください」「分かった」 その一言を聞き、白崎は部屋を出ようとするが、ドアノブに手をかけたところで振り返った。「あと、新しく誰が入ってきたんです? 連絡とれないと少しまずいので」「落ちましたよ」「ホントですか!?」 廊下にいた捜査員たちは色めき立つ。 そのうちの一人が思わず聞いた。「どんな魔法を使ってんだよ、白崎」 ゆっくりと笑い、「企業秘密です」 ちょうどその時、「各局から入電。各局から入電。 午前8時半頃、E-4,5区間の線路が爆破。走行中の電車が脱線し、大破しました。 テロの可能性もあります。 捜査員、至急班長の指示に従い、現地へ向かってください」と、アナウンスが鳴り響いた。 ざわめく署内。「嘘だろ!」「まじか!」と信じられないという声が飛び交う。 パンパンと手を叩きながら、「では、特殊テロ対策課の方は一端課の方まで戻って下さい」と白崎は指示をし、彼らはそれに従っていった。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「どこに向かってるんだよ?」 暗い中に少年――桜田ジュンの声が響く。「ぼくの家族の住んでる家だよ」 話しかけられた少女――蒼星石は答えた。「家族? 一体どこ何だ?」「もう少し行ったところだよ。5thなんだ」「となると、建設関係?」「そうだよ。それに、かなりの大手だしね」「ふーん」 ジュンはさして興味なさそうに答える。「で、そこに行って何するつもり? 軍資金でも貰うのか?」「まぁ、そんなところだね」「そんなところだって……」「あ、ここを右だね」 追われてはいるのだが、幸いなことにまだ、警察と会うこともなく進んでいる。 そのためなのかもしれない。この緊張感のなさは。 どのようにして逃げるのかなどとは程遠い、もはや無駄ともいえる話を続けていると不意に、「あ、ここだよ」と、蒼星石は言った。 彼らの目の前には、大きな門。 薔薇でも巻きついていたのならまさに、古城とも言えそうな雰囲気を醸し出していた。 その奥には大きな屋敷。圧倒的な威圧感を放っている。 ここの辺りはいわゆる高級住宅地なのだが、それでもここは気配が違っていた。 荘厳というよりむしろ、異様と人は感じるのかもしれない。 雰囲気に飲まれてしまったジュンとは対照的に蒼星石は、門をくぐり抜け、玄関へと向かっていた。 慌ててジュンはその後を追う。 非難の声を上げようとしたのかもしれないが、その声も出ないほどに委縮していた。 彼は、チャイムを押そうとしていた蒼星石に追いつき、「蒼星石!」と呼びかけた。「どうしたの?」と、蒼星石。「お前の家ってこれ!?」「ん~。そうだね」「一体お前の親って何者!?」「5thだよ。さっきも言ったじゃないか。かなりの大手だって」「……。もしかして、結菱?」「当たり」「嘘!? あそこ、建設業じゃ一番だろ!?」「らしいね」「らしいねって……。完全他人事かよ……」「そうだよ。ぼくが何かしているわけじゃないんだからさ」「はぁ」 彼は深くため息をついた。 そして、冗談っぽく、「家に守ってもらった方が早いんじゃないのか?」 瞬間。蒼星石の表情は硬いものとなり、「無理。それは」厳しく否定した。「じ、冗談だよ」「ふーん」「どうしたんだ?」「別に、何も。まぁ、とにかくそういうのには頼れないんだよ」「そ、そうか」 その蒼星石の雰囲気に怯みながら言った。 ピンポン、と軽い音。 彼女はチャイムを鳴らしていた。 1分ほどの空白。 ジュンが何か言おうと口を開きかけたとき、『誰ですか』と声が返ってきた。女性のようだ。「ぼくだよ。蒼星石だよ。開けて、翠星石」 何かを落としたような音がした。 長い沈黙。 ガチャリというノイズ。 扉の鍵が外れる音がした。 そして少しだけ、扉が開く。チェーンは繋がったままのようだ。 だが、人の顔はそこから覗いていなかった。 いや、違う。予想された高さの範囲に顔がないだけだ。 ちょうど人が椅子に座ったぐらいの高さにその顔はあった。「ほんとに蒼星石ですか?」「そうだよ、翠星石。ただいま」 蒼星石は笑顔で言う。 ドアは一気に閉められた。 やっちゃったな、と言うような表情をジュンは蒼星石に向ける。 だが、ガチャガチャとチェーンの音が鳴った。 そして、ドアは開かれ、「蒼星石!!」と叫びながら、一人の少女が飛び出してきた。「痛!」 ジュンは叫び、蹲った。 轢かれたのだ。 何に?少女の乗っていた車椅子にだ。 そう、彼女は車椅子に乗っていた。 そしてその彼女は今、蒼星石に抱きついている。 ジュンは痛みに顔をゆがめ、立ち上がりながら、「蒼星石。誰?」と主語も述語もなしに聞いた。「翠星石。ぼくの双子の姉だよ」 そう紹介してから、少女はジュンの存在に気づいたらしい。 さっと、車椅子に乗っているとは思えない速さで蒼星石の後ろに隠れた。 見ると清楚な顔立ちをしていた。長そでの服を着、丈の長いスカートをはいている。 髪は車いすであるにも関わらず、地面すれすれまで長かった。 右の瞳は赤く、左の瞳は緑。蒼星石の瞳の色と逆の配置のオッドアイだ。「誰です? そのちびは」「彼はジュン君。桜田ジュン君。友達だよ」「ふーん。蒼星石。何も変なことされてないですよね?」 少し蒼星石の後ろから移動し、彼を半眼で睨みつけた。「するか!」 つい、ジュンは叫んでしまった。「きゃ」 悲鳴を上げ、再び蒼星石の後ろに戻ろうとしたとき、車椅子はバランスを崩し、彼女は転倒してしまった。 二人は慌てて翠星石を立ち上がらせようとするが、「いやです! 来るなです!」と叫び、手をバタバタと振り乱し、拒絶の意志を表す。 ジュンは怯むが、蒼星石は笑顔でゆっくり近づき、「大丈夫だよ。安心して」と声をかけた。 混乱が収まったのか、翠星石は頷き、「すまんですぅ」と謝った。 翠星石を抱え起こし車椅子に乗せる蒼星石。「じゃあ、話したいことがあるから中に入れてくれない?」「分かったです! 他ならぬ妹の頼みですからね!」「あ、今、中には誰も居ないよね?」「そうですよ」「よかった。人には聞かせたくない話だからね」「なら、私の部屋に来るですよ」 翠星石はジュンの側を通らずに、蒼星石の後ろから手で車輪を回しながら出てきた。「ついてくるですよ」 やはり中も広い。 玄関のホールの天井にはシャンデリアがぶら下がり、玄関の真正面には大きな階段が鎮座する。 翠星石の部屋は、車椅子ではその階段を登れないからであろう、一階にあった。 階段の左側にある廊下の一番奥。そこが翠星石の部屋のようだ。 彼女は扉を開けるのに邪魔にならないよう、ドアの左側に避けて車椅子に座ったまま少し体を伸ばし、ノブを回す。 ノブを引いて、少し開いたその隙間に手を入れ、さらに隙間を人が通れるくらいまで広げた。 ドアの敷居の段差はない。そして、反対側のドアノブには紐がくくりつけられており、引くことで内側から閉められるようになっていた。 翠星石に続いて、蒼星石、ジュンと部屋の中へ入る。 ジュンは後ろ手でドアを閉めた。その閉まる音にびくりとなる翠星石。 その彼女の肩に蒼星石は手を乗せた。 部屋の中は案外物がなく、女性的と言う感じではなかった。 必要最低限以上に物はあるのだが、どこか違和感が漂うと言った方が正しい。 その部屋の中で、翠星石は車椅子をくるりと回し、蒼星石らに向き合った。「で、どんな頼みがあるですか?」 極力ジュンから遠ざかるような位置で、言った。「協力してほしいことがあるんだ」「何でも言うです! かわいい妹の頼みですから!」 蒼星石は一つ息を吸い、そして吐く。「僕らは空に行こうと思うんだ」 この言葉は予測していなかったのか、翠星石は「へ?」と聞き返した。「だから、空を見に行こうと思うんだ」 あくまでも軽く。その言葉の重みは十分に知っているのだろう。それでも軽い感じで。 だからこそだろう、翠星石は叫んだ。「蒼星石! 駄目です! 無謀です! 死ぬかもしれないんですよ!? ジュン! 止めるです! ジュン! 駄目です! 外は汚染されてるんですよ!」 そう、一般的には空は汚染されているというのが通説だった。 人類が地下に逃げる原因となったかつての戦争。 その後遺症が空を汚染させ、人々に死を降らせる。 最悪の場合、人類を絶滅させるかもしれない。 だから空を開けること、それは法の中でも最高の罪とされているのだ。「でもさ。考えてみてよ。このままじゃ、どちらにせよ人類は滅ぶんだ。地下の汚染も進んでる」 瞼を閉じ、「ならたった一つの可能性に賭けてみるべきなんだ」目を開け、天を仰ぐ。「それに、こんなくすんだ色の空なんて見ていたくない」「でも! もう……、翠星石は蒼星石を失いたくなんてないんです……」 泣きそうな顔で、いや顔を伏せていたので分からないが、泣いていたのかもしれない、肩を震わせ、呟くように言った。「わがままだとは分かってる」 蒼星石は変わらない。「でも、ぼくは空が欲しい」SEAVEN 第二話「後遺症-aftereffect-」 了
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